「Hello、クラノスケ!」平和島にある警備会社スズキ・セキュリティ・サービス。 その事務所を白人の男性が訪ねてきた。白い米海軍夏服を着ている。 「あー……久しぶり、ビリー。ここじゃちょっと何だから、自宅の方で話そう。」 声をかけられた名張蔵之助は親指で階上を示した。 「別にいいじゃないか、どこでも。」 階段を登りながらビリーと呼ばれた男がこぼす。 彼の名はウィリアム・ウォーターローグ・ウィンタース。 通称ビリー、もしくはトリプルダブリュー、米海軍中尉である。 「君にだけは見られたくない物がいろいろあるんだよ。」 眉間に皺を寄せながら蔵之助が言う。 ビリーには裏の顔がある。彼は米海軍の情報部であるONIに所属するいわゆるスパイでもある。 かつて陸上自衛隊のスパイだった蔵之助にとっては、もう一つの契約相手である米海軍とのパイプ役である。 「でもなあ、クラノスケのところは子供が生まれたばかりなんだろ?」 うんざりしたような表情のビリー。 彼にとって苦手なものは三つあり、そのひとつが子供である。 理屈で動かない相手は苦手だと公言しており、基地祭で迷子になった子供に対して、 『そこの子供、泣きやむんだ。』と命令して顰蹙を買った伝説があった。 「ベビーシッターが増えたから大丈夫だよ。ほら入って。」 勧められるままに上がり込むと、話し声が聞こえてきた。 そちらの方に目を向けると、レナモンの姿が見えた。 「……でですね、ミルクを飲ませた後は必ず……」 どうやら赤ん坊へのミルクの飲ませ方をレクチャーしているようだ。 レナモンとお揃いのハートエプロンを着用している者が3人見えた。 うち二人は女子高生だろうか。凛とした気配……いやこれは剣気だな?なんかこっちに気づいてるな? もう一人の女子高生はメガネを掛けたどこか浮世離れした雰囲気の……人間だよな? だがそういった思考は三人目を見た瞬間に吹き飛んだ。獅子を想起させる筋骨逞しいその老人は…… 「おいクラノスケ。」 「なんだいビリー?」 「なんでゴンノスケ・ゲンジョウがここにいるんだ?」 「なんでって、ベビーシッターのバイトだけど?」 「バイト……Why!?」 「それこそ僕のほうが聞きたいよ。それよりこっちの応接間に入りなよ。」 「……Oh,My God!」そう呟きながらビリーは応接間に入った。 「……こちらから渡すものは以上だ。」蔵之助はジュラルミンケースを閉じるとビリーへと手渡す。 「確かに預かった。」それを受け取り足元に置くビリー。 「ところでビリー、こっちには新幹線で?」 「ああ、そりゃそうさ。新幹線のアイスクリームは絶品だからね!」 やや大げさな身振りを交えて語るビリー。 「……なるほど、海津くんの予想通りか。入ってきて。」 「や、どーも。」蔵之助が言うと一人の男が応接間に入ってきた。 「げっ、C別のダブルエックス!どうしてここに!?」 驚いて持っていたブリーフケースを取り落とすビリー。それを拾って手渡す蔵之助。 「だからあれはXXと書いてカイ・ツーと読むんだってば。」 ローテンションでそう答えたのは海津真弓、彼は自衛隊のスパイをしているハッカーだ。 「佐世保で今夜行われる会議、出たくなくて上京する理由を作ったでしょ?」 真弓の問いかけにビリーの視線が斜め上に向かう。 「いやあ、クラノスケとの用事もあるし、ミユキからヒロシ宛のおつかいも頼まれちゃったし、会議欠席も仕方ないかなって。」 そう弁明するビリーに対する二人の視線が冷ややかなものへと変化する。 彼の苦手なものその二は、上司が集まる堅苦しい会議や儀式といったシチュエーションだ。 「飛行機なら間に合うじゃないか。君なら民間でも軍用でも使えるだろうに。」 蔵之助の言葉にビリーの表情が硬直する。彼なの苦手なものその三、飛行機である。 彼はプライベートであろうが任務であろうが飛行機に乗ろうとしない。 無理矢理乗せると泣きわめいて叫び出し、降りた時には廃人と化すのである。 「それじゃここでの用事も済んだしヒロシへの届け物があるから私は失礼するよ。」 「届け物ってこれのことかな?」見ると蔵之助の手には紙包みがあった。 「なっ、いつの間に……ってさっきカバン落とした時か!返せ!」 蔵之助に掴みかかろうとするビリーだが、ひらひらと避けられて捕まえられない。 「これは僕が届けておくから君は早く佐世保に戻りなよ。飛行機なら用意してあるんだ。」 たちまち青褪めるビリー。咄嗟にポケットからクロスローダーを取り出す。 「ガワッパモン!こいつから届け物を奪い返せ!」 しかし出てきたガワッパモンはその指示に従わずにビリーを羽交い締めにする。 「なっ、何をする!……って、しまった!」 「危うく俺のステージがキャンセルされるところだったYo!早く俺達を佐世保に送ってほしいんだYo!] このガワッパモンは多くの人々の前で自身のトークやラップを披露することを生きがいとしていた。 それはストリートや士官食堂のみならず、上司が集まる堅苦しい会議や儀式であっても実行された。 暗殺やスパイ行為に悪用されるのを防ぐため、そういった場でデジモンをデジヴァイス等に格納することは禁じられている。 そして、重要な連絡はクロスローダーを通じて通達されるため、ガワッパモンにも会議の予定は筒抜けで隠していても会議の場に現れるのだ。 ビリーが会議を苦手とする原因の一端はこのガワッパモンにあると言っても過言ではない。 「ありがとうガワッパモン、そのまま屋上までついてきてくれるかい?」 にこやかな笑顔で蔵之助が言った。 屋上のカタパルトデッキにはプテラノモンが待ち構えていた。 戦闘機用の大型増槽を改造したトラベルポッドを背中に装着している。 ちょうど成人男性一人が入る大きさだ。 「やめろガワッパモン!私を殺す気か!やめろ!やめてくれ!」 「それぐらいで人は死なないYo。観念するんだYo!」 ガワッパモンはビリーをポッドの中に押し込める。 「やめろー!マジでやめてくれお願いだからたのムギュ」 「それじゃあ送迎頼んだYo!See Ya!」 ガワッパモンは自分からクロスローダーの中に戻り、ポッドのフタが閉められた。 最低限の与圧と生命維持がされる仕様なので、佐世保までは十分耐えられるだろう。 「行ってくる。」プテラノモンはそう言うとカタパルトから射出され、超音速で西へと飛んで行った。