永田町、首相官邸。2階のホワイエ(ロビー)。 「六角さん!」警視庁公安部第13課長の六角が呼びかけに振り向くと、若い陸上自衛官の姿があった。 胸元のIDカードには『鈴木助蔵三佐』と表示されている。 「おや、鈴木君。」 そう答えているが、それが偽名であることは知っている。 「この前はどうも。妻がいつもお世話になってます。」 変装した名張蔵之助である。 「面白いことを始めたもんだな。調子はどうかね?」 「まあ、ぼちぼちです。」そのように話していると、 「何だ何だぁ、素破どもがこんなところで悪巧みかぁ?」 白髪の偉丈夫が近づいてきた。 「巖城さん、お久しぶりです。」 六角と蔵之助が一礼する。 「今日は流石に『あの方』はお連れでないのですね?」六角が言うと、 「バァカ、官邸なんぞに連れてこれる訳無ェだろォがよ。」 巌城と呼ばれた男はニヤリとして返す。 その表情はさながら肉食獣、それも老荘の獅子だ。 「よかったらいい道具がありますよ?」蔵之助が申し出ると、 「前にもいらねえつったろ。俺はこれでも国会議員なんだぞ。」鼻息を荒げた。 「おやおやおやぁ、なにか匂うと思ったらあなたがたでしたか。道理で匂う。」 両手をズボンのポケットに入れ、がに股で男が近づいてきた。 最低限の秘書だけを連れてる厳城と違い、何人もの秘書をぞろぞろと引き連れている。 「清田……何の用だテメェ。」獅子の顔が怒りに歪む。 「用も何も、私も今日の会議に呼ばれているのですよ?」 清田と呼ばれた男は大きく体をそらし、無理やりな下目遣いで背の高い巌城を見上げる。 「というわけで、私はさっさと会議室に入らせてもらいますよ。」 そう言うと一団を連れてエレベーターへ向かう。 「こんなデジモン臭い場所は耐えられませんからねぇ?」 「清田テメェ!」老獅子が咆哮する。 「巌城さん抑えて!」 狸親父が必死に押し止めるが忍者筋力でもおさえるのがやっとだ。 「ああ?俺はいつでも冷静だぞ。」急に正気になる巌城。 気がつけばかの一行はエレベーターに乗ってすでに大会議室のある4階に上がっていた。 「ああ、そういえばお二人にお伝えしたいことがあります。」 二人の耳元に顔を寄せて蔵之助は囁く。 「……『ラボ』の無量博士の消息が数日前から途絶えているようです。」 『!』一見、表情に変化は見えない。 「今回の緊急招集はそれが原因かも知れません、ご参考までに。」 そこまで言うと蔵之助は二人の少し前方に出る。 「立ち話もなんですし、僕たちは応接室のほうに参りましょう。会議室には、時間ギリギリで。」 「……おう、そうだな。」同意して巌城は歩き出す。 「あんな死臭のする人と一緒だと臭くてたまりませんからね?」 「……ハハッ、そうだな!」 今度は少し笑顔で返し、巌城はエレベーターではなく、階段の方へと足を運んだ。