「龍泉!龍泉伊舞旗はおるか!」 オノゴロ市のFE社、新入社員入社式の翌日、本社システム管理室。 水浸しになったそこに人事部長のDr.ポタラが入ってきた。 「……アンタ!どの面下げてここに来てんのよ!」 新学期早々学校をサボるわけにも行かず昨日は本社に来ていなかった龍泉伊舞旗はすごい剣幕である。 「アンタのザルな採用のせいでご覧の有様よ!どう責任取ってくれるのよ!」 昨日、新入社員としてシステム管理室に配属されたミーティアと名乗る少女。 その正体はデジタルメキシコの女帝エストレヤであった! 彼女は早々に自らの正体を明かしシステム管理担当で木行次席の中野真理夫と激突。 その結果として真理夫は敗北し拉致され、システム管理室は戦闘の余波で水浸しとなった。 その遠因に人手不足極まりないシス管にかなり緩い基準と審査で大量採用を行った人事部長の不手際があった。 そこを以前から木行を虎視眈々と狙っていたエストレヤにつけ込まれたのだ。 「責任は取る。とりあえず龍泉、貴様は今からシステム管理室長代理だ。」 苦々しい表情でDr.ポタラは言う。 「はぁ?今から?あんたバイトの女子高生に何押し付けようと……」 「ついでに『木行』筆頭次席が不在のため、貴様を筆頭の臨時代行とする。」 「…ちょっとアンタ!冗談にも程があるわよ!」さすがに反応が一瞬遅れた。 「冗談ならよかったのだがな。だが今の木行で実力でも実績でも貴様の上を行くどころか匹敵できる奴が本社におらん。」 それは伊舞旗も分かっていた。だが改めて言われると評価に対する嬉しさよりも人材不足の怖さが上回ってくる。 「ともかく暫くは貴様が『木行』のトップだ。もちろんタダとは言わん。」 そう言うとDr.ポタラは手にしたメモリーカードを伊舞旗に突きつける。 「社の予備費の使用権限と、儂の人事権を一部貴様に預ける。」 手早く端末に挿して確認すると、結構な金額の使用権限と、幹部・五行以外の人員の人事権が彼女のものになっていた。 「ちょっ……ずいぶんと気前がいいじゃないの?」 その言葉と表情にはわずかに不安が漏れていた。自身の責任の重さにではない。 この大盤振る舞いの裏に何か事情があることを察し、社内の人間の安否が不安になったのだ。 更に察せられるのは木行次席の即時奪還が不可能であること、そして彼の帰還を待てないぐらいに状況が逼迫しているいうことだ。 「あと明日にでもシス管に人を寄越す。桜島と言ったか?あやつなら貴様の役に立つだろう。」 その言葉は伊舞旗を今度こそ心から驚愕させた。 「マジで!?アンタどうやってあのゲオルグの爺さんを説得したのよ!?それに燈夜さんだって……」 確かに桜島燈夜の能力ならシス管で活躍するだろう。 しかしかつて無理矢理彼女を引き抜いた火行筆頭ゲオルグ・D・クルーガーがそれを承諾するとは思えない。 火行にすっかり馴染んだ燈夜自身もそう簡単に承服しないだろう。 「まあ『説得』はこれからだが……こちらには絶対に『承諾』させられる材料がある。」 そこだけはやけに自信満々に言い放つDr.ポタラ。 その言葉と表情に、不安を感じる伊舞旗……いや、これは不安というより胸騒ぎ? 「とにかくここは任せた。その金と人事権で好きなだけ機材も人も入れるがいい。」 そう言って踵を返すDr.ポタラ。 「では頼んだぞ。」 廊下を進みながらDr.ポタラは思考を巡らす。 多少不安ではあるが今はあの女子高生を頼る他無い。 去り際にちらりと見た瞬間、口元に笑みが浮かんでいた。 あれだけ野心的なら将来的も『使える人材』になりそうだ。 それよりも今は火行の連中だ。 あの桜島という女の身柄は『捜索班長』が確保した。彼女を人質としたことでクリアアグモンも大人しくしている。 ゲオルグの体についての情報も『反社長派』の連中にリークした。 彼らの側にゲオルグの病気を治し得る研究をしているチームがあったのは幸運だった。 連中が開発した試験薬をエサにすれば、ゲオルグの奴もこちらに従うだろう。 ともあれ、統合基幹個体に反旗を翻し、人事部個体群と捜索班個体群を掌握した『人事部長』は、もはや後戻りはできないのだ。 このまま反社長派と共に副社長を押し上げて新社長に据えるしか生き残る道は無い。 その副社長から呼び出しが掛かっている。おそらく昨日の件だろう。なんとか弁明して許してもらわなければ。 桜島を『再教育』してゲオルグを『説得』するプランを話せば、あわよくば……。 しかしこのままでは火行次席のMs.レアまで巻き込まれてしまう。 次の火行筆頭にはあやつこそが適任なのだ。……盗聴防止に電波遮断された特別商談室に呼び出すか。 副社長との面談と桜島の『再教育』が終わったら火行筆頭の事例を手渡すとしよう。 念のために早めに呼び出しておいて、しばらく待たせておいたほうが安全であろうな。 社長とその側近どもが実験の最終段階だとかなんかで揃って天沼鉾に閉じこもってる今がチャンスなのだ。 それの影響で儂の統合基幹個体と『計画主任』や『探索班』も天沼鉾から動けなくなっている。 あの忌々しい五行の脳筋どもとそれを許している社長ども、そして同じ『儂』でありながら儂を蔑ろにする統合基幹個体……いやクロックモン。 あいつらをまとめて片付けて、儂こそがオリジナルのDr.ポタラとして永遠の命を手にするのだ! それは、ファイブエレメンツ社崩壊直前の出来事。