「ゲンキ!荷物届いてるよ!」 小高い山に構えられた温泉宿で働くデジモン・フィルモンが荷物の詰まった箱を抱えてパートナーのもとへ駆け寄る。 「お?来たか?」 宿の主人の富士見ゲンキが箱を開けると中から出てきたのはいくつものブラシであった。 「なになに〜?わざわざブラシなんて取り寄せたのぉ?」 「おい!だからサボろうとするなって!」 雑用をこなしていたパタモンとツカイモンのコンビがやいやい言い合いながら纏わり付いてくるが、もう慣れているゲンキは無視してブラシの一つを相棒の頭に載せる。 「フィルモンに進化して毛が丈夫になったからな、上手く洗えるようにと色んなデジモンにも合うようにって沢山取り寄せてみたんだ。  そうだな…そろそろ良い時間だし、ちょっと試そう。せっかくだ、お前たちもついて来い。」 箱を抱えるとマスコットたちを引き連れて従業員用の通路を抜けて露天風呂の浴場に出る。夜間に使えるよう照明もバッチリだ。 眼下には山の斜面から平原が広がる、点々と輝く灯りが麓に住むデジモン達の生活を物語っている。 頭上の月は地上から見上げるよりも大きい、手を伸ばせば掴めそうな錯覚すら覚える。 「どれにしようか…これは固いか?…こっちにしよう。」 「ゆっくりで良いからね?あっ…あ”ぁ”〜…さっきのやつの方がいいかも…?」 ブラシをとっかえひっかえ、二人で相談しながら丁寧に洗っていく。 「ねぇ…あの二人何してんの…?あれ?」 「何って…風呂に入ってんじゃん、見りゃ分かるでしょ…」 ツカイモンは隣にいるパタモンに声を掛けた―つもりだったが、当のパタモンは風呂桶に貯めた湯に浸かってのんびりしていた。 何やら喚きながら真似ようとするが上手くいかない、どうやらコツがあるらしい。 「そういえばさぁ…この前来たキャプテンフックモンの話したっけ?」 「ん?あぁ、あの豪快な船長さんか、あの人から何か聞いたのか?」 フィルモン背に生えた立派な棘に注意しながら髪を洗いつつ続けさせる。 「うん、船で世界中を旅してるから色々見たって言っててね、氷だけで出来た山とか、空にかかる光のカーテンとか…ゲンキは知ってる?」 「うんうん…それは多分氷山とオーロラだな、でも凄く遠くの寒い所でしか見られないはずだからすぐには見に行けないなぁ」 「やっぱり、ゲンキは詳しいね。あ、そうだ…海がグルグルするのは?」 無邪気に尋ねてくる相棒にそれは渦潮だと答えてやりながら一本一本丁寧に爪を磨いてやる。 「そう、それ!渦潮!ここに着く少し前に急に出来た渦潮にびっくりして進路変えたら偶然ここの近くの海岸に着いたんだってさ。」 「へぇ…海岸って言っても歩きだと結構遠くないか?あれ…」 「うーん、人間にはちょっと辛いかも?でも、看板いっぱい立てておいたから迷わなかったって言ってたよ。」 「そっか、今度看板のチェックしながら行ってみるか、もしかしたら渦潮が見られるかもしれないしな…  よし、終わり!しっかりと湯舟に浸かって温まるんだぞ…ぬおっ!?」 「ふへへ、久しぶりのお出掛けだね♪楽しみにしてる。」 感極まって抱き着いてきた泡だらけの相棒をなだめるとシャワーで洗い流してやるとマスコット組に向けて手招きする。 「僕は固いのは嫌だからね?」 「分かってるよ…多分これだな。」 いくつかブラシを撫でて手触りを確かめると石鹸を泡立てて洗い始める。すると… 「あ”ぁ”〜…そこ、そこもう少し強く!」 「ぶふっ!?あんた何それ!?そんな声どこから出てんのさ!?」 外見に似合わない野太い声が漏れ出てくるギャップに堪らずツカイモンが笑い出す。 その笑い声もお互い様だとは思うが…今は黙っておこう。 「うっさいなぁ…ゲンキはマッサージ上手いんだぞ?お前もしてもらえって…おぉぅ…  それにお前あんまり風呂に入らないだろ?」 隙を見て寝転がって腹を洗えと要求してくる。慣れたものである。 そういえばツカイモンが風呂に入ってるのはあまり見た記憶が無い、風呂が苦手なのだろうか? 「ボクは自分でちゃんと毛づくろいしてるからね、変な臭いもしないし。」 「ゲンキは慣れてるしここ山の中だから気付きにくいけどお前…葉っぱの」 「フローラルって事だね♪」 「時間の経った…」 「芳醇な?」 「腐葉土…?」 「ふよっ…ふよっ!?」 それはちょっと言い過ぎだぞと釘を刺して泡を洗い流してやり、想定外の答えに思考が停止してしまったツカイモンを捕まえて所定の場所にセットする。 「へあぁ…はわっ!?勝手に触らないでよ!ボクは自分で出来…ふにゃあ…」 湯を掛けると気の抜ける声に続いて我に返る声。中々面白い。 泡立てたブラシを毛並みに沿わせて前後させ汚れを掻き出しながら軽くマッサージしてやる。 パタモンは引き締まった筋肉の感触がしたが、ツカイモンの感触はどちらかというと柔らかい サボり気味だと聞いていたが、外見が似ていてもこういう所で違いが出てくるのだろう。 大人しくしているうちにひっくり返して全身を洗ってしまおう。 (あぁ、温かくて、気持ちよくて、抵抗できない…  ボクが人間相手になすがままだなんて…フィルモンやパタモンはいつもこんな事を?  何てずるい奴らなんだ…今度イタズラを…まぁいいか…  全身の血の巡りが良くなって…これは…な〜んもわから〜ん!) 「じゃあ、俺は風呂入るからお前たちは先に戻ってなさい。」 「はーい」 次にツカイモンが気付いたのはそんな会話をしているフィルモンの腕の中であった。 訳が分からないとキョロキョロしているツカイモンを無視して二匹は最初と違う出入口に向かう。 そこは壁に無数の穴が空いていてある種不気味ですらある。 「エアシャワーっていうんだって、僕はタオルを使えないからゲンキが用意してくれたんだ。」 戸惑っている様子を察してフィルモンが説明する。すると温風が四方から吹き出て水気を吹き飛ばしていく。 「はふぅ…気持ちいい…」 「これはこれで…って、うるさいなぁツカイモン…ツカイモン?」 「に”ゃ”あ”ぁ”〜〜!!これすごい!」 丈夫な棘に覆われたフィルモンに合わせた風量は刺激が強かったらしい。 「当たっちゃ駄目な所に当たってる!!!お”ぁ”ぁ”〜〜!!」 (マジかよコイツ…) (マジかよコイツ…) この日以降、ツカイモンは以前より少しだけ風呂が好きになった。