二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1713517535230.jpg-(28440 B)
28440 B24/04/19(金)18:05:35No.1180001566そうだねx5 19:28頃消えます
 携帯端末の目覚ましアラームをわしづかみにして止めると、キャロルライナ015はベッドの上でのそりと身を丸めた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛〜〜〜〜…………」
 シーツに顔を埋めたまま両手を前に伸ばし、猫の背伸びのようなポーズになってしばし固まったあと、
「……よし!」がばと体を起こす。
 顔を洗って歯を磨き、メイクと髪を簡単にすませて、朝食は干し鱈のキッシュに辛口パッタイ、コーンスープ。めちゃくちゃな取り合わせなのはいつものように、昨晩のフードコートの売れ残りをもらってきたからだ。本来は当直時の仮眠スペースであるこの部屋に泊まり込むのも、もう慣れた。オルカの部屋より広くて静かなのがいい。
 チアコスチュームの上にスタッフパーカーを一枚はおって、うすぐらいバックヤードを進み、人工岩と木立で巧妙に隠された扉を抜けると、まぶしい光と湿った熱気が体をつつみこんできた。
 アクアランドの朝である。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/04/19(金)18:05:50No.1180001641そうだねx2
 緑と水のにおいのする空気を、キャロルライナは胸いっぱいに吸い込む。
 二十四時間回っている空調ファンと、かすかな木の葉ずれの音。天蓋パネルはすでに夜間モードから朝モードへ変わり、白っぽい照明で広大なドーム内を満たしている。あと二時間もして開園する頃にはより明るい昼間モードになるので、通常の来園者がこの空を見ることはない。朝の光に照らされた誰もいないアクアランドを独占できるのは、運営スタッフだけの特権だ。
「フン、フン……ヨシ、ここもヨシ……」
 携帯端末を片手に、足早に小径を歩く。ただ散歩しているわけではない。清掃ドローンがきちんと作業を終えて帰還しているか、園内の待機スポットを確認しつつ、目の届きにくい所のゴミや汚れもチェックしている。同時に、園内設備の状況にも目をくばる。エアコンよし。パネルよし。水循環ポンプよし。突貫で配管をいじったにしては、ちゃんと動いてくれている。
224/04/19(金)18:06:08No.1180001710そうだねx1
 夏は過ぎ、欧州侵攻作戦が始まった。戦時体制に移行して運営をいくらか縮小はしたが、アクアランドは今もしっかり営業中だ。ここは前線から帰ってきた兵士たちが心と体を癒やす場所であり、同時にオルカの理念を体現する場所でもある。アミューズメント産業にかかわるキャロルたちアミューズ・アテンダントがその管理を任されたのは当然であり、また名誉なことだ。これまで今一つ、一体感や連帯感といったものに乏しかった自分たちが、これをきっかけに本当のチームになれたらいいなと、キャロルはひそかに願っている。
 ナノマシンでできた熱帯樹の木立を抜けると、明るい青色にきらめく水面が目を射る。三面ある大型プールのうち一番大きな「波の出るメインプール」は文字通りアクアランドの中心で、他のすべてのプールの水はこことつながって循環している。人工砂浜にかがみ込んで水に手をひたし、目と鼻と皮膚で水の状態を確かめる。水温、臭い、透明度、夾雑物……すべて問題なし。
「遊具もよし、と……」
 ラックにきっちりと積み上げられた浮き輪、ビーチボール、ビニールプール等々を確認してから、その向こうへ目を転じる。
324/04/19(金)18:06:27No.1180001800そうだねx1
 昨日まで第二プールのあったその一画は、白い仮囲いで覆われていた。キャロルはひとつ気合いを入れて、とっておきの歓迎用笑顔を作ると、仮囲いの布をそっとめくって中に入った。
「おっはよーございマース!」
 ウッドデッキ風の広々とした半円形のフロアに、いくつものマットレスと簡易ベッドが並べられ、大規模な野外宿泊所といった雰囲気にしつらえられている。そこに大勢のバイオロイドが、歩き回ったり、所在なげに座り込んだりしていたのが、いっせいにキャロルの方を向く。一人のフロストサーペント型が足早に進み出てきて、頭を下げた。
「おはようございます」
 あの有名なブラインドプリンセス率いるレジスタンスが、イギリスで鉄虫と戦いながら生き延びているという情報が入ってきたのだ二週間ほど前のこと。それから紆余曲折あって、司令官自身がオルカでイギリスへ乗り込み、無事かれらと合流して連れ帰ってきたのが昨晩遅くのことだ。
424/04/19(金)18:06:50No.1180001921そうだねx1
 なにしろ急のことで宿舎の建て増しが間に合わず、百人近いレジスタンスたちは一時的にアクアランドで受け入れることになった。そのために第二プールの水を抜いてフタをし、即席の広場を作らねばならず、キャロルたちは昨日一日その工事にかかりきりでほぼ寝ていない。しかしもちろん、そんな疲労を顔に出すようではキャスト失格である。
「野宿みたいになっちゃって、ゴメンナサイ。来週には宿舎ができるらしいカラ、チョットだけ我慢してネ。ちゃんと眠れた? 床が湿気たりしてナイ?」
「とんでもない、とても快適に眠れました。こんなに広々としたところで、不安もなく眠れたのはいつ以来か」
 フロストサーペントは礼儀正しく、再度頭を下げる。彼女がこのレジスタンスのサブリーダー的な存在であるらしい。リーダーのブラインドプリンセスは司令官と一緒に箱舟の方へ行ったから、昨晩はそのままあちらへ泊まったのだろう。
「ここは、しかし……本当に遊園地なのですね。今の世界にこんな場所があるとは……」
524/04/19(金)18:07:03No.1180001991そうだねx1
「スゴいでしょう!」キャロルライナは笑う。「もう少ししたら、お客さんが入ってきまマス。少しうるさくなるけど、勘弁してネ。あ、もちろん皆さんもぜひ楽しんでってくださいナ!」
「はあ……」
 フロストサーペントの表情には喜びというより戸惑いが感じられる。無理もない。昨日まで命懸けで鉄虫と戦っていて、今日は何も心配せず遊んでいいと言われても、そう簡単に切り替えられるものではないだろう。新しい共同体をオルカへ迎え入れた時にはよくある反応だ。
「アナタもネ!」
 サーペントのななめ後ろあたりに控えているキャロルライナへ、キャロル015はとびきりの笑顔を送った。そう、このレジスタンスにもキャロルライナモデルがいるのだ。ぜひともお近づきになりたい。キャロルの目がギラリと光る。
「あ……はい、どうも……」
 怯えたように身を縮められてしまった。
624/04/19(金)18:07:16No.1180002048そうだねx1
 キャロル自身は自分をわりと明るい方だと思っているが、内向的な性格のキャロルライナというのもわりといる。旧時代、個人所有の機体に多かったものだ。彼女もそうなのかもしれない。無理押しはしないことにして、キャロルはさっと話題を切り替えた。
「朝ご飯ですけど、フードコートがあるノ。向こうのあのお城、見えますか?」スパエリアの中心であるアクアキャッスルを指さしつつ、地図入りの携帯端末をサーペントに渡す。
「開園前の今のうちに行くのがオススメです。それじゃ、何かあったらいつでも連絡くださいネ!」
 元気よく一礼して、手を振りながらキャロルは宿泊所を後にした。開園まであと一時間と少し。やることはまだまだあるのだ。
724/04/19(金)18:07:55No.1180002242そうだねx1
「美味しい……!」
 赤いスープにひたったジャガイモ麺をひと口すすって、キャロルライナ22bが笑顔で頬をおさえた。
 ニシンの煮付けも美味しい。身がほろほろと柔らかく、ショウガの利いた煮汁がよくしみている。フロストサーペント407bは何度目かの深い驚きとともに、広々としたフードコートの外周にならぶいくつもの配膳カウンターを見回した。
 個々のカウンターには看板が掲げられ、それぞれ違う料理を提供している。看板の文句をそのまま受け取るなら、いろいろな企業、いろいろなブランドに属するバイオロイドが店を出して、自分たちで料理を作っているらしい。食堂でなくフードコートと呼ぶのはそのためだろう。
 腹を満たすだけでなく、舌を満足させるような食事をしたのは何年ぶりのことだろうか。
824/04/19(金)18:08:08No.1180002296そうだねx1
 朝目覚めてから、今までに見た風景を思い出す。昨晩着いたときは疲労と安堵でほとんど何も見ていなかったが、あらためてよく観察すれば、ここは確かにテーマパークだ。それも、相当に大規模な。自分たちが英国で、明日生き延びられるかどうかという日々を送っていた間に、北極圏にこんなものを建設できる勢力が育っていたのだ。407bはどこか脱力感に似た感覚をおぼえた。
「すごいなあ、本当……夢みたい」
 キャロルライナは幸せそうに麺をたぐっている。
「ねえ。ここを案内してくれたキャロルライナがいたじゃない」
 キャロルが箸をとめて目を上げた。「あの人のこと、どんな風に感じた? 同型機として」
「ううん……明るくていい人だと思うよ?」キャロルは首をかしげる。「ときどき、私のことをすっごく見てくるのが、ちょっと怖かった……けど」
「それ、なんでだか思い当たる?」
「ええ……わかんない」キャロルは不安そうな顔になる。「なんで? 何かダメなこと、あった?」
924/04/19(金)18:08:22No.1180002375そうだねx1
 フロストサーペントはだまって頭を振った。キャロルライナ22bは真面目で頭も決して悪くないが、どうにも頼りないというか、ふにゃふにゃと主体性のないところがある。かつてのオーナーが、そういう性格を好んだからだ。S級モデルの彼女をさしおいて、フロストサーペントが副隊長を務めているのもそのためだ。適材適所ということでお互い気にしてはいないが。
「何もないよ。ただ、なんだかちょっと、できすぎてるみたいで怖いなって」
「…………」キャロルが箸を置いて、ぶるっと身震いをした。「怖い話、思い出しちゃった。ほら、あれ……『ダッチガールと優しい里親』」
「!!」サーペントの顔がさっと強ばった。
 それはPECSのバイオロイドの間で古くから伝わる、一種の怪談だった。廃棄処分になるはずだった一人のダッチガールが、人間の里親に引き取られる。怯えて縮こまっていた哀れなダッチガールは、里親の暖かいもてなしに触れてついに素直な心を取り戻すが、それを待っていたようにかれらは笑いながら彼女をテーマパークのC地区に連れていき、そして……。
1024/04/19(金)18:08:41No.1180002471そうだねx1
 いつどこで起きたとも知れない、真偽も定かでない噂話にすぎないが、“そんなことは現実にありっこない”などとは、バイオロイドなら思えるものではない。
「……か、考えすぎだよね?」キャロルライナの声は震えていた。
 そうならいいと、フロストサーペントも思っている。このオルカを率いる人間の司令官に、自分たちは返そうとしても返しきれないほどの恩を受けた。邪推などすべきではない。何より彼が人間である以上、命令されればどんなことでも、自分たちは逆らえない。この先にどんな運命が待っていたとしても、そこから逃れる手段はきわめて少ない。
「リーダーが帰ってきたら、今後のことをちゃんと相談しよう。……あと、この上に病院があるそうだから、お見舞いにも行かなくちゃね」
1124/04/19(金)18:08:52No.1180002532そうだねx1
 ブラインドプリンセスは司令官に同行して自分たちと別れ、「記憶の箱舟」に入ったまま今日になっても戻ってこない。オルカの傘下に入るとなれば色々と手続きも多いだろうから、時間がかかっても不思議ではない。ないのだが。
 油断なく周囲に目を配りながら、フロストサーペント407bは味噌汁をすすった。“バトルメイドの健康朝食セット”は、腹が立つくらいうまかった。
1224/04/19(金)18:10:43No.1180003057そうだねx5
過去一長くなったのでつづき
fu3373769.txt

まとめ
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霧の国イベ後のアクアランドのこととアミューズアテンダントのこととレジスタンスのことと色々詰め込んだらめちゃ長くなった
運営が今いろいろ大変らしいが頑張ってほしい
1324/04/19(金)18:12:50No.1180003693+
怪談…
1424/04/19(金)18:13:06No.1180003776そうだねx1
ナディアちゃんはなあ・・・
1524/04/19(金)18:16:41No.1180004787+
煮付け食べたい
1624/04/19(金)18:23:56No.1180007055+
ありがたい…
1724/04/19(金)18:44:29No.1180014001+
キャロル初期型…存在していたのか
いい文章を書きなさる
1824/04/19(金)18:49:12No.1180015838+
いつもありがたい…
1924/04/19(金)18:57:29No.1180018986+
C地区はさあ…
2024/04/19(金)19:09:27No.1180023951そうだねx1
やったー新作だ
こうしてみると私ちゃんとブラインドプリンセスは初日からやりたい放題だったな…
2124/04/19(金)19:22:42No.1180029649+
落ちる前にスレ見つけられてよかった


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