ハクマイとスプリングステークス~オルフェとのファーストコンタクト謙ワーストコンタクト~ 時は春の麗らのスプリングステークス、クラシック最初の冠である皐月賞へのステップレースの1800mG2重賞。 出走ウマ娘達が走り終えた後で……。 「んもおおお゛お゛お゛お゛お゛!!!遅い!!!いつまで判定時間かかってんのさ!!!ぼくが絶対勝ってんじゃん!!!」 ……ターフ上に残って何やら地団駄踏んでチャカついてる、白黒の特徴的な髪色のウマ娘――ハクマイが叫んでいた。 彼女の視線の先には電光掲示板があり、1着と2着の欄は空欄、その間には判定の文字が表示されている。2着と既に確定している3着との間には結構な差が示されており、最後にはマッチレースと言える展開があった事が如実に示されていた。 一方彼女のすぐ近く、長い睫毛を臥せ顎に手を置いて何やら神妙に考え込んでいる金茶の長い栗毛のウマ娘はオルフェーヴル。順位の確定した他のウマ娘達はおおむねターフからはけていて、現在は目下ハクマイとオルフェの1着争い判定待ちの時間だった。 「…………ふっ……」 やがてその視線がすいとハクマイに行くと、息が漏れる音と共にその唇が綻んだ。 「ふっ……ふっはははははは!!」 「は!?ちょっと何!?まだ確定してないのに勝ち誇った声出してんじゃ……ぎにゃぁぁぁ~~~~!?!?」 突然高笑いを始めたオルフェに気付き不服を申し立てたハクマイの身体が突然宙に舞う。満面の笑みのオルフェがハクマイの両脇に手を入れて持ち上げくるくると踊るように回り始めた為からだ。 「佳い!実に佳い!ターフに王や皇帝の名を称された者は数あれど、その者らの宝物庫にそう無いものを余は正に今!手に入れたのだ!!」 「ちょっ!何だよ!!離せ!降ろせ!!猫みたいな持ち上げ方しやがって!はーなーせー!!」 比較的小柄なハクマイは目をぐるぐるにしながらなす術なく振り回される。 ようやっとオルフェがひとしきり満足した後降ろされたもののまた目が回って焦点が定まらないハクマイの目の前にずいっとオルフェの顔が迫る。吐息が掠める程に近い。顔が良いウマ娘にしか許されない行為だ。 「良く戦った。そして喜べ、余はこのレースを経てたった今、貴様は…いや我が友は、このオルフェーヴルに共に並び立つ友として認められたのだ 後に先にもないただ1人の存在となった事、存分に光栄に思うがいい!!」 「は!?何だよ!?何の話だよ!?というかぼくお前と初対面だし話したのも今が初めてなんだけど!?意味わかんないよ!?」 「ほうほうあれか我が友はツンデレという奴か?余初めてツンデレの良さ分かったかもしれない余 ……戯言はさておき、惚けても無駄であるぞ我が友。ことレースに身を置くウマ娘ならばその走りは千の言葉よりも尚雄弁に語るもの。酔狂とは言うまい」 オルフェの目が細められる。 「最後の直線……先を走っていた我が友に追いすがり、並び立ち、抜かし抜かされまた抜かしと、互いに競ったあの時。一歩踏み締める度に熱くて、強くて、重い鼓動が余の全身に響いた。 本番へ向けて抑えろ?皐月の前哨戦?知った事か。過去も未来もどうでもいい。背負うべき民の願いですら……この一時より優先される物は存在し得なかった。今この瞬間に全てを。と、そう感じた。 そしてウマ娘同士が共に走る事は千夜の語らいより全てを伝える。其方も私と同じ様に感じていたのであろう事はしかと伝わってきた。 分かるものよ、死闘を繰り広げれば相手の事も手に取る様に」 星に語り掛けるようなオルフェ、彼女の目線が射すくめる様にハクマイに向く。 「疾く素直になれ。其を否定し続けるのは余だけではない、其方にも其方の走りにも不敬であろうぞ。我が友」 「……………………」 「つまり上の口では嫌がってても走りは正直だなってやつだ余」 「言い方ァ!!…………ハァ」 ため息を一つついて、ハクマイが瞑目し、しばらく後、オルフェをじっと見据えて口を開いた。 「…………そうだよ」 続きを口にするのを、ちょっと躊躇する。だが気恥ずかしさを抑えつけ、言った。 「こんな事言うのは過去一緒に走った相手に失礼かもしれないけれど……今まで走った中で一番、最高のレースだった」 目線が互いに交差する。自然と、2人共ほぼ同じタイミングで口を開いた。 「1800mはぼくには長過ぎる。それでも抜かれる訳にはいかなかった。けど……」 「1800mは余には短過ぎる。それでも抜かぬ道理はなかった。されど……」 「「最後の方はこのレースがずっと続いて欲しいとも思った」」 完全に台詞がハモって、ハクマイは苦笑いを浮かべ、オルフェは口角をゆるく上げた。 「てゆーかさあ!対等な友とかいうなら何もかも手順がおかしいんだよ!さっきも言ったけどぼくら初対面だぞ! 対等な友ってんならさぁ!まず自己紹介!そんで持ち上げるんじゃなくて!!――――こうだろ」 そう言うとハクマイはすっと右手を差し出す。 「ふむ、違いない」 「じゃ改めて…ぼくハクマイ!将来的には超☆目立つ大人気ウマ娘になって!それで…… ――白毛は走らないだとか小さいだとかの下バ評全っっ部ひっくり返して、いずれマイルの頂きに立つウマ娘だ。そっちの方こそ光栄に思えよ、暴君」 「ふはっ!己を曲げぬ自尊心、痛快である」 素直に笑ったオルフェがハクマイの右手を取った。 「三冠、グランプリ、そして凱旋門……余の元に在るべき宝を全て私の元に取り戻す。それこそが想いを託せし民に見せる我が覇道であり…… ――――王(ワタシ)、オルフェーヴルというウマ娘だ。我が友」 オルフェが言い終えた瞬間、同じタイミングでわっと観客席から歓声が上がった。 『判定結果が出ました!!同着!!なんと同着です!!これは何と言う事でしょう!!オルフェーヴルとハクマイ差もなく同着が確定しました!!!』 2人揃って振り返ると、掲示板には同着の文字が踊っていた。 「えええええ!?!?同着!?!?ふざけんなー!リコール!リコール!再審を要求しまぁぁぁぁぁぁす!!!」 「ふ、ふはははははは!!!!やはり我らは共に並び立つ者である事は間違いないか!!!!」 気性の大人しい彼女には珍しく地団駄を踏みながら更にギャンギャンに騒ぎ立てるハクマイの肩を、満面の笑みのオルフェががっしと掴んで、沸く観客席に向かってこう高らかに宣言した。 「聞くが良い下民ども!!!此度の皐月賞、余オルフェーヴルとこのハクマイは共に覇道を競う事とする!!!!心して待つが良い!!!!!!」 「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」 「はああああぁぁぁぁ!?!?」 オルフェの宣言で更に大盛り上がりの観衆に対し、ハクマイは目玉が飛び出んばかりに驚愕している。 「ちょちょちょちょっと待てよオルフェ!?!?今回の結果次第とはいえ、ぼくこの後はNHKマイル姉妹制覇を目指して皐月は行かない方向性で考えてたんだぞ!?!? こっちの予定も決めてないのに何言ってくれてんだよお前お前お前!!」 「無論!余が今決めた!」 「勝手に決めてんじゃねえぞこの暴君が!!!」 観客席のトレセン学園関係者エリアを見てもハクマイのトレーナーはしらそんとばかりに首を横にプルプル振っており、そんなハクマイトレにオルフェの所属するチームプレハブのトレーナーが物凄い勢いで頭を下げていた。 あとプレハブトレの隣にいるカレンチャンはカワイイ笑みのまま耳をみるみるうちに折り畳んでいっている。 ハクマイ以外の双方の関係者一同も寝耳に水といった様子だった。 「何?余の裁定を不服と申すか?余はこういう根拠のない意味ないの許さんからな」 「根拠も意味もあるっつの!!!距離適正とかローテの密度とか!!!!」 ギャーギャー喚きまくるハクマイに対して、オルフェは笑みを深くし、そっと彼女の耳元に唇を寄せてこう囁いた。 「クラシック三冠路線は、バズるぞ」 ハクマイの動きが、ピタリと止まる。明らかに、目の色が変わった。 「……………………トレーナー!こっちにスマホ投げて!」 そう観客席の方へ向けてハクマイが叫ぶとすぐに観客席の方からスマホが飛んできて片手で見事にキャッチした。 U.A.Fで鍛えられたウマ娘とトレーナーにとっては遠方まで精密に投げ難なく捕る様な強肩を発揮する事など造作ないことだ。 「えーっと、どれどれ……ウマスタウマトックウマッターウマチューブ全部フォロワー数爆上がりしてるううぅぅぅぅぅ!?!?!?最大で昨日の2.5倍!?!?トレンドにハクマイ入ってるし直近の投稿もガンガンいいねが爆増してりゅううぅぅぅぅ!?!?!??!?!? ヤバ……ウマ……上手くいけばこのままLANEスタンプ発売…カレンダー…写真集…大規模ファンミ…CM…サクナヒメコラボ…JAコラボ…農林水産省…ブランド米化……フヒ……フヒヒ…………200m延長…まぁいっかぁ……」 ハクマイはスマホを見るなり絶叫した。 その後自分の妄想もとい理想の未来図にトリップしていき、いささか思春期女子としては頂けないよだれダラダラフェイスをレース上のデカいディスプレイと公共の電波に晒している。本人は多分気づいていない。 「っし……みんな~☆ぼくハクマイはこれから皐月賞出るよ!!みんなぼくの事応援してね!!各SNSで#がんばれハクマイのハッシュタグで投稿よろしくぅ!!!!」 そして先程とは打って変わってキャピキャピの営業スマイルで皐月賞出走を宣言した。 あったまっていた観客席はいよいよ沸きに沸き、ハクマイのSNSのフォロワーもいいねも鰻登りだ。 あまりにも見事な手のひら返しの様子に、諸悪の根源もこれには「我が友ってつくづく見て飽きぬな。余腹筋大激痛」としたり顔をしている。 一方、歓声鳴り止まぬ観客席の一角、トレセン関係者の固まるエリア。そこではハクマイのトレーナーが魂が抜けたかの様に真っ白になっており、オルフェ担当のプレハブトレーナーが土下座を通り越して三点倒立しながら謝罪中。 その様子を見てスイープは「見ちゃダメよ!教育に悪いわ!」とテンハムコツの目を塞ぎ、カレンチャンはカワイイスマイルのまま耳を引き絞ってオルフェに向けて「お・は・な・し」と口パクし続けている。 更にその一団から少し離れた所ではウインバリアシオンがロウリュサウナのごとく辺りを盛大に加湿しているし、深層の令嬢のはずのイレブンローズがポプテピピックの様なハンドサインをオルフェに向けていた。 控えめに言って混沌を極めていた。 ~⏰~ 「ほんっっっっっっっとうにごめんなさいトレーナー……」 オフを挟んで登校日、トレーナー室でハクマイが深々とトレーナーに向けて頭を下げていた。謝罪理由は当然、例のあのスプリングステークスの件である。 「まぁいいよ、こちらとしても一応優先権得たから皐月出たいって言い出すのはちょっとは想定してたしねうん対応はできる様にする」 「うー何か含みのある言い方ぁ……でもありがとうトレーナー。その分ちゃんと勝ち負け、ううん…勝てるようにトレーニング頑張るよ」 「君ならそう言うと思ってたよ でも意外だね、ハクマイならオルフェのようなタイプはお友達宣言されてももっと冷たく跳ねつけるかと思ってた。どういう風の吹き回しだい?」 「あはは、こらー酷いぞトレーナー まぁクラスも違うしレースの時くらいしか会わないし、こういう奴がぼくの人生に1人くらい居てもいいかなって思ったんだよね」 「うん……でもねハクマイ」 トレーナーが少し口ごもる。 「どしたの?」 「……新学期はクラス替えあるよね?」 「ははっそんなまさか……」 ~⏰~ ――クラシック 4月前半 始業式 「余ーっ余っ余っ余!今年から同じクラスだな我が友!!余と机を並べるからには以降も勤めて励むがよい余!!!」 「チクショーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 その後ハクマイはボス米もとい学級委員長という名の実質オルフェ係に封じられ 様々なトラブルに巻き込まれ続けた結果、ものの見事にオルフェに塩対応と化した。 終わり