正直言って、誰もあの子のことは気にしてなかったんじゃないかな。 だってそうでしょ? 大怪我して戦線離脱して、クラシックは休養。 復帰後も勝ちはするけど、他の……スペちゃんたちみたいな黄金世代のヒトたちと比べるとやっぱり劣る感じ。 ……セイちゃんも世代の一人?にゃはは、それはまぁいいんですよ。 はっきり言っちゃうと、他の人から見ればあの子のストーリーはもう完結しちゃってたわけですよ。大怪我したのに帰ってきてえらい!って。 確か復帰戦で圧勝だったっけ?アニメとかなら最終回ですよね。 でもその後振るわないとなると、やっぱりあれが最後の花火だったのかな……って思っちゃうでしょ? 申し訳ないけど、セイちゃん的にもライバルではあるけど強敵ではないというか……まぁ、それくらいの相手って思ってたわけですな。 他の一緒に走ってる子からしても似たりよったりな印象だったんじゃないかなぁ、油断はできないけど勝てないほどの相手ではない感じ。 あの有マでも、多分そのくらいの相手だってみんな思ってたんじゃないですかね、スペちゃん以外は。 セイちゃんだったらどう相手にしてたか?んー、それはわかりませんなぁ。 あの怪我さえなければもっと?私はそうは思わないわね。 変わったもの、あの子。あなたたちの言うあの怪我から。 トレーナーさんが心配してるのが伝わったのかもしれないわね。 落ち着いたとまでは言わないわ。自信を失っていた訳では無いし、レースの前も後も殺気だっ──いえ、ハイテンションを保ってレースに臨んでいたもの。 キングの語彙力でもうまくいえないけど……。そうね……うん、やっぱり落ち着いたっていうのが妥当なのかしら。 負けたときも悔しいでしょうに、あの子のトレーナーさんが悔しがってるとそっちを叱咤しに行ったりして。 走ることだけじゃなくて、なんというか……レースについてくる他のことにも、以前よりも目を向けるようになっていたわね。 そうそう、レースそのものの練習は当然として、ダンスレッスンとかボイスレッスンなんかにも以前よりも打ち込むようになっていたわ。 ああいう状況になったら、とにかくレースの練習を、ってなりそうなものなのに。 なぜかって一度聞いてみたけど、なんて返したと思う? せっかくのセンターで情けないパフォーマンスを見せて恥をかかせたくないから、ですって。 ね?変わってないけど、変わったでしょう? 有マ記念の目玉は、間違いなくスペシャルウィークとグラスワンダーの一騎打ち。 黄金世代のライバル同士の決戦に注目しているのは二人のファンだけではない。 彼女が出走できたこと自体を喜ぶ、彼女のファンですらそうだった。 もちろん応援をされていなかったわけではない。それでも、その日の主役はどう見積もってもこの二人だった。 だから、そのときはだれもが言葉を失っていた。 実況席に座る女性すらも、自分の口から出た実況を聞いて呆然としているようだった。 ゴールに雪崩込んだのは三人だった。 短い栗毛だった。 その日の主役二人に追いつき、雄叫びとともに乗り越え、ほんの僅かだけ先にゴールを駆け抜けていた。 驚愕の表情を浮かべていたグラスワンダーは、自らの感情を飲み込むかのように天を仰ぎ。 一方のスペシャルウィークはといえば。 「ブレスちゃん!」 ゴールしたまま倒れ込んだダイナモブレスへと、ほんの少しふらつきながらも駆け寄っていた。 まるで、そうなってでも勝ちに来ると信じていたかのようだった。 「ゲホッ!ぅえっ!ッぐぅ!」 胃痙攣だった。 酸素を求めて激しく繰り返される呼吸そのものが、彼女の腹部に激痛を引き起こしていた。 スペシャルウィークに抱きかかえられたダイナモブレスのもとに、彼女のトレーナーが駆け寄ってくる。 涙で顔をグシャグシャにしながら、それでも医療班を手配することは忘れていなかった。 ダイナモブレス自身の顔も、涙で濡れていた。 激しい痛み、極度の疲弊。 しかし、そこに悔しさは混じってなかった。 喜びだけがあった。 歓声の中。 仰向けになったまま、彼女が右腕を挙げた。