「ここは……?」 全身を蝕む違和感と共に目を覚ます。 たしか大学が終わって帰る途中……突如歪む世界、激しい立ち眩みと共に気を失ったのが最後の記憶。 辺りを見回すと一面の雪景色、明らかにいつもの帰り道じゃないことだけは確かだ。 そしていつも通りじゃないものがもう一つ。 「なによこれ……」 銀色の装甲、アンバランスに孤を描く黒鉄の細腰、そして剣?大砲?歪に武器の繋がれた右腕。 信じられないものを見るようにぺたぺたと右半身を触ってみるが 装甲の上からでも伝わる感触が否応なしにそれが自身の身体であると告げていた。 「流行りの異世界転生ってやつ?それにしては随分悪趣味じゃない……」 思えば人間ならばとても生存は厳しそうな環境の筈だが寒さも感じない。 明らかに異形の半身といい、もしかして人間ではない存在にでもなってしまったのだろうか。 (とにかくここが何処なのかもわからないんじゃどうしようも無いわよね) 奇妙な状況に戸惑っていると、向こうから誰かが近づいてくるのが見えた。 (良かった!他に人が居るなら少しでも今の状況がわかるはず……!) 「こちらチャーリー。対神器と被検体を確認した。ああ対神器は回収、被検体の様子は……これは処分だな?遂行後チェックポイントで合流しよう」 近づいてきたのは武装した男、そして蠍のような巨大な怪物。現実離れした出来事の連続に脳の処理が追いつかない。 それに被検体……?処分……?この状況、不穏な単語が指すものは明らかに私だけだ。 明らかな敵意を向けられているのを感じ身がすくむ。 「違っ、私何もわからないんです!……気づいたら知らない場所に居て……た、助けてっ!」 「想定の半分程度のスペックだとは推測されるが用心しろよ、スコピオモン」 男はこちらの声が聞こえていないかのように指示を出し、怪物は唸り声をあげて鋭利な刃を振り下ろす。 なにがなんだかわからない。ただ確実なのは目前に死が迫っている事だけだ。 「ひっ……い、いやっ!」 生命の危機に反応してとっさに振り上げた右腕。大剣の一閃と共に放たれた砲火。 眩い光と衝撃。晴れた煙の向こうに残されていたのは、粒子を発しながら崩れ去る怪物の姿だった。 「嘘だろ!?完全体を一撃だと!?これは上に報告を……一旦撤退だな」 「ま、待ってよ!」 男はそう呟いた後、手元で何かを操作し光に包まれて消えた。 「いったい何が起こってるの……?私が何かしたの……?」 理不尽な襲撃、変わり果てた身体、見知らぬ世界。 泣きながら投げかけた疑問もしんしんと降る雪の静謐に吸い込まれていくだけだった。 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。 放浪しながら何組もの襲撃に応戦していく内に、彼らの会話の節々から解ってきた事がある。 ここがデジタルワールドという世界であること。デジモンという怪物の存在。 おそらく自分がそのデジモンとかいう存在になってしまったこと。 そして……自分のもう半身の存在。 だとしたら自分は誰なのだろう?本当に私は欠片野ついんなのだろうか? もはや遠い昔のように感じる現実世界の記憶だけが、自分を証明する最後のよすがだ。 「私は欠片野ついん……欠片野ついんは私……ふふ……ついんは……ついんよ……」 摩耗した精神の中うわごとのように繰り返す。 不確かなよすがさえも、すがらなければ自分が消えてしまいそうで。 何故自分がこんな目に合っているのか、何故襲われ続けるのか、わからない事ばかり。 それでも悪夢のような現実から覚めるには戦い続けるしかない。 「こちらブラボ―。対象を発見した。これより交戦に入る」 「今度は半身の情報について口を割ってもらうわよ……アンタもついんの為に散りなさい!」 ──────────────────────────────────────── 「これでよし…と」 「へえ器用なモンだな、右半身だけでここまで修繕をこなすなんてよ」 「なんだか自然と手が動くんですよね。記憶はないですけど元の私がこういうの得意だったのかもしれませんね」 戦いで破れたマントを縫い終えて立ち上がる。私が目覚めたての頃に親切な人からもらった宝物だ。 「それにしてもついんサン、本当についんサンの半身なんて存在するんですかねぇ……確かに究極体2体が元の割には出力が足りてない気もしますが、こんなイレギュラーなケース。単にジョグレスの時にロストしただけって事もあるのでは?」 「オイオイ水を差すような事言うなよ!せっかくこれからの目標が立ちそうだってのによ!」 「ワタシは客観的なデータを述べたまで。アナタには難しすぎましたか?」 「お前とオレとでスペックに大差ねぇだろ!喧嘩売ってんのなら買うぜ?!」 グレちゃんもガルちゃんもいつもこんな感じだ。巻き込まれてこんな姿になったのに、自分が誰かもわからない私を受け入れてくれて悪い子達ではないのだけれど、仲はあんまり良くないみたい。 「ほら二人とも喧嘩してないで!次の町でいろいろ情報探すんでしょ?」 何度か謎のデジモンとテイマーから襲撃を受ける内に分かったことだが、どうやら自分と同じような存在がいるらしい。 少しでも元の姿に戻るための手掛かりが欲しい今、ひとまずはどこかにいる彼女(彼かもしれないが)を探すのが当面の目的だ。 何故自分がこんな姿なのか、元の自分はどんな人間だったのか、わからない事ばかり。それでも旅の果ての出会いがこの空白を埋めてくれるといいな。 「お前元に戻ったらマジで一度決着付けるからな?」 「上等です。尤もワタシのデータによれば99%負けることはありえませんが」 (あとは二人も仲良くしてくれると良いんだけど……)