「へへへ……、<デジモンイレイザーの正体はデジ庁デジ対の幹部の一人です>……っと」 深夜、くらい部屋の片隅でこうこうと輝くディスプレイと睨めっこしながら男は次々と投稿繰り返す。 内容はどれもどこかで見たような噂の寄せ集めであるが、同時にそれに対し独自に構築した疑問点と疑問を解消する内容の投稿を織り交ぜることで、 投稿された文面に信憑性を加える手法を用いている。 自作自演工作だ。 「いくら自演したところで、こんな内容にID出されるようなこともないだろう」 信憑性を付加する投稿も含めて彼にとってはごっこ遊びでしかなかった。 こんな噂はいまやどこにでもあるし、だれも本気にすることもない、虚無の遊びである。 <フェアリモン負けろモンchの第125回の動画のフェアリモンのお尻のアップは衣装の着崩れが話題になる程だったがデジモンは着崩れなどしないので、あのシーンは視聴者数を増やすための捏造だ> <デジモンなんてものはそもそも現実には存在しない、政府が独自に開発した立体ホログラム映像の実験装置によるもので、政府は無知な市民を不用意に混乱に貶めている> などと、次々とくだらない妄言をインターネットの場末の掲示板に投稿していく。 「ふへへ……、これのどれかがどっかに流出して大炎上するきっかけになったりしねえかなあ」 心にもない言葉だが、声に出して言ってみると案外新しいアイディアが生まれるきっかけになったりもする。 一人で部屋に閉じこもっていると声を出す動作すら新鮮な行動だ。 スレッドの自動更新機能が新着のレスポンス群を表示させるべく画面を更新する。 「ん?なんだこの赤い文字列…」 更新されたディスプレイには今まで存在していなかった赤字の英数字文字列がずらっと並んでいる。 ID、投稿者と投稿内容を紐付ける隠しステータスだ。 これが表示されてしまうと投稿の内容によっては自作自演工作がすべてばれてしまう。 「うわぁ!俺のレスが全部浮き彫りにされている!?そんな……ID表示なんて設定俺はしていないぞ!?」 その晩、ふたばちゃんねるに投稿された様々なレスがすべてID表示されたりメ欄に入力していない個人のHNが掲載されているなどの案件が溢れかえり 掲示板の住人たちはその事態に恐れおののき阿鼻叫喚の夜となった。 「宇佐美さん、昨日場末の掲示板で起きた荒らし事件なのですが…」 翌朝、デジ庁では「この事件がデジモンの仕業ではないいか」との通報が溢れかえり、通常業務が滞る自体となっていた。 「こんなのはまず警察のサイバー犯罪担当が相手するものじゃないのかしら!?」 デジ隊の名が少しだけ売れて来た今、デジモンが関与すると思われる事件は何でもかんでもデジ対に飛んでくるようになってしまった。 それもこんな場末の掲示板が荒らされた程度の内容までデジモンと結びつけるなんて…… いや、それにしても被害内容の規模は個人のクラッキングというには大きなものだが。 「それで、だれかこの掲示板サイトについては調べたの?」 「掲示板の管理人と連絡を取って許可を経て、今内部サーバーへ侵入したのですが……」 「なによ、もったいぶるわね?」 「どうも外部からの攻撃ではなく、すべてサーバ内部で発生した書き換えであるようです」 サーバー内部。 「なんですって?そんなの……」 それができるのは物理的にサーバーとアクセスしていた人間、つまり管理人等運営スタッフ、あるいは不法侵入者がいたか。 あるいは……。 「ストレージ内部に調べるまでもなく巨大な情報の塊が掲示板運用リソースとは別に存在しています」 「まさか本当にデジモン事件かよ」 「悪食きなやつもいたもんだぜ」 原因が本当にデジモンだと推定されると同僚たちは現実に発生した対応業務を前に口々に愚痴混じりの軽口を飛ばす。 だが、内容を凝視ししていた宇佐美だけはそんな軽口をたたくわけにはいかなかった。 「まって、単体のデジモンが……こんな巨大なデータ量を持っているなんておかしいじゃない。こんなのエグザモンやオグドモンの比じゃないわ」 その一言が騒がしくしていたデジ対のメンバーを一気に沈静化させた。 「オグドモンでも及ばない……そんなことがあるのか」 「まさか、滅茶苦茶大量発生した幼年期がイワシの玉みたいに群れているだけでは……」 「そうそう、昔ツメモンが大量発生して現実世界に飛び出してきたなんて事件もあったらしいよな」 現実逃避のような言葉が飛び交う中、宇佐美はサーバーのログファイルを引っ張り出してきた。 「みんな見て、この投稿がある度に発生してる1行の処理。こんなの普通の掲示板投稿では見たことがないわ」 「なんだこれ?文字化け……いや、文字化けしてるけどデジ文字だぞ?」 「宇佐美さん!当該個体がサーバー内を巡回し始めました!あちこちの画像つきのレスにこいつの影が写り込んでいます!」 「これは…こんなの見たことがないわ!」 真っ黒でつるっとしたツヤのあるテクスチャ。 細長く長大な節足動物を彷彿させる脚……いや触覚だろうか? 画像のあちこちにかの存在の一部が写り込むが、それでも把握できる事は「滅茶苦茶デカいナニカ」がいるという事実だけだ。 「至急デジタルワールドのワイズモンに連絡!アレの情報を引き出せ!」 「過去の事案を調べろ!他部署の連中や警察の電脳犯罪課の連中も引っ張り出して探らせるんだ!」 「こいつは…本当に一サーバーの中の処理なのか!?型落ちでもいい!スパコンの緊急使用権を取りに行くぞ!!」 出勤からたった20分足らずで現場は戦場と化した。 当該デジモンは次々に個別アドレスを変えスレッドをまたぎ泳ぎ続ける。 こんなのがもしこのサーバーを出てインターネット上に放出などされたら……ただの通信障害などでは済まない。 こいつが通過した情報全てに重篤な情報の喪失や書き換えが発生して現実のデジタル機器にまで影響を及ぼすに違いない。 デジタルワールドや現実世界に対して物理的な破壊をもたらさずとも、人間の生活基盤が崩壊する、まさにデジタルハザード級の存在だ。 その時、宇佐美の個人携帯電話に着信が入る。 普段なら事件の規模もあって無視するのだが、宇佐美ですら現実に迫る脅威に対して冷静さを失っていたのか、つい着信に出てしまった。 「時間がない、手短に伝えるぞ。そいつの正体はイーモゲモン。その掲示板サイトがうまれたばかりの何十年もまえからそこに住み着いていたデジモンだ」 電話の相手は名乗りもせずこのバケモノの正体を告げる。 「イーモゲモン!?なぜそんなことを知っているの!?あなたは一体……」 「そんなことより早くそのサーバーの回線を物理的に遮断させるんだ。万が一そいつがそのサーバーに居心地の悪さを覚えたらどうなるかわからんぞ」 そうだ、どうしてその判断ができていなかったのか 「管理人さんとの連絡はまだ繋がっているの!?デジタルハザードの発生による強制措置よ!至急サーバーをスタンドアローンに!そいつを絶対に外に出してはダメ!!」 「サーバーの電源を落とさせたらそのまま消滅するようなことは……」 「回線繋がったまま電源なんて落としたら、そいつはサーバーから無理やり外にはじき出されるかもしれないわよ。まずは回線の遮断よ」 そしてなによりも… 「デジモンはデジタル機器の電源を落としたくらいじゃ消滅しないわ」 日本国内でも有数の規模を誇る掲示板サイトは、その時点でブラックアウト。 日本中の住民たちのディスプレイには不気味に404の表示が浮かぶだけだった。 「これからどうしたものかしら……」 最初からそこにいたイーモゲモンなる存在が露見しただけなのだが、それが災害級の規模だとは。 サーバー内に閉じ込めていたところでなにが引き金になってリアライズするかもわからない今、うかつに電源を落とすことすらできない。 デジ対の大きな悩みの種がまた一つどこからともなく転がってきてしまった。 どうするデジ対!? 負けるなデジ対!! そのサーバーの中には今も囚われたままの子供たちだった無数にいるぞ! 彼らの平穏のために、立ち上がれ、立ち向かえデジ対!