「ここが女衣島か〜。 外国に来たみたいだぜ〜、テンション上がるでござるなぁ〜」  日本の東端に位置する離島「女衣島」。 異国情緒あふれる街並み、島の中央にある島山やその周囲を覆う原生林が特徴の観光地。 そこにはオカルト界隈で有名な廃ホテルが存在し、沫世はそれを目当てにやってきた。  港町の海の幸やアクティビティをひとしきり楽しんだ後、目当ての神社へと向かっていく。 陽は傾きあたりが暗くなる中、廃神社のある樹林へと続く 上り坂を進んでいく沫世の前に、見慣れない人影が立ちふさがる。 「……鏡見沫世くんだね?君を、待っていた。」 ◇ 「ほう、拙者のことをご存じで?ナハハハハ。もしや、拙者意外と有名人?」 「君の事なら何でも知っているとも。君がどこに住んでいて、どんな家庭状況で、どの中学校に通っているのかも。 そして、……君が鋼のスピリットの所持者であることも。 かつてデジタルワールドへと赴き、三大天使と共に、悪しき堕天使を封印したことも。」  予想だにしない発言に沫世は警戒を深める。 この情報化社会において、現実世界での個人情報など少しの労力を払うだけでいくらでも手に入れられる。 だが、デジタルワールドに関する情報となると一筋縄ではいかない。 無数に並行して存在し、現実に似せながら、その一切の法則が通用しない、電子的超常世界。 誰が、いつ、どの世界に行き、何をやっていたかなど ピンポイントで調べるのは不可能といっても過言ではない。 「ンン〜。本当によくご存じですなぁ。拙者、あの世界の事はお偉方様以外にはお話ししていないのですが。」 「ワシの願いを叶えるために、君の持つ知識と経験が必要なのだ。ご協力願えるかな。」 こちらの軽口など意にも介さぬ様子で、語るべき言葉だけを淡々と並べていく。 「ぐむむ…、脅迫まがいな発言をしておいて手伝ってくれとは…、 どう考えても拒否したらガクブル展開からのあぼーんエンドでござろう! 選択肢があるようでないのって、拙者、良くないと思います! それよりなにより、まずは自己紹介が先でござらんか?拙者、貴殿のお名前知りたいな(はぁと)」 普段のオタク仕草で軽々しい言葉を並べていくが、それでも相手の無機質な態度に変化はない。 「…同意として受け取る。」 「ワシの名はシコルスキー。ついてきたまえ。ワシのラボに案内する。」 ◇  うっそうと茂る原生林。現地民ですらめったに立ち入らない道を進んでいく二人。 「ところで、シコルスキー殿。貴殿が口にしていた願いとはなんでござろうか?」 「………………」 「……知識と経験と言われても、拙者はあの世界のことそこまで知ってるわけではござらんぞ? デジタルワールドチョットワカル、みたいな。」 「………………」 「………………」 道すがら雑談でもと沫世は口を開くが、シコルスキー博士からは返事がない。 お前と無駄話に興じる口は持ち合わせていないと、前を歩くご老体の背中が語る。  開けた場所に出ると、比較的大きなプレハブ小屋が出迎える。 中に入ると、ぎゅうぎゅうに押し込められた電子機器の数々が目に入る。、 雑多に置かれたモニター群には文字列が並び、そこはかとなく物々しさを感じさせる。 「わざわざこんな島のなかにこのような施設を用意するとは…」 外見とは裏腹に、まさしく研究施設といった様相に呆気にとられる沫世。 「こっちだ」 シコルスキーの呼ぶ方へ足を進めると、そこには予想だにしないものがあった。 「これは…ルーチェモン……?」 ◇  培養槽と思われる機械の中には、見覚えのある姿があった。 「そうだ。だが君の知るルーチェモンではない。 異なるデジタルワールドにて暗躍し、選ばれし子供たちによって倒されたもの。 その残滓をサルベージし、再構築したものだ。 警戒せずともよい。今のコイツは強度も出力も幼年期と大差ないレベルの劣化品だ。」 培養槽から離れ、近くにあるPCを操作しながらシコルスキーは続ける。 「…………ところで君は、デジモンの性別について考えたことはあるか?」 「せ、性別でござるか?いえ、特に考えたことは…。」 突拍子もない質問に呆気にとられる沫世。 「性別。そう、性別だ。現代のデジモン研究においては、"デジモンに性別という概念はない"とされている。 確かに、デジモンの生態を考えればそういう結論になるだろう。 だが、人間に近似した、性的特徴を備える個体も少なくない。 生殖が必要ないはずのデジモンが、何故人間へと近づいていくのか。 …………まあ、今はそんなことはどうでもいい。」 (どうでもいいんかい…) 混乱の最中にあっても脳内でツッコミを入れつつ傾聴する沫世。 背を向け機材と向き合いながら語っていたシコルスキーはこちらへとひるがえりこう言った。 「ワシはな、コイツをメス化させたいのだよ。」 ◇ 「うーんと……、あの……その、一応、認識のすり合わせ、というか…。 貴殿の言う、その、メス化というのは……、具体的にはどのような?」 思考が追い付かずしどろもどろになる沫世。 シコルスキーは相も変わらず淡々と語る。 「豊満な乳房、腰のくびれ、膨らんだ臀部。 そういった女性的特徴をコイツに組み込みたいのだよ。」 「はぁ、えっと…。ここにいるよわよわルーチェモンを、 ボンキュッボンの、パツキンねーちゃんにしたいと…。 ………………なるほど。なるほど…………、なるほど!!!!」 予想外の連続で混乱の最中にあった思考回路が正常に回り始める。 「ンフフフフフフ!まったくもう、シコルスキー殿もお人が悪いですぞ。 それならそうと、最初から言ってくれればよかったのに!んもー!」 緊張の線が切れた沫世はいつもの調子を取り戻す。 「分かります、分かりますとも!そういう薄い本的な願望は男なら誰もが憧れるもの! まあデジモンを改造するというのは気が引けるでござるが、それはそれ、これはこれ。 個人的にはルーチェモンに良い思い出がないので…。 とにかく!ぜひとも協力させてほしいですぞッ!」 ◇◇◇ かつて沫世がデジタルワールドを旅していた頃、 彼は悪に染まったケルビモンと相対し、これを撃破。 その際にケルビモンのデジコードを回収し保存していた。 ルーチェモンとの決戦ではそのデジコードを用いてケルビモンに進化。 セラフィモン・オファニモンとの共闘し、 ルーチェモンを再封印することに成功した。 シコルスキー博士はこの「デジコードを用いた進化」に着目し、 既存のデジモンの肉体を改竄・成長する技術を発見した。 それが今回共同開発された「メス化プログラム」である。 だが、そのプログラムは何者かによって「強制メス堕ちウイルス」へと改竄・流布され、 それが原因となって大規模災害に発展することになるが、それはまた、別の機会に。