「ひっ、ひぃぃいいぃいい!!!」 宵闇の雑木林に叫び声が響き、木々の合間を白い影がよろよろと逃げ惑う。それはデジモン、ベツモンと呼ばれる種類のそれであった。白塗りの顔面は恐怖の色に染まり、より青白く死人の如き様相を呈している。 そのすぐ傍を岩塊が弾丸の如く掠める。 「ああっ!くっそ惜しいなぁ!!」 「ゴフッゴフッ!もうちょっと精度上げねぇとなぁ!次はどうする?ダイチィ!」 ダイチ――キャップを目深にかぶった青年は岩石を纏った狒々のようなデジモンに尋ねられ即座に指示を飛ばす。 「あいつの左前の木に『マウントストーン』!撃ったらすぐにダッシュして『グライドロックス』だ!」 「応!」 そう叫ぶと岩石で構成された鉤爪から岩塊を乱射する。命中した木は音を立てて倒れ込みベツモンの行く手を塞ぎ、それを避けるため一瞬たじろぐ。そこへ星球武器のような尾の一撃が振り下ろされた。 「あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛!いっ痛いぃいい!!」 一撃は急所を逸れ、しかしその右肩を砕いた。ベツモンが苦悶の絶叫を上げ闇の中へ消えていく。 「あ~!くっそ!また外したぜ…!」 「おいおい…バブンガモン。弛んでるんじゃないのか?今度はちゃんと仕留めろよな…」 「だってよぉダイチぃ…俺ぁ完全体相手だっていうからどんなもんかって気負って来たらアレだぜ?ほんとに完全体かよあんな奴…」 「ベツモン。完全体。パペット型。あらゆるデジモンになりすまし敵を翻弄する奇行デジモン…図鑑にもそう書いてあるって。」 「知ってるよそれは!でもよぉ…」 「それにあいつ最近ここらで噂になってるやつだ」 「噂?」 「ああ。なんか人探ししてるとかいう変なデジモン。あいつについて行って行方知れずになった人もいるっていう…そんな噂。うちの高校でも話題になってるんだ」 「へぇ…じゃあ俺たちでブッ倒せば町のヒーローってわけだ!俺の進化にも一歩近づくし一石二鳥だな!ゴフッゴフッゴフッ!」 大義名分を手に入れ益々意気盛んになり先を行くバブンガモン。その様子を見て若干呆れ顔を見せる青年。 「まっ!だいぶ良い時間になってきたし、さっさと狩って帰ろーぜ。帰りにコンビニでさ」 「おいダイチ!あれ見ろあれ!!」 「あ?」 隣からのバブンガモンの呼びかけに思わず振り向く。 「イソノインナナヨ」 写真を見せつけながらそう呟くバブンガモンの顔は、先ほどまで追い回していたソレのものになっていた。 ― ―― ――― バブンガモンは目の前の光景を飲み込めずにいた。少し目を離した隙にはぐれた相棒、その声が微かに聞こえる方へやって来ると そこでは暗闇の中、青年が宙に浮かんで ――否、黒いナニかに持ち上げられていた。 傍らではさっきまでの様子と打て変わり、感情の無い眼でベツモンがその様子をじぃっと見つめている。 アレはなんだ?ナニが起こっている?攻撃?ベツモンが?あんなことをするなんて聞いたことが 「あ゛っ゛か゛っ゛」 唾液か、吐瀉物か、はたまた己が血か、ごぽりとした水音混じりの呻き声にバブンガモンは現実に引き戻される。 「うっ…うわあああぁぁぁあぁあ!!!!」 場を支配する恐怖に叫び声を上げ、それでいて尚、囚われの相棒を助けんが為その巌の如き腕を振り回し、纏わり付くナニかを払おうとする。が、それも全て空を切り徒労を重ねるばかり。 「なんなんだ!なんなんだよ!一体どうすれ」 ぼとり 粘着質な音と共に何かが地面に転がり落ちる。 見慣れた相棒の瞳と視線がぶつかる。呻きはもう聞こえない。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛!!!!!!!」 身体の芯から湧き上がる恐怖と絶望を、怒りで塗りつぶすように雄叫びを上げその剛腕でベツモンの頭部を撃ち抜く。 肉と骨の拉げる音が響き、千切れかけた頭が腐敗した果実のように垂れ下がる。 「よかったぁおれけんかにがてだからさぁあんたがきょうりょくしてくれるとたすかるよぉ」 そう事も無げに語りかけるベツモン。 異様な光景を前に怒りの炎は瞬く間に消え去り、再び恐怖が頭を擡げてくる。息は荒くなり、全身から汗が吹き出し 視界が完全に闇に覆われた 「ぅあ…あああああ!!!だいちぃぃい!!!どこなのぉおおおお!!!なにもっなにもみえないよぉ!!!!」 何も見えない闇の中、恐怖に耐えきれなくなった心は音を立て砕け、まるで幼子のように相棒を求め泣き叫ぶ。返事は返ってこない。 得体のしれないナニかが痛み、怖気、不快感と共に自身の中に沁み込んでくる。腕を振り回して拒絶し狂乱の声を上げる。返事は返ってこない 「やだ「みつけてくれてありがとうございます」ぉぉ!!!だいちぃいいい!!!くらい「ふれてくれてありがとうございます」お!!「きいてくれてありがとうございます」いよおおおおおぉお!!!こわいよぉ「あそんでくれてありがとうございます」ぉ!!!!ぼくをっ!ぼくをおいていかないでぇ!!!」 「あいにきてくれてありがとうございます」 カチッ 行方不明者リスト オガミ ダイチさん カチッ オガミ ダイチさん(17) ▽▽県◆◆市 キャップ帽、~ 20○○年○○月○○日の21時ごろ、近くのコンビニへ行くと家族に告げ外出。その後消息不明。 ~テイマーとして獣型のデジモン「バブンガモン」を引き連れており、そちらも一緒に行方が分からなくなっております。