「というわけでやってきました!ロードナイト何某!」 「なんでよ」 ウェディングイベントが開催されているロードナイト村の入り口に立つ二人。 事の発端は、さかのぼるほど数日前。 とある昼下がりに、突然の着信。 「やあ、私だ。京一郎だ。突然の電話ですまない。」 「いえいえ、お気になさらず。それで用件はなんですかな?」 「君はデジタルワールドにあるロードナイト村というのを知っているかい?」 ロードナイト村。つい先日、話題に挙げたイベントの開催地。 タイムリーな連絡に、鏡見は少しだけ口角が上がる。 「ふむ、もしや例のウェディングイベント絡みですかな?」 「話が早くて助かる。まさしくその通りだ。  イベント内容はこちらでもある程度把握しているが、  主催地の管理者がロイヤルナイツの一人、というのが引っかかってな。  彼らが人類の文化を模倣して何かを催すというのは、色々と気になっているのだよ。  もちろん、良い意味でも、悪い意味でも。」 「拙者にその話を持ち掛けた、ということは  偵察か何かを任せたいということでござるか?」 「君の理解力には恐れ入るよ。  イグドラシルの側近たる存在が、人間の文化を模倣し、人間たちを招く。  今までに例が無いからな。  何より、我々デジ対の中からがっつり参加する者が出てくる始末だ。」 「ンフフ、芦原殿ですな?」 「ああ、…彼らの関係について今はとやかく言うつもりはない。  だが、イベントは見過ごせない。  デジモンたちが人類になじみ深い"文化"を餌に、何かを仕掛ける場合も考えられる。」 とある一件で、鏡見は並行世界に生きるデジモンたちの記憶に触れる機会があった。 その彼らの記憶に、深く刻まれた冷徹なる聖騎士の姿が一つ。 ロードナイトモン。 善悪の区別なく、力による序列と支配を重んじるロイヤルナイツの一人。 そんな彼の方針は、殆どの世界で人類の脅威として成立していた。 ある世界では、人間世界への侵攻のためにデジタルワールドを破壊し、 ある世界では、人間の悪意に染まって蹂躙に悦を見出す破壊者へと変貌し、 またある世界では、神の名の元に人間世界への侵攻を行っていた。 鏡見が見た限り、ロードナイトモンに良い印象を持つことができなかった。 それ程までに、善玉として成立している世界が少なすぎたのだ。 そんな彼が管理し名を掲げた地で、何かが起きないはずもなく。 「その懸念はごもっともですな。  良いでしょう、引き受けるでござる。」 「毎度悪いね。今回は相手が相手だ。  彼らほどの存在を相手取って対応できる人員は限られている。  本来は我々大人が率先して動きべきなのだが……。」 「ンフフ。何、今は一人ではありませんからな。  真経津殿を何とか言いくるめて同行させるでござるよ。」 「…そうか。であれば一度打ち合わせたい。  件のイベントの開催日までに来れる日はあるかい?」 「拙者はいつでも、何なら今すぐにでも向かいますが。」 「そうしてくれると助かる。」 ◇ 「なんてことがありまして、ね?」 「なにが、ね?よ。あたしまで連れてくることないでしょ。」 ひょうきんな顔でごまかす鏡見に、真経津がキレる。 「まあまあ、京一郎殿がおっしゃっていたように、  今回の主催はロイヤルナイツの一員だそうで。  おまけにこの会場にも何名が滞在してるとのことですからな。  仮に今回のイベントに悪意があったとして、彼らの凶手から人間を守るには  それ相応の戦力が必要となるでござるよ。」 ロイヤルナイツ。 デジタルワールドを管理する神たる存在に仕える13体の聖騎士たち。 この世界の最高位のセキュリティたる彼らに太刀打ちするには、 鏡見の言うように相応の力が求められる。 「大まかな説明は聞いたけど、事前情報がほとんどない強敵なんて、あたしでも手に余るわ。」 「まあまあ、真経津殿の階梯は究極体、いわゆる一つの到達点。  それに、貴殿が語った地獄を生き残ったその実力は、まさしく一騎当千と言えましょう。」 「素直に喜べない評価ね。」 手元のパンフレットと思わしき用紙を眺める鏡見。 横から覗き込む真経津は、出店物を眺めて一瞬思考がはじけ飛ぶ。 そして、敷地内に掲げられたのぼりや看板を見て冷や汗をかく。 「何やら結婚式とは全然関係ない催し物も多数ありますが、まあこの際それは置いておくでござるよ。」 「ちょっとだけ安心したわ。この世界の結婚式がこんなのばっかりだったらと思うと…。」 「とにかく色々見て回るでござるよ。  異種交流を楽しむのも良いですが、あくまで偵察。そこはお忘れなきよう。」 「にやけ面の奴にだけは言われたくないわ…。  なんだかんだ言って、あんたが一番楽しみにしてるんじゃない…。」 そうして二人は村の中へと足を踏み入れる。 ◇ ロードナイト村へと足を踏み入れた二人に待っていたのは、 おびただしいほどの人とデジモンたち、そしてよくわからないなにか。 人間の年齢層も様々で、小学生から初老の男性といった幅広い顔ぶれを見せる。 時折、一触即発な景色を見かけることもあったが、おおよそ不穏な雰囲気は見られない。 かつての大異変で顔を合わせた者も何人かおり、世間話に興じる鏡見。 渾然。その言葉がふさわしいほどの盛況。 そんな状況に気おされた真経津を気遣い、鏡見は喧騒から離れた場所へ移動する。 「慣れないわね、こういうのは。」 「すごい人だかりでしたからな。  デジタルワールドにこれだけの人間がデジモンと共に一堂に会するのは  中々見られない光景でござるよ。」 鏡見が手渡した飲み物をストローで飲む真経津。 木陰へ吹く一陣の風が、彼女の頬を優しくなでる。 そんな中、喧騒の本命/元凶を彼女は見つめる。 遠くに輝く星を見つめるように、過ぎ去ってしまった何かへ縋るように。 「なんだかんだいって、気になってるのでござるな。」 「なにがよ。」 「式場。  村の中を散策してるとき、ずっと見てたでござるからな。」 「…………。」 黙ったまま、式場を見つめ続ける真経津。 遠くの喧騒が微かに響く中、二人の間に沈黙が流れる。 「ただの気の迷い。雰囲気にあてられただけよ。  …………見るべきものは見たでしょう?特に問題はなかった。  ロードナイトモンの姿が見えないのは気がかりだけど、  他のロイヤルナイツたちも何かを企てているようには見えなかった。  さっさと帰って報告しましょう。」 そう言って立ち上がった真経津は、近くにあるごみ箱にカップを投棄する。 「おやおや、まだ見てないところがあるでしょうに。  式場に試着撮影会場、露骨に避けてたではありませんか。」 「そんなところ偵察してどうすんのよ。  童貞のあんたには刺激が強いわ。今回はパスよ。」 「HAHAHA、テキストの意味が理解できませんなぁ。  ……邪念抜きにしても、あそこも目を通しておくべきでしょう。」 冗談を交えつつも、鏡見の顔は真剣そのものだった。 「…………はぁ、分かったわよ。」 観念した真経津は、鏡見と共に試着撮影会場へと向かう。 ◇ 試着撮影会場に足を踏み入れた二人の眼前には、 ウェディングドレスに身を包む多くの女性たちがいた。 そんな光景を目にして、真経津は驚愕の顔を浮かべる。 何故ならその中には、デジモンの姿もあったからだ。 「すごい光景ね…。」 「そうでござるな。」 入り口の側で眺めていた二人に近づく人影がひとつ。 「こんにちは、あなたさまも試着しに来られたのですか?」 淡い桃色の服に身を包む女性と、ぬいぐるみのような姿をしたデジモン。 「………いや、そういう訳では――。」 「その通りでござるよ。」 「ちょっと!」 鏡見の発言に思わず声を荒げる真経津。 「そうなんです?でしたらこちらに、採寸いたしましょう。」 「ちが、違うわ!ただ見学しているだけ。  こいつが勝手に言ってるだけだから!」 「あら?そうなんです?別に遠慮することはありませんよ。  女性は誰だって、ドレスを着る権利があるのですから。」 「(こいつ、鏡見と同じことを…ッ!)  別に遠慮してるわけじゃ…。  こんなナリだし、どうせ似合わないわよ………。」 「貴殿はまたそんなことを…。  ナリがどうこうなど、アレを見て言えますかな?」 そう言って鏡見が指さした先にはロボットのような物体がウェディングドレスを身に纏っていた。 「…………私をあんなイロモノと同じにしないで。  そりゃあ、着てるデジモンはそれなりにいるようだけど、  こんな中途半端な姿じゃ――。」 「ふむ。であれば…そうですな、真体に変形してはどうでござろう?  あの姿ならばより一層映えることでしょうよ。」 「そういう話じゃないのよ。」 どうあってもウェディングドレスを着せようとする鏡見に頭を抱える真経津。 そして、いつかの思い出が蘇る。 ◇ 「あきらはさ、結婚式とか興味ないのか?」 「ちひろはホント、いつも藪から棒というか、話の切り出し方に脈絡がないわよね。」 「そう褒めるなって。」 「褒めてない。」 「んで、実際のところどうなのさ。  資金とか会場とかそういう諸々の事情を抜きにしてさ。」 「……そりゃあ、小さいころは憧れてたわ。  母さんの結婚式の時の写真を見せてもらって、すごい奇麗だったの覚えてたし。  でも、世界がこんなことになって、もうそんな余裕もなくなっちゃって。  現に私たちも余裕がないでしょ?  日本の大部分は■■の■■で殆ど■■してるし、■■だっていっぱい出た。  ■■■で■■■■■が■を失って。私たちだって■■■■■■■■■■■。  こんなご時世でやったって、きっと私は…………。」 「あきら、やれない理由を聞いてるんじゃない。  俺はやりたいかどうかを聞いてるんだ。」 「…………やりたい。お母さんが着てたような、きれいなドレス着たい。」 「ははっ、そりゃそうだよな。  うん、そうだな。  俺もスーツでバシッと決めてさ、  誓いのキスとかさ、ケーキ入刀とかさ、やりたいよ。」 そう言うと男は立ち上がって、真経津に小指を突き出す。 「約束。いつか、絶対、あきらにウェディングドレス着せてやる。  世界がどうとか、世間がどうとか、そういうのは関係ない。  それに、俺見たいもん。あきらの花嫁姿。絶対奇麗だよ。」 「それはそれは、いつの話になることやら…。」 「そりゃあ、今すぐは…無理だけどさ。  それでも絶対、着させてやる。  年老いて、しわくちゃで、ヨボヨボのばあさんになっても。  どれだけ姿が変わっても、絶対に着せてやる。  どんな姿になっても、俺はお前を愛するって決めてるからな!」 「……くっさいセリフ、こっちまで恥ずかしくなってくるわ。」 顔を赤らめながら、差し出された小指に自分の小指を絡める。 もう二度と叶わない、いつかの約束。 真経津の記憶に刺さる、永遠に抜けない心の棘。 ◇ 「あたしに着せるのは、あいつの役目なのよ。  あたしは、あいつ以外に着せてもらう気はない。」 「彼氏殿ですか。」 「あいつは…、世界がどうなっても、絶対に着せてくれるって、  だから、だから…………。」 どうしようもなく、言葉に詰まる。 「では、その彼氏殿の代わりに、拙者が約束を履行するでござるよ。  それに、このまま意固地になっていては、  彼氏殿は永遠に貴殿のドレス姿を見れないままですぞ。  拙者は見たいでござるよ、真経津殿のドレス姿。さぞや美しいのでござろうな。」 ――だって、俺見たいもん。あきらの花嫁姿。絶対奇麗だよ。 そんな顔で、 そんな声で 彼と同じ言葉を、言わないで。 心の中で自嘲する。 この口で噛み砕き、喰らっておいて、 彼がいなくなったことを、いまだに認めずにいる自分に気づいてしまう。 一番見せたかった相手は、もういない。 目頭が急に熱くなり、何かが溢れそうになるのを必死に我慢する。 「はぁ………、あんたって、本当にデリカシー無いわね。  いいわよ、そんなに言うなら着てあげるわよ。  でも、このままでは着ないわよ。あんたの言う通り、真体で。  ちゃんとした体で着るのは、本番に取っておくわ。」 「ンフフ、左様ですか。」 目の前の男の思惑通りに動くのが何となくシャクで、少しだけつっけんどんな態度を取る真経津。 そうして、彼女はその体を変形させる。 なるべく小さく、会場に収まるように、体を変化させていく。 下半身の尾を丸め、およそ3mほどの姿へと変わった。 「どう?流石にこの大きさのドレスは、今すぐ用意できないわよね?  何度も言うけど、別にあたしは―――。」 自身の巨体に合うドレスは流石に用意できないだろう、 そう思って真体へと変化し、侮るように仕立屋コンビへと顔を向けた。 「おおー、中々大きいですねぇ。」 「流石のこれほどの大きさは、有りものじゃいけねぇなァ。  一から取り掛からねえとォ…。  にゅっふっふっふ、職人魂に火が付いちまったぜェ?」 「ええ、ええ!全く!その通り!  わたくしも腕が鳴るというものです!」 だが、真経津の思惑とは裏腹に、彼女たちの心には闘志が燃えていた。 「ちょ、ちょっと、今から作るつもり?  あたしは今日限りだから、今すぐ用意できないなら  この話はなかったことにしてもらうわよ?」 「ふふふふふふふ、甘いですよお嬢様、  わたくしたちは時空を超える仕立て人、手織り紡ぐ糸使い!  特例に特例を重ねた超特例、マイナス時間で大作業、即日納入ばっちりですとも!  こんな素敵な案件、見送るなど惜しいことこの上ない!」 「にゅふふふ、ああそうだなァ。  ぶかっこうでぎこちない、しかして甘酸っぱい、恋愛の香りがプンプンだからなァ。  これはもう、全力でやるしかなかろうよォ。」 「ははーん?言葉の意味は分かりませんが、とにかくすごい自信ですなあ。  さて、真経津殿。いい加減年貢の納め時というもの。  こんな親切な職人に、吐き出した唾は飲み込んではいけませんぞ?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!!!!」 声にならない叫びをあげる真経津。 もはや逃げ道は残されていなかった。 ◇ 「なによ。」 「……いえ、とてもきれいだな、と。」 「あっそ。」 「本当に、――素敵だよ。」 「そう。…………ありがと。」 純白の衣裳で身を包む、一人の竜(はなよめ)がいた。 ただでさえ赤い顔を、さらに赤らめて。