――ローダーレオモン!ねえローダーレオモン! 死なないで!お願いだよ!これぐらい平気だって言ってよ! ……え?何を?……自分を、ふたつに、分ける……? どういうことなのローダーレオモン!答えてよねえ! ローダーレオモーン! 「…………夢か。」 「……こんな時間か。」スマホの時計を確認すると、あと少しで夜が明ける時間だった。まだ外は暗い。 俺――『海津真弓』――以外に名乗る名を失った俺は、ベッドから起き出す。 スマホで『依頼』の状況を確認する。 ……どうやら敵は徹夜でこちらの攻撃に対処していたようだ。 こちらの様子を察知したのか、『請負人』も攻撃を開始したようだ。 やれやれ、まったく依頼人遣いが荒い請負人もいたもんだ。 俺達が平和島の賃貸に匿われてから数日後。 俺は日常生活には支障ない程度にまで回復していた。 レナモンの処置が迅速かつ正確だったおかげだ。 茉莉は翌日にはいつもどおりの元気さだった。 ラブラモンとモノドラモンは、回復はしてるが進化を控えている。 なるべく目立ちたくないのだろう。冷静さを保っているようで安心する。 俺達を回収した蔵之助さんは、俺達が撤退した埋蔵金発掘現場に調査に向かわせたお子さんたちを呼び戻したらしい。 茜さんは復帰まであと少し、レナモンはオーバーワーク気味、そして一華ちゃんは不在。 万が一追跡されて襲われたら、と警戒したのだろう。 冷静な判断だと思うが、俺達のやらかしに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちが出てくる。 俺が仕掛けたFE社の社内システムへの攻撃はすでに一週間に及んでいた。 俺からの攻撃は初日以外はすべて使い捨てのボットによる自動攻撃だ。 ただし15年掛けて溜め込んだ仕掛けをある程度放出しつつ、ランダムで昼夜を問わず実行している。 如何な『雷霆の龍騎王』と言えど……ぷぷっ。らいていの、どらごんますたーって。 ハッカーがそんなに自己主張が強くてどうなんだろうね?何よりセンスが恥ずかしい。 ともかく、あの女子高生ハッカーと言えど限界はある。 おそらく修羅場のハイな精神状態で乗り切ってるんだろうけど……そういう時ほど見落としが怖い。 ……『黒狐』が仕掛けるなら俺も相応の支援をしないとね。 まずは雑魚を蹴散らして気持ちよくなってる『らいていちゃん』を煽るか。 彼女の敵の攻撃ポイントを見切るセンスと処理速度の速さと苛烈さは確かに凄い。 例えるならスターを集めてバスターで殴る頭の良い戦法ってところか。 ならばこっちはターゲット集中……ヘイトコントロールで行くか。 ボットのひとつを有人で操作してしぶとく生き残らせて見せる。潰しても再度同じルートで再攻撃させる。 ……ほら、ムキになって食いついてきた。めっちゃ猛烈に反撃してる。 彼女、記録を見るとオンラインの攻防とかギズモン相手だとマジで激しいんだよね。 でも生身の人間とか相手だとちょっと手が緩むように見えるね。根は善人なんだろうね。俺と違って。 いろいろな意味で未熟だなって感じるよ。とにかく経験が足りない。 『戦い』の経験じゃなくて、『戦争』の経験が足りないね。 せっかくの稀有な才能が、FE社によって使い潰されるのはなんとも勿体ない。 できることならこちら側に引き込みたいが……多分彼女はFE社ですら『見捨てることが出来ない』だろうね。 ……しょうがない。放置しておいても脅威になるなら、潰すしかないかもね。 さて、これ以上やるとこちらの真意を見抜かれるだろうからそろそろほうぼうの体で逃げ出すか。 こちらが有人での攻撃を終了したところで、一通のメールが届いた。 請負人の『黒狐』からだ。……と言っても、向こうが名乗っているわけじゃなくてこっちが勝手にそう呼んでるだけだけど。 連絡手段や攻撃の手口から『ブラックフォックス』と呼ばれるハッカーだと推測してるだけだ。 その呼び名も蔵之助さんが言ってただけで詳細は俺もよく知らないんだけどね。 『らいていちゃん』と違って彼……いや彼女かもしれないけど……『黒狐』は、常に冷静さを失わない。 おそらく持って生まれた才能という意味で両者に大きな差は無い。 決定的なのはそのメンタリティと経験の差だ。『黒狐』は情に流されないまさしくプロだ。 今回は味方だからいいけど、これがもし敵に回ったらと思うと……なんとかしてリアルを割って茉莉に殴らせるしかないかな。 その『黒狐』からのメールの内容は、FE社の社内システムから盗んだと思しきデータの数々だった。 『らいていちゃん』が躍起になって俺を潰してる間にまんまと入り込んだのだろう。 あの短時間の陽動の間にこの成果は見事と言う他ない。報酬をかなり割り増ししないとだね。 送られてきたデータは秘匿度:中のものばかりだった……が、その中に気になるものがあった。 まずはチェンレジ計画の凍結の通達。そしてクロノスタシス計画の提案。どちらも提出者はDr.ポタラ。 ……成程、状況は理解できた。これは今後の作戦を練り直す必要があるね。 他には人事部の把握してる外部の人材データと……ひそかに援助している外部団体のリストがあった。 デジモンの権利を考える会、デジモンフレンドネット……デジモン支援団体の名前がちらほらと。 そして人間をデジモンから守る会にAADアクトアゲインストデジタルモンスター等といった反デジモン団体もある。 どうやら反デジモン団体に迫害されたデジモンをデジモン支援団体が保護し、就職先としてFE社を紹介するというシステムのようだ。 酷いマッチポンプもあったもんだ。どうしたものかな…… そんなことを考えているとインターホンが鳴った。蔵之助さんだ。 いつの間にか夜が明けて朝になっていた。もうそんな時間か。 「すまない海津君、夏井さんを起こしてくれないかい?鍵は開けるからさ。」 隣の部屋の茉莉を起こし、着替えさせて、言われた通りに地下の格納庫へと向かう。 「侘助たちに頼んで帰りに各務原に寄ってもらったんだ。これでいいんだよね?」 そこにはトゲ付き鉄球、いわゆるモーニングスターがあった。 元々はローダーレオモンの尻尾だった物で、彼がいなくなった後に何故か残されたこれを茉莉が武器として使っていた。 リアルワールドに来てからは使うことがなくなり、家で保管していたのを俺が蔵之助さんに回収を頼んでいたのだ。 「あっローダーレオモンおじいちゃんのハンマー!懐かしいー!」無邪気にはしゃぐ茉莉。 「蔵之助さん、コレの分析と……できれば再び使えるように、改修をお願いできないかな?」 俺の言葉に蔵之助さんは全く表情を変えない。回収を頼んだ時点で予想できてたのだろう。 「いいよ、というかそう来るだろうと思って準備はもう進めてるよ。代金の方は……」 その次の言葉は、俺の予想を少し上回るものだった。 「君たちの身の上話で手を打とうじゃないか。」 ……そう来たか。確かに、ここまで来て黙っている訳にもいかないか。 「君たちとDr.ポタラの会話は聞いていた。だけどそれで知った気になるのはフェアじゃないからね。」 盗聴プラグインで助けを呼んでるんだから、その前の会話もそりゃ聞かれてるよね。 「名張さんは、信じるんですか?」聞き返しながら横目で茉莉を見る。……不安そうな顔をしてる。 「もしかしたら、とは思ってたからね。」蔵之助さんがまっすぐに俺の目を見る。 「だから君たちの口から直接聞きたい。君たちのこれまでと、そして、これからどうしたいかを。」 そう言って蔵之助さんが右手を差し出す。 「同盟を組もうじゃないか。所属組織とは関係なく、個人的に。」 「……代金とは別で、すべてを話します。」俺はそう言って差し出された手を握った。 ローダーレオモンのおじいちゃん 脱走したチェンレジ計画の実験体2体が転移した15年前のデジタルワールドで出会った、ラブラモンとモノドラモンを連れたデジモン。 元は強大な権能を持つアンズーモンであったと語り、デジタルワールドで生き抜く術を二人に教えた。 全滅した二家族から回収した遺品や情報を使って身分を乗っ取ることを相談された際に、真弓に助言を与えている。 月追う狼を模した究極体から二人と二体を守り致命傷を負いながらも逃亡に成功。 デジタマに還ってしまうと彼らを守れないと考え、自身のデータを二分割してラブラモンとモノドラモンに譲渡して消滅した。 それにより、それぞれトブキャットモンとプテラノモン(X抗体)へと進化した。 同時に茉莉と真弓の二人の手にD-3が出現、正式にパートナーとなった。 ミトゥム・イナンナ 夏井茉莉のメインウエポンとなるモーニングスター。 ローダーレオモンが自身のデータを分割した際、尻尾のローダーモーニングスターだけは残した。 トブキャットモンに受け継がれたデータに紐づいたそれはローダーレオモンが消滅してもリアライズを維持。 デジタルワールドでは当時の茉莉のメインウエポンとして活躍した。 リアルワールドに来て使うことがなくなり長らく保管されていたがFE社との決戦に備えて改修。 データ変性によって液状化したレッドデジゾイドを注入・凝固させて重量と強度を増加。 スパイク部分をオブシダンデジゾイドでコーティングして切断貫通属性を付与。 ワイヤーケーブルもレッドデジゾイド製の鎖をゴールドデジゾイドでコーティング。 非常に高い防御力と破壊力を持つが重量は500kgを超え、茉莉の怪力でようやく扱える代物である。