「ここに植えても絶対枯れちゃうと思うんだけど」 荒野で苗木を植え付けている少女が呟いた 「植えてみなければわからない。私たちが思っている以上に、草木の生命力は強いぞ」 義手で地面を掘り、苗木を植える穴を開けながらドーベルモンが答える 荒野に緑を取り戻すため、二人は何年も植樹を続けていた しかし何年木を植えようが荒野に緑が戻る気配はない 一度失われてしまった環境を取り戻すのは、並大抵のことではない。 「なんでこんなことしないといけないわけー?意味ないってー」 少女はこの作業を行うことの無意味さに耐えかねていた 「それでもいいから、植えるんだ」 両親の行いの結果がこの荒野を生んだ、とは打ち明けられるはずもなかった。 この子に罪はない。この償いに付き合わせてしまっていることにも罪悪感を持っていた。 あの時、隼人を止められなかった私だけが負う罪なのだから。 「ハルナ、今日はもう帰るぞ」 「え?もういいの?よっしゃー疲れたぁー。ポチは体にガタ来てるんだからもうムリしないほうがいいよ〜」 「ふふ、私は死ぬまでやり続けるつもりだが?」 切り立った岩盤がかるく窪んでいて、そこに簡素な壁を付けたこの原住民の住居こそが、我が家である。 この付近はなんとか自然が保たれている。しかし何名もを養えるようなキャパシティは到底無い。 生き残った者達はみな餓え、僅かな資源をめぐって争い合っている。 ここも何時略奪者に狙われるかもわからない。 「ポチは食べないの?」 食べられそうなものを煮込んだ、スープのようなものを啜りながらハルナが尋ねる 「腹が減ったらもらう。ハルナは好きなだけ食べろ」 「私も別にいらないんだけど…マズいしこれ」 「味わって食べるからそうなる。生きる為に食べると思え」 「ほんとポチはそれしか言わない。私は美味しいご飯が食べたいの!」 ハルナがこんな不満を漏らす度に申し訳ない気持ちがこみ上げる。 こんなものしか食わせてやれなくてすまない。 自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになる。 ただ、私の心境を察してかハルナもそれ以上文句を漏らすことは無い。私の特性がハルナにも伝播したのかもしれない。 そう思うと心が満たされてゆくのを感じられた。 隼人、ティナ、私はちゃんとお前達の代わりになれただろうか。 世界を欺いた最後の戦いによって私は瀕死の怪我を負い、ハルナをここまで育てる為にも幾度も死線を掻い潜ってきた。 体は既に限界を迎えている。これ以上ハルナの傍にいては足手まといになりかねない。いざという時、ハルナは私を 庇うだろう。そんな精神的強度の低さはこの世界では淘汰される劣勢因子でしかない。 時が来たようだ。 「ハルナ、授業の時間だ」 「まだ教わる事あるの?もう狩も食べられる植物も全部教わったのに」 「今日は戦闘訓練だ。護身用のナイフを持って表に来い」 ハルナの表情が固まる 「武器を使うの…?」 「そうだ。ちゃんと研いであるな?」 「うん……それって誰かと戦うの?」 「私とだ。心配するな本気でやり合う訳ではない」 「…わかった」 この世界で生きてゆく上で避けて通れないであろう、非情になる必要がある事態。 潜在的に備えていない者は経験で習得させるのが手っ取り早いだろう。 一度でも相手に刃を立てたことのある者ならば、非情になれる。 短剣ほどの長さのあるナイフをハルナが構える。それを中心に私は円を描くように歩きながらタイミングをうかがう 「ハルナ、まずは相手の心を読め。戦う意思があるのか、戦わざる負えないのか、善悪を見極め戦うべき相手を見定めろ」 「そんなこと言われても私はポチじゃないんだからわからないって」 「やってみるんだ。私の心を読んでみろ」 「…ポチの心は、いつも悲しみで溢れてるよ」 「上出来だ。行くぞ」 一瞬で踏み込み、弾丸のようにハルナへと飛び掛かる。 「ちょっと!!」 ハルナの服を食いちぎり、土煙を上げて着地する。当たり所によっては只では済まない攻撃。 一瞬にして緊張が走り、ハルナもこれがただの訓練ではないことを理解する。 「今ので首筋に飛び掛かられていたら死んでいるぞ」 「まって!本気でやるなんて言ってなかったでしょ?!」 間髪をいれず二の矢を入れる。しかし今度はハルナに避けて躱される 「何時こんな状況が訪れるか予測でるか?今がまさにその時だハルナ。仲間だと思っていても、裏切られることもある」 「やめて!ポチ話を聴いて!!」 「油断は死に直結する。一度躱せたならば次も躱せると考えがちになる」 今度はフェイントを入れつつ前足で切りかかる。ハルナの服が割け、その合間から薄ら血がにじむ。 「やだ!やだ!!やめてよポチ!もうやめて!!」 ハルナの目が大粒の涙で溢れ、両手で握りしめているナイフが大きく震える。 「やらなければ死ぬんだぞハルナ。怖がっているだけでは、何も守れないぞ!」 頭を目掛けて飛び掛かる。しかし攻撃するつもりはない。これが私の最後の仕事だ。 ハルナの握りしめたナイフが、ちょうど私の胸を狙えるように角度を添わせる。 「やめてッ!!」 ハルナに覆いかぶさるように私は倒れた。 胸にはしっかりと鋭い痛みが走っている。 「…血?うそ……ポチ!!」 もう立ち上がる力も出せない私をハルナが横に寝かせる。胸部にはハルナの握りしめていたナイフが根本まで深く突き刺さっている。 「やだ…ポチ…どうしよう…!ポチ!!」 「ちゃんと…狙って刺せたかハルナ?」 「ポチ動いちゃだめ!血が…あぁ…血が!!」 「いいんだこれで…いいんだ。お前にやってもらいたかったんだ…。あの時、隼人をとめてやれていれば…お前はこんな地獄のような 世界で生まれずにすんだ…私の罪だ」 「わけわかんないこと言わないでよ!ポチ!やだよ!死んじゃやだよ!!ねえ!!ずっと一緒にいてよ!!私を…私を一人にしないで…!!」 「すまなかったなぁ…ハルナ。愛…して…」 「ポチ!ポチ!」……… 後悔が私を包んでゆく。どうすればよかったのだろうか、これでよかったのだろうか。私の罪は許されるのだろうか。 それでも、隼人、ティナ、そしてハルナと過ごした日々は、私にとっての幸せだった。 消えゆく意識の中で、冒険の日々が流れ去って行った。