「おや、どうしたのミスたぬき」  一匹のたぬきが、空を見上げていた。  木陰の下、時折水を煽りながら、一心に空を見上げていた。  それを見かけたウマ娘は、なんとなく声をかけていた。  流れるように同じ木陰へ潜り、同じ空を見る。 「あれが……見えるし……?」  青い、青い空。抜けるようなと表現される、永遠に青が続いていそうな世界。  その向こうから、白くて分厚いものがやってくる。  入道雲、ゲリラ豪雨の素。白がゆっくりと、青を覆っていく。 「あら、すごいのが来たね」 「……綺麗だし……」 「ふむん? そうかも」  一面の青に、塗り拡げられていく白。天から差さる光が生む、白のグラデーション。  空が変わっている。風が流れている。青が呑まれていく。白が広がっていく。  緩々と、日が陰っていく。  それが地に生きる者へ何をもたらすか、知っていながら。  一匹は見惚れ、一人は応じた。 「帰らなくて、良いのかし……?」 「うん。もう少し見ていたいな」  重たいものに空が覆われて、白は灰色に。湿った匂いが鼻をくすぐり、もうすぐだと感じさせる。  こうなればたかが木陰など、何の役にも立たない。  ざあ、と。灰から荷物が落っこちた。  一匹のたぬきは騒音の下に身を乗り出して、天を仰いだ。  灰の中を光が瞬き、唸り声が天より地へ。 「あぁ…………」 「キミの綺麗と私の綺麗はちょっと違うけど、これは分かるかも。いいよね」  雲の中に竜を見たのか、切り裂く雷光に心奪われたのか、雨風の力強さに酔いしれたのか。  何を思ったか、言葉にはしない。ただ一人と一匹、夏の夕暮れに両手を広げる。  次第に音が消え、匂いが消え、肌を打ち据えるものも消えて、天と地と己等だけが残る。たぬきはそう感じていた。  そしてまた緩々と、魔法の時間が過ぎていく。  ごうごう、ざらざら、さらさら、ぴちゃり。 「はふぅ……し……」 「いやぁ、すごかったね」  雨の中、きっと違う世界を見たけれど、感想を語り合ったりはしない。  同じ時間、同じ世界にいた。それで十分。偶然に出会っただけの一人と一匹は、それきり別れた。 「「へっぷし!」」  吐いたくしゃみの音ばかり重なっていた。