「兄貴!デカい土産を持ってきやした!」 「おうおう雑魚雄!一体なんだっtこれぁ…!!」 事の発端は、ある反社会組織構成員の「連れてきたモノ」だった。 竜崎大吾の或る日の出来事 「こいつぁ…竜崎じゃねえか…!お前こいつをどこで…」 「兄貴知ってるんですかぃ!?俺ぁてっきりその辺のポリかと。俺のダチが絡まれてたから見せしめにと思って後ろから…」 連れてこられた竜崎という男は、体格こそ立派なものであったが、頭から血を流し、後ろ手をロープで縛られて引き摺られてきた。見る限り、気絶しているようだ。 竜崎といえば、自分たち反社会勢力を震撼させてきた恐ろしい刑事だ。腕っぷしが強く、奴に関わった者はすべからく死んだ方がマシな目に遭わされ、豚箱に叩き込まれている。組織単位で叩き潰された同業者もいるとすら聞く。 そんな化け物を雑魚雄が…?不意打ちとはいえ虫のいい話である。そう疑うまではこの兄貴分はできたものの、そうは言っても結局は刹那的な生き方のヤクザの鉄砲玉というか、深くは考えず予想外の獲物を喜ぶこととしたのだ。 「よくやったぞ雑魚雄!!これで俺たちも組の上に上がれる!!最高のアガリって奴だ!!」 「ゲヘヘ〜!そっすね兄貴!これで俺たちぁ英雄だ!!」 「そ  り  ゃ  よ  か  っ  た  な」 「「えっ」」 不意に後ろから聞こえてきた言葉に振り向いた2人に、拳が叩き込まれたのはほぼ同時であった。 下部の連中に雑務をやらせる以上、その組の中堅の構成員は普段やることがない。西城会や緋崎会とまではいかなくとも、腐ってもデジタルヤクザということで、デジモンを連れている手合いも少なくはない彼らであるが、戦わせることもなく正直持て余しているところであった。 そんなわけで、賭けポーカーに興じていた彼らの静粛は、突如として投げ込まれてきた2人の人間により破られた。投げ込まれた2人は末端の構成員だ。今日は振り込め詐欺の受け子として動いているはずだったが、ポーカーのカードをぶちまけながら机に投げ出された彼らは、顔面を血に塗れさせたクタクタの不自然な姿で投げ込まれてきた。 紛れもなく重症だ。 「誰だオラァ!!!出てきやがれ!!」 「ざ、雑魚雄!それにこいつまで…!誰だ!誰がやりやがった!!」 「俺  だ  よ」 「り、竜崎!?」 ドアがひしゃげ、歪んだ入り口からヌラッ…とその巨躯を晒したのは、紛れもなく竜崎大吾である。こめかみから血を流しているものの、ギラギラと闘争心を露わにした顔を向けている。見開いた目は血走り、次の獲物を品定めしているようだ。 「馬鹿な!!ポリ公がこんなことしていいんかオラァ!!」 「俺たちだって人権くらいあるんじゃあ!!おどれどうなるかわかってんだろうなぁ!!」 「あ?…安心しろ。残念ながらそいつら死んでねえ。」 「そういう問題じゃねえだろ!!警察が人道に反した真似していいんか!?」 「ヤクばら撒いて殺しまでやってるお前らが言えた口かぁ!?デジタルだろうがヤクはヤクだろうが!!」 突如として吠えた竜崎は画面の割れたスマホを投げつける。その画面には頭に花を生やした成長期のデジモンが踊っていた。 デジタルドラッグ────。それは従来の薬物と異なり、「摂取せずして摂取する薬物」である。視覚を通して動画情報を脳に取り込むことで、従来の禁止薬物と同じ効能を得られるとして、若者を中心に彼らの組織が流行させている代物だ。 あくまで「見るだけ」なので使用者に薬物反応が出ず、警察としても対策しあぐねていたのだ。 特に竜崎が見つけたこの「パルモンヘブン」は、パルモンを利用して作られ、デジタルドラッグ動画の中でも特に依存性が高く、バイヤーと顧客の間でも刃傷沙汰すら起きているものであった。 「ハッ!俺たちゃあくまでその動画を拡散させただけよ!死んだのはそいつらの自己責任ってなァ!」 「俺たちは動画を配る!客はそれを金払って見る!ただの動画ビジネスだろうが!!」 「弱いものは強いものに食われるのがこの世の摂理だろうが!!ええ!?」 口々に手前勝手なことを宣うヤクザたち。竜崎はその言い分を聞きつつも黙っていた。決して言い負かされたわけではない。再確認していたのだ。 やはりこいつらは生かしておけない。 「…言いたいことはそれだけか?お前ら全員生きて帰れると思うなよ…」 ボクボクと手を鳴らしながら首を捻る竜崎。臨戦体制なのは明白だ。 「ダハハ!!てめえイカれてんのか!?自分がどんな立場か分かってねえのかよ!!」 「向こうは1人だ!!俺らでかかれば怖いもんはねえ!!」 「野郎ぶっ殺してやる!!」殺毛立つヤクザたちは、各々のデジモンたちを出して戦闘体制を整える。 「…アグモン」 「やっとオレの出番だギャ。回りくどいぜ大吾よォ。」 対する竜崎も相棒に声をかける。スマートフォンから光を伴って飛び出してきたアグモンは、退屈と言わんばかりに肩を鳴らしながら準備をする。 「弱肉強食ってなァ!!どっちが強者か教えてやる!!!」 竜崎の咆哮を皮切りに、闘いのゴングが鳴った。 組長は、自らの居室で優雅にキセルの煙を燻らせていた。 自分の組織もよくここまで登り詰めたものだ。デジモンという異分子を取り入れ、デジタルドラッグという変化球でシノギを伸ばし、ここまできた。 若い根無草を引き入れ、細々と勢力を伸ばしていたあの頃とは違う。西城会や緋崎会とまではいかずとも、この界隈の上澄みまで上り詰めることも夢ではない。 でっぷりと太った自分の腹を揉みながら、膝上のコクワモンを撫でまわし、1人笑っt ドッガァァァァァァァァァァンンンン!!!!!!! 「なっなんじゃあ!!どこの組のモンじゃあ!!!?」 反射的に立ち上がりそう叫ぶ組長。見れば轟音と共に壁は砕け、自分の組の構成員たちが血ダルマになりながら雪崩れ込んできた。全員後ろ手に縛られ、白目をむいて気を失っている。顎が砕けているのか、口をあんぐりと開けている者も少なくない。よく見ると彼らが連れていたデジモンの姿はない。 仮にもデジモンを与えた戦闘部隊である。それを脅かす者とは何者なのか。 「桜田門の組だァ!!!全員逮捕だクソァ!!!」 そう吠えて現れたのは竜崎。警察の名を叫びながら宣戦布告する偉丈夫の姿はおよそ正気ではない。 「サツが何用じゃあ!!生きて帰れると思うなや!!」 「ヤクばら撒いて人殺してるだけで理由は十分だァ!!豚箱に叩き込んでやるから覚悟しろォ!!」 「歯応えがねェヤツらばっかりだな大吾ォ!次はどいつだギャ!?」 「あのデブだ!!ぶち殺してやる!!!」 「なっ…デブとはなんじゃデブとは!!おのれえええ!!!コクワモン!!」 サッと組長の前に立ちはだかったコクワモンは、即座に構える。その様子に何かを感じ取ったアグモンは静かに鼻を鳴らした。 「…大吾。あのヤローなんか混ぜ物されてるギャ。他のデジモンとは何か違うギャ。」 「プラグインか。」 「だろうギャ。一筋縄ではいかん。」 「ふっふっふっ…ワシのコクワモンはその辺のデジモンとはモノが違うからのォ…たかだかサツ1人と成長期デジモン如きで倒せると思うなや!!コクワモン!!ワープ進化ァ!!!」 得意げに叫ぶ組長に呼応するように、コクワモンが禍々しい光を放ちながら、その体を膨張させる。 「…建物が保たん!!アグモン!!」 「おうともギャ!!一旦退避ギャァ!!」 即座に竜崎とアグモンは飛び退いた。しかし、組長の居室を、組長ごと潰したコクワモンは、その姿を異様な巨大へと変えた。 グランディスクワガーモン! 深き森の悪魔と畏怖される昆虫型究極体デジモン!必殺技は、頭部の巨大な鋏で挟み、切り裂く『グランディスシザー』! 「…ヤロー、プラグインの他にも色々ぶち込まれてるギャ。暴走してる。」 「手早く潰さんと街に被害が出るな…許せねえな…」 瓦礫から煤だらけの顔を出した竜崎とアグモンは言葉を交わす。組の建物を破壊し、グランディスクワガーモンは禍々しい目の光を放ちながら暴れ出る。その進路には人口が密集した街がある。このままでは人的被害は免れない。 「時間がない。こっちもワープ進化で行くぞ…!『ダイナモン』!!」 「…あいよォ!!アグモン!ワープ進化ァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!」 眩い光を放ち、アグモンも紅き破壊王へと姿を変える──────! ダイナモン! 永き闘いの末に、太古の力を覚醒させ究極の存在に至った恐竜型デジモン! その巨体から放たれる比類なき凄まじい攻撃は、あらゆる敵を薙ぎ倒す! 必殺技は、炎を纏った爪で敵を消し炭にする『バーニングエンド』と、背鰭を光らせ口から放つ超高熱熱線『ダイナブレス』だ! 進撃を続けるグランディスクワガーモンの前に立ち塞がるダイナモン。黒と赤の巨獣同士が対峙する。 『こっちは散々退屈させられてんだ!派手にやらせてもらうぜェ!!!』雄叫びを上げながら双方がぶつかり合う! 先手を取ったのはダイナモンだ。炎の爪でグランディスクワガーモンを叩きのめすが、グランキラーで受け止められる。力は五分と五分。ビルを薙ぎ倒しながら突進してくるグランディスクワガーモンを真っ向から受け止めながら、ダイナモンとしては力自慢の自分に追従する敵の出現に快哉を上げる心地だった。 戦いに何よりも生き甲斐を感じる自分が、何の因果か人間の治安組織に編入された。治安維持など弱いモノいじめのように感じていたが、そこで出会った竜崎大吾というこのパートナーが、このような戦場に連れ出してくれる。ダイナモンにとって新たな生き甲斐であった。 新たな生き甲斐を与えてくれたパートナーに報いるなら、彼の願いに応えることこそが恩に対する報いとなるだろう。とはいえ、人間の作る居住区は自分にとってはどうにも小さく、脆い。100mはある自分が戦うには少々手狭なのが困りものであった。 羽を広げたグランディスクワガーモンは、トドメを刺さんと猛スピードでダイナモンに突撃し、必殺のグランディスシザーでその命を刈り取ろうと破壊王の首に迫る。 ──────しかし、これこそがダイナモンの狙いであった。スウェーバックでさらりと敵の突進を避ける。グランディスクワガーモンの大顎はダイナモンの背後にあったビルにそのまま突き刺さり、体ごと的に刺さったダーツのようにピンと張り詰める。 金切り声を上げながら頭を抜こうともがくグランディスクワガーモンを見遣りながら、ダイナモンは拳に業火を纏わせる。 『バーニング…エンドォ!!!!』 炎の拳がアッパーカット気味に振り上げられ、グランディスクワガーモンの腹に叩き込まれる。くの字に身体を曲げられた衝撃で、ビルから頭を抜いたグランディスクワガーモン。しかし、反撃の余力はダイナモンの炎の拳に刈り取られてしまった。 そのまま緩やかに落下する巨躯。しかし、ダイナモンは自由落下を許さなかった。グランディスクワガーモンの首根っこをそのまま掴み、腕力だけで浮かせる。 『オイオイ、これくらいで終わると思ってもらっちゃ困るぜ。オォラッ!!!』 ダイナモンはグランディスクワガーモンを豪快に放り投げる。空中なら周囲の被害を考えずとも問題ない。 街に被害を出すな───竜崎からの言付けを守るためにダイナモンが考えた対処法であった。 『次はマシなヤツのパートナーになりなァ!!ダイナブレスァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!』 巨龍の如き紅き熱線が、空中のグランディスクワガーモンの身体を貫いた。ブロックノイズのような光を纏い、グランディスクワガーモンの体は光の粒子となって霧散していく。そのうちの一つはデジタマとなって落下を始めた。 『おっと。』 すかさずそれを掴み取るダイナモン。拳の炎を上手く消すのに難儀した。敵のデジモンの命までは取らない。これも竜崎から耳にタコができるほど言われた約束事である。他のヤクザが連れていたデジモンたちも、デジタマに戻すくらいでとどめている。 『にしても…えらいことになったなぁ…』 粉砕されたヤクザの事務所、破壊されたビル。後片付けのことを思うと、少々頭が痛くなるダイナモンであった。 「───幸い、グランディスクワガーモンが現れた時点で避難誘導はできてたから人的被害は少ないし、大半は敵が暴れたことによる被害ってのは分かってるがなぁ…」 警部の言葉を受けながら、返り血と煤に塗れた竜崎&アグモンは肩をすくめた。後ろには竜崎により制圧された(という名目で叩きのめされた)ヤクザたちが、奇跡的に生還していた組長も含めて縛り上げられた上山積みにされている。 末端の構成員に自分を攫わせ、気絶したフリをしてデジタルヤクザの事務所に自分から運び込まれ、全員を叩きのめすという荒っぽすぎる作戦。 そのために竜崎は一人で事務所に乗り込み、これだけの大立ち回りをしたのだ。 「お前らやりすぎだ!!大体ヤクザの事務所に自分1人で乗り込むとか正気じゃないぞ!!えぇ!?」 「失敬な。死にませんよ俺ァ。」 「そういう問題じゃない!!始末書と減俸だけじゃ庇いきれんぞ!!上はお前の首を切りたがってるんだよ!!」 「結構な話じゃないですか。そん時ゃそん時ですよ。」 「大吾ォ〜オレとのコンビは〜?」 「あっいっけね。そん時ゃお前も警察辞めて俺について来い。」 「いいねェ」 「お前らなぁ…」 力なく項垂れる警部。こいつらには何を言っても無駄だ。ついでに力づくでも言い聞かせることはできん。 「仏の竜崎」────犯罪被害者に手厚く優しいことからそう呼ばれているが、とてもそうとは思えない。仏だとしてもこいつ不動明王か何かだろ。警部はそう内心で毒づいた。 竜崎大吾刑事、並びにそのパートナーのアグモンが、電脳犯罪捜査課に配属されるのは、それから少ししてである。 (了)