【アサヌノ・ストリート、あるマンションの一室:ダメージド】スレイト・オブ・ニンジャ ネオサイタマの夜景を見渡す広いマンションの一室、携帯端末を片手に会話しながらカスガイはキッチンの大型冷蔵庫を開けた。 ふたつ積み上がったオーガニック・スシ・パックのひとつを取る。 「オミヤゲありがとうね。けど生モノだし、ちょっと一人で食べきるには多いって。ふたつで十分だよ」 「大丈夫。食べきれない分は友達に分けたから」 携帯端末を肩と耳で挟みながら、スシ・パックとチャのペットボトル、ショーユ皿を手に居間のソファーに腰掛ける。 テーブルを挟んだテレビの報道番組からは、奇妙な頭髪を揺らすミチグラ・キトミの甲高い声。チャンネルを変える。 「学校?真面目にやってるって。知ってるでしょ、うちの学科のセンセイ。そう有名人。話しやすくていい人だし貴重な生の声ってやつ?凄くタノシイよ」 「最近やたら寒い日が続くし父さんこそ気を付けてよ。母さんにもよろしくね、じゃあ」 父からの通話を切り、カスガイはスシ・パックの包みを剥がし、割り箸を割った。 カスガイはオカベ家の一人息子だ。青年時代にキョートの実家を飛び出しネオサイタマに出奔した父。頑固者の職人の祖父。そして当時すれ違いの続いていた母。 関係修復の切っ掛けになったのは母の妊娠だった。 壊れかけた家族を繋いでくれた要、カスガイという名は出産の立合いにネオサイタマまで駆け付けた祖父がつけたものだ。カスガイはこの名前を気に入っていた。 幼い頃より両親そして祖父から深い愛情を注がれ育ち、カスガイ自身それを十分に理解し、感謝していた。だが一人暮らしといえ同じ区内で暮らす息子に、 こうも頻繁に電話や仕送りは過保護が過ぎるのではないか。とはしばしば思った。 小学校からジュニアハイスクールにかけ、暫く自我科通いの不安定な時期が続いた事を未だに心配しているのだろうが、もう成人を迎える年頃だ。 しかし悪い気はしなかった。 「イタダキマス」手を合わせ、テーブルの上のパックのトロ、マグロ、真鯛、ヒラメ、サーモン、コハダ、タマゴ……上等なスシに舌鼓を打つ。 チューブの中のショーユも上物だ、値が張ったことだろう。 『エートつまり、ヨメがコワイ!』『ナンデダヨ!』『HAHAHAHAHAHA!』「ハハ」テレビの漫才プログラムの笑い声に時折つられながら、ゆったりと食事を楽しみ チャを飲み干し一息つく。やがて洗い物を済ませパックとボトルはゴミ箱に捨て、ショーユ皿を食器棚にしまう。 テレビの電源を落とすと、「きぬごし」とショドーされたシャツの上にソファーの背に掛けてあったジャケットを羽織った。 「オヤブン=サン、スシごちそうさまでした。美味しかったです」 メンポを装着したカスガイは軽くオジギした。ソファーの傍ら、床の血溜まりに転がる無惨に手足を破壊された初老のヤクザに。既に息はない。 「待たせちゃったね、行こっか」 そしてカスガイがスシを食べていたテーブルの上、こちらに向いた脚をあられもなく開いたまま、仰向けにぐったりと動かぬ小柄な少女。 上等なキモノは見る影もなく引き裂かれ裸体を晒し、胴に突き立ったカタナでテーブルに縫い付けられている。荒々しく何度も、何度も突き挿し捻じ込んだ跡。 そして顔。右目から後頭部にかけドス・ダガーが抉るように深々と貫通し、バチバチとスパークを起こしている。 居間のサイドボードの写真立てには、ジュニアハイスクールの制服に身を包んだ少女と、それを挟む今より随分若いオヤブンと女性。三人の笑顔。 妻子に先立たれた父親が亡き娘の生き写しにオーダーメイドし、溺愛していた高級オイランドロイドは、無惨に破壊し尽くされていた。 カスガイ……ダメージドがこの名も知らぬクランのヤクザマンションを襲った事に深い理由はない。たまたま通りがかったブティックから出てきた、 令嬢めいてスーツヤクザに護衛されるこのドロイドに目が留まり、乗り込んだヤクザベンツをそのまま尾けてきただけだ。 最上階のオヤブンの部屋にエントリーし、騒ぎに反応し自室から出てきたドロイドにダメージドの意識が向くと、オヤブンは半死半生のまま興味なく捨て置かれた。 もはや身動きひとつ、声も上げることも出来ず、娘が目の前でズタズタに破壊され陵辱される様を見せつけられながらカロウシした。 ダメージドはドロイドの胴に突き立ったカタナを無造作に引き抜き鞘に納める。必死の形相で己に抵抗してきたオヤブンのものだ、新しいメイク道具に拝借しておこう。 カタナを片手にドロイドを米俵めいて担ぐと、ドス・ダガーの刃が突き出す後頭部の艶やかな黒髪が流れ、顔に触れる。 「キレイな髪だね、でもおれ紫が好きなんだ。後で替えるけどいいよね」 そして玄関を出ると、砕かれ、引き裂かれた無数のヤクザの死体の散らばるツキジめいた有様の廊下を悠々と進み、エレベーターに乗り込んだ。