広島から高速バスを乗り継いで半日、境港から島根半島を越えた先にある七類港から高速船で一時間余り。 トキオがようやくの思いで島のフェリーターミナルに着いたときにはもう日が暮れかけていた。 「おかえり、トキオ。」 「ただいま……おとうさん。」ターミナルでは養父が車で迎えに来ていた。 軽のワンボックスに流れるように乗り込み、10分と経たずに実家に着く。 一通りの出迎えを受け、最低限の物だけ入ったカバンを自分の部屋に置く。 部屋は2年半前、トキオが海上保安学校に入った時のまま変わっていない。 定期的に掃除もされているようで、埃などの積もった様子もない。 もう夕食の時間が近い。トキオが帰ってきたから、近辺の親族一同が集まっての宴会になるだろう。 こういう事で輪の中心にされるのがあまり好きではないトキオは、ひとつため息をついた。 「どうだトキオちゃん、海保のほうは?」 酒に酔って顔を真っ赤にした親類の中年男性が絡んでくる。 目の前の大きな食卓には何種類もの刺身、魚だけでなくアワビやサザエも揃っている。 そして何本ものビール瓶が三々五々に立っている。 飲酒可能年齢ではあるし、飲めないわけではないのだが、こういう場がトキオはあまり好きではなかった。 「ええ、まあ、それなりに……」聞かれたことに対し適当にごまかす。 「確かアレだろ、海自のデジモン部隊に出向中だったよな?」 一回り以上歳の離れたこの家の長男、義理の兄が言葉を挟む。 本人としては助け舟のつもりだろうが、余計なおせっかいだとトキオは感じていた。 自分に関する話題は、さっさと切り上げてみんな酔いつぶれてしまえばいいのに。 「あーなんだっけ、あのデカイ烏賊みたいなデジモン、あれ、そん中に入ってんの?」 別の男性が首から下げたデジヴァイスを指差す。 「ちょっと出してみてよ。」無神経で気楽な懇願。 「……ごめんなさい、この子はちょっと繊細だから。」 トキオのモドキベタモンはかなり気性が荒い。 ゲソモンの……というより最終進化系の影響が強くでているのだろう。 トキオが他の男性に話しかけられていると機嫌が悪くなる。 最悪、ここに集まった人達に噛みついたりしかねない。 「ちょっとぐらいいいじゃんよぉ。」更に食い下がる男だったが、 「もうその辺で勘弁してください。長旅でトキオもデジモンさんも疲れてるんだ。」 トキオの義父が間に割って入った。言われて男は渋々引き下がる。 彼はこの島屈指の大神社の管理者であり、いわゆる地元の名士でもある。 仏教文化よりも神道文化が遥かに根強いこの島でその立場は非常に強力だ。 「ごめんねトキオちゃん、みんな若い娘が帰ってきてはしゃいじゃって。」 子供にご飯を食べさせ終えた義理の兄嫁が申し訳無さそうに言う。 甥にあたる子供は幼稚園の年少さんだ。この子も酔って大声で歓談する大人たちに辟易しているようだ。 「いえ、別に……」 「ああ、そう言えばトキオちゃんが帰ってきたらお願いしたいことがあったんだけど。」 兄嫁の言葉にトキオの片眉が跳ねる。この切り出し方は多分、『アレ』だ。 「……聞かせてください。」 翌日、島の南西海岸に面した集落、そこにある保育園。 ここは小さな小学校と中学校と保育園が山を背負うように一箇所に固まっているロケーションだ。 『園児が山の中で大型犬ぐらいの大きさの何かに襲われたそうなの。』 昨晩、兄嫁はそのように言っていた。 『すぐ近くにいた中学生が追い払って軽いけがで済んだんだけど、まだ見つかってないの』 この島では野犬はまず見かけない。一番大きな野生の哺乳類はウサギだ。つまり元からいる動物ではない。 しかし近年、本土や海外からの観光客が増えたせいか、それらについてきてしまう何かが存在する。 『二本脚で立って走って逃げたとかいう話も聞いたわ』 例えばデジモン。こっそり船に忍び込んで島に上陸する、あるいは自力で海を渡るデジモンがいる。 トキオのもう一つの『仕事』のうち、8割ほどはそういったデジモンの仕業だった。 「……いる。」トキオにはいわゆる『霊感』のような力がある。 正確には『霊感』や『霊能力』ではなく『神通力』だとトキオは教わっていた。 その力が、保育園の裏手の山林に『何か』が潜んでいるのを感じ取っていた。 「モドキベタモン、リアライズ。」静かに発声するトキオの左手がデジヴァイスを握る。 「デジソウル、チャージ。」そのままデジソウルを纏った右手で左手ごとデジヴァイスを包む。 リアライズしたモドキベタモンが即座に進化する。 「モドキベタモン進化、ゲソモン!」ゲソモンがトキオの前に出る。 「ゲソモン……どうやら今度は『本物』みたい。」 彼女の『神通力』を活用した『祓い屋』と自称する仕事、そのうちの1割ほどは人間や自然現象が原因だ。 「デジモンじゃない。」そして残りの1割が、デジモンでも人間でも自然現象でもない―― 『怪異』が原因である。 「どうするおひいさま?フルチャージいっちゃいます?」 その外見から想像できないようなキャピキャピした声が確認を求める。 「いいえ……このまま行きましょう。」そう言うとトキオはポーチから符を取り出す。 「ゲソモン……お願い。」投げた符はゲソモンに吸い寄せられ、密着すると見えなくなる。 触腕がうっすらと光を帯び、その気配を感じた『何か』は林の中からこちらを窺う。 「では、行きますわよ。」ゲソモンは黒い影と対峙した。