「あ”ーっ!!なぜ私がこんなに書類仕事をせねばならない!」 ホムコールモンは悶えていた。 「そうお怒りにならないでくださいませ…」 マーメイモンは困ったように彼を宥める。 「どいつもこいつも好き勝手に依頼を出しやがって…!…これはオイナのことだろうからまだいい!なんだこの経費の請求は!それぐらい自分で払え!!!」 怒りに呼応して、ホムコールモンの力が勝手に勢いを増す。 「あっつ…!」 「すまないマーメイモン!」 ホムコールモンの力は熱の操作。水棲系デジモンと氷雪系デジモンの頂点を名乗りながらも、彼らの大敵となる炎に近い、高熱も扱うことができる。 マーメイモンもまた例外ではなく、彼の左半身から発せられた高熱により軽い火傷を負ってしまった。 この能力は、彼にとって疎ましくもあった。熱を生まずに完璧に氷を操ることができれば。そう彼が思ったことが何度あっただろうか。 (やはり私には…この軍団を率いることは難しいのだろうか…) 『貴様に水竜将軍の名は重すぎる!』医療担当を呼び、彼女の治療を命じた彼の脳裏に先日処刑したハンギョモンの言葉がよぎった。 「裏切り者が何を言う。痴れ者の言葉をいつまでも覚えている必要があるか。」 「うら…ぎり?」 ホムコールモンの誰に向けるでもない呟きを、少女は聴いていた。 「オイナか。ユキダルモンはどうした?」 オキグルモンのコピー。見た目も精神も幼子のそれをしている彼女のお守りに、彼はユキダルモンを任命していた。 「ホムのことが気になって来た。それより!うらぎりってなんだ?」 「裏切り…か。」 オキグルモンの離反による軍団の崩壊、将軍を名乗る者の乱立、頭が離反したことが呼び水となって現れた大量の離反者。 それらを全て彼女に伝えてしまうのは無理だろう。別人とは言え同じデジモンの引き起こした出来事。そして何よりも、彼女はまだ子供だということ。それらを案じることは、子供が苦手なホムコールモンにも可能だった。 「……この世で最も許されないことだ。わかるか?」 「わかる!」 「オイナは私のこと、裏切らないでくれるな?」 「うん!」 「そうか。じゃあ、ユキダルモンのところに戻りなさい。」 「わかった!」 とてとてと走る彼女を見るホムコールモンの目は、どこか曇っていた。 ───────── 「大変です将軍!敵襲です!しかも大勢です!」 書類仕事をようやく済ませたホムコールモンの耳に、レキスモンの焦った叫びが飛び込んできた。 「どこの軍勢だ!」 「敵は自らを氷竜軍と名乗っているようです…なんでも、氷竜将軍というのがトップだとか…」 「氷…竜?なんだそれは?」 「ならば俺が教えてやろう!」 執務室に突如声が響いた。 「ホムコールモン様これは…?」 「通信に割り込まれたのだろう。」 ホムコールモンは落ち着きを取り戻し始めていた。 「俺は氷竜将軍、絶凍のアイスデビドラモンだ!ホムコールモン貴様に命令する!ダークネスローダーと部下を差し出してもらおう!そうすれば貴様の命だけは助けてやる。…デジタマとしてなぁ!」 デジタマとして。つまりはお前を殺すという意味である。 「なるほどな…宣戦布告か。受けて立ってやろう。」 彼は拠点内を移動し始める。 「前衛部隊の8割を出せ。ここであいつを潰す!」 将軍の後ろに次々とデジモンたちが集まる。 能力を解放した彼の右手には、空気中の水分が集まりゆっくりと氷塊が形成され始めていた。 「ダイブモンはいるか?」 「ここに。」 「お前にはオイナを任せる。傷一つつけるなよ。」 「御意。」 彼は右腕の氷塊に左手を当てた。みるみるうちに氷が溶け出し、細く成形されていく。 細い棒のような状態になり、つららにも似た形のそれをさらに握ることによって、鋭い刀の形に溶かし削る。 彼はこうして、氷の生成を大まかにしか操れないことをカバーしているのだ。 「アプ・オボコロベ…!」 彼らは拠点を出た。 氷の妖刀を手に、水龍将軍は叫ぶ。 「我らは水龍軍団!流れる水の如く触れる者全てを侵し岩すら打ち砕く!」 一方、それを見ていたアイスデビドラモンもまた声をあげる。 「氷竜軍団は…!全てを凍てつかせ時をすらも止める!そしてこの俺が!氷竜将軍!絶凍のアイスデビドラモンだ!」 誰が合図をするでもなく、二つの軍は駆け出した。 ───────── 「私が将軍の首を取りに行く!援護してくれジャンボガメモン!」 「ラジャー!メガトンハイドロレーザー!!」 超高圧の水流が氷竜軍を一気に吹き飛ばし、進路を作る。 「ご武運を!」 その道を駆け抜け、一気にアイスデビドラモンまでの距離を詰めるホムコールモン。 当然、彼を止めんと多くのデジモンが切り掛かる。 「貴様らに用は…ない!」 ホムコールモンは、刀を振い次々と敵軍を斬り裂いて行く。 斬撃に耐えたとしても、アプ・オボコロベによって斬られた傷はただの刀傷にはならない。飛び散るはずだった血は凍りつき、傷口から紅い氷が生えたようになる。 氷はそのまま体内に向かい成長を続け、内側からデータを破壊する。 終いには口や腹など柔らかい部分を氷が突き破り、デジモンはデリートされる。 それはまるで氷ではなく、意思を持った何かが体内を喰い荒らしているかのようでもある。 ───────── 「来たか…ホムコールモン!ダークネスローダーを渡してもらう!」 「断る。これはデジモンイレイザー様から授かりネオデスジェネラルの証。これを持たぬことが、貴様が将軍の器でないことの証でもある!」 「そんなの知ったことか!てめえから奪っちまえば俺が将軍だぁ!!」 先手を奪ってしまえばこちらのものとばかりに、爪を振りかぶる氷竜将軍。 水龍将軍はそれを刀で受け止める。そのまま相手を弾き飛ばし斬撃を喰らわせるが、氷がアイスデビドラモンを喰い始めることはなかった。 (やはり効果は薄いか…) 強い氷の力を持つ者に対しては、斬っただけでは刀の能力は現れない。 相手の体に突き刺し、直接氷の力を流し込むようなことをすれば可能かもしれないが、それをさせるほど甘い相手ではなかった。 「切れ味が鈍っているんじゃないか?大人しく降参した方が身のためかもなぁ!」 それは事実だった。アプ・オボコロベは氷で出来た刀剣。維持するには右腕を通じて常に熱を奪い、冷却し続ける必要がある。 多くの相手を斬り伏せれば、刀にはそれだけ多くの血が付着する。そして付着した血は冷却の影響で凍ってしまう。それはつまり、通常の刀剣よりも切れ味が鈍りやすいということになる。 好機と見たか、氷竜将軍は攻勢を強める。 「どうした!そう!やって!防ぐしか!能が!ないのか!」 切れ味の落ちた刀でアイスデビドラモンの攻撃を受け止める。ダメージは確かに蓄積していった。 「これで終わりにしてやる!グレイシャルクロー!」 エネルギーの滾った一撃は、アプ・オボコロベを粉々に砕いた。 「ぐあぁぁっ!!」 「どうやらここまでのようだなぁ!」 鉤爪が、今度は彼の喉元を狙っていた。 「それは…どうかな!」 ホムコールモンが放ったのは、技名すらつかないシンプルなパンチだった。 「ぎゃあぁぁっっっ!!!」 しかし、アイスデビドラモンは一気に体勢を崩した。 それは何故か。その理由は、パンチが”左手で放たれたもの”だったからだ。 アプ・オボコロベの維持のため相当量の熱を吸収していたホムコールモンは、パンチと共にその熱を放った。それが、氷雪系デジモンである彼に特別な効き目を示したのだ。 「形成逆転。だな?」 「まだだ!俺はお前を倒─────── もう一撃、ホムコールモンの拳が炸裂する。 アイスデビドラモンの体は宙を舞う。 「アイスデビドラモン、貴様の負けだ。」 水龍将軍は倒れ伏した氷竜に向かい、そう言い放った。 「ふざ…けるな…!目障りな女が色に狂って消えた今…!俺が頂点に立つんだ…!俺は…ネオデスジェネラルになるんだ…!」 アイスデビドラモンに抵抗を止める様子はなかった。 「私の配下になれ。お前には力がある…ともに戦おう。」 彼はそう言って右手を差し伸べた。 「断る…!誰がぽっと出のお前のような者の下につくか…!ダークネスローダーを渡せ…!」 「そうか…残念だ。」 今度は右手の代わりに左手が差し出される。 「ペルティエ・リバース!」 熱が収束し、アイスデビドラモンに照射される。 「うっ…!ぐあぁぁぁ!!!!────── その反動で、彼の右側はどんどんと凍りついて行く。 アイスデビドラモンの体が跡形もなく完全に溶解し、彼が倒れていた岩場さえも赤く溶け始めた頃、ホムコールモンは腕を下げた。 戦場に動揺が広がり始める。ホムコールモンから遠く離れた場所にいた兵士ですらその異常な光景を見、恐れ慄き知ることができたからだ。 プラズマ化した大気にバチバチと稲妻が走り、赤く溶解している岩肌と、極低温により液化した空気の霧によって、一面真っ白に凍りつく木々の狭間にいるのが、水龍将軍であることに。 ───────── 「撤収だーっ!すぐにでも爆発するぞー!」 「負傷者をできるだけ回収するんだ!敵味方は問わん!」 液化した空気からは窒素が先に蒸発する。窒素が無くなれば、残るのはさらに危険な液体酸素。ホムコールモンが冷却を続けていなければ、今にでもあたり一帯が拠点もろともクレーターになりかねなかった。 (しまった…!やりすぎた…!) 「早く退避しろ!」 「ですがホムコールモン様!」 「私のことはいい!さっさと皆で逃げろ!」 焦るホムコールモンの影から声が響く。 「またまた随分派手にやりましたねぇ〜…」 「ネオデスモン!?何をしに来た!」 「オキグルモン2号…オキグルモン(コピー)…クローンオキグルモン…まあなんでもいいか。彼女の様子を見に来ただけですよ。」 「妙な呼び方をするのはよせ!」 「しかし…このままでは大爆発ですねぇ〜」 嬉しそうなネオデスモンの声。 「何を喜んでいる!爆発すれば貴様とて無事ではすまないだろう!」 「いえ?別にそんなことは。しかし…同僚が減るのは困ります。これを」 死影将軍は2枚のカードを水龍将軍に手渡した。 「これは…デジカか」 「ブレイブシールドとブリウエルドラモン。究極の盾の力を持つ二枚…燃える森の中でなんとか確保したんです。感謝してくださいよ?」 「惜しみなく使わせてもらう!カードピアース!」 ホムコールモンはカードを体に突き刺した。 ブレイブシールドが水龍軍の拠点を守るように無数に現れる。 「うおぉぉぉ!!!」 彼は左腕を地面に着き、炎のバリアを展開した。 冷却が止まり温度が高まって、反応性が急激に上昇していく。 行き着く先はただ一つ。大爆発だ。 「うっ………ぐ…………!」 エネルギーの急激な解放による、熱と光。連鎖的に発生する物質の急激な膨張、強力な衝撃波。 それらを全てバリアで受け止めなければならない。当然、展開している本人には多大な負担が掛かる。 (耐えろ…!耐えるんだ…!ここで倒れるのは…部下たちへの…裏切りだ!) 爆発の時間は約数十ミリ秒。そのわずかな時間が、彼には途方もないほどに長く感じられた。 ───────── 1秒後。 バリアの向こうはクレーターになっていた。 「皆無事です将軍!」 「そう…か…!」 流石に疲労困憊といった様子のホムコールモンだったが、彼にはまだ仕事が残っている。 彼は振り返り、両軍に向けて叫んだ。 「アイスデビドラモンは倒れた!氷竜軍!お前たちの負けだ!直ちに抵抗をやめ、大人しく捕虜となるならば身の無事は保障しよう!私の配下に加えても良い!しかし!従わぬ場合はどうなっても知らんぞ!」 ━━━━━━━━━ ”氷竜将軍”絶凍のアイスデビドラモン 完全体・邪竜型・ウイルス アイスデビモンが進化した、氷の力を持つデジモン。 オキグルモンの離反から程なくして氷竜将軍を名乗り活動していたが、ダークネスローダーは与えられていなかった。 そのため、ダークネスローダーを持つホムコールモンを狙っていた。 必殺技は、氷のエネルギーを込めた鉤爪で敵を切り裂く「グレイシャルクロー」。 ホムコールモンの高熱をまとった左手の一撃、ペルティエ・リバースによって始末された。