わたしはだれ? だれでしょう?  ここはどこ?  どこでしょう?  あなたはだれ? ぼく/わたしは■■  きみのことおしえてほしい?  ぼく/わたしのおねがい、きいてくれる?    みんなをこわして。せかいをこわして。  ぜんぶ、ぜんぶ、なくなったら。  がらんどうのせかいで、あなたのことをおしえてあげる。  浅い眠りから少女は目を覚ます。と、白い天井が見えた。  装飾は一切ない。のっぺりと広がる白色は買ったばかりで何も描かれていない画用紙のよう。好き放題に塗りつぶせそうで、  そう思うと心が弾んだ。だからか少女はこの部屋の寝起きの光景が、少しばかり好きだった 「あら、おはようドゥちゃん。よく眠れた?」   「んー……ぼちぼち。ふぁ……」  ドゥ、と呼ばれた少女は目を擦りながら寝ていたソファに座り直した。  黒い革張りのソファは家具の少ない室内の景色を嘆いて、赤目みえりが持ち込んだものだ。今はもっぱら少女のベッドになっている。 「ヒジリ、おしごと?」 「んー……半分正解で半分違うって感じかな? ちょっと調べ物をしてるの」 「ふーん」  少女の視線の先には黒い女が簡素な椅子に座っていた。  彼女、鮎川聖は宙に浮かぶ半透明のコンソールを操作しながら、いつもと変わらぬ微笑をたたえている。 「ねぇ、ヒジリ。聞いてもいい?」 「ええ、いいわよ。ドゥちゃんは何が知りたいの?」 「ヒジリはどうして、セカイをこわしたいの?」  セカイをこわす。  少女の言葉は比喩ではなく、そのままの意味だ。  この世界を、隣接するデジタルワールド、あまねくすべての世界を破壊する。  それが彼女達の目的だ。  けれど少女は知らなかった。  鮎川聖はどうして、世界を壊したがっているのか。どうしてここにいるのか?   彼女の理由が知りたくなった。  そんな少女の問いに聖は少しだけ悩んで、やはり微笑を崩さぬまま答えた。 「そうねぇ……。やっぱり、理由は色々あるかもしれないけど。私はねドゥちゃん。 ──絶望を見るのが好きなの。だから、世界を壊したいんだと思う」 「昔は、自分だけでいいと思っていたわ。嫌疑も憎悪も、悪意は私に向けられるのが気持ちよかった」 「けれど段々、それだけじゃ物足りなくなってきた。もっと色んな絶望が見たい。もっと多くの嘆きを聞きたい。もっと沢山、悪意を感じたい。私はもっと、強い絶望が欲しくなった」 「私は欲張りなの。底が抜けた箱みたいに、どんなに詰め込んでも埋まらない。もっともっと、欲しくなっちゃう」 「だから私に入り切らないほど、大きくて、深い絶望が欲しくなった。それはたぶん、世界が壊れる瞬間の地獄絵図しかないと思うわ」 「当たり前に続くと思っていた明日が、消えてなくなると知ったら、人々はどんな顔をするのだろう?」 「どんなに頑張っても愛する人がいなくなってしまう未来を、自分の命が潰える未来を。どんな言葉で呪うのだろう?」 「その絶望にまみれた黄昏を見下ろしたとき、私は何を思うのだろう?」 「──たぶんきっと、その瞬間になって初めて、私はこの世界を本当に愛することができると。そう思うわ」  語り終えた聖は変わらず笑顔であった。  しかしその目には恍惚の熱が籠もっていた。  いつもの空っぽな底なしの穴の様な黒ではなく。激しい感情が入り混じった赤黒い瞳。  少女はその目を見て、聖が本心で語ったのだと、そう理解した。 「ふーん。なんか凄いね。……私はそんなモチベーションないや」 「あら。ならどうして、ドゥちゃんはセカイをこわしたいの?」  今度は聖が少女に問う。  少女は欠伸をしながら答えた。 「よくわかんない。なんとなく、やらなくちゃいけない。──そう言われた気がするから」  それは少女の偽らざる本心だった。  彼女は自分の過去を知らない。どんな人間で、何が好きで、誰と共に暮らしていたのか。深い眠りから目を覚ました時、すべては忘却の彼方にあった。  故にからっぽな少女は、時折見る夢の声を信じて行動している。  彼女が世界を滅ぼす理由は、自分が何ものなのか知りたいから。そんなシンプルなものだった。 「なるほど、ね。……ふふ、いいんじゃない? 理由はどんなものであったとしても」 「いいのかな。こんな、からっぱな理由でも」   「私だって色々理由をつけたけど、要は自分が見たいってだけよ? 理由はあるけどドゥちゃんみたいな事情は無い。そう考えるとほら、似たようなものでしょう? わたしたち」  コンソールの操作を止めた聖は、少女の隣に座る。  そして白い指で少女の金の髪を撫でた。 「ドゥちゃんは、ドゥちゃんのしたい事をすればいいの。それが同じ方を向いてる限り、私達は仲間よ」  聖が柔らかな声で囁く。  少女の瞼が再び重くなっていく。 「ごめん、ヒジリ。もう少しだけ、眠るね」 「ええ、おやすみなさい。──いい夢を」