多発するデジモンの実体化と暴走、リアライズ事件。 デジタル対応特務室等の本来この事件に対処すべき部署は、人手不足から民間の協力者達に頼らざるを得ないのが現状だ。 今も民間のデジモンとそのパートナー…、フレイモンと最上熱夢が成熟期と思しき鳥型のデジモンを裏路地に追い込んでいた。 「デジソウルチャージ!」 熱夢の手の平から溢れる赤いエネルギー。 デジヴァイスに込められ放たれたそれを受け取ったフレイモンの体から、鮮やかな赤い炎が上がる。 小さな体を覆うように広がり人の形を取ったその姿は、火の闘士「アグニモン」を思わせた。 「バーニング…サラマンダー!」 突き出した拳から生まれた火炎竜は目の前の巨鳥を飲み込み、焼き尽くしながら天を衝くような巨大な火柱に変わる。 悲鳴を上げる間もなく全身を焼かれ弾けたデータは再構成され、デジタマとなって地面に転がった。 「これ回収して任務完了…かな?それしまっていいぞフレイモン」 「ん…ふいー…これも慣れてきたなぁ…、オイラもう成熟期には負ける気しな」 「それは何よりだなフレイモン」 「んぎゃあ!?」 炎を消して大きく伸びをしながら、勝利の余韻に浸っていたフレイモンはいきなりかけられた声に驚き、一目散に熱夢の後ろに隠れた。 「どうし…ああ、お疲れ様です芦原さんドウモンさん」 直後現れた芦原とドウモンを見て、パートナーの行動の理由を理解した熱夢はデジタマを抱えて二人に向き直る。 「それはこっちの台詞だよ、君達がリアライズ反応に一番近かったとはいえ協力を要請しておいて応援も間に合わず…、危険な目に遭わせてしまった」 「いやそんな…頭上げてくださいよ、手伝うって決めたのは俺達だし芦原さんが責任感じなくても…」 「そうだな、フレイモンも負ける気がしなかったというし…、力ある者に対して必要以上に身を案じるのはむしろ無礼だな」 「っ…!」 申し訳ないと、頭を下げる芦原に居心地が悪いのか珍しく歯切れの悪い熱夢の横で、 デジモン同士には妙な緊張感が漂う、フレイモンが一方的にドウモンを苦手としているだけだが。 「さっきの火柱はアグニモンの力だな?進化したのか?」 「いえ…まだです、今回もアグニモンのオーラが出ていつもより強い技が使えるだけでした」 「お前達のデジソウルと練度なら既に進化出来ておかしくないはずだがな、十闘士…ハイブリッド体は通常のレベルで測れないがヒューマン体は成熟期から完全体に相当する場合が殆どだ」 熱夢のデジソウルで上昇するフレイモンのステータスはとっくにその基準を満たしている。 にも関わらずアグニモンの力の一部を使えるようになるだけで、進化は出来ない歪な状態が続いていた。 その原因はどこにあるのかと、ドウモンは熱夢の影から芦原達の顔色を伺うフレイモンを静かに見下ろす。 「その話はいいドウモン、最上くん…送ってあげたい所だがこの後仕事が詰まっていて…すまない」 芦原は重く沈みかけた空気を無理矢理払うように会話を切り上げ、デジタマを受け取ると遅れて来た一般の警官達の所へ向かった。 ━━━ 「さっきは済まなかったな」 「何の話だ?」 今日発生した複数のリアライズ事件の現場保全や関係者への説明を終えてデジタル庁へ帰還する車内、芦原の唐突な謝罪にドウモンが聞き返す。 「最上くん達の事だ、進化が滞っている事については私から言うべきことだった」 数値上では問題無い筈の進化が出来ない、多くの場合それは良くない兆候だ。 そうでなくとも進化が人間とデジモンの間に問題を起こす事は少なくない。 望んだ姿にならなかった、新しい力が制御出来ない、性質と内面の変化。 通常のレベルから外れたデジモンでもそれは変わらない、むしろ一般論が通用しない分厄介ですらある。 「民間の協力者は今の特務室に必要な助けだ、だがそれだけ強い力はいつどんな問題に発展してもおかしくない」 彼等自身の為にも現状を正確に把握しサポートする必要がある。 それを民間人だから子供だからと追求を躊躇って後回しにしてきた。 結果ドウモンに憎まれ役をさせた上、話を遮って終わらせてしまった。 「最上くん達には検査とカウンセリングを受けるように、私から改めて言っておく」 「別に気にしていないがな…、私は元々フレイモンの方には避けられているし悪印象を持たれても大して変わらん」 「私が嫌なんだ、お前に嫌われ役を押し付ける自分も嫌われるお前を見るのもな」 「役割分担でしかないと思うのだがな…、まぁそういう優しい芦原だから好きなんだが」 ━━━ 芦原達と別れた後、熱夢はフレイモンが少しでも目立たないようにジャージを着せて、今日の夕飯とその他諸々の買い出しをしていった。 日が落ち始めて少しずつ暗くなってきた街を手を繋いで歩く。 「セール間に合って良かったよなぁ、今日の肉野菜炒めは肉多めだぞー」 「うん…」 「ここ最近暴走デジモン何体も倒してるからボーナスとか出ちゃうかもなー、そしたらもっと豪勢な飯作れてー、あっ外食もアリだな」 「うん…」 (重症だなこりゃ…) 普段のフレイモンならあれが食べたいとか、今日の頑張りへのご褒美とかとにかく何かを要求して甘えてくる。 それがずっと俯きがちで口数少ないその姿にどうすべきかと熱夢は悩んでいた。 何を気に病んでいるかは分かっている、進化出来ない事を改めて指摘されたのが辛いのだろう。 デジ対とその協力者のデジモンは成熟期以上に進化出来るのが殆どだ。 他より力が劣っているとは思わない、だが進化出来ないという事実はなによりフレイモン自身に重くのしかかっているのだろう。 「なぁ熱夢…、オイラ…アグニモンに進化出来た方がいいよな?」 「んー…そうだなぁ、進化して強くなった方がみんなの助けになるしいい事だろうけど」 今のままでも勝ててるし急ぐ理由も特にないなと、いつもより強く握ってくる手を優しく握り返す。 それでもフレイモンの顔から不安の色は消えない。 「オイラさ、進化して強くなりたくてスピリット探しにこっちに来たけど…今は進化するの怖いんだ…」 「怖い?」 意外な答えに思わず聞き返しながら、ふと思いだす。 フレイモンが毎日のように語っていた進化やアグニモンへの憧れを、いつの間にか口に出さなくなっていた事を。 「アグニモンに近付くと心も感じ方も変わってく、何も怖くなくなって自分がなにかにビクビクして隠れてた弱虫だったなんて信じられなくなる」 「……」 「進化して本当に強くて勇敢なアグニモンになっちゃったら、それ本当にオイラなのかなって思ったら怖くなって…」 進化出来ない原因はそこだと、強くなって変わるのが怖くて弱いままでいたい自分のせいだと、フレイモンは体を震わせて自分を責める。 「でも強くなりたいんだ、熱夢みたいに」 「俺?」 「熱夢は一人ぼっちだったオイラを助けてくれて安心させてくれた、もう大丈夫だって言って家にも入れてくれたパートナーになってくれた」 弱い自分の手を引いてここにいていいと言ってくれた、それが何より嬉しくて初めて自分を肯定出来るようになった。 だからこそ自分を手放すのが怖くなってもいるが、あんな風に手を差し伸べられるくらい強くなりたいという夢も出来たと。 「だから絶対進化する、でも本当に怖いからさ…、オイラがアグニモンになっても…アグニモンになる時も手握っててほしいんだ?」 初めて繋いで自分の居場所に連れていってくれたこの手があれば、自分で居続けられる気がするからと。 「もちろんずっと握っててやるよ、何があっても離さないから安心しろって」 その不安も決意も全て受け止めて、震えが止まったフレイモンの手を熱夢は改めて握り返す。 この先何があっても離さず、最後はこうして二人で帰ると約束しながら。