荒れた大地を、私たちは彷徨っていた。 辺りは真っ暗で、時間の感覚はもはや無い。 身体はとっくに限界だけど、立ち止まるという選択肢は選ばなかった。 否、与えられていなかったのだ。 ――立ち止まれば、この闇に食われてしまうから―― 究極体の襲撃を退けた直後に新手の究極体に奇襲され、私たちは散り散りに逃げた。 逃げ遅れた京ちゃんの手を引っ張って、そこで記憶が途切れた。 目を覚ますと、荒れ果てた大地に真っ暗な空。 どうやら、さっきまでいたエリアは跡形もなく吹き飛んでしまったらしい。 ホウオウモンが守ってくれたおかげで無事だったけど、力を使い果たしてしまい幼年期に戻ってしまった。 今の私たちに戦うすべはない。こんな状態で、敵に出くわしたら… 「すみれお姉ちゃん…」 泣きそうな京ちゃんの声に、ハッと我に返る。 今は最悪の状況を考えるより、少しでも状況を改善しなければ。 怯える京ちゃんの頭を撫で、安心させる。 「大丈夫よ。きっとみんな助けに来てくれるわ」 ドゴォォォォォォ―― 爆音とともに土煙が上がり、喋るつもりで開いた口から息が漏れる。 大地を割り、巨大な存在が顔を表す。 全身を金属で覆った巨大な海龍。 獰猛で残忍な戦い方で私たちを苦しめた究極体。 荒ぶる海の王、メタルシードラモン。 「……見つけたぞ……」 メタルシードラモンは私たちに狙いを付けた。 到底逃げ切れるものではない。頭が真っ白になる。 巨大な蛇が迫る恐怖。理不尽に希望を奪われた怒り。 いろんな思いが、頭の中でグルグル回る。 精一杯声を張り上げながら、石ころを掴んで投げつけた。 死にたくない。その一心が体を動かしていた。 「フハハッ!いいぞォ!抵抗して見せろ!」 必死の抵抗もメタルシードラモンには余興に過ぎないのか、蛇が蜷局を巻くように巨体で私たちを取り囲む。 逃げ場はない。抵抗も、怒りも、絶望に染まっていく。 「クククッ もう終わりか。 ならば死ねぃ!」 甚振るのに飽きたメタルシードラモンが口を大きく開けて迫る。 目の前の光景がスローモーションになっていく。 パートナーたちが前に飛び出す姿も、 メタルシードラモンの口から涎が糸を引く様子も、 全て、ハッキリと目に映る。 呼吸が止まる。目を閉じたかったけど、動かなかった。 視線を逸らすことが出来ずに、只管に敵を睨みつける。 そして ――青い光が、メタルシードラモンの目を貫いた。 ギィアアァァッ――! 一瞬で両目を潰されたメタルシードラモンは激痛に叫び、大きく怯んだが、すぐさま体勢を立て直し襲い掛かる。 ガツンッ 私たちがいた場所をメタルシードラモンがかみ砕く。 いつの間にか、私たちは何者かに抱えられ、空高く飛び上がっていた。 「なに!?何なのぉーー!?」 パニックになったパートナーが耳元で叫ぶ。 現実離れした状況に、頭が混乱する。 まだ夢の中にいるのだと思った。 目の前には、青い竜。 そして、私と変わらないくらいの女の子。 女の子は私の顔に手を当てる。手袋越しに伝わる感触。 「大丈夫?ケガはない?」 そこでようやく自分たちが助かった事に気が付いた。 足の力が抜けてへたり込む。涙がポロポロと零れ落ちる。 「あー…、うん、よしよし。泣かないで」 困ったような顔で宥める女の子。申し訳ないと思いつつも、涙は止まらなかった。 ゴォォォァァァアッ! こちらを見失っていたメタルシードラモンが気づき、咆哮を上げる。 青い竜は私たちを庇うようにそれを真正面から受け止めた。 「よく、頑張ったね。…あとは任せてくれ」 二人の戦いは、魔法のようだった。 メタルシードラモンの体から無数のミサイルが放たれる。 小魚の群れのように襲い掛かるそれを、青い竜の手から放たれた真空波が切り裂く。 誘爆を起こし、次々上がる爆炎はメタルシードラモンを巻き込んだ。 爆炎を吹き消しながら、メタルシードラモンは青い竜に肉薄する。 両目が潰れても、メタルシードラモンは正確に青い竜を捉えている。 ?み千切ろうとするメタルシードラモンの執拗な攻撃を、青い竜は難なく交わす。 「ふんっ!」 一瞬の隙をつき、青い竜の拳がメタルシードラモンを捉える。 金属の鎧に亀裂が入る。 「馬鹿めっ!」 でも、メタルシードラモンはその瞬間を狙っていたようだ。 無防備な状態で落下する青い竜。 一飲みにしようと、メタルシードラモンが大きく口を開ける。 女の子が印を結ぶ。 突然、青い竜は空中で弾かれるように軌道を変えた。 「何っ!?」 空を噛み、一瞬止まるメタルシードラモン。 顎下から現れた青い竜のアッパーが入る。 「ぬぅぅっ …小癪な…!」 青い竜の足元に紋章が浮かび上がる。それを足場として空中を縦横無尽に駆け回る。 「これは避けれまい!」 メタルシードラモンの頭部から光が放たれる。 その狙いは私たちだった。 「コイツ…ッ!」 青い竜が間に入るのと同時に、閃光が辺りを包む。 パァァッン! 眩しさに目を瞑る。何が起こったのかわからなかった。 「馬鹿なっ!?」 驚愕の声を上げるメタルシードラモン。 目を開いてみると、青い竜の足元に浮かんでいた紋章。 それが広がって、メタルシードラモンの攻撃を防いでいた。 「その力…。貴様ら、何者だ…?」 メタルシードラモンの問いかけに、女の子たちは答えなかった。 「ならば、奥の手を使うまで!」 叫んだメタルシードラモンが蜷局を巻く。 「おっ?」 蛇のような体を円盤状に変え、高速回転。 殴りかかった青い竜が弾かれる。 すぐに体制を整え、飛び退いてメタルシードラモンの追撃を躱す。 「逃しはせんぞ!」 空中を自在に飛び跳ねる青い竜。メタルシードラモンは執拗に追跡する。 「くッ!」 次第に回避が間に合わなくなり、弾くのが精一杯に。 「死ねい!」 遂に攻撃が直撃し、青い竜は大きく吹き飛ばされた。 「フハハッ 他愛ない。 次は貴様らの番だ…!」 勝利を確信したメタルシードラモン。 標的を私たちに変え、ゆっくりと近づいてくる。 「この個体は体を変形させるのか…面白い。大した奥の手ね」 「…じゃあ、こっちも少し本気を見せてあげる」 不意に、メタルシードラモンの動きが鈍った。 古い機械のようにぎこちなく、今にも墜落しそうになる。 「な、何だ…!?」 メタルシードラモンが向きを変える。さっき吹き飛ばされた青い竜のいた場所だ。 青い竜が立っていた。 いや、正確には青い竜ではなかった。体の色が銀色に代わっていた。 手をメタルシードラモンへと掲げている。 何か不思議な力でメタルシードラモンの体を操っているようだ。 『パルスVレーザー!』 両手から放出された稲妻の様な光がメタルシードラモンを包む。 グォォォォッ―! 体の彼方此方から爆発が起き、煙を上げる。 内部から破壊されたメタルシードラモンは、虫の息だった。 「おのれぇ…!」 メタルシードラモンの頭部から光が溢れる。 最期まで私たちを仕留めるのを諦めていないようだ。 「これでトドメだっ!」 再び体を青色に戻した竜の体を、光が包む。 『アルティメットストリーム!』 『Vブレス…アロー!』 二つの光が、空中でぶつかる。 青い竜から放たれた光の矢はメタルシードラモンのエネルギーに押されている。 それでも、女の子は動じない。 青い竜の足元に、紋章が浮かぶ。 右手に力を込めて、青い竜が紋章を蹴る。 光の矢めがけて、青い竜が飛ぶ。 『Vブレスッ!マァグナァァム!』 光の矢を纏った青い竜の突撃。 メタルシードラモンは頭を吹き飛ばされ、断末魔を上げた。 巨大な光の矢が暗闇を引き裂いて、青空が現れる。 眩しさに、目がくらむ。 メタルシードラモンが、データに分解されていく。 私たち、助かったんだ…。 気が緩むと同時に、頭に靄が罹る。 なんとか名前を訪ねようと声を掛けようとするけど、声はもう出なかった。 「…縁があったら、また会いましょう」 その声とともに、私の意識は沈んでいった… 目を覚ますと、逸れた仲間たちが揃って私を介抱してくれていた。 全員の無事に安堵しつつも、私を守ってくれた女の子の姿は既に無かった。 あれは、夢だったのだろうか。 ============================================ ――あの日の事が、鮮明に思い出された。 目の前には、1枚の写真。 そこに、彼女が写っていた。 10数年前と変わらぬ姿で、青い竜を連れて。 「キョーイチローは覚えてねーみたいだが、間違いない」 「あの時オレたちを助けてくれた二人組だ」 先日起きた偽装デジヴァイスの密輸事件。 究極体デジモンも現れ、現実世界にも少なからず影響を与えた事件の現場にいたようで、 彼女は自分を「カイキダ マキ」と名乗ったそうだ。 接触を図ったものの、突如光に包まれ、ロスト。 証拠品のデジヴァイス諸共、その後の足取りは掴めていない。 「一体、彼女たちは何者なのでしょうか…?」 「ひょっとしたら、この世界の人間じゃねーのかもな…」 様々な考えが頭をよぎる。重苦しい空気が、辺りを支配する。 不意に鳴ったベルが、沈黙を打ち破った。 ──彼女が何者か、今はわからない。 この世界に、何を招くのかわからない。 それでも、今は私にできることをしよう。あの時の彼女が私にしてくれたように──自分に出来る人助けのために。 「はい、こちら電脳犯罪捜査課……」                             ――END――