メタルサタモンは激怒した。 必ず、かの邪智暴虐のお嬢を倒さなければならぬと決意した。 目の前には余裕の笑みを崩そうともしない黒き魔神、クティーラモンとその配下たち。 「ワタクシが相手するまでもありませんわ!やっておしまいなさい!」 そうしてメタルサタモンへと襲い掛かってくるのは先ほどまではラブリーデビモンだったモノ。 首から下は確かにラブリーデビモンであったが頭部は牛を思わせる紫の異形へと変化していた。 「覚悟を決めろ!殴り倒す!」 それはかつての仲間へ対する慈悲。異形へと変えられてしまった今、葬ってやるのが情けだろう。 鋼に包まれた肉体から力があふれだす。 「キエエエエェェェェ!!」 雄たけびとともに元の日竜将軍さながらの格闘術で殴りかかるギュウキモン。 メタルサタモンはそれを片腕で受け止める。 次の瞬間、ギュウキモンは蹴りへと攻撃を切り替える。 それはメタルサタモンの無防備な腹部へと… 「高次元へのDIVE!クロノステイシス!」 当たる直前に時計の針が逆走し、ギュウキモンが蹴りの動作へ構える瞬間へと戻った。 と、動作の起点となる軸足へと先にメタルサタモンが攻撃を仕掛けギュウキモンの体勢を崩す。 ギュウキモンはつんのめるように前へと倒れこみながら、二体の距離が限りなくゼロへ近づく。 「サークル・ナーリア!」 メタルサタモンの右手からレコードのように回転するエネルギーの輪っかが形成された。 それは回転鋸のように鋭利な刃となる。 「許せ、後悔しないと決めた。次は強いデジモンへと生まれ変われるさ。」 ザンッ! 輪がラブリーデビモンだったモノを腹部から真っ二つに切り裂いた。 後に残ったのはデータの残骸だけ。 クティーラモンとその配下の姿はもうどこにもなかった。 「このくやしさは胸に刻んでいこう、日竜将軍。」 と感傷に浸るメタルサタモンは不意に視線を感じた。 振り向くと人間と1体のデジモンが物陰からこちらを見ていた。 和装でボサボサ頭の男とパンプモンだった。 「あ、オレ達にはお構いなく~」 人間の方がそそくさと退散しようとする素振りを見せる。 どうやら一連のやり取りを見ていたらしい。 普段のメタルサタモンであれば木っ端テイマーの一人や二人、相手にするまでもなく見逃していたが、今は虫の居所がわるかった。 メタルサタモンは二人へとぐいぐい近づく。 「あれ~?やっぱり怒っていらっしゃる?」 「おいおい~だから言わんこっちゃないぞ雄二~」 「逃げたり、あきらめたりしてもいいんだぞ。もっとも逃がす気はないがな!」 メタルサタモンとしてもこれが八つ当たりだとは理解している。 だがこの怒りを何かにぶつけないと気が済まなかった。 「パンプ!やれるか!?」 「いや相手はネオデスジェネラルの筆頭だろ!?無茶いうなよ~!」 「ですよねー!」 二人は踵を返し一目散に逃げだした。 と、男が手首の機器を操作、同時に空間が変わる。 これはバイタルブレスの疑似デジタル空間展開だ。 「全速力で駆け抜けろぉ!私を楽しませるためにな!」 メタルサタモンの投げた光の輪が雄二と呼ばれた青年のすぐ横を通り抜ける。 その直撃を受けた岩がきれいな断面を見せながら崩れ落ちる。 「あっぶね!?」 「こっちだ雄二!」 パンプモンの先導に雄二は付いていく。 あちこちへ方向転換をしながら一方的な鬼ごっこを続けることおよそ10分。 木々はなぎ倒され岩は砕かれながらも、それを紙一重でかわし続けた二人は今行き止まりへと追い詰められていた。 「行きつく先が険しい崖ではなあ!」 背後には切り立つ崖が壁となり立ちはだかる。 とてもではないが人間では登ることは不可能だ。 「ここまで、か?」 と雄二があきらめかけたその時。 「久しいなメタルサタモン!今日こそ決着をつけるぞ!」 救世主はその崖上からやってきた。 全身黒い鎧。差し色の黄金色が眩い。手には蛇を模した装飾の剣刃。 「ああ!?」 メタルサタモンが驚く。 その威容についてパンプモンは見覚えがあった。 「あれは…アルファモン!?」 崖上から飛び立った黒い影は剣を構えながら真っ直ぐメタルサタモンへと突撃する。 メタルサタモンも光の輪を構え… ゴッ! 両者の「蹴り」が空中でぶつかり合った。 「くっ!」 距離を取りながら体勢を立て直す。 再び向かい合った二体はそのまま猛スピードで激突、頭突きで互いを迎え撃つ。 傍から見ている雄二とパンプモンには何が何だかわからない戦闘である。 なぜ武器を構えながらそれを使わないのか、なぜ攻撃もせず真っ直ぐぶつかったのか。 たった2合、それだけの打ち合いで戦闘は終了した。 「結果が…繰り返しては掴めない…!?」 「やはり我らの戦いはこうなるか…。」 決着がつかないことに両者納得はぜずとも理解はしていた。 客観的には2合だが、両者の主観的にはその戦いは数百手にも及ぶ。 アルファモンの剣が当たる直前にメタルサタモンは時間を巻き戻し、メタルサタモンの光輪が当たる直前にアルファモンが時間を巻き戻す。 幾多の攻防の果てにお互いの攻撃が相殺された妥協点が蹴り合いと頭突きによる激突だった。 アルファインフォースとクロノステイシス、同質の力を持つがゆえに起きた事象。 よってこれ以上の戦闘が無意味であるということも共に理解していた。 「よくも...覚えてらっしゃい!」 捨てセリフとともにメタルサタモンは去っていった。 「さて、と。ようやく会えたなアルファモン。」 「ユウジか。」 「ボクもいるよ~」 かつて共にデジタルワールドを旅した仲間の、6年ぶりとなる再会。 アルファモンの体が光に包まれ、少女の姿へと変貌していく。 「ユズの姿をしていたのはやっぱりお前だったんだな。」 雄二が見た「山を斬る少女」の映像。そこに映っていた少女は人間の姿でアルファモンの剣を操っていた。 また、各地での目撃情報を集めたところその人格は極めて真っ直ぐかつ真面目だとも。 それはかつての記憶にあるアルファモンと一致するものだった。 「とっととここを離れようか。またアイツらが来たら厄介だしね~」 「そうだな。アルファモン、悪いが少しばかりついてきてはくれないか?」 とパンプモンと雄二の二人はそびえたつ崖の方へと歩いていく。 雄二がデジヴァイスを操作すると疑似デジタル空間が解除される。 そこに崖はなかった。 「なっ?」 「デジタル空間と現実空間にはたまにこういった『ズレ』が生じることがある。」 「で、ボクがそれを見つけて雄二が空間の切り替えを高速で行うことでアイツを撒く作戦だったのさ。」 「なるほど、私の助太刀は余計だったかな?」 「そんなことはないぞ。むしろアンタを釣り出すことがオレ達の目的だったからな。」 そう、雄二とパンプモンの二人は最初からアルファモンを探すために行動していた。 きっかけは水龍軍とアルファモンの戦闘が目撃されたことだった。 そこからこの近くにアルファモンがいて、ネオデスジェネラルと敵対していることが分かった。 メタルサタモンに目撃されたのもある程度計算の内。退路も事前に調べていた。 あとは騒ぎを大きくし、ネオデスジェネラルがいる、ということを喧伝すればアルファモンもそれを倒しにやってくる。 それは果たして、とんとん拍子に想定通りの方向へと動いていった。 「では私はまんまと餌に食いついてしまった、というわけか。」 そう言いながらもアルファモンの表情は満足げだった。 …… … 「じゃ、じゃあユズはまだ死んでないんだな!?」 歩きながらアルファモンはこれまでのことを話す。 「ああ。私はユズと一体化していて、この肉体は彼女のものだ。 6年の間に損傷は全て癒えたはずなのだが、未だに彼女の意識は目覚めぬままだがな…」 ずっとこの子とを気に病んでいた雄二は涙を流しながら喜んだ。 「希望は…まだ潰えてはいない。それだけで十分だ。」 ずっと心に痞えていた忘れられぬ後悔。 この6年、何度あの光景を悪夢として見ていただろうか。 雄二は心が少し軽くなった気がした。 「これは失礼しましたアルファモン。これからは私達もともに貴方のお手伝いをしますよ。 とパンプモンが急に豹変した。 「あー、パンプなんで『そう』なった?お前以前ユズは『そういう』相手じゃないって言ってたろ?」 「だってよ雄二、考えてみろよ。 まず今の彼女の肉体は6年前…15歳の頃のままだ。だが実年齢は21歳。合法なんだぞ合法! そして第二が人格がアルファモンであるってことだ。ユズは全てが『完璧』過ぎたからな。」 雄二はユズのことを思い出す。 彼女はセクハラ的な冗談やナンパも「全て理解したうえで」冗談で返したりスルーといった対応を取っていた。 「パンプモン…相変わらずあなたの言動は理解できませんが、何か失礼な事を言っているのだろうということはわかっていますからね?」 「パンプ、その辺にしておけ、俺らの間にそういう冗談は通じねえんだ。」 ここにパンプモンの味方はいなかった。 「それで、アルファモンに提案なんだけどさ。3人で一度デジタルワールドへ行かないか?」 早々に思考を切り替えパンプモンが普段の調子に戻る。 「実は俺たちあのあとすぐに逃げるようにリアル(こっち)に戻ってきていてな、マサキやななみには一度も会っていないんだ。」 雄二がパンプモンの提案を補足する。 「マサキ、ナナミそれにコマンドラモンとワームモン彼らにも久しく会っていないが…今更戻れるだろうか?」 アルファモンが不安を口にする。 「そこはまあ…俺たちが付いているし、何よりもユズの現状をあいつらに伝えておきたい。」 アルファモンは暫く思案し… 「ふむ、私もいつまでも避け続けていい話ではないからな。向き合うべき時が来たか…。」 3人は向かい合い頷くと山の奥…デジタルとリアルの境界が薄くなっているとウワサされる場所へと向かうのであった。 (了)