〇  クンビラモンが居るのは電脳の海だった、デジタルワールドは目で見るものだけが正しいと限らない。0と1で出来た世界であるからこそ、世界はより複雑に構成されている。例えば位相の違う世界などリアルワールドには存在していない。薄いテクスチャ1枚隔てた先にまた世界が広がっているなど言うのはデジタルワールドを知っているテイマーですらなかなか存在しないだろう。今クンビラモンが存在しているのはまさにそんな位相の違う世界だった、エーギルの1レイヤー裏側だ、そんな世界にわざわざやってきているのはクンビラモン自身の疑念を払拭するためだ。  事の発端はしばし前、浩一郎と共にエーギルの前身だった廃墟の事前調査、その調査のときは一切何の問題がなくすべてが平常、むしろ自分たちが手伝う必要もないほどに既にアスタモンの子飼いが綺麗に見た後だったが、どうにも疑念をぬぐい切れなかった。言葉にしづらい不安感がクンビラモンの中にはあった、気にしすぎだと言われればそうなのだが、廃墟一帯が無菌室のような感覚を覚える。乱雑としてなければならないし見た目は乱雑なのに丁寧に綺麗にされているような。  こんなことをするのはエーギルの、あるいはアスタモン率いるスタッフに対して泥を塗るようなこと他ならない。既によしとして開放している施設に対しまだ何かあるのではないかと思って裏でこそこそ動いている、リアルワールドだったら営業許可を出されているレジャー施設に対してこそこそと不備を嗅ぎまわる行為に他ならない。それでもなお動くのは、やはり相棒のことを思ってだった。  少年時代からの相棒で、大人になるにつれてだんだんと臆病になっていった格好つけの大事な相棒が今日という日をいい1日でいてほしいという友人心他ならない。だから万が一にも何も起きて欲しくないし、自分の心配もやはり何もなかったのだと笑い飛ばして自分も残りの時間を過ごすために嗅ぎまわるような真似をしているのだ。 「エリアA……Ok……B……OK……C……OK……やはり異常なし……そうだよな……気にしすぎか」  世界そのものにスキャンを入れる、空間に微弱なエコーをかけてその反響から異常を察知するレーダーには何も映ることはない。やはり、『何も存在しない』綺麗な世界のままだ。 「……待て、綺麗な世界のまま…?」  嫌な予感がした、たとえデジタルで一見綺麗な世界でもデータのカスは常にでき続ける。例えばデジモンは排泄物をする、その排泄物は人間で言う糞や尿などとは違いある種全身から出来たデータでの残骸だ、それがわかりやすいテクスチャアイコンとして糞と表示されるだけだ、今はデジモンの精神の多様化がや性自認が進みそう言ったわかりやすい排泄物テクスチャでの表示はなくなったがあくまでそれは表面上の話、今でもシステム上の廃棄データがあり続けるのは変わらない。  そしてそれは世界も同じだ、一切何の揺らぎもない空間など存在しない。無菌室の様に完全に廃棄データのない世界を作ろうとするのならばそれ相応の構築が必要になる。この世界がそう言った処理がなされているとは思えないしレジャー施設と言う事を考えればそもそも必要性がない。 「糞…チェック…項目そのものを増加、わずかなノイズまで全部!!」  自分の中に増築してあるソフトウェアを再度起動、項目を増やして空間の揺れまであらゆるものをチェックする、チェックは数秒で終わる、それを数パターンに分けて実行、クンビラモンの嫌な予感が当たった。 「糞ったれ…この空間、作られてやがる……!」  チェックして理解してしまった、ノイズの一切ない綺麗なまでの世界、寸分違わぬ工業製品と同じように一切変わらないスキャン結果にクンビラモンは1つ舌打ち、考えたくもない嫌な予感が一気にくる。そして思想する、この空間を作ったのは誰だ、何をしなければならない。 「っ……ああ、糞っ……」  そして浮かぶ相棒の顔、そうさ、今あいつはすみれと楽しい時間を過ごしてるんだ。 「いいさ、やってやるよっ!!」  クンビラモンはニヒルを気取る、しかしその性根は浩一郎とあまり変わりはしない。また己の中の矜持に従う癖がある。なら、やるほかない。 「作られた空間である以上必ず綻びがあるのは間違いない、そもそも何かの目的がなけりゃこんな空間ありはしない、この世界を除いてるやつがいる、あるいは……この世界で偽装して向こうに何かをしようとしている存在がいる、なら入り口があるはずだ……どこだ、探せ……どうする」  思考、自分の中に深く潜る。デーヴァのデータをもってして進化したのならばできる。己にならばできるはずだと鼓舞する。唸り、一瞥、すぐに思考を解除する。 「あんまりこう言うのは……好みじゃないんだけどな!!」  クンビラモン本体は非力、体躯は小さく成長期の頃よりもサイズ自体は小さいが備え付けられた力は完全体にたがわぬ強力さを誇る。その一端が念動力、背中に背負った巨大な武装宝杵(パオツウ)をも振り回して近接戦闘をこなすだけの出力がある。しかしこれを直接使わないなどとは一言も言っていない。出力を一気に引き上げ空間そのものを震わせて干渉する。どこに居るのかわからないのならば面による制圧だ、脳筋極まりないが手っ取り早い。 「ぉ……ォ……ォオオオオ!!」  クンビラモンの怒号と共に世界が揺れる、虚構の世界を振動が偽装そのものすらも剥がしていく。 「やっぱり……脆いよなぁ!」  多くのテイマーとデジモンを欺きそこに正常に存在する様に見せかけるのであれば違和感がないようにしなければならない、そう言ったなかで最初から強固な檻を作ってしまえばそれそのものが巨大な存在として認識される、スキャンをかければ一発でわかる。欺くならばこの世界相応に同じ空間として作り上げなければいけない。何より向こうからこちらに干渉することを考えるのであれば必ず存在する突破口。 「見えた――!!」  振動で空間がゆがむ、クンビラモンは見逃さない。偽装世界の一部が大きく揺れたことを、そこが最も弱い点であることをデーヴァの目が見間違うはずもない。 「つぶれろっ……!!」  空間のその部分だけに亀裂が入っていく、デジタルワールドだからこそ許された強大な出力の一撃が轟音を上げて世界そのものを破砕する。  そして現れた。 「ぉ……ぉぉぉぉおおおおっ!!!」  青く不衛生で粘質な体に機械の骨格が現れた。ヘドロの様に臭い悪臭をまき散らしている。 「レアモンっ?!……お前がこんな世界を……いや、無理!!」  知性泣きヘドロの肉体は常に崩壊を続け知性と言うものは一切感じさせない本能のままに動くレアモンに偽装する世界などと言うものを作り上げるだけの能力があるとは思えない。 「ならこのように誘導した何かが居る……いや、違う、それならアスタモンが既に勘付く……逆か、偶然この世界に紛れ込んだんだな!」  推理を披露しようとも誰もそれを褒めるものもいない、こんな時に、とクンビラモンは思ってしまった。相棒が居れば軽口の一つも叩いてくれたはずだ、やはりテイマーとずっといた時分には違和感を覚える。 「ちっ……いいさ、この世界にお前がいると……浩一郎が安心できないんでなっ!悪いが……デジタマまで還ってもらうぞっ!」  世界に対しての念動力を解除、即座その動きを変化させた、俊敏な動きはいつしか分身を生み、分身は規則だった動きに変貌する、サイコキネシスの応用、強大な圧力で作り出す封殺用の結界にレアモンを押し込めた 「ブッ潰れろ!!」  さらに追撃、背中の宝杵を叩き込む、クンビラモンの必殺、クリミシャがレアモンの圧殺する。ヘドロの中の機械骨格が破砕される音と共に崩壊が始まる。成熟期と完全体には強大な隔たりがある、非戦闘型の完全体ならば勝ち目はあるがかもしれないが、クンビラモンは上位の戦闘能力を持っている以上そこに逆転の目はない。後はこのままデリートする以上のことはない。 「ま……あいつに何もなくてよか――」  意識が一瞬逸れた、致命的だった。 「ガっ……!?」  本来は押しつぶして終わりのはずだった、意識外から刈り取るような一撃が来た。ありえるはずのない奇襲がクンビラモンに打撃を与えた。衝撃が矮小な体躯を吹き飛ばすのは容易だった、悪臭。 「嘘だろ……土壇場で……進化しやがった!?」  赤い目を見開いた。その先にはレアモンよりも寄り大きく、より醜悪で、そして寄り本能のままに生きる凶悪なデジモンが唸りを上げている。大型の黒い口の周囲には青から緑に変わった粘質なヘドロの口がひたすらに何も考えていない本能のままに何かを咀嚼しようと口を開き閉じを繰り返していた。 「そうなるまでどれだけ食った……レアレアモンになるまでどれだけおびき寄せやがった……!!」  想像がつく。エーギルの前身だった廃墟に偶然存在したテクスチャの裏側にさらに存在した空間に偶然レアモンが紛れ込みそこに住み着いた、後はやってきたデジモンなりテイマーを捕食していた。綺麗すぎるのもわかる、単にこいつが裏側から表のデータを食っていただけだ、おそらくは自分の排泄データまでただ喰い続けていた。 「本能だけでよくやってくれる!」  レアレアモンの触手が飛ぶ。クンビラモンを食うために。 「簡単に餌になんぞなってやらんぞ!」  自らの小ささが回避するのに有利に働くことをクンビラモンは知っている。だから逃げ回ることに何の支障もない、しかし内心では焦りを感じている。先程速攻をかけるために必殺を進化前のレアモンに叩き込んだせいで少しばかり出力が落ちている。それにテイマーがいないということはサポートを受け取ることもできないということになる。おおよそ自分が不利であることは変わらない。 「糞っ……心配かけないためにって考えてこれじゃ世話がねぇ!」  自分自身に悪態を吐く。人には格好つけだのなんだのと言っておいて自分は先走って体たらくをさらしている。愚かと言うほかない、あれならば1人でどうこうせず浩一郎あるいはせめてアスタモンに連絡をしてから攻めるべきだった、しかし後悔は先に立たない。 「っ……届けっ……頼んだぞっ……!」  わずかに残ってる力を振り絞り、己の分身を飛ばす。後は野となれ山となれ、だ。 〇  異変に気付いたのはシンドゥーラモンだった、久方ぶりに知り合いのクンビラモンと顔を突き合わせて普段の愚痴でも吐き出そうと思っていたがどこかしこ探しても見当たらない、仕方ないのでふらふらと歩きまわって歩いているテイマーに声をかけて見かけていないか聞こうとしても一切その姿を見たものはいないという。流石におかしい気がした、とは言えどこに居るかなどそもそもここが初めて来た場所である以上土地勘などない、どこを見ればいいかなど検討もつかない。 「んー……どこに行っちゃったんかねぇ」  羽で鶏冠を軽く掻き人が悩むようなしぐさをとる。このままだとつまらないまま1日が終わってしまう。早く出てこいと、そろそろ迷子センターにでも行くか考えていた時にそれが来る。 「……鼠?」  デジモンの反応はあるがデジモンでないことがわかり、そして思い至る。 「え……あれクンビラモンの分身じゃないの!!」  どうしてここにそんなものがあるかなんてわかりはしない、しかしクンビラモンが何かを訴えようとしているのがわかる。シンドゥーラモンが駆けだす。 「すみれー!!浩一郎――!!」  おそらく今楽しんでいるであろうテイマーたちの名前を呼んで走り出す、どこに居るかは大体わかっている、2人とも言い大人だからワイワイキャピキャピしないのはわかる、こう言うところだから楽しめばいいのに大人のなんちゃらが邪魔するような2人だからおそらくはそう言った楽し気なところは少し離れた場所にいるはずだ、そしてそれは当たる、すみれが泳ぎ、それを浩一郎が見ている。 「あれ……シンドゥーラモンどうしたの……クンビラモン見つからない?」  不思議そうな顔で浩一郎が悠長に告げる。即座にシンドゥーラモンは言う。 「分身飛ばしてるっ!クンビラモンがっ!」  その言葉を聞いた瞬間に浩一郎は一気に走り出していた。 「あ、ちょっ!置いてかないで!?すみれっ!!」 「聞こえた、わかってる!!」 〇  あの馬鹿、気づけば俺はそんなことを呟きながら走っていた。普段とは頼りないビーチサンダルから硬い、転んだらすりむくのは確定であろう地面の感触を感じる。きっと痛いのだろう、しかしだからと言って走ることを止められない。誰かがプールサイドは走らないでという言葉を言っている気がしたが、無視する。デジヴァイスを起動する、システムを起動してクンビラモンが放った分身の残滓を探す、反応がある。そのまま進む、怒りがこみ上げた、俺たち相棒なのに何1人……?で突っ込んでるんだよ、馬鹿野郎。  走った先にはシステム制御室がある、どうしてこんなところにいたのかはわからないが確かに残滓がここで途切れている。 「なんだ、ここでいなくなって……そうだ、テクスチャが違う!」  即座に浮かび上がった、デジタルワールドはリアルワールドと違いそう言ったものがあるのは知っている。可能性があるのならすぐにでも試すほかがない。  待ったをかけたのはすみれちゃんだった。いつの間にか追いついていた。 「すみれちゃん!?」 「待ってよ……私も行く!!」 「何言って……」 「また突っ走って……」 「俺と、俺の相棒の話だぜ」 「だから……?戦友でしょ……!」 「っ――悪いことするかもよ」 「だったら叱ってあげる……」 「警察として?」 「人として!」  一瞬、視線の交叉。 「わかった……今だけ人生、俺にくれよ」 「高いよ」 「いいね、利子もつけてくれ!」  そして一生かけて返させてくれよ、言って、位相を変化させる。  そこは地獄絵図だった。クンビラモンと巨大なデジモン、ヘドロの塊、悪臭を放つレアレアモンがやり合っていた、しかし既に優位はレアレアモンに傾きかけていた。既にクンビラモンの動きが鈍っているのは、力を多く使ったからか。 「クンビラモンっ!!!――ガっ!?」  たまらず駆け寄っていた、猛攻の合間を走れば自分に打撃が入るという一切の事実を忘れてただ相棒の下に。だがそんな不注意で動けば当然敵の狙いになるのは考えるべきだった、触手の一撃が上半身を叩きつけ、粘液は消化能力を持っているのかパーカーを焼き下の肌をも溶かそうとする。振り払う、あくまでぶつかる程度、喰われたわけではない、何より今はそんなことすらも考えていられない。 「浩一郎っ!?」 「このっ……この馬鹿野郎っ!!」  何か言葉があるはずだった、何か言うべきこともあったはずだった、しかし焦りと怒りが極まると精々そんな言葉に集約されて終わるらしい。俺の言葉にクンビラモンが小さく苦笑いを浮かべた。 「へへ……シクっちまった」 「じゃない!糞っ、人のこと散々格好つけなんて言っておいて!」 「まあ……似た者同士ってことさ」  残った力を振り絞るよう、胡乱な動きでクンビラモンが宙に浮く。 「んじゃ、俺とお前がそろえばって奴だ……ぶっ飛ばしちまおうぜ……」 「ああ、だけど主役は俺たちじゃない……クンビラモン!レアレアモンを抑えてくれ!」 「アイよぉっ!!」  金切声にも似た声を上げてクンビラモンが疾走する。必殺のクリミシャを撃ちだす手前、分身による結界、圧力をかけてレアレアモンを抑え込む。だが、今のクンビラモンならば一瞬でその封印を叩き潰されるのは想像がつく。レアレアモンも完全体だ。だが、今、俺たちには――。 「すまんね、こんなことになっちまって」 「気にしないで……昔の冒険、思い出しちゃったからさ」  女神がついている。 「なら……そうだな、2人に頼もうか……一曲歌ってくれよ」 「リクエストは?」 「そうだな……目も覚めるくらいの子守歌をっ!」  すみれちゃんが笑う。 「いくよ、シンドゥーラモン!」 「オゥケィ!!痺れさせるよっ!!プーヤヴァーハ!!」  クンビラモンと同じ宝杵を背負うシンドゥーラモンはその使い方が違う。クンビラモンはその杵を振り回し直接ぶつけるのに対しシンドゥーラモンはエネルギーを溜め、雷撃へと変換し、そして放つ。まさに痺れる一撃、なんの消耗もないシンドゥーラモンの雷撃は、レアレアモンの体を焼き、機械部分を停止させ、動きを止めていく。 「流石……警察やってるだけあって鍛えてるね」 「そうでもないとやってられないからね」  俺とすみれちゃんはデジタマに還るレアレアモンを見ながら拳を軽く突き合せた。  見る。ただ生きていただけのレアレアモン、それを身勝手に吹き飛ばした俺を恨んでくれていい、だけど今のすみれちゃんとシンドゥーラモンの一撃は……慰めにはならないが次にまたこの世界に戻るための子守歌になってくれればいい、ただそう思う。俺やクンビラモンならばできないであろうが、きっと、すみれちゃんたちの思いならば……きっと君がまた、この世界に戻ってくるための導になると、そう思う。 「あ」  とうとつにすみれちゃんが声を上げた。 「浩一郎君、パーカー」 「……あ」  さっきレアレアモンに焼かれてパーカーが消え失せていることに気づく。 「あー……まあ、見ないで?」 「無理でしょ」  まあ、わかっていた。 「……ま、見ての通り傷だらけって奴……」 「こんなになるまで……」  言いながら俺の傷に触れてくる。 「警察見たいに、誰かを守るためについた傷じゃないよ、全部全部自業自得、好き勝手の代償……こんなもん見せたくなかった」 「……なんで?」 「呆れられると思ったから」 「ばか……」  今、その呆れた声で言われた気がするのだが、多分それは傷に向けられたものではない。 「そんなことで、呆れたりはしない……しない……けど」 「けど?」 「心配かける様なことして……!」  ああ、それもあった。 「自覚してる、こう言うことしてればそう思う人、居るんだって……」 「だったら」 「でもやめらんないんだ…自分をかけた最中にだけ、俺は……何か変な実感を感じるんだよ」 「本当に……死んじゃうよ」 「……かもね……ああ、でも……そうさ、少しだけ安心したから」 「……何に?」 「君が……この傷で呆れられないって」 「なんで呆れるの」 「欲望の傷は、秩序の人に見せるもんじゃない……でも、うん……少なくとも君がそう言ってくれるなら」  少しだけ心の曇りが晴れた中で、言葉にする。 「もう少しだけ……心配かけないように動くのもいいかもしれないな」  言えば、すみれちゃんが笑い。 「それが普通なんだから……馬鹿」  ごもっとも。 〇 終幕 〇  エーギルの騒動は静かに収められた、内々にするという約束、特に報酬も求めずただつつがなくあることだけを約束して。  その後はクンビラモンはチューモンに戻ってデジヴァイスで休息し、シンドゥーラモンはそんなデジヴァイスにしこたま説教を続けた。  俺とすみれちゃんはなぜかそこから吹っ切れて、ただひたすらに遊んだ、子供の頃にはやらなかったことを童心に戻って。そんなことをしていたら気づけば夜になり、俺たちの居る場所はナイトプールへと変わる。売り子の女の子に予約しておいたフローティングランチをもらい、それをつまみながらゆっくりとする時間は甘美で、永遠に続けばいい、そんな風に思わせる。  花火が上がる。轟音を上げながら火の大輪が夜空を染めて、星と共に彩っている。  そうだ、と横にいるすみれちゃんに声をかけた。 「今日、帰りどうする?」 「どうしたの、急に」 「まあ、言い方はあれになるけど、金はあるからホテルの空き部屋、とれるよ」  そう言うとすみれちゃんが悪戯っぽく笑った。つやっぽく、委員長然とした子供の頃ならば見せないような、蠱惑的な笑み。 「もしかして、ワンナイト誘われてる?」  にやにやと挑発的で、その言葉に誘われそうになるが、いや、と断った。  勿論そう言ったことをするのが嫌なわけじゃない、彼女の肢体を貪れるなら男としては最上だ、だが、 「いや……やめておく」  久しぶりにちゃんとした笑みで返せた気がする。 「俺は……君との関係をたったの一夜で終わらせたくない」 〇  なあ、君は知らないだろうが俺は君に恩を感じているんだ。とてもとても返しきれない恩を。今日という日はいつか必ずただの思い出になるだろう。その思い出を思い出したときに、少しだけいいものだったと俺は、君に思ってほしいんだ。