デジモンイモゲンチャー第7話 「立ち向かう勇気!ゴブリモン進化!」 選ばれし子供である颯乃と、そのパートナーデジモンであるゴブリモン。 各々の理由であらゆるプラグインが集まると言われる「マグメル」を目指して旅をしている2人は、現在追われて岩陰に隠れていた。 「どうしよう颯乃、相手は成熟期だ……勝てっこないよ!」 不安な心を声にも乗せてゴブリモンが言う。 「仕方ない……私が囮になるからその間に村に助けを呼びに行ってほしい」 驚いて反対するゴブリモンを遮り理由は2つ、と颯乃が続ける。 「1つは私が君より強いこと。もう1つは奴らの目的が私の捕獲なこと……失敗しても殺されたりはしないだろう」 反論しようとするが颯乃の言うことは正しい。 こちらが成長期の群れの1体をなんとか倒してる間に他の4,5体をのしていたこともあった。 相手の目的に関しても、選ばれし子供達を探していたデジモンと数度会敵してそのほとんどがパートナーにして進化する目的だったのでこちらも大きく外れてはないはず。 「でも……危険だよ、一緒に逃げようよ」 確かに合理的だが、パートナーデジモンとしては素直に頷けない気持ちもある。 「いや、向こうの方が足が速いから単に逃げるだけでは追いつかれてしまう……それに村に迷惑をかけるわけにはいかない」 後にした暖かな歓迎をしてくれた小さな村を思い出す。逗留していた他のテイマーを除いて幼年期と成長期しかいなかったし、あの周辺で戦闘するのは確かに気が引ける。 「そう心配そうな顔をするな、そうそうやられる気はないし……私も危なくなったら身を隠したりするさ」 だから、任せたぞ──まっすぐな眼で見つめられてそう言われたら、もう反論できない。 「分かった……けどくれぐれも気をつけて!」 納得は仕切っていないだろう複雑な表情で駆けて行ったゴブリモンを見送り、一呼吸。 (それに──) 自身の相棒には話さなかった、3つ目の理由。 (逃げっぱなしは……気に食わない!) 自覚の薄い負けず嫌いを発揮しながら、意を決して敵の眼前へ躍り出た。 「ハハッ、ようやく観念して出てきたかァ!」 バブンガモン! 縄張り意識が強い獣型デジモン。崖や岩山など高低差のある場所に巣を作る。肌の一部を覆う特徴的な岩は、砕けるたびに硬くなって再生する。 必殺技は腕の岩を飛ばす『マウントストーン』と、岩石で覆われた尻尾を猛スピードで敵に叩き付ける『グライドロックス』! 「俺様のモンになる決意が出来たって事でいいんだなァ?」 「いや……キミを倒して私の手下になって貰う」 「面白ェ!だったらその身に分からせてやるよォ!」 (頼んだぞ、ゴブリモン──) 襲い来る巨体を捌きながら、颯乃は相棒の無事を願った。 *** 後方の破壊音が聞こえなくなるほど遠くまで走っても、まだ迷いは晴れなかった。 これでよかったのだろうか。パートナーは無事だろうか。 颯乃が強いことは身をもって知っているが、成熟期相手にどこまで通用するのだろうか…… 浮かんでくる嫌な想像を振り払いながらひた走る。 ──強くなりたい。 村の幼馴染が進化して、置いていかれたような気がしてから努力を怠り、楽な方へ逃げてきた。 何かを変えたいと思って旅に出たのに、パートナーを置いて敵に背を向けている自分は……果たしてあの頃と変わっているだろうか。 迷いと後悔が重しとなり、ついに足を止めてしまう。 キツい鍛錬のおかげか息は上がっていない。この体力は何のためにつけたものだろうか──ふと考え、自分のやりたいことを見つめ直す。 この行動が正解かは分からない……だけど。 走り出す瞳に、迷いはなかった。 *** 何度目かの拳を振り下ろす。そして、何度か繰り返したのと同じように命中しない。 地面に破壊の跡がいくつか残っているが、本来の標的である人間には有効打を与えられていなかった。 「チッ……チョロチョロとォ!」 「……」 回避後再び竹刀を上段に横に振りかぶった形──二刀流、上下太刀の上段側と同じ形に構える。 人間の面と違って受け止められるパワーではなさそうだが、力の方向を少しズラして受け流すことことで捌けていた。 「これならどうだァ!」 岩のような拳を組んで両腕を振り下ろすバブンガモン。 当たれば人の身ではタダではすまないだろう……が。 ──それを待っていた! 遠間から地面を蹴り一気に踏み込む。後方で響く破壊の衝撃も意に介さず、腕の内側、隙だらけの敵の眼前へ躍り出て生身の鼻へ竹刀を振り下ろす! 「せえええあっ!!」 「ギャアアアア!」 防戦一方だった颯乃の反撃に苦悶の声を上げる。 (よし、生身部分なら私の剣撃でも通る!) その確信と高揚が、残心に遅れをもたらし…… 「このアマァ!!」 尾による咄嗟の反撃が、颯乃の身体を打ち据えた。 「……は……がっ……」 肺の空気が全て出たような苦しい感覚。 次第に全身の痛みを知覚する。 顔に生暖かいものを感じる。 「今みてェなナメたことしねえように、手足の1,2本千切っておかねえとなァ!」 横たわったままの颯乃に、イラついた様子のバブンガモンが迫る。 冗談じゃない、右肩を治しにきたのに他を失ってどうする……などと、変に冷静に考えてしまう。 立ちあがろうとしてもうまくいかない。 大きな手がこちらに伸びてくる。早くしなきゃ──そう思った時。 「『ゴブリストライク』!」 バブンガモンの手が爆ぜる。 「颯乃から離れろ、こんにゃろー!」 炎を目眩しに肉薄するゴブリモンが棍棒を振り下ろすが、硬質の腕に阻まれて弾かれる。 「なんだァ?逃げ出した腰抜けのザコがしゃしゃり出てんじゃねェ!」 「うわぁ!」 振られた腕に吹っ飛ばされる。それでも立ち上がり、パートナーを庇うようにバブンガモンの行く手を塞ぐ。 「ゴブリモン……」 「颯乃のパートナーはオレなんだ!お前みたいなヤツに渡してたまるか!」 まだこのパートナーに、オレは何もしてやれていない。 今だって怖い、それでも。 「颯乃は…オレが、守るんだあああ!!」 逃げないと決めた者に宿る勇気に呼応するように、アークに文字が浮かんだ。 『EVOLUTION_』 「ゴブリモン進化ー!」 ゴブリモンの体が光に包まれる。 身の丈は大きく。 その身は赤き甲冑で鎧われる。 右腕に大きな刀を携えたその姿は── 「ムシャモン!」 鎧武者のような姿をした成熟期・魔人型・ウィルス種のムシャモン。 しかし蓄積された剣術データの影響か、一般的な種と違い左手に数珠はなく、代わりに刀を収めるための鞘があった。 「凄ェ!ガキがいりゃ進化できるっつー噂は本物だったんだなァ!尚更俺様のモンにしたくなったァ!!」 興奮したバブンガモンが颯乃に向かう、が 「そうは、させない!」 進化したムシャモンが刀を構えて立ちはだかる。 「調子に乗るんじゃねェ!同じ成熟期になっただけ──」 違う、と遮りながら縦に一振りした刀は岩石に覆われていない耳の部分を切り裂いた。 「オレにはテイマーが…颯乃がいる!」 「これが、進化…」 今一度姿の変わった自分のパートナーを見上げる。 悶絶するバブンガモンから颯乃を護るように立つ姿に、普段の弱々しさは感じられなかった。 「!今なら…」 颯乃は前に出会った少女との会話を思い出す。 「カードにはそれぞれ対応した容量がありますの。成長期では多くのカードはまだ使えませんが進化するごとに許容量が増加、使えるカードが増え、それに伴って戦術が広がりますのよ!おーほっほっほ!」 「カナエが片っ端からカードスラッシュした貴重な実験結果だ、同じ轍は踏んでくれるなよ」 「ん゛な゛っ!?」 手元のカードケースを取り出す。 相談した時に整理した『レベルW』と書かれた仕切りの束を取り出し、数瞬考え中から一枚取り出す。 「行こう、ムシャモン!」 「ああ、颯乃!」 「カードスラッシュ!『生存を賭けた闘争』!」 アークを構えカードを読み込ませると、手の中から光が溢れた。 納刀し、意識を集中すると身体から力が溢れ出るのを感じる。 カードスラッシュというものの効果なのだろうが、それだけではない。 テイマーと共に戦う…独りじゃないという精神的な支えが心を後押しする。 「ふざけやがって…」 斬られた耳も意に介さず、微かに見える口元からすら窺える憤怒を纏って立ち上がる。 「ブッ潰れろ!『グライドロックス』!」 バブンガモンが必殺の硬質の尾を振り下ろす。成熟期になったとはいえ当たれば無事では済まないだろう…だが。 (この程度──) 普段受けている少女の面に比べれば、止まっているようなもの。 自らの勇気を示すように踏み込む/刀を鞘走らせる/真横に一閃。 刹那の間に交錯する2体のデジモン。 ムシャモンが澱みなく納刀の構えを取り、鍔が鳴ると同時に── 「『切り捨て御免』!!」 剣閃が炸裂し、バブンガモンの身体を真っ二つに切断した。 *** 「どうしてデジモンより深手の傷を負っているんだね……」 あの後一旦村に戻った私達は、少し前に村に到着したケンタルモンの治療を受けていた。 なんでも旅をしながら医療行為をしているらしい。 「颯乃が囮になって戦ったから……オレがもっと早く進化できていれば」 「いや、これは単に私の弱さが招いた事……次は成熟期にも勝てるように鍛錬します!」 「先生の言ってる事そういうことじゃないと思うんですけど……」 助手?の神崎瑠奈がツッコむ。 「デジモンの方が基本的に頑丈だから前衛はゴブリモン君に任せなさい……こんな思考の持ち主が多いようなら人間用の医薬品を増やさねばならないな」 本当に同じように前衛を張る人間と出会ってここで増やした医療品が後々役に立つのだが、それはまた別の話。 「とりあえず後を引くような怪我ではないし、頭の傷も見た目ほど悪くはないが2,3日運動は控えること」 「鍛錬はダメか……このフロッピー齧ったら早く怪我治ったりしませんか!?」 「デジモン用だからやめなさい」 不満そうな顔をしながら医療費を払って礼を言って簡易医療テントを出る…前に聞きたいことが1つあった。 「ケンタルモン先生、旅をしている道中で『マグメル』について何か聞いたことはありませんか?」 「あらゆるプラグインが集う、とされている場所だね……あいにく場所は聞いたことないが、大きな街なら情報が集まるかもしれないね」 そう言いながら手持ちの地図を開き、ある地点を指差した。 「今いるのがアルスター地方のここだから、一番近い大都市となると……エウィンワハあたりを目指すのはどうだろう」 「なるほど……ありがとうございます」 くれぐれも無茶をしないように、と釘を刺されながらテントを去る。 目的地はエウィンワハ。目標が決まったのなら迷う必要はない。 「さあ、早速出発するぞ!」 「え、1日くらい休んでも……」 「?歩くのは運動に入らないだろう?」 心底不思議そうな顔で答える颯乃を見て、これはまた無茶もするんだろうな……という予感がした。 「それに、危なくなったら守ってくれるんだろう?格好良かったぞ」 「へへ……このまま進化してもっと強くなっちゃうもんね」 「言うじゃないか……そのためには鍛錬増やさないとな!」 「それはちょっと勘弁……」 談笑しながら目的地を目指して旅は続く。 足跡が2つ、並んで刻まれていく。 つづく