デジタル庁デジモン対応特務室、通称デジ対。そこの扉を開けて一人の男が入ってきた。顔立ちは中性的というよりもむしろ女性的、そこそこ長身なのだが年中コートを羽織っていて肉付きはよくわからない。 「どうもお久しぶりです。」その高くてハスキーな声もかなり女性っぽい。 「おや名張君じゃないか、久しぶりだねえ。今日ウチに来る用事なんかあったっけ?」芦原警部補が声を掛けた。 「ああいえちょっと本業の用事のついでとですね…あと実家の方の遺産整理が終わったので東京に引っ越すことが決まりまして、そのご報告に。」 彼の名は名張蔵之助、5年前にデジ対の外部嘱託職員として契約したのだが直後の事件によってデジ対が縮小され、彼自身も同時期にデキ婚で多忙になり故郷の三重の山奥からリモートで業務参加するに留まり、東京のデジ対に顔を出すのは事務的な手続きが必要な時の年に数回にとどまっていた。 「……あのレナモンは今日は来ていないのですか?」芦原警部補のパートナーであるドウモンが尋ねる。 「来てないよ。彼女には実家で子守してもらってるよ。」そう聞くとドウモンは無言で踵を返したが、一瞬荒くなった鼻息から彼女がそのレナモンに対して何か思うところがあるのは明白だった。 「おいお前、人様のパートナーデジモンのことをなんでそんなに気にするんだ。」 「いやだから、彼女は僕のパートナーじゃなくて預かってるだけなんですけどね?」ドウモンを咎めるような芦原の言葉を蔵之助は否定する。事実、芦原は蔵之助が持つデジヴァイスの類の物を見た記憶がない。 「それより芦原さん、最近保護された子の中で将来有望そうな子とかいません?」またこれだ。これさえ無ければ、と芦原は内心舌打ちをする。 蔵之助の本業は配信業だと聞いている。最近増えてきたデジモン系配信者というデジモンに関する噂や目撃情報などを取り扱う連中の同類、だと思われるのだが、デジ対の中で彼の配信や動画を見たことがある者はいなかった。彼自身がチャンネル名を口に出さないのだ。問い詰めると、バ美肉系Vなんで教えられないんだと言った。芦原自身はそういうのには詳しくないのだが一応の知識はあったのでそれ以上無理に問いただすのはやめた。そして彼は配信者事務所、いわゆる箱を立ち上げることを目標としており、その候補を保護された「選ばれし子供たち」から見繕う腹積もりらしい。 「いいや、いないよ。他所をあたってくれ。」芦原の返答に蔵之助は残念そうに肩を竦めてみせた。 「じゃあ引っ越しの委細決まったらまた連絡します。僕このあと奥さんとデートなんで。」今度は芦原が肩を竦める番だった。何か言いたげにドウモンが芦原を見つめている。 「あっ!なっ!たぁー!!」ビルの谷間を歩いていると、空中からバイクが飛び降りてきた。妻の茜である。忍術を嗜んでなければ危うく事故るところだった。「早く会いたくて飛んできちゃった!!」実際にはバイクで高層ビルの壁走りからの八艘飛びで来ただけなのだが。 「久しぶり、茜。元気だった?」 「もう元気元気、元気有り余ってるから早くジョグレス進化したーい!」 「三人目こさえるんは堪忍やでアカネ」影の中から関西弁……否、伊賀弁の声がする。隠蔽プラグイン「オーバーレイ」の効果で茜の影の中に隠れているシュリモンである。 「……シュリモンも、久しぶり。変わりない?」 「ワイはいつだって絶好調やで、相棒」差し出される右手の手裏剣の横に、蔵之助は軽く裏拳を当てた。 「裏路地とはいえ人に見られるのはまずい。下宿まで移動して、そこでまずは用事を済ませよう。」茜の『影』の中から引っ張り出されたヘルメットを受け取りつつ蔵之介は提案した。本来レース用で一人乗りのバイクを蔵之助が改造してタンデムできるようにしつつエンジンやフレームにブルーデジゾイドを配合して強化した特別製バイクに二人は跨り、シュリモンは再び茜の影に潜んだ。 「……こっちのプラグインは回数制にしてある。人に配る時はこっちに」茜の下宿で向き合う二人、そして退化プラグイン「スマーフ」でシュリモンから退化したホークモンが傍らにいた。頭のバンドには羽飾りに加えてデジメンタルプラグインのカードを挟んでいる。 「メグルさんの情報は?」茜の問いに蔵之助は首を横に振る。かつて正体を隠しつつデータを提供して協力した相手だが、まだデジタルワールドにいるようだ。 「……かなりの人数がデジタルワールドに行ったきりになってるみたいね。」 「僕の研究してる『ショートカット』の改良ができればもう少し……」転送プラグイン「ショートカット」はあらかじめ設定した座標に人やデジモンを転送することができる。しかしリアルワールドとデジタルワールドを跨いでの移動は原則不可能であり現時点では双方向通信を維持した状態でなおかつ座標設定から24時間以内でないと転送できず、現状では戦闘時に緊急離脱するぐらいでしか使い道がない。 「気を落とさないであなた。仲間を増やして、何としてでも子どもたちとデジモンを守るんでしょ?」そう言って茜は蔵之助を抱き寄せる。 「茜……」 「とりあえず一人は今増やしましょう?ジョグレスして……」 「うおっっほん!!」ホークモンの咳払いが響く。「なんで今こないな状況になっとるんかイマイチ自覚が足りへんようやなオフタリサァン?」 気まずそうな表情で自分をを見つめる二人に肩を竦めるホークモン。その仕草は先程デジ対で蔵之助が見せたものとそっくりだ。 「……ま、ワイは外見張っとるから、避妊だけはちゃんとせえよ」そう言って下宿の外に出て屋根上に上がるホークモン。完全防音で音は全く聞こえないのに、妙に疲れた気分になってきた。