大木トウマは死を覚悟していた、天に向かって放たれた弾丸が空を裂き、銃声が温泉街の住人たちデジモンのざわめきを掻き消したのだ。 大勢のデジモンたちが足を止め、警戒心と敵意をもって音の発信源−リボルモン―を睨み付ける。 言葉らしい言葉にならないまま喚きながら必死にリボルモンにしがみついた、あるいはポカポカと叩いて、とにかく必死だった。このままでは殺されてしまう― 「おいおい、いったいこれは何の騒ぎだ?」 涙で滲んで見えないが誰かが近付いて来るのが分かった、早く逃げなければ―それなのにリボルモンは拳を突き出す。もう終わりだ― 「うちのチラシ…ああ、分かった。みんな!この子たちはうちの客だ!  だから大丈夫!はい撤収!!」 へ?客?一体この人は何を言っているんだろう? 男の人が声を張り上げると潮が引いたみたいにデジモン達が去って元の生活に戻っていく。 「もう大丈夫。だから泣き止んでくれ。」 すごく優しい、おじさんの声でようやく喚くのをやめて涙を拭う。 何とか目を開けるとしゃがんで目線を合わせている人間男性の顔が目に入る、この人は何でパタモンの色違い?を頭に載せているんだろう? 「よし、泣きやめたな、強い子だ。君の名前は?」 ただ泣き止んだだけなのに頭を撫でられて戸惑いながらトウマは名乗る。 「トウマ、五年生…です。えっと、こっちはリボルモンだけど…その、全然喋ってくれなくて…」 「トウマくんか、良い名前だ。なるほど、リボルモンはノックの代わりに引き金を引いたんだな。」 リボルモンが何を考えているか分からないけれど否定する様子は無いからそうらしい。 「じゃあ二名様ご案内だな。もうすぐ日が沈むし先に食事のメニュー決めちゃおう、晩ご飯は何が良い?メニューに無くても言ってくれれば何でも作るよ。」 おじさんが取り出したスマホにはいろんな料理が並んでいる、その中で一番目を引いたのを指差す。 「ハンバーグ…でも、あの…僕お金無くて…」 「それなら大丈夫、困ってる子供からお金とるようなことはしないよ。」 また頭を撫でながらスマホをリボルモンに渡す。何だか沢山操作しているけど大丈夫だろうか…ひとしきり操作したスマホを返すとリボルモンは帽子を目深に被る。 「…なるほど、了解。それじゃ改めまして、絶景の見える温泉宿へようこそ。」 ***** 「うぅ…あったかぁい…」 ちゃんとしたお風呂なんていつぶりだろうか、いつも見張りしてるからリボルモンと一緒にお風呂も初めてかもしれない。それにしても― 「リボルモンってお風呂に入る時も帽子被ってるんだね…」 やっぱり答えてくれない、聞いちゃいけなかったかな…と思っていると誰かが近付いて来るのが聞こえる。 「失礼しまーす…っと、ご注文のお酒とリンゴジュースをお持ちしました〜」 ハリネズミのような姿のデジモン―フィルモンが大きなお盆に飲み物を運んできた。 大きな爪を器用に使って飲み物を載せた小さなお盆を二つ湯舟に浮かべて漂わせる。 「えっ…あの、僕注文なんてしてないけど…」 「うん?あ、リボルモンが一緒に注文してくれたみたいだね、まぁ気にしないで飲んじゃいなよ、注文があったのは間違いないからさ」 目線を向けるとリボルモンは勝手にお酒を楽しんでいる、それならそれで言ってくれれば良いのに…美味しい。 「さっきの人…変な人だね…お金要らないって言うし。」 「ゲンキの事?やっぱりそう思うよね。いつも他の人の事ばかり考えて自分の事は後回しでさぁ…」 「ゲンキさんっていうんだ…」 「うん、ここもみんなに景色を楽しんで欲しいとか言って始めたんだけどさびっくりしたよ、商売なんてした事ないんだよ?  流石にそれは無茶だって言ったのにさぁ、聞かなくてまいっちゃったよ…  『旨い飯と温かい風呂とちゃんとした寝床が有れば大体の悩みは吹っ飛ぶ!こういう景色の良い場所にこそ建てないと!』ってさ…  こんな山にどんなデジモンが居るか分かったもんじゃないっていうか、その時もデジモン達とケンカしながら登ったんだけど…」 愚痴を言ってるのに何だか楽しそうだ。 「そうなんだ…ゲンキさんのこと大好きなんだね」 「ん?そうだねぇ、デジタマの時からの付き合いだからね、最初はゲンキのスマホに住んでたんだけどさ、俺が孵ったの凄く喜んでくれたんだ  それで仕事の合間に沢山世話してくれて、世界の事とか色々話して教えてくれて…本当に優しいんだ。すごく大好きだよ。」 「そっか…ゲンキさんがフィルモンのお父さんなんだね」 「お父さん?…うん、そっかお父さんなのか…後で呼んでみようかな…うへへ」 凄く恥ずかしそうにゴロゴロ転がってる… 「あ、それじゃリボルモンがトウマくんのお父さんだね」 「ええ!?」 びっくりしてつい立ち上がる。 リボルモンもむせて何度も咳をしている。 「だって、トウマくんの事が大事じゃないならわざわざウチに連れて来ないでしょ?  デジモンは宿に泊まらなくても大丈夫なんだからさ、トウマくんが大事だから人間が泊まる為の店に連れて来た  それだけトウマくんを大事にしているリボルモンはお父さんだよ。」 そうなのかな…と目を向けると咳払いして帽子を深く被り直してそっぽを向く。 「照れてる照れてる、図星だね。」 リボルモンがこんな反応するなんて意外だった。 「さて、そろそろ戻らないと…あ、最後に一つ俺のお父さんの自慢して良い?  あれで滅茶苦茶強いんだよ、本気出すと杖がバーッ!って光ってさ、  それで悪いデジモンたちをバッタバッタやっつけちゃうんだ!  だから、ここに泊まってる間は安心して大丈夫だよ!」 「そ、そうなんだ…」 デジモンより強い人間なんて本当にいるんだろうか…大人はみんなそうなのかな? 「じゃあ、俺は戻るからゆっくり温まってね。お盆は後で回収するから置いたままで良いからね。」 「あ、ありがとうございます。」 **** それから改めて湯舟に浸かりゆっくりしていると近くに寄ったリボルモンが肩を組んでくる。 彼なりの愛情表現なのか、ただ酔ってるだけなのかは分からなかったけどとても安心できたのは確かだ。 「いつもありがと、リボルモン。  うーん…でもやっぱり『お父さん』って感じじゃないかな…」 不思議そうな、あるいは不満そうなーおそらく抗議の表情で振り向く。 落ち着いて見れば思ったより分かりやすいのかもしれない。 「『お兄ちゃん』…いや、やっぱり『兄ちゃん』かな…  兄ちゃん、いつもありがとね。…へへっ」 驚いたような喜んだ表情をしながらそっぽを向くと肩を抱く手に力がこもるのが伝わる。 その夜一緒に見上げた月はかつてなく美しい気がした。 **** この後、リボルモンが注文した料理が多過ぎてお互いに身動き取れなくなったりしたけど それはまた別のお話、この話はこれでおしまい。