男は泣いてはならない、男は我慢しなければならない、男は耐えなければならない、そんな社会通念がある。きわめて男性的な古くからの価値観だ、簡単に泣くような男は軟弱、痛みを我慢できない男は脆弱、苦しみに耐えられない男は惰弱、口で違うと言ってもうっすらとそう言った概念を男性は持っている、男が泣いていいのは親が死んだときだけなど言う事がまかり通るくらいだから、ある意味男性の根底の根底にある価値観でもあるのだろう。  浩一郎もその感覚を知っている、格好をつけるのはやせ我慢だ、自分にできた傷を涼しい顔で流すのが格好いい男の在り方なのだと思う、例えば映画に出てくる男性俳優はそれがスクリーンの中であれどのような窮地を軽く超え、傷を受けても耐えて見せる、それは男という生き物に強固な幻想を持たせるのだろう、女ですらそう言う男ほどというはずだ。  だから今の自分に少しだけ驚きを感じている、冷静な部分が格好悪いやり方だと自分自身に侮蔑をしていた、涙を流している。それも自分と同じくらいの少女の胸に顔をうずめ見っともなく泣き叫び己の心の内を吐露していた、少女はただ抱きしめてその嗚咽交じりの叫びを聞いているだけだ。 「好き……だったんだ」  どうしてこんなことを言っているのか自分自身でも理解できない、デジタルワールドと呼ばれる世界を共に旅したといえ、その少女にも散々格好をつけた姿を見せてきたはずだ、だというのになぜか所々でその仮面を少女は剥がしてくる。見られたくない心の柔らかい部分を覆う殻に指を差し覆っている全てを取り去って心の内に潜り込んでくるような感覚は本来不快に感じるべき様なことだと言うのに、それに暖かさを感じている。 「多分一目ぼれだった……あったこともなかったのに、見ただけで凄い心が締め付けられる気がしたんだ」 「うん」 「でも僕は馬鹿だったんだ……気を惹く様なこと一切してなかったの……今思いだした気がする」 「そうだね……浩一郎君は格好つけてばっかり」 「……そうだね、何も言い返せないや」 「うん」 「……でもやってるときはそれが自分にできる精一杯だったって思ってた…陽太と、星一と、シンシアと……後ろか助けるのが自分だと思って……でもさ……考えてみたら特別な誰かの扱いしなくて、3人纏めてなんてやって、そんなことしたって好きになってもらえるわけないのに、なんで僕にはそんなことがわからなかったんだろうな」 「楽しかったから、でしょ」 「楽しい」 「うん、いい先輩の自分は……助けてあげれる自分が」 「……そうだね……僕は、俺で、俺はずっとそうするべきだって」 「……嫌だった?」 「嫌じゃなかった」 「うん」 「確かに大変だったけど、そうやって動いてるの……楽しかったんだ」  思い出す、敵がダークタワーによる進化の妨害を行うようになったとき、それに対しての対抗策を得るためにデジタルワールドに存在するアイテムを探しに出た、一緒に居た群れから外れてただの1人として世界に立ち向かった時間は確かに輝いていた、その果てに手に入れた力が確かに敵の攻撃に対しての対応として正しかった時は思う以上に胸が弾んだ。  そう言った意味で言うなら自分がこれほどまでに人に執着しているのはあまりにも不自然に思える、それでも理屈を超えた感情だからこそそれは人を好きになるということなのだろう。  浩一郎はその心に嘘をつくことができなかった、涙を流し傷つくほどに本気だった、心の中にある己を守る壁が崩れて泣き叫ぶほどにそうだったのだろう、本当はそれも飲み込むはずだった、失恋してそれを誰かに吐き出すなんて格好悪いと思っているはずのことをしてしまうほどだ。 「すみれは……ズルいな」  少女の名を口にする、浩一郎の心にひびが入った、自分自身の柔らかい部分をさらけ出す弱さをさらけ出すのは男として恥ずかしい行為だ、だと言うのに我慢することができない。ズルい、と言うのはある意味敗北宣言を意味する、あなたには勝てないと浩一郎は言っているようなものだ。 「ズルくないよ」 「ズルいよ」 「ズルくない、相棒でしょ」  そう言ってすみれが笑いかけてくる、月光に照らされた少女の顔、その相貌を覗く、深く吸い込まれるような眼から視線を外すことができない、同い年の少女の顔を見るなんて恥ずかしがっても仕方ないはずなのにその眼から視線を外せない、それをすることが禁忌に触れるそんな感覚すら覚えた。 「それなら……ズルくないかな」 「そうだよ、ズルくない」 「なら……なんて言えばいいんだろうね」 「何を」 「今の状況」 「甘えてるんじゃないかな」 「甘えか……格好悪いなぁ」 「いいじゃない、頑張ってきたんだから」  その言葉は駄目だった、男は甘えてはならない、男は格好良くなければならない、そう思い続けて生きていたはずなのに、寄りにもよってすみれが言う、浩一郎の最も弱い部分に入り込んでくる少女が、見せないようにしてきたやせ我慢を肯定する、涙が枯れたと思っていたはずなのに、また目じりから水滴が落ちる。 「あ……」 「足りない」 「わかんねぇ……だってさぁ……さっきも泣いたのにっ……泣いちゃったのに」 「いいよ、泣きなよ」   貰ってしまった、本当にほしかった言葉を、肯定の言葉、やめてくれと言えなかった、そう叫ぶ前に言葉が入り込んでくる、こぼれた心がまたこぼれる、嗚咽が漏れた、積み上げたものに亀裂が入る、破片が言葉になる、感情が濁流になる、水滴が出る、涙。 「ぼ……ぐぅ……が、がn……ばったの……か、なぁ」 「うん……頑張ったよ」 「っ……ぁ……うん……がんばった……ぁ」 「よしよし……」 「ぼくっ……はぁ……っ……ぁ……ぁ」     既に口から出る言葉は言語としての体をなしていない、単なる単語を並べただけの音がただただ漏れ出していた、もしも見られたら卒業までずっとからかわれるであろうことを、ただただ。  男は格好をつけなければならない、それはやせ我慢の在り方だ、どれだけ傷を受けても何の痛手になってないようにふるまわなければならない、男という生き物はそれを求められる、弱い男は誰からも求められない、しかし、しかし今くらいだけは許してくれと思う、見ているのは月しかいない。