かっこいい子だ、というのが第一印象だった 物おじせず言いたいことをキチンと伝えて自分の意思をハッキリと持った子 引っ込み思案であがり症の自分が、転校初日に男子たちから『自分が転校してきた理由』を揶揄われていたのを隣の席にいた彼女が助けてくれたのだ すると今度は給食の時間…苦手なお野菜がたくさん出たみたいで、お礼にとそれをこっそり代わりに食べてあげたりもした 友達になりたいな。そう思ったのはたぶん『憧れ』───わたしを助けてくれた"2人の恩人"みたいに、かっこいい人に憧れたんだと思う だから勇気を振り絞って声をかけた 「ここが瑠璃ちゃんのお家…ホントにレストランだ」 転校を経てやけに久しく感じる穏やかな休日の昼下がり。新しい学校でできた友達の家に行くというのはとても緊張した 「でもたしかお父さんが大変だっていってたっけ…いいのかな、瑠璃ちゃん忙しかったらどうしよう」 ───お客さんとしてならいつ来てもいいけど、構ってあげられるかはわからないわよ 父親が事故で入院したため自らもレストランを支えるために働いているのだと言う同級生の女の子『薄帯瑠璃』ちゃん。ぶっきらぼうな言い方だけど、あの事件で転入してきたよそ者の自分を招いてくれたことだけでも嬉しかった …それに、もしできれば"相談したいこと"もある。 《天羽生(あもう)ヤチホ》は掌に握りしめた『ソレ』をポーチにしまい今一度髪を整えて、そっとドアを引くと澄んだドア鈴と共に聴き慣れた声が出迎えてくれた 「いらっしゃいませー…あっ」 「こ、こんにちは瑠璃ちゃん。わぁ…かわいいメイドさんだね!」 「単なるママの趣味よ。煽てても割引は無しだから」 「うん大丈夫だよ」 「そ、じゃあ案内するわ。まぁお料理食べるくらいはゆっくりしてっていいわよ」 「3番テーブル5番テーブルナポリタンあがりましたよー」 「「ハイヨロコンデェー!」」 「だーかーらそれ居酒屋だからやめなさいっつってんでしょ新入りども!まったく変なバイトで……ヤチホ?」 「……あれっ?」 その声を聞いた時ひどく胸がざわついて、 「あ、あの…!」 「えっ?」 振り返った青年の吊り目がヤチホの姿を捉えて、呆気に取られていたそれが徐々に大きく見開かれた 「お…お前は」 「やっぱり、やっぱりあの時のお兄さんだ!」 「えっ…えっ!?ちょ、何やってんのお客さんいるからっ」 瑠璃が釘を指すより早く聞こえてきたのはヤチホの嗚咽。ポタポタと涙を流しながら白髪のバイトの青年の服にしがみ付いている 唯ならぬ再会の雰囲気に口籠もっていると、キッチンカウンターから助け舟 「───おやおや、ルリさんのご友人でもあり…どうやらクロウさんの大切なお客人でもあったようでゲスね。積もる話があるでしょうが、まずは腹ごしらえしてはいかがでしょうお嬢さん」 「あ、はい…」 ほどなくして昼の営業が終わりcloseの看板に静まった店内の一角、テーブルを囲う面々に少女が切り出す 「で?」 「あっうん、お料理すごく美味しかったよ瑠璃ちゃん」 「そうじゃなくって!アンタたちどういう関係なワケ?いきなり店の中でワンワン泣き出してメーワクったら」 「ワリイちょっとのっぴきならない事情っつーか」 「瑠璃ちゃん、この人…わたしの"命の恩人"なんだよ」 「命の、恩人…?」 「……久しぶりだな、この店も」 ゴルドブリウエルドラモンvsライジルドモンBM───秋月影太郎との死闘、まさに己の旅路のMATHURO(※正:MATSURO→末路)とも言うべき事件を終え、鉄塚クロウの姿はいま現実世界の電柱の影にあった 視線の先には"バイト先の街中華屋"…隣町にあったことが幸いしたのか影太郎の巻き起こした被害の魔の手からは逃れていたようだった ……しかし静かすぎる。今はお昼時少し前、ぼちぼち客足が加速しだす頃合いだというのに店のガラス戸はぴくりともせず、ただならぬ静けさに包まれている 「そもそも何て言えばいいんだオーナーに…?」 ある日バイトをすっぽかして音信不通ならばクビと言われても仕方ない。だがこちらは突然街が燃えて死んだと思われていた人間なのだ(※警察のすみれさんやデジ対の大人たちからもそれは重々指摘されており、今回の帰還はその事後処理の意味もありあちこち走り回っていた) ソレがひょっこりと現れるなどと亡霊にバケて出たと思われても仕方ないし……個人的にお化け嫌いな身としてもゾッとするハナシだ どのツラ下げて戻ったと怒られるのか、あるいはバケて出たとひっくり返られるのか…どちらも釈然としなさすぎて店に近づく勇気が湧かない 『なぁクロウ、あの張り紙さ』 「張り紙だぁ?」 ふとデジヴァイスバーストに収納されたままのルドモンが声をあげて違和感を指差すままおずおずと戸に近寄った 「───本日、臨時休業?」 「鉄塚のボウズか?」 「ギャーーー!?」 「おおやっぱり鉄塚のボウズ!生きとったか…お前さんは悪運の強いヤツじゃホント」 「お、おおおオーナーッ!?ビビっ、ビビらせんなよ……オーナーぁあーっ!」 「おうおう、びっくらこいたりベソかいたり忙しないやっちゃのう。メシのひとつでも食いながらハナシてぇとこだが…ホレ見てみ」 クロウが《オーナー》と呼ぶ渋い顔したのんびり口調の初老の男性、彼こそがこの街中華屋の店主である。いつの間にか背後に立ってたため腰を抜かしそしてあまりの懐かしさに喚くのもそこそこに、彼の言う通りに店内を覗き込むとそこに見慣れた赤茶色の小汚いテーブルではなく新品のテーブルがズラリ、キッチンのあたりも真新しく小綺麗に改装されている途中ではないか 「んなっ!?」 「ほれお前んところの三番通りにあった中華チェーン店が焼けただろ、あそこから客がこっちに流れてきてだいぶ儲けさせてもらってな。器具やテーブルもちょいとばかり色気付かせてもらったっちゅーわけだ。新しい店員もぼちぼち雇うところよ」 「なるほどこりゃあメシ出すどころじゃねえや」 『えーっチャーハン食いたかったぞオレ!』 「だーっ人前ででっかい声出すんじゃねえよルドモン!?」 「ん、んん!?鉄塚のボウズ、お前ひょっとして…デジヴァイスを持っとるんか」 「ハッ!?」 およそオーナーからは聞き馴染みのなさそうな横文字をスイと叩きつけられ二度見すると、その隙にひょいとデジヴァイスバーストをつまみ取られて中に潜んでいたルドモンが慌てふためく 「わっ、わーっ!オレナンデモナイヨー!ただのゲーム機ダヨーッ!」 「安心せい、昔知り合いとちょっとあってな…ワシもデジタルワールドとデジモンのことはよく知っとる、詳しくは言えんがな。そうかボウズはデジタルワールドにおったから無事だったのか…神様か誰かが助けてくれたんかの」 その言葉に…仇をとったばかりだというのに、やはり心に刻まれた傷跡が疼くのを実感した。ルドモンも同じように言葉に詰まって推し黙る 「まぁ、ワシらが知ってる以上にひどい事があったんじゃろ。オマエさんらの顔みりゃわかる……よく生きて帰った」 "生きて帰った"。改めて言葉の重みが沁みる……いつ死ぬかもわからぬ、死ぬことすら厭わぬはずだった復讐の旅の果てに、しかし生き残れたことの安堵の意味を今なら少しずつ噛み締められる 「サンキューオーナー。でもまたDWに戻らなきゃなんねえんだ俺たち」 『オレたちを支えてくれたみんなを今度はオレたちが支えねーと』 クロウとルドモンの意思は決まっていた。まだ彼らの旅は果てではない、続きがある それを見てオーナーは目を細めながらゆっくりと頷く 「───いい顔をするようになったなボウズ。必死に強くなった漢のカオだ……ならば老人に水を差す謂れもなかろう、好きなようにやってこい」 「…!」 なんとも熱い激励に言葉が詰まる と、そこでオーナーが唐突にポンと手のひらを叩く 「そうだボウズ、デジタルワールドに戻るまでの少しバイトせんか」 「えっでもオーナーの店は」 「ああウチじゃなくワシの趣味仲間の店じゃよ。家族経営のレストランなんじゃが、あいつが事故で入院して人手が足らんと言っててな……良かったらどうじゃ」 「なるほど、オーナーの頼みとあっちゃ断れねえや。どのみち先立つモンは多いに越したことはねえしな」 ───そんなやり取りの末に電車を乗り継ぎやってきたこの町でレストランの厨房を覗いた時の衝撃たるや筆舌に尽くしがたかった 「で…デジモンがコックさんしてるレストランだー!?」 あえてそれが何モンかは言うまい ……だがしかし、その杞憂はDWで培った突拍子もない常識への耐性と厨房の手伝いをする中で目撃した4つの腕を駆使した調理への繊細かつ大胆な早業の数々に押され、気がつけばあっという間に受け入れてしまったどころか、彼を1人の料理人とした尊敬しだしていたまである 「ゴ…田中さんマジでやっぱすげーな」 「ふーん、アンタもおちゃらけてそうな見た目のわりにキリキリ働くじゃない新入り」 「おちゃらけたは余計だッ、こう見えてやるときはやるんだぜー薄帯センパイ」 この店のオーナーの娘である薄帯瑠璃…小学生女子にセンパイと呼ぶ仕草もすっかり定着した 正直うおでっけ…などと情けないことに初見では思いもしたが、久しぶりに料理店で働いてるという平和な人間の世界の中にいる実感が勝っていた。いやでもやっぱ小学生でアレは反則だろう 「小学生…か」 ふと何故か思い浮かぶ面影、もし生きていたのならあの子もそんな年頃だったのだろうか 街のお巡りさんである恩師・秋月光太郎が唯一助け出せた小さな女の子。その命を託され、街を焼く大火を逃れながら必死に引き、そしてDWに落ちた時すでに離れてしまっていた幼い手への後悔 「おいクロウ、手止まってんぞ」 「ハァーッ、まだまだ嫌なコトは忘れられねぇな…集中集中」 裏方で皿洗いを熟すルドモンに見られていたらしい。すると田中さんが盛り付けたナポリタンを差し出してきたため我に帰りピシャリと気合を入れ直す 「ハイヨロコンデェー!」 「だーかーらそれ居酒屋だからやめなさいっつってんでしょ新入りども!まったく変なバイトで……ヤチホ?」 そんな時、思いもよらない再会は訪れた    目覚めたのは3日後のお昼頃 病室のベッドに横たわっていたヤチホは微かな火傷と打撲の跡、それ以外はいたって体は健康……おさげは毛先が焼けてしまったため少し短くなってしまった ───ある街が一夜にして焼け落ちた。ヤチホはその中にいた 街の外へと繋がる橋、その手前に炎の柱が落ちてきて大地が捲れ上がる。必死に掴んでいた手の主人が炎の柱に飲み込まれそうになって、燃え散る瓦礫が背中へ追い縋る その時彼は…咄嗟にヤチホを振り回して川に放り投げていた 彼女の視界から遠ざかる白髪の青年の姿が暗く冷たい水色に埋もれて見えなくなって、気がついた時にはもうあの街は無くなっていた 父も母も生きている。あの街に何度もこっそり遊びに行ったことは怒られたが、それ以上に生きていたことを泣いて喜んでくれた それからは寝ても覚めても不思議と身の毛もよだつような恐怖に苛まれ過ぎることはなかった。まだ小学生の自身にはあまりにも理解しがたい浮世離れしすぎたあの出来事は、往々にして実感のほとんどを置き去りにしてしまったことでトラウマになりえなかったのでは、というのがお医者さんの見解だった 良かった、あんなに辛い思い出すぐに忘れてしまおうと誰かが言う。でもわからない 本当にそれでいいのかがわからなかった それはつまり、あの火災の中から必死に自身を助けてくれようとしたお巡りさんとお兄さんの努力を、奉仕を、祈りを、ちゃんと私が受け止められたのだろうかと そして…あの光景の中に見た巨大な影から聞こえた気がする、とても悲しげな声 不安に惑うそんなわたしの枕元には、いつの間にかソレがあった ───デジモン。デジタルワールド 転校続きで友達もうまくできなかったわたしに、その噂は好奇心を掻き立てられた もしかしたらこんなわたしにも素敵な友達ができるんじゃないかと そんなふうに意気込んで、呆気なく迷子になってしまったあの街で手を差し伸べてくれた"お巡りさん" 彼は語った。自分もルドモンというデジモンと一緒に未知の世界を冒険した子供だったと。ヤチホの好奇心と願いを嗤うことなく真剣に聞いてくれ、いつかそんなデジモンと出会えることを心から祈ってくれていた人だった そんな彼は……最期の日、街を飲み込む大火の中へと独り駆けていった 皆を助け出すため、そして ───『友』を助け出すために 「あの災害のあとずっと行方不明で、わたし以外生存者は見つかってないって言われて..…ずっと怖かった。街の外までわたしの手を引いてくれたお兄さんまで、死んじゃったんだって」 「でもよかった…また会えた。いまあのお巡りさんはどこにいるんですか?」 「なぁ、デジタルワールドって聞いたこあるか」 「えっ」 とても静かな口調で、どこか憂いを帯びた面持ちでクロウが唐突にその名を呟いて 「いろいろあって俺はそこにいたんだ。何があったか…俺たちはそれをお前に伝える"義務"がある。ルドモン」 「!」 「いいか」 「…ああ、そうだな」 ニュースで知った。あの街の消失は未曾有の火災嵐による大災害として処理されたのだと。デジモンの影も形もない事故だったと……すみれさんやデジ対の皆からもそう聞かされた あの街で起こった真実を肌で感じ目の当たりにしたのはクロウとルドモン、秋月影太郎だけだ この子は渦中にこそいたが、全てを知るには幼かった …この子には知る権利と、謝罪せねばならない理由がある。ルドモンは意を決して物陰からヤチホの前に姿を現したことで目を見開いた彼女が…声をあげて抱きしめる 「ルドモン…あなたがルドモンなんだね。よかった無事で!」 「えっ…?」 「あのお巡りさんが言ってた、あなたが"助けて"って叫んでるからいかなきゃって。すごく心配してたんだよ…!」 「コータローが…ホントか」 「うんお兄さん、わたしがあの街のデジモンの噂話を調べたくてこっそり遊びに行ってた時、お巡りさんにいろいろお世話になってよくお話してたの。デジモンのことも教えてくれたんだ、一緒に冒険したって…」 「…ああ、ホントだ。コータローのやつスゴイだろ」 「うん!わたしは本物と触れ合うのは…初めてかもしれないけど嬉しい。───お巡りさんが"助けてくれた"んだね」 「………違う」 ルドモンの震えがヤチホに伝わって、下唇を噛んだ歯の隙間から絞り出すような声 「違うんだ。アイツは…秋月光太郎は、オレが───」 呆然と未開かれた少女の瞳が揺れる 「そんな、なんで…」 「ルドモンを洗脳して無理矢理操ってそんなコトをさせたヤツがいた。ルドモンの悲鳴はその時のなんだ───生き残った俺はソイツを追ってたんだ…」 「───その話、ワシにも詳しく聞かせてもらえんかボウズ」 「うおっオーナーいつの間にィ!?」 突如街中華屋オーナー窓の外に現る。そのまま店内の椅子に案内され、ひっくり返ったクロウをつついて起こすと瑠璃の母がにこやかに歓迎していた 「オーナーさんお久しぶりです、先日は鉄塚くんたちをご紹介ありがとうございました。彼もルドモンくんもすっごく働き者で助かってます」 「ママ、ココでオーナーって言い方紛らわしいから。なんかもっとこう…名前で呼ぶとかないの?」 「んー、オーナーさんはオーナーさんでしょう?」 「左様」 「左様って…」「オーナーの本名俺も知らねえんだテキトーに流してくれセンパイ」 「おっとすまん話の腰を折ったな。続けてくれボウズ」 気を取り直し、悪い少し長くなる。そう前置きしてクロウは語り出した 故郷が焼け恩師を失ったはじまりの日 ヤチホの生死もわからぬままルドモンと出会い、街を焼いた怪物へと復讐を誓ったこと デジモンと戦う中、悪意を持った人間がデジモンを繰り出し襲いかかってきたこと デジモンに救われそして同じようにデジモンをパートナーとする仲間たちとの出会いと共闘があったこと やがて再会し生きていたと思っていた恩師が偽物だったこと その偽物が私怨の果てにルドモンを操り、恩師を"手ずから殺すよう仕向けた"人物だったこと ルドモンを取り戻すため、ルドモンが再び怪物とさせられてDWと現実が再び赤い世界に沈み焼け落ちるのを防ぐため戦ったこと ルドモンは罪の意識に自殺すら選ぼうとし、それでもなおクロウと共に生きて皆を守るために戦うために乗り越えたこと そして決着… 「───これが、俺がDWでやってきた全部だ」 言葉が出なかった ひとりの高校生が経た短く纏められた旅路にどれほど彼らの苦悩が込められていたのか 死んだと思っていた命の恩人たちがずっとこんな残酷な運命に争っていたなどと、今日会えなければ二度と知ることがなかったのかもしれない 「……よかった」 知れてよかった 生きていてくれてよかった 運命に負けないでいてくれてよかった 「ちょっと待ってよ何それ…じゃあアンタが、あの街を消したっていうの…?!」 ずっと放心状態だった瑠璃がようやく搾り出した疑問 そうだ。経緯がどうあれ事実には違いない、それはずっと前から理解している。クロウもルドモンも沈黙の肯定を返し、瑠璃はますますわからなくなる 「しかも自分のパートナーを……なんでアンタはソイツの隣で平然としてるの…怖くないの?ルドモンはアンタの恩師ってヒトを……」 「そこまでだ嬢ちゃん」 「なんでって、そりゃ…───」 ピコン ポーチの中で着信音が鳴る 「また来た、差出人不明のメッセージ………えっ?」 「ん、どうかしたか」 「これ…」 ───『タ ス ケ テ』 「「「!?」」」 「いつもの地図の場所じゃない…マークが、動いてる…?」 「どういうことだ?」 差し出したスマホをそのままに今度はヤチホが語りだす かつて迷子になった街で出会い、何度も交流があった優しい街のお巡りさんだった秋月光太郎との出会い そして彼が最期に語った言葉と"ルドモンの話"を ───自分のパートナーデジモンがきっと悪い奴に無理矢理酷いことをさせられている。だから止めに行く。 どうか全てのデジモンを恨まないでくれ いつかキミが出会うかもしれない子も …デジモンという存在を ならば今、彼らに伝えるべきなのかもしれない 「このスマホはあの事件で壊れて無くしたはずなんです。なのに目が覚めたら枕元にあって、知らないアプリと一緒にメッセージと地図が届いて…」 アプリケーション名:Digivice メッセージ:ミツケテ 「デジヴァイス…だと!」 「定期的に届くんです。これ…デジモンと関係あるんですよね?わたし瑠璃ちゃんに相談しようとしてて、まだ土地勘もないから場所への行き方もわからないし…」 『───番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。只今〇〇県××市上空に未確認の…なにアレ、ドラゴン!?』 ほぼ同時に俄かに騒がしくなるTVモニターに全員の意識が向かう おそらくヘリからの望遠カメラが市街地の上空をフォーカスし、その中央に何か淡い薄紅のうねりが見える 「あれまさか…デジモン!?」 「また野生のデジモンがリアライズしおったか…いや、しかし何だこの違和感」 「…もしかして『あの子』がわたしを呼んでたの?」 竜が建物に追突し粉塵が上がる、瓦礫が飛び散り突き破ってまた空へと上がり建設現場の鉄骨や看板にぶつかりながらフラフラと彷徨っている それに呼応するようにヤチホのスマホ───デジヴァイスがソレの居場所を指し示す 「このままじゃ人混みで暴れるぞアイツ、ルドモンいくぞ!」 「おう!」 「ワシも行こう。道案内くらいはしちゃる」 「ちょ、ちょっと待ちなさいまだ話は終わってないわよ新入り!」 「……」 次々と皆が店を飛び出す中、ヤチホが固まったまま竜の姿を見ていた 「ヤチホさん」 「…っ、あなたは?」 「田中…いえ、あっしもここで働かせてもらってるデジモンの端くれです。話を聞いてましたお悔やみ申し上げます……そしてその迷いはわかるでゲス」 声をかけたのは厨房にそっと立ち沈黙を保っていた人物。丁寧な口調で優しい声色で共感をくれた彼に、たまらず心境が吐露される 「…わたしどうしたらいいか、本当に会いにいっていいのかな」 デジモンと関わること。それはずっと心のどこかで待ち望んでいた"非日常とまだ見ぬ友達"との出会いへの憧れ しかしヤチホの目の前に現れた現実は重くのしかかり、デジモンという存在にどう向き合っていいのか……そんな中で現れた自分を呼ぶデジモンの存在にどうしていいのかわからなくて怖かった 「ふむ…ヤチホさん、あっしはこんなナリなのであなたがあっしを怖がろうと構いません───ですがルドモンくんと出会って触れ合ってどうでしたか」 だがどうだろう。田中の言う通りルドモンもそしてデジモンである目の前の彼も、こんなにも心に寄り添ってくれる優しさを持っているではないか ───クロウは言った、ルドモンは過去を背負って一度は"自ら死を選ぼうとすらした"と。それでもその過去に生きて向き合おうと覚悟を決めて彼らは今ここにいるのではないか? 「ひとつ確かなのは、あの子はずっとあなたを待っていたことでしょう。独りぼっちは寂しいことです……あっしもよくわかります」 「田中さん…」 「デジモンだって悲しんだり何かに後悔するんでゲス。なら人間のあなたは…心持つあなたは、どうか自らの意思で、心にしたがって良い選択をなさってください」 心、そう心だ。人間だけじゃないデジモンにだってそれがあるんだ 単なるバケモノや怪獣なんかじゃない…それで終わらせてはいけない。『助けて』とヤチホを呼ぶ心がそこにある…待っているのだ 燻った迷いと涙を拭って 「───っ、田中さん!」 「はい、ルリさんの護衛もありますしあっしらも行きましょうヤチホさん。ご迷惑をお掛けしますがココでみんなの帰りを出迎えてください冬江さん」 「はぁい皆いってらっしゃい。せっかくだからヤチホちゃんの"新しいお友達"のぶんのおやつも用意して待ってるわ、ちゃんと紹介してよねっ」 「はいっ…!」 ──────────────────── 「現実世界にもデジモンが暴れてんの、全然知らなかったぜ」 「あれだ!」 スマホを掲げて群がる野次馬どもをクロウ・ルドモン・ヤチホ・瑠璃・オーナー・田中が突っ切り置き去り、地図に記された蠢く赤い点の正体へと辿り着いたそこへ《竜》の尾が薙ぎ払ったビルの瓦礫が彼等を手荒く出迎えた 「へっ…?」 「危ないヤチホ?!」 突然の攻撃に固まるヤチホを瑠璃が無理矢理引っ張り抱き寄せ、オーナーと田中がそれを庇うように飛び出す……が、 「うぉらあああッ!」 雄叫びをあげ、巨大な盾を振り翳して走り飛んだクロウが瓦礫を悠々と殴り払った 呆気に取られる面々。だがそれは彼がいままでずっとDWでそうしてきたように、何かを守るために為してきた多くの事のひとつであり……クロウはフンと鼻を鳴らして堂々と立ちはだかる 「大丈夫か?……瑠璃、なんでコイツと一緒にいられんのかって言ってたな?───『罪を憎んで人を憎まず』俺が恩師に教わった言葉のひとつだ」 盾がルドモンに戻りクロウの隣に並び立つ 「見えるかヤチホ。あれもデジモンだ」 彼らの目線の先、彼女の目線の先 ぶつかりながらビルの空を身を捩り、背なに突き刺さる禍々しい黒い歯車に苦しみもがき暴れるホーリードラモンの後ろ姿 唸るように響く声 そしてこれからホーリードラモンの手で巻き起こるかもしれない災禍の予感が、あの日の赤い世界とダブって見えそうになる さながらテレビの向こうに描かれる怪獣そのものがそこにいる ───同時に、その声に混じる痛みを、苦しみを想像する。胸が締め付けられる。苦しさの正体はアレへの『畏れ』だけなのだろうか…本当に? 「デジモンはスゲェ強い。アイツらのチカラはこんな瓦礫をぶっ飛ばしてくるなんてもんじゃねえ…もっともっとめちゃくちゃ強い。使い方を誤れば大勢の人間がカンタンに吹き飛んじまうくれーに」 「….っ」 彼の言葉に厄災の記憶が重みを含ませ耳を打つ 「だがそれがデジモンの全てなんかじゃねえ、アイツらも俺たちのように善も悪も両方抱えて生きてる。デジモンと一緒に歩んで冒険してきた俺たちは知ってる」 ───デジモンの力を闘争に使う者がいた 復讐に使う者がいた 人を惑わせ心を持て遊ぶ者がいた ───田中さんのように料理で人を喜ばせるデジモンがいた デジモンと一緒に歌でみんなを魅了するアイドルや合唱をやっている先生もいた お店建てて人々をもてなし、中には旅館を経営し皆を癒す手伝いをするデジモンたちがいた …動画サイトでの配信なんかも意外と人の役にたってそうなのかもしれない 「…お前が怖がってちゃ始まらねえぜ。パートナーと一緒にそのチカラの使い方を、お前にとって譲れないものを考え続けろ」 クロウは振り返り、ヤチホに残された一抹の不安を払うように不敵に笑む 「そしたら有言実行ォ!人とデジモン互いを信じて突っ走るまでよ───それが俺たち導く者(テイマー)だ」 「テイマー…わたしもテイマー?」 「ああ。俺はルドモンが"背負っちまったもの"をテイマーとして、相棒としてこれからも"一緒に背負う"。そして失わせてしまった以上にたくさんのものを護るために…デジモンイレイザーの"悪事"をブッ飛ばす!!」 苦痛の剣幕で彼らを睨み据えるホーリードラモンの下へまた一歩、また一歩と立ち向かいながら大きな背中が問いかける 「ヤチホ、お前はどうなりたい。お前を呼んでくれたあのデジモンと一緒に何をしたい」 「…まだわかんない」 答えは、やりたいことは多分ある 「でも…このままみんなを傷つけてほしくない。ルドモンみたいに苦しんでほしくない───わたし、あの子とお話したい、お友達になりたい!」 「…わかったぜ、よっしゃあやるか!!」 その答えを待っていたと言わんばかりの一際大きな雄叫び。クロウとルドモンが拳を突き合わせ、ゴウと赤紫の光が湧き立つ 「チャージ!デジソウル…バーストォッッ!!」 「ルドモン進化───《ライジルドモン・バーストモード》ッッ!!」 魔法陣から放たれた光《アポカリプス》が"見えざる壁に打ち砕かれ"、その幕間から漆黒の雷神が駆け抜け、聖竜に激突する 「ホーリードラモン!お前はこのライジルドモンが食い止めるッ!!」 ───先程から挙動に抱いていた違和感。ニュースに映されてから今に至るまでこのデジモンは"一度も技を使っていない"ようで。まるで何かに苦しむようにもがいては身を捩りぶつかりながら逃げようとしてるように見えた それはライジルドモンBMの追手にも変わらずやはり苦しそうな鳴き声をあげるばかりで、そこに介在する殺意の薄さ 『タ ス ケ テ』 あのメッセージの意味を考え何度目かの突撃 やがて聖竜にしがみつき見据えたそこに、蝕む根源を見る 「こ、コイツは…ホーリードラモンの背中に黒い歯車が!」 「黒い歯車!?」 「聞いたことがあります、あれは昔デジモンやDWに多大な悪影響を及ぼした暗黒の歯車でゲス……何故今になってそんなものが、しかも現実世界のデジモンに!」 「何者かがあのデジモンに黒い歯車を埋め込み、無理矢理ホーリードラモンに覚醒でもさせたか……だが」 デジモンを無理矢理操って悪事を働かせること。その凄惨さをルドモンから知り、今度はそれが目の前で繰り広げられている 酷い。瑠璃の心の中に感じたことのないまでの憤りが募る そしてもし田中が同じような目にあったとしたら、その末に多大な過ちを犯してしまったとしたら…彼らのように向き合おうとできるだろうか 未だ小学生の己にはそんな途方もない答えが出せない ───だが今、そんな理不尽へと向き合おうとしている友達が…ヤチホが隣にいる 「わたしが、わたしがもっと早くあの子を迎えに行ってれば…」 「心配すんなヤチホ。ようはその歯車をぶっ壊せばいいんだろ?」 「できるのか鉄塚のボウズ」 「やってやんだよ、俺たちでな」 大きな破裂音。鞭のように振るわれた尾が鉄塔を裂き追手を打つ……が、それを手甲で完璧に受け止め不動のライジルドモン。そのまま尾を掴み上げ空中で聖竜を振り回す 「ワリイ、コイツは少し痛えぞォ!」 きりもみになる巨体が怪獣騒ぎに人気の消えた交差点へと落下 「今のうちに背中の歯車を壊すんじゃ」 すかさずクロウらが駆けつけオーナーの指示がとぶ。皆が見守る墜落現場にライジルドモンも降り立ち聖竜へと慎重に歩み寄る 「───見つけた。この街の平和を見出す敵…ソイツはオレが貰うぜ!」 「なにッ!?」 「"ハイパースピリットエボリューション"!」 突如戦場にこだました勇敢な声。やがてビルの屋上から少年が飛び立つ その面影がデータの渦に呑まれ、無数の光に穿たれ紅蓮を纏い、剣を振り翳し降臨する新たなデジモン 「───《カイゼルグレイモン》!」 「いかん、アレは野良デジモンを狩る連中だ。鉄塚のボウズやつを止めろ!」 「マジかよ、ライジルドモン!」 オーナーの悲鳴に皆へと緊張が走る 躊躇なく龍魂剣から解き放たれた《炎龍撃》…一直線に聖竜へ飛翔した炎の矢。それを身を挺し躍り出た黒い雷神の盾が阻む 「オイ、なんで邪魔するんだよ」 「そっちこそ、コイツはオレの仲間の大切なパートナーなんだよ。勝手に割り込んで倒そうとするなんざいい度胸じゃねーか!」 「パートナー?だったらなんでこんな街中で暴れてるんだよ、おかしいんじゃねーか」 「だから…事情があんだってのォ!」 平行線、口論に埒が開かぬと互いが身構え 吶喊 カイゼルグレイモンが放つは攻防一体、長大な剣の刃を掴み放たれる隙の無いハーフソード術。敵の攻撃を受け、絡め取り、最小最高率の動きで致命に切り裂く 冷静沈着かつ明確な殺意を内包し確実にすり潰すための類稀なる技巧。一切の迷い無くライジルドモンBMに殺到する 「なんだこのデジモンめちゃくちゃ硬い!だけどそれ以上に…!」 「強え!だが黒いデジモン同士…負けられねーなぁ!」 しかし見えざる電磁バリアとクロウと共に積み重ね続けた勝負カンで型にとらわれず、激しく身を振り回して拳・蹴・さらには身を翻した背中の羽ですらも連続攻撃に転ずるライジルドモンBM。それはバースト化した"頑強なクロンデジゾイトの盾たる全身"を余す所なく『打突武器』として振り翳し、時に傷をも恐れぬ果敢な乱舞が龍帝の剣戟を徹底的に弾き飛ばす どちらにとってもDWあるいは現実において相対した経験のない未知の実力者であると察するには有り余る濃密な刹那 不意に二体に笑みが溢れる 「「やるじゃねーか…!!」」 これほどの者と鎬を削る機会が訪れようとは。願わくばこのような状況下で敵としてでなく話を聞いてみたくもあった名残惜しさ それを噛み殺したライジルドモンが、上体を軋ませながら起き飛び上がるホーリードラモンを視界の端に捉える 「待て!」 「逃すか!」 雑居する建造物を飛び石階段のごとく駆け上がり剣戟を結び、二つの黒が聖竜を追う 「ヴォォォオオオ!!」 「マズイ、撃たせるかよォオ!」 ついに恐れていた事態。空中にて炎龍撃を身構えるより早く、天を突いた聖竜の必殺技《ホーリーフレイム》の火線が眼下の街へ注がれよう様へ龍帝が叫ぶ 「しまっ…!」 「───!?」 …はずだった 「止まれぇええええッッ!」 ───"過ちは繰り返させない"。そのための"チカラ"だ! ライジルドモンBM、咆哮 黒き雷神の身体の紫光が強まり、本来不可視の電磁バリアが可視化されるほどまでに稲光を帯びた巨壁となり顕現する 聖なる光炎を包み、飲み込むように圧縮し潰れていくバリア。それを見据え雷神が両腕に収束させる追撃の一手 「ライトニング…ボンバァァァーーッ!!」 解き放たれた超高圧縮された雷球爆撃《ライトニングボンバー》がホーリーフレイムを完全に相殺し、一瞬黒煙が彼等を飲み込んで… 「礼を言うよ黒いデジモンさん、けど…捕まえたぜ!」 煙に巻かれながら伸びた龍帝の剛腕と剣がライジルドモンを背後から絡め取り動きを封じていた 圧倒的な切れ味を誇る龍魂剣、この至近距離で刃を引き絞ればライジルドモンの装甲とてタダでは済まないはずだ だが… 「切り札は」 「ここぞって時に切るモンだぜ!」 ドン!煙の彼方に予想だにしない"もう一つの紫光"が帯を引いた どこからともなく現れたテイマー───ライジルドモンへの"デジソウルバーストのバックファイア"により鉄塚クロウが限界を超えた闘気を武具のように四肢に纏わせ拳を引き絞る 「な…人間が空飛んで───!?」 「バーストモードォ…デジソウルパンチィィッッ!!」 「技名ダッサ!?」 「悪いなカイゼルグレイモン、オレたちの───」 バチッ ライジルドモンBMの姿が消失する 紫の稲光が明滅 龍帝の背後に轟く雷鳴 「な…に……?」 結論から言う この幕引きの始終をカイゼルグレイモンがはっきりと知覚することはなかった。全くもって 一瞬にも満たない刻の中で、クロウの殴りつけた傷跡を狙い澄まし───雷速化のライジルドモンBM。次の瞬間、 「───"勝ち"だ」 ───砕け散る。風に消えゆく黒い歯車を見送り力を失い崩れゆく聖竜 その中から退化し溢れた小さな命を抱きかかえて、紫電の残光の中で彼らが呟く 「んじゃそういうことだ…あばよ!」 「ライトニングバスター!!」 呆気に取られていた彼の間近、注ぎ込まれた電流がLEDスクリーンを覚醒させ爆音と光が煌々と脈動。カイゼルグレイモンの目と耳を奪う 「───…ッ!? また消えた…」 束の間の喧騒が晴れた時…そこには聖竜や黒い雷神、あの生身のまま歯車に巨大なヒビを入れたテイマーはおろか彼らの仲間すら1人も見当たらなかった ───最初から最後までコチラの猛攻を抜いながらずっとあの聖竜を止めるために戦い抜き、ついには自身をも出し抜いた名も知らぬ戦士。奴らは紛れもなく強かった そんな久しぶりの疲労感と妙な充足感に立ち尽くす龍帝の背中へ聴き慣れた声がかけられる 「どうやら先を越されたようだな」 「フェアリモン!遅かったな」 「ゴメンちょっとね。被害とホーリードラモンは?」 「いや…被害は大した事ない。ホーリードラモンは見たことない黒いデジモンが連れ去った」 「マジか…何か言ってた?」 「ええと、『コイツはオレの仲間の大切なパートナーなんだよ。勝手に割り込んで倒そうとするなんざ』───」 「……えっえっちょっと待って。もしかして下手したらこっちはキミの誤チェストを見るハメになるかも知れなかったのコレ?」 「けどホントかどうかわからないぜ。アイツこーんな尖った目したいかにも不良なトゲトゲ頭だったしー?」 「人を見た目で判断しちゃいけないよカイゼルグレイモン……まぁともかくそのトゲトゲ頭くんのおかげで今回は丸く治った…と見るべきか?」 「むぅ…あの黒いデジモン次あったらどう戦うべきだろなぁ」 事態の収束への興味より、カイゼルグレイモンの少年───九十九カケルは次なる決着を見据え頭をひねるのだった やっとの思いで街から逃げ出してきた店前に、フラフラとライジルドモンごと墜落めいて転がる面々をそそくさと瑠璃の母が招き入れ、もはや疲労困憊のクロウとガス欠に退化したルドモンは瑠璃たちに引き摺り込まれる形となりながら施錠 皆がようやく一息ついた 「ルドモン、鉄塚さん大丈夫!?」 「ぶはぁ!病み上がりのカラダでバーストモードなんてするもんじゃねえな痛てててて!」 「たまげたぞ鉄塚のボウズ。喧嘩っ早いのは知ってたが、いよいよデジモンの攻撃防いだり黒い歯車にステゴロでヒビいれるたぁ…」 「あらあら近頃の若い子はすごいのねぇ、なんて逞しいのかしら」 「いやいやおかしいでしょママ!アイツ人間がジャンプしちゃいけない高さ飛んでめちゃくちゃなパンチしたのよ!?」 「ま、まだぜんぜん慣れてねーからめちゃくちゃ疲れたぞバーストモード。……でも連れてきたぜヤチホ、オマエのパートナー」 ルドモンが丸い毛玉を差し出してヤチホがペタンと座り込みながらそれを腕に抱く…なんと暖かい手触り 「わたしのパートナーデジモン…あなたが」 「……やちほ?」 「……っ!うん、うん…はじめまして、わたしがヤチホだよ。あなたのお名前は?」 「ぼく、ユキミボタモン」 「ユキミボタモン…撫でてもいい?」 「うんっいいよヤチホ…ふぁあ、なんだか…とっても眠いや」 ぽつり、白い綿毛の体が光り、ヤチホが慌てて叫ぶも虚しく輪郭が解けユキミボタモンの粒子が散る 「あっ、まって消えないで!」 「いや大丈夫そうだ、ソイツを見てみな」 「デジヴァイス…?」 スマホを取り出しあっ、とヤチホが呟く 画面の向こうにまるで赤子のように寝息を立てているユキミボタモンのステータスがアプリケーションに展開されている 「いきなり究極体で産まれたんじゃ、そりゃ疲れるわな。よぅ眠っとる」 「頑張れよぅ新米テイマーさん!」 「ありがとう、ありがとうございます鉄塚さん、ルドモン…みんなっ」 涙目に笑みを浮かべるヤチホ。安堵がより深まったことで皆もまた笑い声を溢すのだった 「はい、はい…すみません急に。いえ大丈夫です、よろしくお願いします」 電話口に話す相手のご両親へ丁寧な挨拶を済ませてガチャリと受話器を置く。急なお泊まりになってしまった彼女は今、あの騒ぎの後ようやく出会えたユキミボタモンが眠るデジヴァイスをずっとにやにや見つめていて握りしめて、やがてソファーにすやすやと呑気に寝息を立てていた そんなヤチホをやれやれと一瞥し、沈黙を経て皿洗いを続けるクロウたちへ瑠璃が口を開いた 「…あのさ」 「どーしたぁ?」 「ルドモンに酷いこと言ってごめん。ヤチホを助けてくれて……ありがとう」 素直な謝罪と感謝、顔を見合わせたクロウらはそれを茶化さなかった 「心配すんな。オレはこれから目一杯頑張るよルリ」 「俺には…"あの頃の俺"は何にもできてねえよ。恩師に託されて、ワケも分からず必死に逃げて───イチバン死んで欲しくねぇヒトの背中に何にも言えなかった。だから何度も死にかけたがすげー頑張った……そんで秋月さんにも、今日ようやくヤチホにも何かしてやれたって思う」 「そっか」 「薄帯センパイは───」 「瑠璃でいい」 「…瑠璃はヤチホとは同じクラスだっけか、仲良いのか?」 「まだ転校してきたばっか。けど、友達になりたいって言ってくれた……だから私の友達に、してあげてもいい」 「そうか。オレが言うのもヘンだが、これからも仲良くしてやってくれよな」 「…プリン余ってるけど食べる?」 「おっ!マジかモチロンだぜ」 「やったゴチになりまーす!」 「食べたらさっさと帰って。じゃあおやすみ」 ───そして、 「おはようルドモン。いい朝だな」 「おうクロウ、そろそろだな」 かつて街が、人の営みがあった我楽多の大地。それは亡き故郷の名残 忍び込んた見覚えのある道路の跡に添えられた小さな花束と缶コーヒー…その景色に再び立つ今はあの日の煉獄の色も、恩師の背中ももう見えない 「ありがとうな秋月さん、アンタが必死に繋いでくれたから俺もヤチホも生きてるよ」 「ヤチホもテイマーになるんだぜコータロー。しかも相棒はホーリードラモンだ、将来大物だな!」 「アイツはもう大丈夫そうだ、だから俺もまた行くぜ」 時を待つ───まもなくデジタルゲートが繋がる。彼らはまたDWの冒険の旅へと立つ 「へっへっへ、こんな人気のない朝早くに旅立ちとは水臭いでゲス」 「ぶぇっくしょい!朝冷えは年寄りには堪えるわい…今度は見送りくらいさせろ鉄塚のボウズ」 「田中さん、それにオーナー!」 「ヤチホや瑠璃たちは…」 「まだまだ夢の中、寝る子は育つでゲス」 「ワリイな急に戻ることになっちまって、別れの挨拶もキチンとできてねぇのに…」 予想外の送別者、そして世話になりながらも別れの挨拶もできない面々に申し訳なさと嬉しさが入り混じり慌てていると、田中が小さなノートを手渡してきた 「DWにいた頃考えたそこの食材を使ったレシピの写本でゲス、日々の食事は大事なもの…キミなら使いこなしてくれると思って渡すでゲス」 「わざわざ書いてくれたのか…ありがてえ!」 仲間たちのために再び飛び込むDW、その冒険がいつ終わるともわからない以上非常に心強いアイテムだ。少しページを巡って見知ったデジタル食材の組み合わせに思いを馳せるだけでもよだれが出そうなものばかりだ 今度はオーナーがズイと前に出る…が 「ワシからは何もないぞ」 「うおっケチ!」 「まぁそう言うなボウズ、代わりにこっちに戻れる時はキチンと戻ってウチのチャーハン食いに来い。そんときゃサービスしてやる」 「やったぜ!!」 クロウの料理へのルーツのひとつ、少ない小遣いでいつも食べていた街中華屋の半チャーハン…その店で暴れかけたチンピラを追い出した時に、いつも半チャーハンだけ頼むヤツと顔を覚えられていたことから奢ってもらった大盛りチャーハンの味は今でも忘れられない。次戻る時は今度こそルドモンにも食わせねばならないと思う 「鉄塚のボウズの世話を頼むぞルドモン。相変わらずケンカっ早くそそっかしいヤンチャボウズだとわかったからな」 「おう任せとけ!あとオレにもチャーハンサービスしてくれよなー!」 「モチロンじゃよ」 「ヒューッ!」 餞別と共に再会の約束。今度はキチンと自らの意思で冒険に踏み出すことのできる喜び それを噛み締めながら、朝日と共に現れた光の渦へと踵を返す 「んじゃ、ヤチホたちによろしくいっといてくれ。昨日のプリンも美味かったぜシェフ───いってきます!」 「いってきまーす!」 「「いってらっしゃい」」 「はてプリン…?」 「はぁっ…はぁっ…!ちょっと、あの2人は!?」 「おやルリさんにヤチホさん、一足遅かったでゲス」 光の渦が消えた街から少し離れた河川敷。追いかけてきた少女らに田中は残念そうに笑い、その頬をつねって瑠璃がくやしがる 「んもーなんで起こさないのよ田中ッッ!」 「鉄塚さんいっちゃったんだ…」 「ルリさんですな?わざわざ彼等のためにプリンを用意するなんて…ふふ、美味しかったと仰ってたでゲス」 「なっ、なぁっ!?別にそんな……そう、よかった」 「嬢ちゃんらにもよろしくだとさ。次会うときにはキチンとその子をお世話できる一人前のテイマーにならんとな」 オーナーの言葉にデジヴァイスを両手に握りしめヤチホが頷く 「なるよわたし。この子とちゃんとお友達になってパートナーになって…あの人たちみたいにいざって時に、みんなを護れるかっこいい人になりたいもん」 赤い世界で最後まで立ち向かったお巡りさんと、その意志を継いだ若者と黒い雷神の姿に誓う 「ヤチホ…」 「その時は瑠璃ちゃんも護るから。わたしの大切なお友達だもん」 「なっ…べ、別にヤチホに守って貰わなくても自分の身くらい護れるわよっ!……でも、その心意気は、悪くないんじゃ…ない?」 「えへへ、やった」 「ただいまーお前ら元気してたかァ?」 「えっ鉄塚もう帰ってきたの?」 「えっ?」 「まだ3日くらいしか経ってないぞ」 「何ィ!?俺たち一週間くらい向こうにいたんだが」 「えっ嘘でしょ?」 「これが俗に言うリアルとDWの時間相違…か?」 「ざんねーん。鉄塚が戻ってくるまでの間にデジモンイレイザーぶっとばしちゃえたかもしれないのにね」 「オイオイそりゃねーだろ、やっぱ俺がいねーと始まんねえ。なぁ竜馬?」 (ここで俺に振る?という顔) 「あらエンデス様。なぁに、彼"また"狭間をしれっと通って時間差を帳消ししていったの?やっぱあの街ってなんだかあそこに繋がりやすいのかしらねー…ラッキーなんだかなんだか、やっぱ変…おもしろい子ね」