アトラーカブテリモンの森に金と黒の剣光が閃く。 各地での戦いが激化する中、二体の究極体が相対していた。 方や金色の装甲を身に纏い氷雪と双刃を振るうフォーチュンブラウモン。 対するは深緑の身に骨刀を背負い怨霊を率いるタイタモン。 しかし、戦況は前者に傾いているように見えた。 出現させた幽兵は瞬く間に凍り、振るう大太刀も受け流される。 一向に好転しない戦況に焦りを覚えたのか颯乃は叫ぶ。 「それなら――もっと強い力を!」 叫びながら懐から――最早プラグインの偽装すら解かれていた――ダークネスカードを取り出す。 「雪奈、あのカードから嫌な力を感じる!」 高等魔術に精通したパートナーが看破する。 きっとあれが、彼女をこうした原因。 ――あれをなんとかしなきゃ。 そう判断した雪奈が動こうとした刹那、上方で爆発音が聞こえ、別の戦場の流れ弾であろう雷撃が降り注ぎ―― 「なっ……!」 ――その一欠片が『偶然にも』颯乃の手中のダークネスカードに命中し、黒い紙片を破壊した。 「今だ、雪奈!」 パートナーの掛け声と同時に走り出し距離を詰める。 動揺で反応が遅れた颯乃の懐に潜り込み、もう2度と離さないように――抱きしめて、むき出しの想いをぶつける。 「私は!颯乃ちゃんの事を想ってる!」 「――ッ!」 「私だけじゃない!良子ちゃんや三下くん、竜馬さんやクロウさん…他にもいっぱい……いっぱい!颯乃ちゃんの事を想ってくれてる人がいるんだよ!」 きっとこの戦いも、人を想うからこそ起きてしまった戦い。 故に彼女に伝えなければならない。 顔を見据えて、真正面から。 「だから――世界に自分一人きりみたいな、寂しい顔しないで…!」 伝えられた颯乃の目に僅かに光が灯る。 「……私、どうしてもまた両腕で剣が振りたくって……それで、巫女の話を聞いて」 辿々しくも心中を吐露していくと、頭にかかった黒い靄が晴れていくような感じがした。 「悩んで悩んで……決めた後もまた躊躇って失敗して、その度に世界が暗くなっていって…」 「うん」 「カラテンモンが倒れた時に…自分は独りなんだって言われた気がして、そしたら頭が真っ黒に染まって…」 「そんなことない。颯乃ちゃんは独りじゃないよ」 「本当に…?私はまた、みんなと会える…?」 今にも消えてしまいそうな弱々しい表情を見せる喧嘩相手を支えるように、雪奈は力強く答える。 「大丈夫だよ、帰ろう……みんなの所に」 その答えに安心したように涙を流しながら微笑み――颯乃の意識は途切れた。 (キミもきっと苦しんでいるのだろう) 流入していた負の感情を断ち切れたとはいえ、未だに怨念渦巻くタイタモンを見据えてフォーチュンブラウモンは想う。 少し軽薄ながらも人思いの優しいゴブリモンの姿を思い返し……だからこそ、こんな行いをさせないために止めなければならないと決意を固める。 「行くぞッ!」 決着をつける為に肉薄。 応じるように斬神刀を大上段に構えるタイタモン。 チャンスはおそらく一瞬――タイミングを見誤れば無事では済まない。 それでも負ける気はしなかった。何故なら、自分には幸運の女神がついているのだから。 「『パーマフォスト』!」 凍刃と氷牙を振りかぶり、氷結魔術による波動を放つ。 並の究極体では直撃しただけで戦闘不能になる大技を、巨神は肩口から発生させた幽兵達を盾に防いだ。 肩の頭蓋が凍結したのも意に介さず、構えた大刀を振り下ろす。 「『魂魄芯撃』!!」 あらゆる物質を貫通しデジコアに致命打を与える一振りは……接触の瞬間に発動した刀そのものをその瞬間に縫い付ける『強制停止』の力によって黄金の騎士の鎧の表面上で留まる。 夥しい量の魔法陣を瞬時に展開/武器を手放した金色の左手を翳し対象を指定/発動のプロセスに必要なのはあと一つ。 全てを停止させる氷河期の再演――その術式の最後の鍵である必殺技名を叫ぶ。 「『オールフリーズ』!!!」 瞬間、まるで強制終了したように――タイタモンは全ての活動を停止した。 怨念を纏っていた巨神の口元は、不思議と笑みを浮かべているように見えた。 *** 目を覚ました後に最初に目に入ったのは見知らぬ天井。 「ここ、は……?」 おぼろげに覚醒した瞬間あちこちの痛みで現実に引き戻される。 「颯乃ちゃん!」 「わっ」 状況を把握しようとしていたら雪奈に抱きつかれた。 どうやら気を失った後病院に運び込まれたらしい。 「雪奈、その、ご――」 言いかけた颯乃の口の両端を突然雪奈が引っ張った。 「……はひほふふんは」 「颯乃ちゃん、今謝ろうとしたでしょ」 「ほへは――」 当たり前だ、私が迷惑をかけたのだから――そう思った矢先に雪奈が言葉を紡ぐ。 「いい?今回のは……喧嘩なの」 「……?」 「私、喧嘩なんてしたのはじめてで、お互いにいろんなこと言っちゃったし……ほら、喧嘩両成敗って言うでしょ!おあいこなの!」 だから、謝るのはナシ―― そう続けた彼女を見て、改めて自分の視野の狭さにほとほと呆れる。 こんなにいい友達がいるのに、私は何を考えていたんだろう――再び謝りたくなったが、目の前の子は望んでないってことくらいは分かるようになった。 なので、ようやく自由にしてくれた口で今の自分の気持ちを――仲直りの言葉を紡いだ。 「ありがとう、雪奈」 「過ちは、償えばいい」 隣のベッドから不意に声が聞こえて振り向くとそこには…… 「……竜馬さん?」「……三上先輩?」 なぜ断定してないかというと、視線の先にいたのが包帯ぐるぐる巻きのミイラだからだ。 (声で分かってくれて良かった、という顔) 「いや、顔見えなくて何も分かりませんからね?!」 「なんなら普段から顔だけじゃ分かりません!」 「ええっ」 普段頼りになる年上の素っ頓狂な声に2人で顔を見合わせて――どちらからともなく吹き出した。 黙りこくってしまったミイラをそっちのけに笑っているとガヤガヤと病室の外から声が聞こえてくる。 「竜馬も颯乃も目ェ覚ましたんだって!?」 「命に別状はないって話でしたけど心配ですね…」 「アンタらデリカシー無いんだから余計な事言わないでよね!」 「差し入れに回復フロッピー選ぼうとした人に言われたくありませんー!」 「ちょっとー!病院内ではお静かに?!」 賑やかになってきた室内で馴染みの顔ぶれを見ながら颯乃想う。 この先また辛い事、苦しい事が降りかかってきても、きっと大丈夫。 ──もう私は、独りではないのだから。