◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 照りつける日差しの中、漆黒の女王は海岸を歩く。 クイーンチェスモン!チェスモンシリーズ最強のデジモン。必殺技は甲冑の剣で敵を貫く『ハートブレイカー』と、『クィーンスタンプ』は時として非道とも思える威力だ! 「何故、妾がこのような場所におるのじゃ……。……いや、わかっておる。これも、あの子供たちのせいじゃ」 王冠付きの兜に隠された瞳は恨めしく太陽を見つめていたことだろう。 クイーンチェスモンは6年前、イギリスの天才棋士ソール・ローズベルトに唆され、キングチェスモンが建国したキング王国を乗っ取り、デジタルワールドに混乱を招いたのだった。その事件は汐崎姉妹を始めとする選ばれし子供たちの活躍で、クイーンチェスモンは倒され、キング王国は崩壊し事なきを得たのだが――。 今、こうして蘇った理由よりも苛立ちの方が勝っていた。暑さのせいだろう。 「だから、復讐したいんだよね?」 見透かされた言葉にマントを翻す。 「ボクはデジモンアドバイザー、困りごとがあるなら相談に乗るよ」 その言葉が、少女から発せられた言葉だとわかり、子供の遊びには付き合ってられんとばかりにそっぽを向く。 「まあまあ、話聞きなよ、クイーンチェスモンさん。ウチだってこの子のお陰で戦いに勝てるようになったんだ」 勝てる。その言葉に心を揺さぶられた。 「申してみよ」 「お、聞く気になった? えっとね、復讐したいってことは一度負けたんだよね。それでその格好。浜辺にはふさわしくないじょーおー様がぽつんと配下もつけず歩いてる。ワープ?飛行機から落ちて遭難? それとも、封印されていたりとか? あ、今ピクッてなったね」 封印ではないが似たようなものかと、一瞬反応してしまったが、それも頭の中での筈。凄まじく鋭いなと、感心した。 「じゃ、封印って形で進めるね。だったらさ、勝てるわけないよね、差が開いちゃってるし、一度負けた相手なら尚更。」 「妾を愚弄したいだけのようじゃな」 クイーンチェスモンが持っていた槌のような杖が横一直線に空を切った。 「わっ!ま、待ってよ! ここからがアドバイス」 少女は敵意がないことを示すかのように手を振り、 「それは変わらない、同じ能力での戦いだからだよ」 回りくどいのぉ……。しびれを切らしていた。 「呑まれちゃえばいいんだよ!」 呑まれる……。 「そう、今巷で話題の――」 続けられた言葉にクイーンチェスモンはピンときた。 「デジモンイレ――」 「『フェス』じゃな!!」 クイーンチェスモンは先ほど海岸で拾ったビラを広げて見せた。 「妾は聡明、理解しておる。『今度は自分の得意な場所で勝負を仕掛けよ! 会場の雰囲気に呑まれよ! 会場を味方に付けよ!』、そう言いたいんじゃな?」 予想外の言葉に末堂有無は固まった。 「……いや、あの……」 「なぁに、手出しはいらん。妾は歌には自信あっての。よく褒められたものじゃ」 なんなら、フェスとチェス、一時違いじゃ。 日差しに照らされたキラキラとした女王の顔を見て、本人がよさそうならいいかと、少女は諦めた。 「あー! まーた勝手に離れて!単独行動は危ないからやめなさいって言ってるでしょ!」 「一人じゃないもん! ツカイモンいるもん」 青年に連れ去られていくデジモンアドバイザーをクイーンチェスモンは見送った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 佐茅は窮地に立たされていた。 とあるビラを見る一行。シロぽんこと、ポーンチェスモン(白)の無垢な疑問。 「佐茅様、『野球拳』とは何ですか?」 「そ、それは……」 危険球。口ごもる佐茅に横からアタルが口をはさむ。 「字を見ればわかるだろう? バットの代わりに己の拳を使いボールを打つ。英国の紳士のスポーツ――だろう?」 ニヤっとする彼に、その光景を想像して思わず吹き出しそうになっていた。空振りだが、佐茅にとってはストライクだった。 「ジャンケンして負けたら脱ぐんだよ」 「ゆめちん!?」 臆せず答える妹、佑芽に驚く。 「なんだと!? この残暑見舞いTシャツを脱げというのか!?」 別のベクトルで驚いたようで、アタルも自身の服を引っ張っていた。 「今すぐ脱いでいいよ、その虹色のダッサいの」 ヴァン様のサイン入りだぞ! バカにするなよ、と抗議の声を上げる。 いや、ゴシック体で『ヴァン様』って書いてあるのおかしいでしょ、偽物だよ絶対……。 「しかし、困ったな。俺が出場するとなると、2回負けるとすっぽんぽんになってしまうではないか」 目黒君は眼鏡もあるから、3回まではセーフだよ、と助言しない佐茅は野球拳について詳しいと思われたくなかった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ デジモンイレイザーに関する情報を集める当てのない旅の途中、汐崎佐茅たちは海岸にいた。 「フェスの手伝いをしてくれるなんて大助かりゲコ」 フェス! サマーフェスティバル! 夏のお祭りである! 暑い中、せっせと働くゲコモンたちの姿に心を打たれた佐茅はゲコモンたちを手伝う提案をした。むやみな親切心からだけではなく、佐茅にも考えがあったようで、 「デジモンイレイザーってタバコ吸うんでしょ? だったら、こういうフェスに来るかもしんないじゃん!」 「ダメだって! 偏見だって!」 英塚黒白に突っ込まれる。 「お、戻ったか白黒。妹は見つかったのか?」 「向こうの浜辺にいたよ、あと黒白だよ」 英塚黒白、末堂有無は名字は違うが兄妹である。 なんやかんやあって合流したのだがそれはまたの別のお話。 「えぇ………」 「クロシロー、何事も経験だぞ」 「面白そうだしいいじゃん」 「有無が賛成ならウチもさんせー」 フェスを手伝う旨を伝えて、それぞれの反応を聞き佐茅は 「黒白くんの微妙な反応が1。ソーラン、アリナちゃん、ツカっちゃんの賛成が3を合わせて……賛成9対微妙1なのでフェスを手伝います!」 と、決定の音頭を取った。 「佑芽殿、フェスとは何をやるんだ?」 佑芽のパートナーデジモン、クロぽんこと、ポーンチェスモン(黒)が疑問を投げかけた。 兵士として生きてきた彼に祭りごとは無縁だった。 「プログラムは当日までの秘密だってゲコモンから聞いたよ。佑芽たちにも楽しんでほしいみたい。でも、音楽関係の祭りなんじゃないかなぁ。歌ったり、踊ったり、演奏したりの。」 「手伝いなのに知らされないのか」 と、アタル。 「裏方やから機材を運んだりするんが主で。四つ足のワイに手伝えることなんて少ないやろなぁ」 アタルのパートナー、シーサモンは冗談を言った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ サマーフェス当日。 「そうそうこの前、さっちんたちに復讐したいってデジモンがいたよ」 「へぇー……。へぇ〜!? なんで、今言うの!?」 「あー、この前の黒いの?」 黒白は妹を連れ戻すことを優先していたので、気にしていなかった。 「黒いのって何!? デジモンイレイザー!?」 さっそくのまさかの手がかりか、と勢いよく質問する。 その答えは別の方向からきた。 「妾じゃ!」 「「クイーンチェスモン!」」 二色のポーンチェスモンが唐突に現れた黒い姿を見て同時にかつての女王の名を呼んだ。 「……って誰だ?」 「記憶喪失の目黒殿は覚えていないか。かつて、僕たちが旅をしたときに戦った相手だよ」 と、クロぽんが説明し、。 「元ラスボスだね」 と、佑芽が補足。 「つまり、……どういうことだ!」 アタルが叫ぶ。 「……その娘がいっておったじゃろう、復讐じゃ」 三人とデジモンたちは警戒し、いつ攻撃が来ても避けられるような体勢を取っていた。 無慈悲な攻撃を体が覚えていたのだ。 一方、二人は自然な体制になっていた。 んー、……敵意、いや、攻撃する気配が感じられないな。 二人の予感は的中していた。 「これで勝負じゃ!」 攻撃かと身構えたが、一枚のひらひらとした紙が向かってくるさまに、警戒は解かれていた。 砂の上に落ちた紙を佐茅が拾い上げる。一番上にはこう書かれていた。 『ゲコモン・サマーフェス開催!』 「これって……佐茅たちが手伝おうとしてたフェス、だよね?」 覗き込んでいた妹に確認を取る。 「だね。ゲコモンの絵が描いてある」 「見せてください、佐茅様」 シロぽんに合わせ腰をかがめた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 「というか、そもそもこのプログラム何!? 音楽のフェスじゃないの!? 野球拳って何?!」 「さっき説明されただろう? デジモンイレイザー案件か?」 「いやぁ、こういうプログラムになるとは佑芽も思わなかったかも……」 「佑芽……すっぽんぽん……、よし! 佑芽! お前が出ろ! まろび出せ!」 「デジモンイレイザーのせいとはいえ、性欲出てるのきもいから、アタル君……」 佐茅は引いた。 ――ゲッコゲッコ〜。 『野球拳第一試合のお知らせをしますゲコ、【左右黒白中有無クロぽんシロぽんシーサソーラーツカイチーム】の出場する方は受付へお越しくださいゲコ……ごほっごほっ!』 「くっ、もう俺たちの番か! 誰が出るか急いで決めるぞ」 「え、それよりイカれたチーム名の方が気になるんだけど……」 「ボクが出ようか?」 手を挙げたのは有無だった。 「ダメだって! 中学生が野球拳はマズイって!」 「え、中学生に欲情しないでしょ? する方がおかしくない?」 ――た、確かに……! 目黒とアタルは顔を見合わせた。 「確かにじゃないよ! 女子は駄目だよ! ていうか向こうがデジモンだし、デジモンが出ればいいんじゃない?」 ――た、確かに……! 目黒とアタルは顔を見合わせた。 「ほう、そなたが妾の相手か」 「……頼んだぞ、ソーラーモン」 観客席から黒白は自分の相棒の雄姿を見守っていた。 舞台上ではクイーンチェスモンと男共の服をできるだけ着こませたソーラーモンが向かい合っていた。 相手は究極体、こちらは成長期、レベルだけ見ると圧倒的な差。 普通の勝負なら勝てないだろう。だが、この勝負、普通じゃない。勝てるかもしれない! 「……あいつ、手なくないか?」 ……んん?? 『それじゃ、ジャンケンゲコー、ジャンケンゲコッ!』 ソーラーモンの手?のような歯車はくるくると回転していた。 クイーンチェスモンの手は固く握られている。 『ソーラーモン、パー! クイーンチェスモンはグーでこの勝負、ソーラーモンの勝ちゲコー!』 「や、やった!!」 「クロシロー、勝ったぞー」 「クイーン様、考えすぎたんだ! 自信満々に出場する歯車の手を持つソーランがパー以外を出すかもしれないって!」 佐茅は推測する。 「なん、じゃと……? 野球拳とは己の拳でボールを撃ち返す紳士のスポーツではないのか!?」 『じゃ、クイーンチェスモン様、脱いでくださいゲコー』 なんじゃ?なぜ負けたかもわからぬのに、その上、脱げじゃと……? クイーンチェスモンは混乱していた。だが、敗北は敗北。羽織っていたマントを客席へ放り投げた。 「ま、まさかの勝利だね、アタル君!」 喜びと困惑の入り混じった顔をアタルに向ける。意外な返事だった。 「……この勝負、俺たちの負けでいい」 「え……」 アタルは眉間にしわを寄せ、何かをこらえる様に真剣な顔で舞台上を見つめていた。 「あのボディを見ろ! あんなのが脱いでも、ただの黒いマネキンだ! カタログでよく見るャャャじゃないか!!」 違う、それは本心じゃない。 舞台の上に目をやり、気付く。兜で隠れてた顔。見えずとも羞恥と怒りの表情なのは想像がつく。そして、何より、彼女は何も知らないまま負けている。アタル君と同じなんじゃないのか……? デジモンイレイザーによって記憶を消された彼と、……そんなの不公平じゃないか……。 「……確かに、こんな戦いで勝っても何にもならないね」 「ソーラーモン! 「クロシロー?」 「棄権だ」 「そうかー、わかったー。ゲコモンー、棄権するぞー」 今、ここで負けても次勝てばいい。俺たちに失うものは無い……。 それに―― ((変な性癖に目覚めてしまう……!!)) 『では、ソーラーモン様! 全部、脱ぐゲコー』 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 「えっ、なんで棄権したん? 兄ちゃん」 試合が終わり、有無は兄に詰め寄った。 「そう兄を責めるな。男には男の事情がある……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇ 最終戦『のど自慢』。 佑芽の歌う『曖昧な言葉って意外に便利だって叫んでるヒットソング』がヒットソングだからという理由、佑芽の持つUUP(歌うまパワー)により勝利は確実かに思われた! しかし会場はクールダウン! その理由が二番だから知名度が低いのだと佐茅は推測する! 実はクイーンチェスモンが密かに入手していたESP(イレイザーシステムパワー)により観客の記憶から歌の存在が抹消され、 会場に「あれ、何の曲だっけ?ま、まぁいいけど……」というのりにのれない微妙な空気作り出していたのだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 勝った、女王はそう思った。 その時は……。 ――何故じゃ、何故会場が盛り上がらん……。会場が……沸かんのじゃ……!? ステージの裏。日陰。クイーンは落胆する。 大盛り上がりの会場の中、カーテンコールを待つ、――はずだった……。 かつての女王に男が声をかける。 「冷めたポットを元の温度に戻すのは簡単さ。でも、冷めたポットを沸騰させるには時間が掛かる」 ――何が言いたいんじゃ? 「細工をして、あんたは会場を冷やしちまった。それは逆効果だったんだ。本当に勝ちたいのなら、そのままの温度を維持しておくべきだったんだ。……フェスってのは流れがある。あんたはその流れに乗らなかったんだ」 ――妾は女王じゃぞ? 何故妾が合わせんといかんのじゃ。 「あんた、歌はうまいよ」 ――当然じゃ。 「だがフェスに詳しくなかった。……ただ、それだけが敗因さ」 ――。 「ま、安心してくれ。次の番は俺だ。あんたの歌に掛ける熱は無駄じゃない。会場の熱は消えていない。あったけぇんだ。俺が責任をもってそれを引き継ぐ。 ――それが、俺のSAGAだ。