「今回もリーダー役はトウマくんがいいと思います!」 「頭いいもんね!」 「しょうがないなあ、僕になんでも任せてよ!」 もちろん、彼はいつも通り努力した。しかし、今回は呆れるほどうまくいかなかった。 同年代の「自分より愚かな子供」たちの奔放さを制御することも、彼らに自分の意図を飲み込ませることも。 大人から見れば、「そんなこともあるよね」と微笑ましく思うような。子供の頃の小さな躓きのひとつ。 だが、トウマは勉強でもなんでも、今まで失敗したことなんてなかったのだ。 「勝手にしろよ! リーダーなんてやーめた!」 そう言って児童館から飛び出した後、大木トウマは一人で商店街をぶらついていた。 放課後には悪友と買い食いをしながら歩くような、見知った商店街。それが今日はまるで知らない町のようで落ち着かなかったが、他にしようがなかった。 西日が眩しい。 家には「パーティーの計画があるから遅くなる」と言ってしまったので、早々に帰ったら何かあったんじゃないかと疑われてしまうだろう。いつも根城にしている公園には、同じ理由で遊ぶのを断った友達がいるはずだ。 トウマには、どこにも行き場が無かった。 だからだろう。表通りから離れるように、狭く暗い路地へと続く裏道に惹かれてしまったのは。 少し古いコンクリビル二つ、その間。建物で陰が落ちているところどころ欠けたタイルに向かって、トウマはなんとなしに一歩踏み出した。 浮遊感。 足が空を切って、ジェットコースターに乗った時みたいに内蔵がでんぐり返って、びっくりして上を見上げたら、暗闇の中で夕焼け空に聳えるビルが、ぐんと遠くなっていくのが見えた。 落ちている。床にマンホールがあって、偶然ふたがが空いていたわけではないのに。 「地に足が着かない」という本能的な恐怖に手足が冷えて、心臓が早鐘を打つ。 けれど、藻掻いても藻掻いても、どこにもよすがは無く。 落ちて、落ちて、ただ、落ちて。 大木トウマは岩陰で目が覚めた。 仰向けで見上げる空は暗い。デジタルワールドの夜だ。 トウマは、全身にじっとりとした汗を感じながら、未だ胸を必死にたたき続ける心臓の音が落ち着くのを待つ。 こうして、彼は時々夢を、過去の傷を見るのだ。 そして、そんな時は決まって。 「リボルモン…」 起き上がって、小動物のようにきょろきょろと頭を振って、自分の相棒を呼んだ。 当座の休息地点に選んだ岩陰の辺りは森の中で、明かりは無い。 どれだけ目を凝らしても、闇の中には何も見えなかった。 「どこだよぉ……」 既に目に溜まっていた涙が零れて、いよいよ何も見えなくなりそうになる。 その時、ぬっと、歪んだ視界に闇以外の色があらわれた。 日に照らされたような、明るい土の色。大きな大きなテンガロンハット。 「リボルモン!」 走り寄って、湧きあがった感情に任せて振り上げた手は、ザラザラの手袋に優しく受け止められた。 思い止まらず彼の真っ黒な顔を睨みつければ、その中にあるのはトウマをじっと見つめ返す二つの楕円。 それは、今日も月の色をしていた。 「どこに行ってたんだよ……!」 わかっていた。この相棒が外へ見張りに立っていたことを。 トウマの安全の為に、獰猛なデジモンが寄ってくることを警戒して。 わかっていた、が。 「どこに、も、行くなよぉ……」 いつも無表情でこちらにつき纏ってきて、頼んでもいないうちに銃を抜き、それを収めるまでに必ず騒ぎを起こす、はた迷惑な旅の道連れ。 それは黙して語らず、批判も糾弾もなく、卑屈で無責任な少年の傍に寄り添ってくれるもの。 少年はリボルモンと居る間だけは、安心して己の過去から目を背けることができたのだから。 虫の音も聞こえぬ夜に響く、情けなくて聞き苦しい、嗚咽交じりの悲鳴。 それが小さくなった頃を見計らって、リボルモンはすっかり力の抜けたトウマの手を離して彼の頭を軽く叩いた。 一度、二度。 それもまた、いつものことだった。