フリオは腹を空かせている。これまでも、そして今も。 南米のある町で孤児として育ち、親の顔は知らない。 物心ついた頃から同じような仲間と一緒に路上に住み、スリやゴミ漁りをして生きてきた。 当然上手く食べ物を確保できることは少なく、いつも腹を空かせていた。 仲間と身を寄せ合い、少ない食べ物を分け合いどうにか生きてきた。 だから空腹は常に自分と共にいる、やっかいな兄弟のようなものだった。 ほんの一時期だけ、空腹から逃れられた時期があった。 ドラッグ・スターというギャングのボスに仲間とともに拾われ、学校に通わされたのだ。 何もしなくてもごはんが食べられる、今までの人生では考えられない場所。幸せだった。 最初の頃は学校に通っていることが信じられなくて頬をつねってばかりいたから、 スリに失敗して殴られたり蹴られたりすることがなくなって手足やお腹の傷はなくなったのに、頬ばかりひりひり痛んでいた。 勉強というのも嫌いではなかった。 元々ドラッグ・スターが通わせているのだから勉強するのが仕事だと思っていたが そんな意識もなくなるくらい、新しいことを知ることは楽しかった。 特にそのとき学んだニホンゴという不思議な言葉の響きは面白く、今でもときどきつぶやいている。 だが、幸せというのは長くは続かないものらしい。 ドラッグ・スターが死んだらしい、という噂が流れ始めた。 そんなバカな話はない、あんなに強くて優しい人が、と生徒も先生も思っていたが 校長がすべての金を持ち出して夜逃げしたことを知ったときには本当だったのだと信じるしかなかった。 お金がなくなってすぐに学校は閉まってしまった。 元いた場所に戻ってきて、前のようにスリをしようとしたが 学校で暮らしている内に勘がにぶったらしく、大人に捕まってボコボコにされた。 隙を見てなんとか逃げ出して、懸命に路地裏を走っていたら、いつの間にか森のようなところに迷い込んでいた。 雨露をしのげる場所を探して洞窟の中に入ると、奥に枯れた花の様な像を見つけた。 売れば少しは金になるかと抱きしめ、そのまま力尽きて眠った。 そして目が覚めると、像はなくなっていて、ただ前と同じように腹は空いていた。 残念に思いながらよろよろと洞窟の外に出ると、小さな見たことのない丸っこいピンクの動物を見つけた。 そのとき、あれを食べたい、という感情が沸いてきて、気が遠くなる感覚があった。 気づいたときには、まだまだ空腹だったけど少し収まっていて、見たことのない動物はいなくなっていた。 遠くに水の音を聞き、近づくと池があった。 水を飲もうとすると、自分が枯れ木でできたバケモノになっていることに気づいた。 バケモノになってしまったが、空腹であることは変わらなかった。 皮肉にも、空腹のおかげでバケモノになっていてもこれが自分だと信じることができたのかもしれない。 森を出ようと歩き回っても元いた町に戻ることはできなかったが、変な動物をときどき見つけ、 そのたびに自分の空腹が抑えがたくなり、気がつくとみんな食べてしまっていた。 途中からその動物たちが「デジモン」という、 ドラッグ・スターが肩に乗せていたリボルモンと同じ種類の生き物であることを知った。 それなら相手は会話のできる生き物だ。 そう思って食べないようにしようかと思うこともあったが、空腹には抗いがたく結局はみんな食べてしまう日々。 そのうちに枯れ木ばかりだった自分の身体にも、背中や腕に草が生え、トゲのような枝が育ち、 人間の頃と同じくらいの大きさだったのが5メートルほどの大きさになっていた。 あるとき、バーガモンやエビバーガモンたちの住む村を見つけた。 彼らは恐ろしいフリオの姿にもおびえず、たくさんのハンバーガーをくれた。 空腹を抑えきれず、ハンバーガーを食べ続ける自分をバーガモンたちはやさしく見つめていた。 けれど、それで空腹が収まることはなかった。 ハンバーガーの次は、バーガモンを、エビバーガモンを食べ続けた。 そして村中のデジモンを食べ尽くす頃には、 昔いた学校も宿舎も運動場もすべて乗せられるほどの小山のような大きさになっていた。 もう自分はバケモノであり、こうしてデジモンを食べて暮らすしかないとあきらめたフリオは今日も空腹を抱え、 食べるためにデジモンを探している。 今、フリオには探しているデジモンが二体いる。 一体を見つけたのは、行くところもなくデジタルワールドを歩き回っているときである。 美味しそうな匂いを感じ、誘われるようにその方向へ行くと、荷馬車に乗った行商人のような人間を見つけた。 ここにも人間はいたのかと思って空腹を抑えて遠くから見ていると、荷馬車を引いているのはジャガイモのようなデジモンだった。 ジャガイモは故郷でもよく食べた食材である。 きっとあのデジモンも美味しい。なんとしても、食べたい。 そうやって追いかけたが逃げられてしまったのだ。 もう一体は、学校の保健室の人が来ていたような、白衣を来た人間と一緒にいたデジモンである。 そのデジモンの頭は、学校にいた頃一度だけ食べた、一番美味しいと思った食べ物である、ケーキによく似ていた。 甘い匂いも同じで、夢中で追いかけたが人間が投げたお菓子に気を取られた内にどこかへ行ってしまった。 この二体を見つけ、食べることが今の目的である。 そのときには、人間だけは食べないようにしたいと、そう思ってる。 フリオは自分のことをデジモンを食べるバケモノであり、その尽きない空腹によって二体を追いかけていると思っている。 しかし、人間の頃食べたジャガイモとケーキ。 それを食べたいという気持ちは、実は人間に戻りたいというフリオの奥底の心を反映しているのかもしれない。