「」にとって、デュエルモンスターズというカードゲームの存在は特別大きなものではなかった。 勿論、神浜市童実野区ーー大企業KCのお膝元ーーであるこの街に住む身分として、デッキ登録はしているし、ルールも熟知している。 だけどもデュエルをする機会が多いかと言うと否だ。別段やりたくないのではないが積極的にしたいとも思わなかったし、そもそもそんな相手がいない。時々目をかけている後輩に相手を頼まれる事もあるが、そこまで腕が高いわけでもない。だが決してデュエルそのものが嫌いなのでもないので、ちょくちょくカードを集めたりデッキを調整したりはする。 纏めると、「」にとってデュエルモンスターズは、アニメや漫画、他のゲーム等と同じく、数ある娯楽の内の一つ……という事になる。それ以上でもそれ以下でもなかった。 ーーその時が訪れるまでは。 「つまりなんだ?私にその、契約?をして魔法少女とやらになって……あそこに飛び込んで戦え、と?」 「そうだね。もう一度簡潔に説明するよ。僕はインキュベーター、キュウべえと呼ばれている。今、あの結界中心部で君の言う怪物……精霊と戦っている彼女は魔法少女という存在だ。彼女たちは決闘によって悪しき精霊を討ち、その力を宇宙へと還元する事で世界の安定を保っている」 ある日の放課後、個人的な所用ーー駿〇屋などの中古屋さんへレア物を求めて神浜東区の散策。また最近再開発が一気に進み、近々電脳都市として完成を迎えるとウワサにもなっているエリアの見物。それらを終え帰宅しようかとした矢先。 ーー気が付けば自分は、幼児の落書きがこびり付いたような、とびきり不快な空間に立っていた。 訳も分からず辺りを走っていると、空間の中心部……と思われるエリアで……誰かが、何か得体の知れない怪物と、戦っていた。 咄嗟に身を隠し、物陰からそちらを見ていると、これまた見た事のない白い生物が現れ、現在自分の置かれた状況を丁寧に説明してくれた。 「その言い方からすると、魔法少女ってのは沢山いるんだな?じゃあ態々私が今から契約しなくても誰か駆けつけてくれるんじゃないか?」 「普段なら僕たちも急なスカウトは控えてるんだけど、運が悪い事に今この周辺にすぐに駆けつけられる他の魔法少女や決闘者がいない。つまり今戦っている彼女が負けてしまうと精霊を食い止められる者がいなくなり被害が拡大する。だから魔法少女になれる素質を持つ君に頼むしかなくなってしまったんだ」 「なるほどなあ……」 「」は思考する。 契約する事それ自体は、いい。しなければ今戦っている魔法少女は疎か、自分もお陀仏だ。 だが……それで自分は、ちゃんと戦えるのだろうか? じゃあ普通に戦闘するのではなく『決闘(デュエル)』ならば?と言うと、これもダメだ。自分は決闘の腕前も高くはない。 それに『願いを一つだけ叶えられる』という部分も問題だ。折角の機会だ、時間を掛けて願いの内容を吟味したかったが、そうも言っていられない。 目の前の練り物のような生物が嘘を付いている可能性も無くはないが……救援が来ない以上、多分本当なのだろう。 何でも叶うらしい願いは一度きり、己が魔法少女に変身した際の実力は未知数、時間は残されていない……このシチュエーションで自分が選べる最善の選択肢はーーー 「よし、決めたぞインキュベーター……キュウべえとやら!私の願いはーーー」 (だ、だめだ……こんなの勝てっこない……殺される……!) 宮尾時雨は、追い詰められていた。 母を悪徳詐欺から救うために契約し、魔法少女になった。そしてこれが初めての実戦。 その結果が、この惨状。 どうやら自分に魔法少女としての才能は無いらしく、何をどう足掻いても目の前の邪悪な精霊を討伐する事は疎か、このままでは逃走も許されそうにない。 (嫌だ……いい事なんてろくになかった人生だけど……まだこんな所で死にたくないよ……) 死ぬ。 殺される。 不安と恐怖が、時雨の心を塗り潰していく。 ソウルジェムが濁り始め、然して震えて身動きも取れない。 ーーその時。 「!?」 《……!》 時雨の目の前の地面に、何かが轟音と共に突き刺さる。 どこからともなく、時雨の前に一振りの剣が落下してきたのだ。 「な……何これ……」 『ーー上手くいったみたいだな……コホンッあ、あー……魔法少女よ……未だ悪に立ち向かう勇気があるならば、我を抜くがいい!』 「!?」 すると、剣が喋り出したではないか。 曰く、剣は自らを「邪剣」であると名乗り、状況を打開したいなら早く自分を使えと言う。 『お前、名前は?』 「み、宮尾……宮尾時雨」 『時雨だな!私のこの……バーだかカーだか分からんが、とにかくお前に預ける!やっちまえ!』 剣を引き抜き、扱い方など知らないままに両手で柄をしっかりと握り、構える。その瞬間。 ーードクンッ 「ーーッ!こ、これって……」 『上手く行ってるみたいだな……いいかよく聞け時雨!今我の……魔力?とやらをお前に流してる!これで大体の物は斬れる筈だ!我は短いから近づく必要はあるが……なに斬っちまえば片がつく!』 「えっアイツに突撃しろってこと!?」 「……頑張れ!」 時雨はもう何が何だか分からなかった。 だが目の前に迫る敵からは逃げられず、そして急激に高まっている事が感じられる自分の力。もう、ヤケクソになるしかなかった。 「……う……うおーーッ!!」 自分では大した事ないと思っていたが、その実スピードに於いては光るものがあった時雨は、剣から促された魔力も活かして高速で精霊に接近。 精霊にギリギリまで迫った所で、思いっきり跳躍。 剣を大上段に構え、魔力を込めーー渾身の力と共に、振り降ろした。 《………!!》 一刀両断。 綺麗にとは言い難いが……精霊を、左右真っ二つにすることに成功した。 「や、やった……!ぼく……精霊を倒した……!」 これで、終わった。時雨が安堵感で尻もちをついた、その時。 『ーーいや、まだだ!引け時雨!急げッ!!』 ドクン、と。真っ二つになったはずの精霊の身体が脈動していた。 そして、二つの半身は分たれた己の半身と、魔力を通して繋がり始めたではないか。 『切断面が……くっついて再生してる!?真っ二つにした筈だろ!?』 「良い攻撃だったね。だけどそれだけじゃダメだ」 すると何者かが時雨の肩に着地し話し始めた。それは物陰から戦闘を観察していたキュウべえだった。 魔法少女及び決闘者のサポートを生業とするキュウべえと言えども、戦闘に参加することはできない。だが手詰まりの状況を鑑みて、助言を授けるべく現場に踏み込む判断をしたようだ。 『あれでも足りない!?じゃあこれ以上何が要るってんだ!?』 「……ディアハだ」 体勢を整え、何とか立ち上がった時雨が呟いた。それを肯定するように、キュウべえが話を続ける。 「さっきも説明したけど、君たちが相手にしているのはカードを通して具現化した悪しき精霊だ。魔力を伴った通常の攻撃でもダメージは与えられるけど、最終的にはディアハの……同じデュエルモンスターズの力を介してトドメを刺す必要がある」 確かに先程そのような話を聞いていた「」だったが、改めてその事実に衝撃を受ける。 ーーじゃあ、私の願いって……あんまり有用ではなかった……ってコト!? 『クソッ今嘆いてもしょうがない……他に何か手は……カード……武器……剣(つるぎ)……ッ!そうかこれなら……時雨!私をお前の決闘盤(デュエルディスク)に重ねろ!』 「は?何言って……」 『いいから早くしろ!間に合わなくなっても知らんぞーっ!!』 見ると精霊は既に7、8割方再生していた。 流石に真っ二つからの完全な再生にはそれなりに時間がかかっているが、それでももうすぐ完全に肉体の修復を終えてしまうだろう。 「あーもうわかったやる!やるから!」 一人でも、ましてこの変な武器を加えてもどうにもならず、他に策も思いつかない以上、変なのが提案した賭けに乗るしかない。時雨は右手に握っていた「」の刀身を、左手に装着している決闘盤に思いっきり叩きつけた。 『!!』 ーー瞬間、緑の閃光が結界を照らした。 あまりの眩しさと衝撃に、時雨が目を瞑り悪しき精霊が身を震わせる。 『ーーよし、上手くいったみたいだな……!』 「こ、これは……」 光と魔力が時雨の左腕に収束し、因果を超え物理法則を超え、新たな形を造り出す。 「なるほど。「」、君は自らの願いをそう解釈したんだね。とても興味深いよ」 ーー光が収まったそこに「」の変身した剣の姿は無い。しかし決闘盤が変化していた。 まるで「」(剣)のような禍々しさと鋭さを保ちつつ、されど本来の機能は阻害しないような。誰も見たことのない形状の決闘盤がそこにはあった。 「えぇ……ぼくの決闘盤……これ元に戻るの……?」 『感じる……私と時雨のデッキと魔力が共鳴して……一つになっていく!これなら行ける、行けるぞ!』 《………!!》 そしてタイミングを同じくして、精霊が肉体の再生を終え、大声で叫びを上げた。 それで気を取り直した時雨は、先程とはうってかわりデッキからドローをする為に決闘盤に手を掛ける。 「あぁっもう何が何だかわかんないけど……すごい力が湧いてきてるのはぼくにも分かる!」 『準備はいいな!?それじゃいくぞ!せーの……っ!』 ーーーディアハッ!! 2つのソウルジェムに、2つの心。 一つの肉体と、一つの武器に、一つのデッキ。 “主人公”が消えた後の、理が書き換えられた世界の中。3000年の宿命、次元を巡る戦争、電脳を駆ける復讐劇の、裏側で。 数奇な因果に導かれ、二人で一人の奇妙な魔法少女の『決闘』の物語が、誰にも知られず始まった。