オリキャラ雑談クロスSS_3_17

狭間の世界のゼノリス:第17回

2.キョウカイ/過去編

目次

2.9.ナイトメア・エコーズ
2.10.アゲインスト・スピニング・ギア

2.9.ナイトメア・エコーズ

「リカーシャ・カインと申します。
 率直に用件を申し上げますが……この都を、頂戴したく存じますの」

 見目麗しきその女の言葉を聞き、スヴェルは耳を疑った。

「狂っていると見えるな」

 サイファスの皇帝スヴェルは道術の極意で以て、天空城塞カウブ・ソニラの霊力系統と魂魄を結合させている。
 この城全てが、彼自身でもあるのだ。

「このスヴェル・ハウンダリの城、奪い取ると申すか」
「造作もないことですわ。わたくしと、11枚の祖霊板があれば」
「いよいよ以て、狂っておるわ」

 リカーシャと名乗った女は、自信に満ちた表情を崩さない。
 彼は城全体に信号を送り、まずは制御室内の緊急用防衛装置を起動させた。
 天上や壁に設置された16基の小型霊子砲が小さな音を立てて作動し、16条の霊子線で不遜な女を焼灼する――筈だった。

「!!」

 しかし、攻撃はリカーシャに届かない。
 全ての霊子線はその途中で、不可視の壁に遮られたかのように途切れている。
 ならば、と、制御室の扉が吹き飛んだ。
 スヴェルが施設防衛用の人造力士に破壊させたのだ。
 だが、リカーシャを押し潰すはずの扉は見えない力に弾かれ、突入してきた人造力士たちも次々と、不可視の手で握り潰されるかのように破壊されていく。
 何らかの自動防御か、彼女は力士たちの方を見もせず、口にする。

「スヴェル様からお城を頂くには、お命も奪わねばなりません。残念ですが……」
「抜かすな!」

 スヴェルは制御室の破損もいとわず、自身の掌から霊子砲を放った。
 カウブ・ソニラの出力を取り出し、彼の身体と魂魄をレンズとして撃つ、基本にして必殺の仙術だ。
 しかし、これも防がれた。
 いや、それどころか。

(反転――!?)

 超高密度の霊子線はリカーシャの身体を射抜くどころか、ぐねりと曲がって彼に向かって帰ってきた。
 これは予め展開していた霊子障壁で防ぐ――防げるはずだった。

「が――!!」

 ところが跳ね返ってきた霊子線の威力は、スヴェルが放った時よりも上がっていた。
 障壁が貫通され、スヴェルは自らの霊子線によって焼灼された。
 霊子サイバネティクスによって強化された肉体と魂魄が、大きく損傷する。
 しかしそれでも、彼は斃れず踏みとどまった。

「ぬぅ…………!」

 リカーシャがそれを見て、ころころと笑う。

「まだ息がおありとは、さすがです。
 でも、それで十分でしてよ」
「何――?」

 気づけば彼の周囲には、人間の顔ほどの大きさの、ガラス板か情報端末を思わせる物体が複数、浮遊していた。
 生き残った視覚情報を統合すると、合計11枚。
 そこから力場の糸が伸びて、板と板との間に、スヴェルを囲むように張り巡らされていった。
 リカーシャが微笑む。

「あなたには制御端末となって頂きます。
 カウブ・ソニラでしたか、この空飛ぶお城を、わたくしが操るためのね」

 肉体的にも魂魄的にも、もはや有効な抵抗は出来ない。
 それを悟り、スヴェルは胸中で歯噛みした。

「おのれ……!」
「お疲れさまでした」

 彼女がそう告げると、スヴェル・ファウンダリの肉体と魂魄は、手のひらほどの大きさの紫色の宝玉と化して、宙に浮いた。

「…………」

 11枚の板――祖霊板は、彼女の腰をぐるりと取り囲む皮のケースにひとりでに入り込んでいく。
 そして皇帝を原料とした空中要塞の制御端末は、彼女の手の中に。
 空中要塞カウブ・ソニラは、死せざる聖女リカーシャの手に落ちた。
 制御端末を握れば、要塞のエネルギー循環や防衛兵器の配置が理解できる。

(熱線砲と、飛行力士が使えるか)

 彼女は未来の勇者とその一党を葬るべく、要塞に指令を下した。
 新たな拠点は手に入った。
 これでも戦力が足りなければ、また召喚すればよい。
 ポータルは彼女の頭上にあり、祖霊板の力でいつでも発動できる。


「打ち貫けッ!」

 グリュクの放った貫通魔弾が、身長5メートルほどの機械巨人の装甲に突き刺さる。
 だが、致命打には程遠い。
 機械巨人は駆けまわるグリュクを狙い、腕部から熱線を断続的に放つ。
 彼は辛うじて、これを回避。

(あぁ……やっぱりミルフィストラッセを貸すんじゃなかったか!?)

 霊剣を貸してしまっているため、加護による肉体の強化も減少していた。
 ただの人間である今の彼が巨大な機械巨人の攻撃を回避できているのは、魔法術によって身体能力を強化しているためだ。
 神経加速を伴わない単純な強化のため、持続時間は短くないが、それでも限界はある。
 後悔が脳裏にちらつくが、選択は正しかったと思い直す。ミリアを丸腰にしておく訳にはいかない。

「グリュクくん、避けて!」

 そこに、フィーネの声。
 グリュクがそれに応じて跳躍すると、

「土の拳よ!」

 ルセルナの船体から高速で土塊が伸びて、機械巨人を直撃した。
 フィーネの土の魔法だ。
 機械巨人は吹き飛ぶが、すぐに機体の反対側から炎を噴き出して姿勢を回復し、ルセルナの甲板にいるフィーネに向かって熱線を放った。

「護り給え!」

 今度はグリュクの防御障壁が、それを防ぐ。

「――現れよ!」

 そして魔法剣を生成し、彼は全力で巨人の脚部関節へと斬りかかった――が、損傷あれど、切断かなわず。
 この硬度では、霊剣があったとしても切断できたかどうか怪しいところだ。
 そのまま脚部で蹴り飛ばされないように背後に回り込もうとすると、

「う――!?」

 見えない衝撃が彼を吹き飛ばした。
 転がりながらも熱線による追撃を回避し、グリュクは攻撃の正体に思い当たる。

(念動力場の類型……防御にだけ使ってるのか?)

 それならば、高い防御力にも納得が行く。
 同時に、念動による防御強化であれば、力づくで片づけることができる――グリュクはそう踏んで、攻撃をかわしつつ仲間に呼びかけた。

「フィーネさん、俺が全力で攻撃するための隙を! 作れますか!」
「……やってみる!」
「隙が出来たら、俺の攻撃の余波が来るので、防御を頼みます! あと、耳を塞いで口を軽く開く!」
「分かったわ!」

 グリュクは機械巨人からの散弾状に変化した熱線を――モードの切り替えができるのだろう――魔法術の障壁で防御しつつ、機を見計らった。
 そして、フィーネが一転、土の腕を機械巨人に向けて、槍の様に伸ばす。

「ええぃっ!!」

 それを跳躍して回避しきれず、機械巨人は姿勢を崩す。
 隙を逃さず、グリュクは魔法術を解き放った。

「砕けぇッ!!」

 飛行城塞の障壁を破壊した一撃が、再び飛翔する。
 同時、彼は余波から逃れるべく、フィーネが組んだ土の腕の陰へと隠れ――着弾!
 耳はともかく口を開けるように指示したのは、爆圧で押された体内の空気を口から逃げやすくして、鼓膜を守るための措置だ。
 グリュクも同様にして爆圧を凌ぐが、それでも耳鳴りがした。
 さすがにこれで無傷ではいられまい――そう考えた、その時。

「グリュクくん!?」
「ッ!?」

 フィーネの声を聞き、咄嗟に大きく飛びのくと、鋭い破壊音と共に魔力の波動が彼の身体を突き抜けた。
 攻撃を受けたのだ。
 意識が、遠のく。


 三年ほど、前のことだ。
 影絵のような姿をした敵が、そこに――ダンジョンの大部屋の真ん中に、揺らぎもせずに立っていた。
 フィーネはそこでへたり込み、恐怖に震えていた。
 他の仲間たちは皆、死んでしまっていた。
 前衛はもちろん、リーダーも、ヒーラーも、死体すら残されてない。
 残っていたのは、彼らが生きたまま全身を切り刻まれる断末魔だけ。
 破滅の賢者が作り上げたダンジョンに挑み、彼女のパーティーは壊滅してしまったのだ。
 だが、恐怖と同時、彼女は激しい疑問を感じていた。

(なぜ……私だけが生きているの……!?)

 そう、フィーネだけはさしたる傷もなく、生きていた。
 眼前に佇む黒い影に恐れ戦き、ずるずると尻餅をついたまま後ずさることしかできない彼女、だけが。
 その尖った耳に、声が聞こえた。

「語り伝えるためだ」
(…………!?)

 影が語っているのか? フィーネは更に恐怖した。
 心が、読まれている。
 影は続けた。

「お前たちも聞いていたはずだ、我が恐怖を。
 にもかかわらず、愚かにも我が根城に踏み入った。
 その愚かさには、痛みと畏怖を与える。語り伝えるがいい、我が脅威を。
 エルフならば都合もいい……長く生き、長く語り伝えるのだ。
 証拠がなければ信じまいから、それも付ける。連れて行け」

 影が大きく膨張し、そこから何かが吐き出される。
 それは、複数の唸り声をあげていた。

「うぅ……」「あぁ……」

 証拠。それは、ふらふらと動く肉塊だった。
 血の通った肌の色をした、一つの肉塊。
 そこから多数の手が生え、脚が生え、頭が生えている。
 そう、頭だ。目鼻に口と耳を備えた、人の頭部。
 そして頭はそれぞれ、フィーネが見慣れたパーティーの面々と同じ顔、髪型をしていた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!?」

 フィーネはそれを認識して、悲鳴を上げるしかできなかった。
 パーティーの仲間たちをそのように変えてしまったらしい影は、いつの間にか姿を消していた。
 ほとんど茫然自失として、フィーネはそれを連れ、拠点としていた町まで戻ることとなった。
 変わり果てて帰還した冒険者たちを迎えた人々は、狂気の魔術に恐れ戦き、そしてフィーネを除いた哀れな冒険者たちに引導を渡した。
 元の人の姿に戻す術がなかったためだ。
 そこから数週間を経て何とか正気を取り戻したフィーネは、それを解剖した医者や魔術師たちに話を聞いた。
 それが自分の義務だと、彼女は考えていた。
 彼らによると、頭は5つ、ギルドに人相書きが登録されたフィーネのパーティーメンバーと一致する。
 腕が10本、脚も10本、体重はおよそ5人分――フィーネを除いたパーティーの人数と一致した。
 内臓もちょうど、人間5人分程度と思われる規模があったらしい。
 エルフというだけで、フィーネはたまたま生き残ることになったわけだ。

「………………」

 彼女はこれから、どのように生きていくべきだろうか?
 再びパーティーを結成し、破滅の賢者を打倒するため戦いを挑む?
 いや――そうした報復のようなことを考える気にはなれなかった。
 あの影と、狂気の魔術はそれほどに、恐ろしかった。
 ただ、冒険者を辞める気にもなれなかった。

「俺が破滅の賢者を殺す!」「いや俺たちだ!」「我こそがかの首級を!」

 彼女のパーティーの末路を見てもなお、ひとしきり恐怖の概要を語ったフィーネの証言を聞いてもなお。
 破滅の賢者を仕留めてその財宝を手に入れよう、名を上げようとする者は後を絶たなかったからだ。
 彼女は、命知らずたちを止めることは出来ないと諦め、代わりに、新しく冒険者を生業にしていこうとやってくる若者たちに警告しようと考えた。
 仲間を救えなかった自分でも、できることはまだある。

「破滅の賢者は……まだあなたたちには危険すぎるわ。
 それより、こっちのクエストの方が手堅くお金になるはず――」

 フィーネは新人への助力を買って出る奇特なエルフとして知られるようになり、熟練者たちからは軽んじられるようになっていった。
 彼女に恐怖を語り継げと破滅の賢者が命じた通りのことではあったが、もはや彼女にはプライドといったものは残されていない。
 ついたあだ名が、臆病者のフィーネ、あるいはメッセンジャーのフィーネ。
 メッセンジャーとは、破滅の賢者に挑んで死ぬことなく伝言役にされた彼女を嘲る意味があった。
 それでも、フィーネは若い新米冒険者たちを助け、アドバイスを与えていった。
 彼らが破滅の賢者に近づかないことを祈って。


 フィーネは瞠目した。
 グリュクの破壊的な魔法術の直撃を、無防備な隙に受けてなお、機械巨人は活動を止めなかったのだ。
 腕部の熱線砲の砲口から、光り輝く刃を突出させて、機械巨人が跳躍。
 フィーネの土の腕を飛び越え、回廊の床へと刃を突き刺す。

「あっ!?」

 そこから光と魔力が同心円状に激しく広がり、衝撃でフィーネは甲板から投げ出された。
 体を打ちつつ、彼女は焦った。あるいは、恐怖した。
 土煙の中から立ち上がる、機械巨人。さすがに無傷ではなかったが、健在と呼べそうな程度には損傷が少ない。
 敵は腕の砲口から光熱の剣を伸ばしたまま、今度はフィーネに狙いを定めているようだ。

(ダメなの……!? やっぱり私は役立たずで――また仲間を失って――今度こそ死ぬの……!?)

 誰かが彼女の絶望を知ったなら、それを惰弱な思考だと嘲笑したかも知れない。
 そのような逆境に立ち向かうことにこそ、価値がある、と。
 だが、フィーネはそうした嘲笑に慣れていた。
 自分に価値など無い。
 大した役になど立てない。
 華々しい役目ならば、きっと他の誰かがやってくれる。
 そう諦めかけた時、ふと、声が聞こえた。

「させるかぁぁぁッ!!」

 凄まじい速度で転がり込んできたのは、長身の赤い髪の剣士――グリュクだ。生きていたようだ。
 彼はフィーネを強引に抱え上げて――その衝撃で小さく舌を噛んだ――、振り下ろされる光熱剣を回避する。

「フィーネさん、俺に強化を! 重ね掛けで行きます!!」
「え――ええ!!」

 フィーネは動揺しつつも息を吸い込み、呪文を唱えた。

「強き、腕よっ!!」

 既にグリュクの身体を強化していた、身体強化の魔法術。
 そこにフィーネの強化魔法が重なり、彼の肉体は更に強度を増した。
 矢より弾より、あるいは音よりも早く、グリュクが疾走する。

「下ろします、気をつけて!」
「えぇ!」

 フィーネの返事が終わるより早く、彼はルセルナの甲板にフィーネを下ろして加速した。
 そのまま機械巨人の熱線を、突き出される光熱剣を回避し、飛び蹴りを放つ。
 ガン! と激しい音が鳴り響き、機械巨人がバランスを崩した。
 素早く旋回してそこに取り付くと、グリュクは巨人の胸部の装甲に抜き手を突き刺す。
 二重強化によって飛躍的に上昇した速度と強度が装甲板を上回り、貫通した!

「どぅおりゃあああッ!!」

 雄たけびと共にもう片方の腕も裂け目に突き刺し、彼が腕を左右へと広げると、機械巨人の胸部装甲がはじけ飛ぶ。
 機内構造にもダメージが及んだか、取り付いたグリュクを攻撃しようと砲口を向けていた腕が、動きを鈍らせた。

「フィーネさん!」

 取り付いていた胸部躯体を蹴り飛ばして空中高く跳躍し、グリュクが叫んだ。

「これを――使ってぇッ!!」

 呪文と共に、虚空に巨大な魔法剣が出現する。全長10メートルほどはあるか。
 フィーネはそれに応え、土の魔法を行使した。

「土の腕よっ!」

 ルセルナから再び伸びた二本の土のアームがそれを引っ掴み――

「てやぁぁぁぁぁッ!!!」

 渾身の魔力を込めて振り下ろされた巨大魔法剣は、激しく弾ける音と共に、機械巨人を縦に両断した。
 左右に分かたれたそれらは完全に力を失ったか、どうと倒れ、動かなくなる。
 いや――フィーネはすぐに土の腕から魔法剣を手放し、回廊に着地したグリュクを庇った。
 直後、機械巨人の残骸が爆発する。
 無数の破片が土の腕や、ルセルナの船体に突き刺さった。

(痛いぞ)
「ごめん、ルセルナ……すぐ回復するから」

 土の腕に庇われたグリュクが、魔法術を解きながらルセルナに陳謝する。
 多重強化は誰もが考える運用だが、肉体にかかる負担も多大なものになる。
 回復が必要なのはグリュクの方かも知れない。

「痛ててて……!」

 腕の筋肉が断裂しているのか、グリュクが両腕をだらりと下げたまま腰を落とす。
 フィーネは土の腕を使って甲板から降り、彼に駆け寄った。
 土の魔法や強化ほどではないが、基礎的な回復魔法なら扱える。

「今治すわ! ルセルナさんごめんなさい、ちょっと待っててね!」
「フィーネさん……」

 苦痛が混じってはいたが、グリュクが微笑む。

「相棒がいなくても勝てました。あなたのお陰で」

 フィーネはそれを聞いて、胸の内を洗われたような気がした。
 破滅の賢者というトラウマが無くなったわけではないが、彼女は少しだけ、今までよりも前を向いて生きて行けるかも知れない。

2.10.アゲインスト・スピニング・ギア

Q:ヴェステンジニアからこちらに留学してきた理由は?
A:本場の白魔法を勉強したかったからです。神官や修道士を目指すなら、白魔法は欠かせませんから。

 それは半分ほど、虚偽であった。
 ミナの学業成績は良好だった。そうでなければ、留学など認められない。
 しかし、それらの努力の陰には、イーストール王国に比較的多く住まうエルフ――特に男のエルフに近づきたいという思惑があった。
 彼女が自力で優秀な成績を収めたことには、間違いはないのだが。

Q:卒業後はどうなさる予定かしら?
A:まずは冒険者として、実技が現場で通用するのかどうかを試しておきたいですね。
 そちらの実績があれば、就職にも有利ですし。

Q:冒険者としては、やはり回復職を?
A:はい。座学や魔法はそれなりにがんばりましたが、どうしても運動は向いていないようなので……
 微力ではありますが、後ろから支える役割に徹するべきかな、と。

 回復魔法の実技についても問題はなかった。
 ただ、彼女の魔法適性としては自己強化が天才的であり、理想を言えばそれを用いて肉弾戦を行う前衛職が望ましいというのが、教員たちの見解だった。
 もっとも、精神的な資質がそちらを向いておらず、回復職で問題ないともされていた。

Q:その後の就職先は教会関係として、具体的にはどういったところを考えていますか?
A:孤児院かな、と。家族を失った子供たちを救うお手伝いがしたいんです。

 この回答には、裏があった。その願いは全くの嘘ではないが、純粋なものとも言い難い。
 彼女の性的嗜好は器量の良い年少の異性。つまり、スラングを用いて表現すれば、ミナはイケショタを好む。
 孤児院となれば、多くの少年たちの保護者同然の立場となり、身近に接することができよう。
 少年たちは、慈悲と愛情で自分たちの面倒を見る彼女を慕うことになる。はずだ。
 ミナは下心で以て、慈善事業を志しているのだ。
 彼女は欲望を隠しつつ、これまで順調に進路を進んできた。
 夏季休暇の課題として冒険者レポートを提出する段になっても、女ではあるがエルフとパーティーを組むことも出来た。
 彼女の紹介でエルフのイケメンに接近しつつ、課題を済ませる。順調だ。
 その筈だった。

(それが、なんでこんなことに……!?)

 いつの間にやら彼女はオオカニグモと戦い、巨大イノシシと戦い、魔族アンデッドの群れと戦い、飛行ゴーレムの群れと戦い、ついには回転する巨大な歯車に追いかけられる羽目になっていた。
 あり得ない。悪夢であってほしい。
 体裁が悪いために異議を唱えることこそしなかった――シリルがいたこともある――が、ミナは後悔してもいた。
 彼女を巻き込んで歯車の相手をしていた半人半魔の暗殺者――ヨーコは、既に歯車に轢かれて伸びている。
 回転数を上げて迫りくる、鋭利な刃の列。
 自己強化魔法で速力を上げているが、そろそろ魔力が切れる。
 そうなれば容易に追いつかれ、平素の防御力に戻ったミナは簡単に挽肉にされてしまうだろう。

(ちくしょう、イチかバチか……!)

 ミナはメイスを回廊の床に突き、棒高跳びの要領で大きく上にジャンプした。
 その真下を通り過ぎた切り裂き歯車が、反転しようと勢いを落としたところに、強化の乗った全力のメイスを叩きつけるのだ。
 だが、目論見は外れた。
 淵に刃、横腹に眼窩の並んだ不気味な歯車は、ミナの跳躍に合わせ、空中へと跳ね跳んでいたのだ。

(え、ジャンプできんの……!?)

 彼女は与り知らないことだったが、歯車の刃の根元には伸縮装置が備わっており、それを伸ばした反動で跳躍が可能となっていた。
 空中で縁に沿って回転する無数の刃、回避不能。
 強化魔法だけで防御しきれる威力だろうか? いや、そうは思えない――

「――!?」

 だがそこで、突如恐るべき車輪の軌道がずれた。
 ミナの身体に接触すると見えた刃の歯車の横合いから、何かが衝突したのだ。
 ガガン、と衝撃音を響かせて、多眼の車輪が回廊を切り裂きつつ着地する。

「ヨーコさん!?」

 そう、隻眼の暗殺者ヨーコだ。
 敵の横腹に突き刺さっているのは、彼女が腰に下げていた投げナイフか。
 直径2メートル近くある、恐らくは金属製の車輪が吹き飛ぶほどの速度が、小さな短剣にこもっていたことになる。
 恐るべき強肩、魔力による直接強化の作用というものだろうか?
 ともあれ、車輪は横倒しになり、動きを止めた。

(チャンス……!?)

 ミナはそこへ向かって駆け、メイスを振り上げるが――
 振り下ろす前に、車輪の側面に並んだ眼窩が一斉に、ぎょろりと、ミナを見た。

「――!?」

 そして、彼女の目に飛び込んできたのは、まばゆい閃光。
 気づくとミナは、全く別の場所に立っていた。

「え……?」

 そこがどこかはわからない。
 漠然とした、茫洋とした、どこかだ。
 その掴みどころのなさは、夢に似ていたかもしれない。
 不安が足元から、指先から、体中に忍び寄る。
 再び気づけば、目の前には二人の男が立っていた。
 ミナの二人の兄だ。
 なぜこのようなところに?
 疑問を他所に、長兄が目を伏せつつ、彼女に告げた。

「残念だよミナ……お前がそんな……オナニー狂いだったなんて……!」
「んなぁ!?」

 ミナは絶句した。
 知られていた。バレていた!
 激しい羞恥が体を震わせ、何とか弁解しようと試みるが、彼女の舌はなぜか、思うように動かない。
 そこへ次兄がかぶりを振りつつ、ミナに追い打ちをかける。

「ミナちゃんがそこまで年下の男の子好みだったなんて……俺は恥ずかしいよ……!」
「おごぁッ!?」

 ミナは絶望した。
 そのようなことまで、悉く知られている!

(ち、違……そうなんだけど違……!!)

 申し開きをしようにも、兄たちは姿を消した。
 だが、すぐに別の影が、彼女の前に現れる。
 豊満な体つきの、金髪のエルフだ。
 彼女はやはり、告げる。

「ミナさん……男目当てに私に近づくなんて……最低ね……!」
(げぇッ、フィーネさん!?)

 優しさの権化と感じていた彼女の言葉に、ミナは大いに動揺した。
 ミナを非難する影は、それだけにとどまらなかった。

「ミナちゃん……犯罪だけはダメだよ……!」
(ミリアさん!?)
「ヒッヒッヒ……淫乱ワールドへようこそ☆」
(怪しいダークエルフの人……!?)

 入れ替わり立ち代わり、家族や知人が現れてはミナを詰っていく。
 そして、最後に現れたのは、金髪の少年だった。

「ミナさんのボクを見る視線が、イヤらしいんだよね……ねっとりしてるっていうか。
 気持ち悪いから、やめて欲しいな?」
「ぐぇあぁあああッ!?」

 シリルの言葉に、ミナは五臓六腑のねじ切れんばかりに絶叫した。
 そのような視線でねめつけているつもりは――温かく見守りこそすれ――、無かったのだが。
 ともあれ、ミナの精神はひしゃげ、破壊されつつあった。
 そう、これこそは彼女の見た閃光の効果。
 脳でその光を処理した知性体の精神を苛み、魔力に直接ダメージを与え、更に肉体の動きも封じる。
 ミナには知る由もないが、凶理の大地ワイコウより召喚された、審眼車輪の真の能力であった。
 そして動けないのは、ヨーコも同様だった。

(身体の動きが……!)

 ヨーコはかろうじて、立っていた。
 身体に悪魔の血が流れているためか、その場にしゃがみこんで動けなくなっているミナほど、閃光の影響を受けてはいない。
 だがそれでも、半悪魔として迫害された忌まわしい過去の記憶が無理矢理押し広げられ、体の動きが鈍った。軽く走ることすら、できそうにない。
 彼女の見ている前で、審眼車輪はギュルギュルと回転して体勢を立て直し、無防備なミナに向かって転がっていく。
 ヨーコにそれを止める術はない。
 少女が切り裂かれるのを見ているしかないのかと、思えたが。

「――!?」

 突如、ミナの左手が動いた。
 彼女は俯いたままそれを前方へとかざし、何と素手で、回転する刃を受け止めた。
 ギャリギャリと音を立て、回転する刃の車を!
 重量差があるので、ミナはしゃがみこんだまま車輪に押されて後退するが、それどころか彼女は、そのまま立ち上がる。
 肉体強化の魔法が持続しているどころか、その強度を増しているようだ。
 そして今度は、叫んだ。

「がぁぁぁ!」
「!?」

 叫ぶと同時にミナが握りこんだ左手の指が、歯車の刃を貫通する!
 回転していた外縁部の動きにブレーキをかけられ、中心部分が逆回転した。
 そして握った部分をそのまま取っ手のように掴み、ミナが腕を振り上げると、刃の歯車はやすやすと持ち上がり、反対側に叩きつけられる。
 車輪は回廊の床の破片を飛散させながら横倒しになり、眼窩の並んだ側面を晒す。
 更にミナは胸元に下がっている巨大なファスナーの引手から、そこに収納されていた武器を取り出した。
 ナックルダスターだ。
 それを右の拳に嵌めて、ミナは拳を、車輪へと振り下ろす。

「どぅおりゃあッ!」

 ガイン! と金属音が響き、車輪の側面に並んでいた眼窩のいくつかが潰れる。
 そこから噴出する半透明の液体が顔にかかるのもいとわず、ミナは次いで、左手に持ち替えたメイスを振り下ろす。
 何事かを、叫びながら。

「何が!」

 刃の歯車が、大きくへこむ。
 ミナが再び、右手のナックルダスターを振り下ろす。

「悪いんじゃい!!」

 刃の歯車は、更にへこんだ。
 さらにミナが左手のメイスを振り下ろす。
 破片と肉片が飛び散り、多眼の車輪の損傷は広がっていく。
 ナックルダスター、メイス、ナックルダスター、メイス――

「ショタが! 好きで! 何が!! 悪いんじゃぁぁぁい!!!」

 連続して振り下ろされる強化付きの打撃で、異世界からやってきた審判の神器は煙を噴き上げ始めた。

「――!」

 唖然としていたヨーコだったが、そこで自分の身体に自由が戻っていることに気づく。
 見れば刃の歯車はガタガタと振動を始め、ミナの足元から抜け出し、何と空中に浮き上がった。
 逃げるつもりか。ヨーコは残された魔力を身体に循環させて跳躍し、

「逃がしませんよッ!」

 歯車が横腹を見せた瞬間を狙って、渾身の突きを見舞った。
 が、浅い。
 “赤黒”は刺さりこそしたが、敵を貫通できなかった。
 ヨーコはいったん愛刀から手を離し、後ろに跳躍する。そして、呼びかけた。

「ミナさん!」
「どりゃあぁぁぁッ!!」

 そこに接近していたミナがメイスを振りかぶり、大太刀の柄尻にメイスの頭を打ち当てる。
 スカァン! と小気味よくすら聞こえる音が鳴って、“赤黒”の刃が車輪の中心を貫通した。
 大太刀が鍔まで刺さった状態で、歯車は回廊の床に落下する。
 ガタゴトと石畳を噛みつつ、“赤黒”を支点にして力尽きた独楽のようにゆっくりと回転、そして静止した。
 完全に機能を停止したようだ。
 ミナを見ると、まだメイスとナックルダスターを構え、獣のように敵の残骸を威嚇している。

「ふーっ! ふーっ!」

 ヨーコは敵の身体を足蹴にして“赤黒”を抜き取り、鞘に納めた。
 そして肩を上下させ、興奮しているらしきミナに再度、呼びかける。

「ミナさん、敵は死にましたよ。多分ね」
「ぐるるるる……わ、私は……」

 純粋な人間であるはずの彼女が、半悪魔であるヨーコですら身動きの取れなくなる精神攻撃を自力で破った理由は分からない。
 だが、その精神には尋常ならざる負荷がかかっていたことだろう。

「敵の幻覚ですよ。誰もあなたの心の中を、見たり読んだりはしてないはずです」
「う……そ……そうかぁ……! 幻覚かぁ……!」

 ミナは涙を浮かべながら――恐らく、緊張の糸が切れた――、その場に再びへたり込んだ。
 ヨーコは同行者として彼女を元気づけるような言葉をかけてやるべきか否か、少し迷った。
 そうした言葉を操るのは、得意ではなかった。

なかがき

 お読みいただきありがとうございます。
 第17回終了です。第18回に続きます。
 以下、捏造点と疑問点。

【主な捏造点と疑問点+解説など】

 以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。
 次回もよろしくお願いいたします。