霜桐雪奈の目が驚愕に見開く。 眼の前で暴虐の限りを尽くしているのは、親友である神田颯乃のパートナーだった。 様子のおかしい彼女に呼び掛ける。 普段綺麗ににまとめられているはずの黒髪は、今や無造作に解き放たれ、夜叉のように乱れていた。 「颯乃ちゃんどうしたの!?」 雪奈の呼びかけに颯乃は振り向いた。 その視線は殺意によって支配されている。 「雪奈、颯乃たちの様子がおかしい!恐らく誰かが彼女たちに何かしたようだ!」 雪奈のパートナー、ヘクセブラウモンが、カラテンモンから進化した颯乃のパートナー、タイタモンの刃を押し留める。 氷の魔術とも言われる高級プログラム言語の使用に長けた彼は、彼女たちが何者かから干渉を受けたことを見抜いていた。 ひとまず暴れまわる巨体を凍らせて動きを鈍らせるが、タイタモンの怪力はヘクセブラウモンの氷を容易く砕いた。 「せつ……な……」 「颯乃ちゃん!」 雪奈が駆け寄る。しかしその歩みは、突き付けられた竹刀に遮られた。 憎悪に染まった顔で、颯乃は雪奈に言葉を投げかける。 「あんた、鬱陶しい……」 生まれて初めて向けられた憎悪の感情に雪奈の思考が止まった。 そんな雪奈を余所に颯乃は捲し立てる。 「ちょっとしたことですぐ落ち込んで、そのくせ大事なものは何にも失ったことがなくて、寄り添ってるつもりで分かった風な口利いて、自分が弱いからって勝手に憧れて……ずっと鬱陶しいと思ってた。あんたの期待に応えるなんてもううんざりなんだよ!!」 颯乃の慟哭に応えるように、タイタモンが幽鬼のような兵団を召喚する。 対するヘクセブラウモンは、氷剣を大量に精製し、一斉に軍団へと射出する。 しかし、不死の軍団は身体を引き裂かれた程度では止まらない。 足がなくなっても腕で、腕がなくなっても剣を口に加え、這ってでも敵を蹂躙するために進軍した。 森の消火に体力を使っていたヘクセブラウモンでは、この軍勢丸ごとを凍らせることはできなかった。 「雪奈!どうする!?」 ヘクセブラウモンがテイマーに指示を仰ぐ。 一度撤退して回復に努めるべきか。しかし颯乃をこのまま放置することもできなかった。 「!」 突如、パンッと弾ける音が響いた。 それは雪奈が自分の両頬を思い切り叩いた音だった。 涙を浮かべた目で、雪奈は親友をしっかりと見据える。 「ごめん、颯乃ちゃん……そんな風に思ってたんだ。でも知ってるよね?わたしって結構わがままなんだ。いつもの颯乃ちゃんの言葉ならしっかり受け止めるけど、今の颯乃ちゃんの言葉は聞けない。だから元に戻って、もう一度聞かせて」 「これが本当の私だ!そうやって何も知らないで……」 「ううん、今の颯乃ちゃんは颯乃ちゃんじゃない。どうしてそうなったのかは分からないけど、多分悪いやつが何かしてるんだと思う」 涙を拭い、懐からデジヴァイスを取り出す。 液晶画面が輝き、以前ウェヌスモンから受け取ったデジメンタルの素が現れた。 「だから、絶対助ける」 デジメンタルの素が光輝き、その殻を割る。 そこに現れたのは、黄金に輝く『幸運のデジメンタル』だった。 胸の奥から熱いものが沸き上がる。 少女は、決意を以って騎士に呼び掛けた。 「ヘクセブラウモン!」 「応!」 掲げたデジヴァイスが黄金に輝く。 無数のパーツに別れたデジメンタルはヘクセブラウモンの氷の鎧を覆い、女神ウェヌスモンの加護が、その身に幸運を操る力を授ける。 「デジメンタルアップ!!」 「ヘクセブラウモン超越進化!!フォーチュンブラウモン!!!」 黄金の鎧を纏った騎士が顕現する。 その進化の余波はタイタモンが呼び出した不死の軍団を、周囲の燃え盛る森と『炎ごと』凍らせた。 しかし、突如現れた黄金の騎士に怯む巨神ではない。 手にする巨大な骨剣を構え、眼前の騎士を滅ぼさんと殺意を漲らせる。 「行くよ、颯乃ちゃん」 「雪奈ぁぁぁぁぁ!!!」 幸運の騎士と骨の巨神が剣を交える。 ここに、雪奈の人生で初めての『喧嘩』が始まった。