夜半過ぎの森の中、星がよく見える夜のこと。ぱちぱちと快活な音を立てる焚き火が、少年と子竜を照らしていた。     自身の膝上で眠る子竜──ドラコモンの頭を撫でながら少年──東日蓮也は無造作に焚き火に枝を投げ込む。新たな枝を飲み込んだ火は、一際大きく弾けた。  その日は、次の街へと向かう途中で一晩を明かすことになっていた。他の子供たちとデジモンたちはテントの中で眠りこけており、見張り役は蓮也とドラコモンだけ。そのパートナーも睡魔に負け、今は寝息を立てていた。    焚き火の音を聴きながら相棒を撫でる。そんな時間が蓮也は嫌いではなかった。つるつるした鱗の感触は心地よく、なかば無意識に撫で続けている。ドラコモンも気持ちが良いのか、眠ったままゆらゆらと尻尾を揺らしていた。   彼らのグループは人の入れ替わりが激しい。他のグループと合流することもあればしばらくして別れ、また合流してはまた別れる。蓮也とて、最初にこのグループにいたわけではない。ドラコモンと2人旅の最中に拾ってもらったのだ。  見張りを自ら買って出たのはその恩──という訳ではない。今のグループの中では自身が最年長であり、年下たちを安全に送り届けなければならない立場にある、という責任感からくるものだ。  当初は自分だけで見張りをするつもりであった。しかし睡眠不足による注意力や日中の能力低下、なにより体調を心配する他の仲間たちに押される形で、役割は分担されることになった。 (いい子たちだな)  昔から他人の評価に甘い自覚はあった。しかしそれを差し引いても、彼らが善良な人間であると蓮也は感じていた。だからこそ、自分にできる事をしようと思ったのだ。  本来、蓮也は自分から見張り役を言い出せる性格ではない。以前までなら、他人が決めるまで静かにしていただろう。だがドラコモンと出会い、彼は自分から動くことの大切さを学んでいた。  膝上で寝息を立てている相棒に、彼は感謝をしていた。  ふと気配を感じると、蓮也は焚き火から視線を離し顔を上げた。誰かが歩いてくる様子に一瞬身構えるが、その顔を見て彼は警戒を緩めた。 「おはようございます…」 「うん、おはよう」  申し訳なさそうに挨拶をする少女──姫野サクラコに蓮也は穏やかに挨拶を返す。 「ごめんなさい、交代の時間過ぎてますよね」 「いいよ、気にしないで」  サクラコが言う通り、交代の時間はすでに過ぎていた。しかし蓮也は、それよりといった様子で言葉を重ねる。 「アルラウモンさんは?」  いつも自信満々なサクラコのパートナーを探すように、彼女の背後へと目を向ける。 「どうも寝癖がついちゃったみたいで……直してからくるそうです」 「寝癖……?」  脳内に紫の花を咲かせたアルラウモンの姿が思い浮かぶ。一体どこに寝癖のつく場所があるのかと一瞬考えるが、デジモンに常識が通用しない事を学んでいた蓮也はすぐに思考をやめた。 「じゃあアルラウモンさんが来るまで待とうか」  蓮也の提案にサクラコは慌てて首を横に振る。 「いえ、遅れて来たのに待ってもらうなんてそんな」 「1人では危ないと思うしそれに、ほら」  そう言って彼は、膝上で眠りこけている相棒を指した。 「もう少し寝かせてあげたいから」 「……じゃあ、よろしくお願いします」  申し訳なさに少しばかりの安心感を滲ませ、彼女は焚き火を挟んで蓮也の反対側に腰を下ろした。 「そうだ。姫野さんってカフェイン大丈夫?」 「え?あ、はい大丈夫です」  思い出したかのように声を上げた蓮也は、サクラコの返事を聞くと自分のバッグの中身を漁り始める。そして取り出したのは瓶に詰められた茶色い粉だ。 「なんですか?それ」 「インスタントココア。前の街でこっそり買ってた」  その返事にサクラコは目を丸くさせた。その間に蓮也は小型鍋を取り出すと、手際よくココアを作り始める。 「昔アニメで見た作り方でね。こっちに来てから練習したんだ」 「へぇー……」 「他の子たちには内緒ね」  なお、主に試飲していたのはドラコモンである。 「……やっぱり大人になると、落ち着くものなんですかね?」 「なにか悩みでも?」 「ほら、蓮也さんっていつもしっかりしてますよね」  喉まで出かかった自身の年齢を飲み込み、蓮也は視線で続きを促す。 「私ってその……自己主張が苦手というか、臆病じゃないですか。だから大人になると何か変わるのかなって」  本当に悩んでいる事を話さず(話せず)サクラコは誤魔化しながら悩みを告げる。 「うーん……」 「……」 「……実はね、俺も似たようなものなんだ」 「え?」 「自己主張が苦手で優柔不断、それに自分を出せる勇気がない」  ぽつぽつと自分語りを続ける蓮也に、サクラコは再び目を丸くした。彼女から見た東日蓮也という人間は、口数は少なかれど自分を持っている立派な大人であった。  他人の意見に耳を傾け、けれど自分の意見も主張する。誰にでも優しく接してくれるしっかりした大人。だから彼の口から出てきた人間像と、目の前の人物の姿が一致しなかった。 「もし姫野さんから見た俺が立派に見えていたなら、ドラコモンのおかげだと思う」 「ドラコモンの?」 「うん。俺がこんな風に変われたのは、ドラコモンが引っ張ってくれたお陰だ」  蓮也の視線は、自身の膝上ですやすやと眠る相棒に向いていた。 「姫野さんにもいつか、きっとわかる時が来るよ」  そう言って蓮也はサクラコの後ろを指す。彼女が振り向くと、パートナーが向かって来ているところだった。 「すまないヒメ!少々時間がかかってしまった!」 「結構待ってたと思うんだけど……」  じゃれあい始めた2人を見ながら蓮也は、そっと2人分のコップを準備するのであった。