拝啓　流れの料理人様。

まァ最近色々ありまして、飲食業が厳しい瀬戸際に立たされている昨今、如何お過ごしでしょうか。
わたくし事で大変失礼致しますが、先日喧嘩を売ってきたデジモンに担々麺を無理やり食わされて、
「そういえばコンビニの冷凍担々麺って美味いよな……」と思い立って購入してみたところ、
無理やり食わされた担々麺より美味しいと感じることが出来ず、思い出を汚された気分になりました。
尽きましては、御店に中華料理のご予約を入れさせていただきたいと思います。
ご了承頂けたら幸いと存じます。

追伸
花椒入れすぎの麻婆豆腐ってなんかもう別物じゃない？

オアシス団

「なんじゃこりゃあ」
「わかんない」
八戒が“メールが届いた”つって持ってきた物は、文字通り怪文書であった。
新手の嫌がらせなのか、来店予約なのかわかりゃしない。
仮に予約ってことだとしたら、団を名乗っている以上団体客か？
もしくは団体で来る旨が記載されてねえから……個人客なのか？
つうか何日後の何時に来るのか、オレは店を構えてねえからどこで振る舞えばいいのか。
何一つとして、重要な事が書かれていねえ。
フザケてんのか。
「無視していいんじゃない？　おあしす団って悪い噂ばっかり聞くよ？」
「つっても予約客だしなァ」
「料理長ってそういう部分だけは真面目だよね……」
仕方ねぇだろ、料理人から客を取ったらプータローの出来上がりなんだよ。

これっぽっちも詳細がわからねえ以上はもう仕方がねえので、しばらく終日空けることにした。
要するに。
・食材の探索
・仕入れ
・個人的な旅
これらを一時休止して、その場に留まり客を待つ。
それしかねえ、っつうかそれしか出来ねえからな。
「別にあたしはいいけど……。あたしたちが食べる分の食材どれくらい残ってるの？」
「心配すんな、1週間は持つ。流石にそれ以上は待たねえがな」
「いや……、十分すぎるほど待ってると思う、それ」
「そうか？　人気店なら来年まで予約でビッシリなんてザラだぜ」
「ぅえ」
まあ、店を構えてる場合に限るんだけどな。
そもそもオレ、予約制を導入した覚えもねえし。

「ドーモ、鉄鍋のナントカ＝サン。オアシス団下っ端です」
「早えよ」
とかなんとか考えていたら一時間もしない内に来やがった。
予約ってのは明日以降に入れるのがマナーだ馬鹿野郎。

「で」
「はい」
暴力系の喧嘩を売ってきたら一発ブン殴ってとんずらここうと思っていたが、
案外素直に着席したので、客として対応することにした。
つーか案の定一人しかいねえ。
なんで団名義で予約入れたよ。
「テメエは中華料理ってアバウトな注文しかしてねえんだが、何が食いてえんだ」
「え？」
「あ？」
「…………」
「えーっと」
「考えてから来い馬鹿野郎」

普通来店する前に“あれそれが食いたい”とか思うもんだろ。
ノープランで来てメニュー見て悩むのも理解できねえではねえけどよ。
「あ、メニューあります？」「ねえ」「そうすか……」
悪いがそんなものはない。
「！　満漢全席、とか……」
「それを入れるだけの胃袋と払う金はあんのか」
「すいません、適当コキました」
「次くだらねえこと言ったら叩き出すぞ」
「はい」
やっぱり八戒の言う通り無視したほうが良かったか？
今になって後悔してきた。
「………………」
現に“だから言ったじゃん”的な視線でジトッと見てきやがる。
ええい鬱陶しい。

「あ……、じゃあ、麻婆豆腐。半ライスで」
「あいよ麻婆な。そういや怪文書に花椒の入れ過ぎがどうこう書いてたな」
「そーなんすよねー。舌の痺れって唐辛子の辛さとはまた別っていうか、アクセントに留めておいてほしいと言うか、痺れすぎると味がわかんなくなるっていうか……」
「ふーん……」
やけに饒舌だ。
いるよな、こういう自分の主張する時だけ言葉数多くなるヤツ。
「てことは広東式がお望みか？」
「あ、えーと、それは花椒少ない感じで？」
「まぁな」
「あ、じゃ、それで」
「あいよ」
そういうことになった。

「準備できてるよ〜」
「おう」
最近八戒は、蓮鍋(中華鍋の下準備)くらいなら出来るようになった。
手間が省けて便利なこと、この上ない。
「今日作るのは、広東式の麻婆豆腐だ」
いつものように、料理を口頭で説明するのも忘れない。
ほぼクセになってるからってのもあるが、なんだかんだで、コイツが言ったことをしっかり記憶してるからだ。
本人曰く“これでも記憶領域は広い”そうだが、なんのコトやら。

「いいか、麻婆豆腐ってのは、基本的に暑気払いの食いモンだ」
「しょきばらい？」
「暑い時に涼しくなる料理、ってことだよ」
「へぇ〜、デジタルイオン水みたいなものかぁ」
「なんだそりゃ」
「疲労がポンと取れる水」
…………聞かなかったことにしておく。
「暑ィ時に汗をガッとかくと、ひんやりすんだよ。四川省で産まれた麻婆豆腐は激辛で、大量に汗をかくのを目的としていると言ってもいい」
「汗をかくと涼しくなるの……？」
「現実の生物はな」
「変なの〜」
こっちから言わせりゃ……、まぁそれはいいか。

「でもさぁ、激辛だと途中から食べづらくならない？」
「一説では花椒(ホアジャオ)を入れるのは味覚、っつうか痛覚を麻痺させるためだとも言われている。その間に素早く食うって寸法だな」
「あぁ〜、そういう……」
「だから、花椒を嫌がってるアイツはモグリだ。本物の麻婆豆腐を知らねえ」
「でも料理は出すんだね？」
「シロウトが客としてくるのは、メシ屋として当然のことだからな」
だからこそ、うめえメシを出す店が繁盛するんだ。
むしろ、そういうシロウトにこそ、しっかりしたモン出さねえとな。

「麻婆ってのは麻点(あばた)のできたババアが作ったって意味で、その言葉通り四川省の陳劉っつうバアサンが作ったことが発祥とされている」
「だから厳密には、作る料理人がババアじゃなけりゃあ麻婆じゃなく、“麻辣豆腐”と呼ぶ所もある見てえだが、中華は伝統を重んじるからな」
「だいたい誰が作っても、麻婆豆腐は麻婆豆腐だ」
「じゃあ“料理長豆腐”じゃないんだね」
「あってたまるかよ、そんな料理名」
……まぁ、自分の名を冠した料理は幾らか作った経験があるが、口にはすまい。

「でだ、さっきも言ったように今回は広東式。四川式の源流である麻婆豆腐と違い、花椒をあまり使わねえ」
「さらに辛味も控えめで、どちらかというと、刺激がニガテなヤツに向いている麻婆豆腐と言えるぜ」
「ふ〜〜ん」
あまり、と言ったが、今回の客は花椒が苦手らしい。
全く使わない方向で行ってみるか。
「まずは下ごしらえだ。豆腐……今回は木綿でなく絹ごしにする。そいつをサイコロ上に切ってペーパーで水気を切っとけ」
「それと米も半合で炊いてくれ」
「オッケ〜」
ちなみに木綿でなく絹ごしなのは、相手がシロウトだからだ。
オレならわざわざ、崩れにくい木綿を使わなくても問題ねえってのもあるが、舌触りが滑らかな方が“ウケ”がいい。
明確にオーダーされていないなら、そっちを選んだほうが無難だろう。

「ニンニク・ショウガ・ネギをすり下ろし、豆板醤・甜麺醤・ガラスープの素を加え、少量の紹興酒で溶かし混ぜる」
「これが混合調味料になるわけだ」
「そして鍋に“特性ラー油”を引き、豚の挽肉を炒めていく」
「あ、出た」
ククク、こいつを考案したのも、もうなんだかんだでだいぶん昔になっちまったが、いい油だぜえこいつは。
「……あれ？　油通しはいいんだ」
「あぁ。豚挽きから出る豚脂……ラードもコクの素になる。油通しってのは要するに“加熱しすぎちゃいけねえ食材”に使う技法だ」
「使わねえほうがいい場合もある。覚えとけ」
「ぅへーい」
返事はやる気が微塵も感じられねえが、まあ、覚えているのは確かだからよしとする。

「水気を切った豆腐を入れ、混合調味料で味付けし、ひと煮立ちさせて豆腐に熱を通したら……」
「うし、完成。皿もってこい」
「え、もう？」
「もう、だよ。豆腐は加熱しすぎると“ス”が立つからな」
「……ス？」
そこの疑問は、説明すると長くなるから、後で答えてやることにする。
とりあえず今は盛り付けて、冷めねえうちに、さっさと配膳だ。

「オラよ、ご注文の『広東式麻婆豆腐(ユェシイマーボードウフ)』半ライス付きだ」
「………………」
湯気の向こうで、客はしかめっ面をしていやがる。
なんだオラ、文句があるなら口に出せや。
「あの、これ……。真っ赤……なんですけど」
「あたりめえだろ、麻婆豆腐だぞ」
「えっ……当たり前なの……？」
「いらねえんなら金だけ置いて失せろ」
「あれ？　店に来たと思ったら強盗だった？」
心外なこと言うじゃねえか。強盗紛いに押し寄せたのはそっちのくせによ。
「金だけボられたくなかったら、大人しく食いな」
「コワ〜……。絶対激辛じゃんこんなの……」
ブツクサ文句を言いながら匙を口に運ぶ。
クククッ、食ったな？

「………………あれ？」
「辛くない、ていうかほんのり甘い……美味っ！　ナニコレ！」
「カカカカーッ！　辛くねえのは当然よ！　赤さの元はラー油！　そのラー油には風味のみ強い韓国産唐辛子を使用してある！」
「さらに豆板醤の他に甜麺醤(中華風甘味噌)を入れているからな、甘みはそれだ」
「なるほど……。ピリ辛の中に甘みがスーッと聞いてこれは……ありがたい」
「カカカカカカーッ！　そうか美味いか！」
結局こうしてゴキゲンになっちまう。相変わらずオレは美味い美味いとメシを食う客には弱いってこった。
「おっと、ライス終わっちゃった。すいません、ライスおかわり」
「あ？　半ライスっつったからもうねえよ」
「え？」
「最初から半合しか炊いてねえから、物理的にねえ」
「……がーんだな、出鼻を挫かれた」
なんだこいつ。
もう出鼻どころじゃねえだろ。

「毎度ー」
なんのかんのと妙ちきりんな輩だったが、しっかり金は払うし、飯に文句も付けない、至って常識的な客だった。
結局風評だの噂だのってのは、そこまで止まりっつうことだ。
「料理長ー。仕事終わってすぐで悪いけど、またメール来てるよー」
「はァん？」
なんだよ、今日はとみに慌ただしいな。
どれ。

拝啓　流れの料理人様。

我が団の団員が御店で食事をさせていただきました所、とても美味しいと賛美しておりました。
それを聞いて私も小腹が空き、炊飯器を確認した所、米が焚けていませんでした。
炊飯器のタップが抜けていたのです。
私のパートナーデジモンに聞いた所「デジモンイレイザーが悪い」と言うので、
尽きましては、御店に中華料理のご予約を入れさせていただきたいと思います。
ご了承頂けたら幸いと存じます。

追伸
チャラチャラのパーハン。

オアシス団

「ドーモ、鉄鍋のナントカ＝サン。オアシス団下っ端です」
「………………なんなんだこいつらはァ!!!!」
「料理長がキレたー!!」
最初の客が去った後、同じことが5回続いてオレはキレた。
前言撤回。
群れると迷惑なことがよくわかった。
次からは容赦なく叩き出す。
いま決めた。

ｵﾜﾘ

なんだかんだで客なら誰だろうとメシを出すのがャャャ君だと思っています。
ご査収ください。

ほんと群れるとめんどくせえなこのユキアグモン信仰集団！

>ほんと群れるとめんどくせえなこのユキアグモン信仰集団！
そのうち本当に団体客で来るかもしれない

リアルでいもげ定型喋る客って嫌すぎる…

ャャャ君の怪文書スラスラ読めて好きだ…

>ャャャ君の怪文書スラスラ読めて好きだ…
カカカーッ！飲めるラー油のようにスラスラ読みなーッ！
ありがとうございます

本当に料理描写が上手いな

皆さんそんなに私を褒めそやしてどうするつもりですか？
怪文書しか出ませんよ？

>皆さんそんなに私を褒めそやしてどうするつもりですか？
>怪文書しか出ませんよ？
うまいモンも出てるじゃねぇか！

>皆さんそんなに私を褒めそやしてどうするつもりですか？
>怪文書しか出ませんよ？
おら褒めるからもっと出せ！
でもデュエルは一回タンマな！

>でもデュエルは一回タンマな！
何！？
貴様…腐ってるぜ！
そいつ(デュエル権)をこっちに渡せ！！

ャャャ君の怪文書は小気味良いテンポしてていいよね…

チャラチャラのパーハン！
そういえばャャャくんの飲めるラー油チャーハンあれ美味しそうですよね
えっ人違い？

面白かった
いつもありがとうね