青空が広がる穏やかな日だった。サトミと華蓮は、デジタルワールドの小さな村、ロードナイト村に足を踏み入れた。村全体がブライダルイベントに沸き立ち、華やかな装飾と笑顔が溢れている。二人はその風景に自然と微笑みを浮かべた。普段と違うオシャレをしていることから、二人がこのデートを楽しみにしていたことが伝わってきた。 「サトミちゃん、まずはどこに行く?」 華蓮が問いかけた。 「花畑がきれいだって聞いた。そこに行ってみよう。」 正直なところサトミは華蓮のエスコートなら何処へ行っても楽しめるだろうと思っていたが、目に留まった花畑へ行く事を希望したのだった。 村の中心から少し歩いたところに、色とりどりの花が咲き誇る広大な花畑が広がっていた。花の香りが風に乗って漂い、二人の心を和ませる。サトミは、その風景に心を奪われながらも、内心では少し緊張していた。彼女はまだ完全には自分を開放できないでいるのだ。 何せ本物の「無量塔聡美」と遭遇してまだそれ程時間が経っていない。華蓮の手前そのことを気にしていない素振りをしているつもりのようだが、完全に自分を隠すことはできないようだ。 「すごいね、こんなにたくさんの花があるなんて。」 華蓮は感嘆の声を上げた。 「本当に綺麗。」 サトミも同意しながら、そっと花に触れた。その触れ方は、まるで壊れ物を扱うように慎重で、優しかった。 二人はしばらくの間、花畑を歩きながら花の美しさを楽しんだ。華蓮はサトミの顔を見て、その表情が柔らかくなっているのを見て微笑んだ。サトミもその微笑みに応えるが、心の奥底ではまだ不安が消えない。自分は本当にこの瞬間を楽しんでいるのだろうかと、ふと疑問に思う。 「サトミちゃん、これ似合うんじゃないかな?」 華蓮の声にサトミは顔を上げた。華蓮は手にピンクの薔薇のヘアアクセサリーを持っていた。それはフラワーギフトショップの棚に並んでいたもので、華蓮が見つけてきたのだ。 どうやら物思いに耽ってる内に華蓮に引っ張られて店内に来ていたらしい。 サトミは少し驚いた様子で華蓮を見た。 「見て、すごく可愛いよ。サトミちゃんの銀髪にぴったりだと思うんだ。」 華蓮は優しく微笑みながら、ピンクの造花を渡した。 サトミは戸惑いながらも、華蓮の手からヘアアクセサリーを受け取った。薔薇の柔らかなピンク色が、彼女の手の中でまるで輝いているように見えた。 「でも、私には似合わないんじゃ…」 「そんなことないよ。絶対に似合うって。試してみようよ。」 そうサトミが言いかけたが食い気味に華蓮が捲し立てた。 サトミは少し迷いながらベムモンの方を見るが、彼も華蓮に同意してるらしい。仕方なく華蓮の言葉に従ってヘアアクセサリーを髪に付け、鏡を見ると、ピンクの薔薇が彼女の銀髪に映えてとても可愛らしく見えた。 「どう?」 サトミは少し照れくさそうに尋ねた。 「やっぱり似合うよ、サトミちゃん。すごく可愛い。」 華蓮は満足そうに微笑んだ。サトミは華蓮の言葉に安心し、少しずつ自分が変わっていくのを感じた。自分の中にある不安や疑問も、華蓮の優しさと笑顔によって少しずつ和らいでいくようだった。 「ありがとう、華蓮ちゃん。」 サトミは心からの感謝を込めて言った。 二人は再び花畑を歩き始めた。サトミの心の中には、少しずつではあるが確かな温かさが広がっていった。この瞬間が、本当に特別で大切なものだと感じることができた。 「次はどこに行こうか?」 華蓮が問いかける。 「レース場があるって聞いた。何故ブライダルでレースなのかはよく分からないけど見る価値ぐらいあると思う。それに華蓮ちゃんもバイク乗ってるし興味あるんじゃない?」 サトミは少し笑いながら言った。 今度は華蓮の行きたい所に行くのが筋だと言っているようだった。 村の一角に設けられたレース場では、デジモンたちや人間が競い合う姿が見られた。観客たちの歓声が響き渡り、熱気に包まれていた。 「すごい迫力だね。」 華蓮が目を輝かせていたが、サトミはレースの様子にはあまり関心がないようだ。 実況の内容が集中力を欠いてくるし、そもそもこのレースは結局どういうルールなのかいまいち理解出来なかったからだ。だがサトミにはいつもバイク飛ばしてる華蓮なら何となく優勝出来ただろうと漠然と思っていた。 「華蓮ちゃんも出たらぶっちぎれたんじゃない?」 サトミは揶揄うように華蓮に尋ねた。 華蓮は自信ありげに微笑みながら答えた。 「もちろん。あんな感じのレースなら、私たちダークリザモンと一緒に楽勝だよ。あっという間にゴールにたどり着ける……と思う!」 華蓮は笑いながら肩をすくめた。まぁこの何でもありのレースの様子からして、スピードのみで勝利を掴むのは難しいだろう。 二人はレース場でしばらくの間、デジモンたちの熱戦を楽しんだ。歓声と興奮が交錯する中で、サトミは自分の心が少しずつ開かれていくのを感じた。華蓮の隣にいると、少しずつ自分を取り戻せる気がする。何となく今は自分の出自なんて関係ないのではないかという気さえした。 レース場を後にし、暫くした後の2人はお土産コーナーに入った。様々なアイテムが並ぶ棚を眺めていたサトミはあるものに目を留めた。それは美しいロードナイトでできたイヤリングだ。髪飾りのお礼には丁度いいかもしれない。 「華蓮ちゃん、これどう?」 「サトミちゃんが選んだの?」 「そう……。あなたに似合うと思って。髪飾りのお返し……」 サトミは少し照れたように言ったが、その言葉には彼女自身の不安も含まれていた。自分が選んだものが本当に華蓮を喜ばせることができるのか、自信がなかったのだ。 華蓮は微笑みながらイヤリングを受け取り、自分の耳に付けた。そして、サトミの耳にも同じイヤリングを付けてくれた。 サトミは少し照れた様子で華蓮に視線を向けた。イヤリングが揺れるたびに心の中で微かな羞恥心が芽生えていた。 「華蓮ちゃん、お揃いのイヤリングってちょっと恥ずかしい…」 「え〜。お揃いのイヤリングって、私たちの絆の証だと思う。今日みたいな日ぐらい良いでしょ?」 「あなたが言うなら……。もう…今日だけだよ華蓮ちゃん」 サトミの言葉を聞いた華蓮は満足気に微笑むのだった。 お土産コーナーを後にして再びお祭りを楽しむ二人の姿は、村全体の歓声とともに輝いていた。既に日は落ちていたが、村の活気はますます盛り上がりを見せていた。音楽が響き渡り、色とりどりの照明が祭りの雰囲気を一層盛り上げている。 「サトミちゃん、次はどこに行こうか?」 華蓮が楽しそうに尋ねた。 「うーん、どうしようか…」 サトミは少し考え込んだが、ふと遠くで何かが光ったのを見て、驚きの声を上げた。 「あれ、何だろう?」 崖の方から大きな花火が打ち上がり、夜空に色鮮やかな花が咲いた。予定にはなかった花火に、村全体が一気に沸き立った。 「すごい!花火だ!」 華蓮が嬉しそうに叫んだ。しかし、周囲では警備員たちが慌ただしく動き回っているのが見えた。どうやら、この花火は予定外のものであり、警備の対応が追いついていないようだった。それでも、会場の人々は花火に夢中になり、その美しさに歓声を上げ続けた。 二人は広場の端に腰を下ろし、空高く打ち上げられる花火を見上げた。色とりどりの花火が次々と夜空に咲き誇り、そのたびに村全体が歓声と共に盛り上がる。 「サトミちゃんは今日楽しかった?」 「私の顔色伺って……。華蓮ちゃんは私があのこと気にしてると思ってる?」 少し意地悪な質問だっただろうか。サトミは心の中でそう思いつつ、華蓮の反応を見守った。華蓮は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその瞳に真剣な光が宿った。 「正直に言うと、私はちょっと心配してた。自分の出自を知ったことで、落ち込んでないかって。」 華蓮は静かに答えた。 「でもね、私にとってサトミちゃんはサトミちゃんであって、聡美さんじゃない。私はサトミちゃんだから友達になったんだ。」 サトミはその言葉に心が温かくなるのを感じた。華蓮の真剣な眼差しに、自分がどうしても見逃せない本当の気持ちが込められているのが分かった。 「サトミちゃんの存在は確かに聡美さんが根源かもしれない。でも今まで歩んできた人生の全部が全部聡美さんの影響があったなんて誰が言えるの?」 華蓮はサトミの手をそっと握り締めた。 「ベムモンと一緒に研究所を出た時から、BVを抜けるところまで……それはあなたの選択。森の時もそう。あなたはずっと聡美さんやお兄さんとは違う道を歩んできた。だから自信を持って。私もベムモンも、サイバードラモンや他のみんなだってサトミちゃんだから好きなんだから!」 「もう…あなた恥ずかしくないの?でも……華蓮ちゃんの無遠慮で何処までも真っ直ぐな所好きだよ」 その瞬間、再び空高く花火が打ち上がり、夜空に大きな光の花が咲いた。その美しさに息を呑む二人の姿が、星空と共に一層際立った。 二人は静かに星空と花火を眺めながら、自分たちの絆を再確認した。未来がどうなるかは分からないが、今この瞬間だけは確かなものとして心に刻まれた。