「し、しらねぇ……！　オレは、入ったばっかの、したっぱなんだ！　だからボスの顔なんて見たことねぇんだよ！」

　ギャングが、必死の形相で答えた。
　ここに連れ込まれる前、堂々と表通りで『客』を見定めていた人間とは思えない態度だ。
　現行法の穴を突いたデジタルワールドでの薬物栽培。その売買で勢力を拡大している組織の一員の言葉を、正義は静かに聞いている。
　
「だ、だからもうっ……！　許してくれ！　オ、オレはっ、本当に何も知らないんだって！」

　自由に動く手足があれば五体投地で希っていたであろう。
　死ぬ寸前まで痛めつけられ、頼りに綱も取り払われたギャングは涙ながらに希う。
　助けてくれと懇願する。

　正義はその姿を冷徹な視線で、ただ静かに見下ろしていた。

「──ああ、お前たちはいつもそうだ」

　硬く閉じられていた唇が開く。
　
「自分の番になったら、そうやって卑しく命乞いをする。助けてくれと浅ましく願う」

「……クズどもが。貴様らが私欲を肥やすために踏みにじってきた人達の言葉を聞いたことが一度でもあるのか？　心を痛め情をかけた事があるのか？」

　正義の視線は変わらずギャングに向けられている。しかしその目も、言葉も、どこか遠くの、別のものを見ているようだった。

「オ、オレはまだヤってねぇ！　あの女も手を出しちゃいねぇよ！　クスリの代金を回収できるよう、わ、割の良い仕事を紹介しただけ……！」

　ギャングが言い終わる前に、正義の拳が振り下ろされた。
　太い鼻の骨が折れ、鮮血が飛び散る。
　男の腫れた唇からうめき声が漏れた。正義は拳についた赤黒い体液を振り払いながら言う。

「もういい。そんな戯言など聞きたくはない。何も知らないというなら、このままここで。──殺すだけだ」

　正義の視線に殺意が込められる。硬く拳を握った右腕が引き絞られ、再び殴打を打ち出そうとした。その瞬間。

　コンクリートの地面を踏みならす足音が、正義の耳に聞こえてきた。

「よーう、楽しそうじゃねぇか。アミーゴ」

　振り返った正義の目が僅かに開かれる。
　僅かに光の差し込む路地裏の入口を背に立っていたのは、見知った男であった。

「スターにリボルモン。……やはり、お前だったか」

「……はっ。懐かしいねその呼び方」

　立ち上がった正義と相対しているのは背の高い男だった。その肩に乗った小さなデジモンが、被っているハットの下から正義を睥睨している。

「今じゃトップなもんでね。ボスとか、ブラザーとか。そんな呼び名ばっかりよ。昔のあだ名で呼んでくれるアミーゴは、お前らくらいなもんだ」

　スター、と呼ばれた男が笑う。
　正義の滾る殺意とその被害者であるギャングの凄惨な有り様に目を向けながらも、臆することも無い。泰然と綽々と、葉巻の紫煙を燻らせている。

「だから嬉しかったんだぜ？　お前がオレに会うためにあちこち嗅ぎ回ってるって知った時はよ。再開の記念に一杯どうだ？　テキーラでもぶっ倒れるまで飲めば、その辛気臭ぇツラもマシになるだろうからよ」

「……旧友と飲み明かす為に探していたわけじゃない。俺の要件はただ一つだ。今すぐにドラッグをバラ撒くのを辞めろ」

「嫌だね」

　スターは吐き捨てるように答えた。

「なんでお前に指図されなきゃなんねぇんだ？　これはオレのビジネスだ。誰にも、お前らにも、止める権利は無い」

「……あの時の俺達くらいの子供にも中毒者が出始めている」

「それがなんだ？　バカなガキが勝手にキメて更にバカになっただけだ。さすがにオレ達も訪問販売まではやってない。そいつらは自分から買いに来た立派なお客様だ。商品を提供しなきゃそっちの方が不誠実だろ」

　詭弁を弄するスターに向けた正義の視線が熱く燃える。剥き出しの殺意が空気を焦がす。
　しかしてスターは笑みを絶やさず、怯むことなく言葉を続けた。

「なぁ、アミーゴ。もう少し賢く生きろよ。顔も名前も知らねぇバカなガキどもを、そんなになってまで救う必要なんかねぇだろ。お前がボロボロになる理由はなんだ？　……お前ならもっと、明るい場所を歩けただろう」

　スターの声には僅かにだが、憐憫が籠められていた。
　今の立場の違えど、交わる事のない道を歩んでいても。苦楽を共にした昔の仲間であることは変わらない。
　デジタルワールドでの冒険の日々は、残虐非道なギャングのボスの心の中でも、未だに燻っているようだった。

「……ああ、そうかも知れないな。こんな方法は間違っている。理解はしているさ。けれどな、……俺はまだ、あの時の事に囚われている。彼女はいない。どうやっても返ってこない。わかっている。けど、俺は、……こんなやり方でしか。前に進めない。生きることが、できないんだ」

　呻くような声で正義は言葉を返した。
　選ばれし子供達は世界を救った。
　けれど世界は彼らを救ってはくれなかった。
　多くの喪失と悲しみが勇者達に残された。
　正義は彼女の横顔を思い出す。
　誰よりも優しく、美しく、だからこそ奪われた命のことを。彼は忘れることができなかった。

「……復讐か。そうかい。そりゃ結構。だがなヒーロー。お前のそれはただの八つ当たりだ。お前のガールフレンドを殺したのは俺達じゃない。無関係の人間をイラつくからブチのめすってのは、オレらと変わらないくらい外道のやることだぜ？」

「知っているとも。俺は、正義の味方じゃない。すみれや京一郎のように、秩序や平和を守るために戦ってなどいない。俺はただのクズだ。お前らと変わらない、悪党だよ」

「だから、俺は、大義や正義の為でなく俺の意志で、俺の殺意で貴様らを殺す。例えそれがかつての仲間であったとしてもな」

「はっ。真面目だねぇ。その鬱陶しいところ全然変わってねぇよマサヨシ」

「……お前は変わったな。スター。昔のお前は斜に構えていたり、生意気な所はあったけれど。……ここまで悪辣な人間じゃなかったはずだ」

　正義の問いにスターは変わらず笑顔で答えた。
　
「………それは違うぜアミーゴ。オレは昔からこうだった。あの時は偶々、そこまでやらなくてよかっただけだ」

　スターは思い出す。
　世界を救う子供達。その一人に選ばれた時のことを。仲間達と旅をしたことを。
　あれはまさに夢のような日々だった。
　楽しくて、悲しい。──クソみたいな悪夢の日々だ。

「オレはな、マサヨシ。楽しくやりてぇんだ。お前らには感謝してる。ホントだぜ？　オレが一発当てられたのは、お前らが色々教えてくれたからだ。スペイン語すらろくに話せなかったガキが、こうして日本語でお前とやり取りするなんて、ストリートにいたままじゃどうやって無理だったろうからな」

「……なら何故。すみれ達が悲しむような事をする？」

「言ったろ？　楽しくやりてぇんだ。オレはもうあんな所に戻るのは嫌なんだ。ゴミ漁りはしたくねぇ。バカなゴロツキに半殺しにされて、助かってよかった。なんて思わなきゃならねぇ生活は嫌なんだよ。オレには金がいるんだ。どんな事をしたって稼ぐ必要がある。……お前ら裕福な世界に産まれた人間にはわからねぇだろうがな」
　
　優しく勇敢な仲間達。聡明で才気に溢れた少年少女達。
　スターはその中で一人だけ、みすぼらしい孤児だった。産まれた国も環境も違う、痩せっぽちの子供だった。
　仲間達はそんな彼を暖かく受け入れた。
　その優しさが、彼の心を痛めつけることになってしまうと。劣等感を煽ることになってしまうと。
　幼い彼らには想像ができなかった。

「オレもな、お前らみてぇになりたかったんだ。でもオレにはこんなやり方しかできねぇ。──こんな方法じゃねぇと、ダメだったんだ」

「……スター。お前」

「笑えよアミーゴ。くだらねぇ感傷はいらねぇ。オレはこのやり方を変えるつもりは無い。誰に、なんと言われようともだ」

　スターが火のついた葉巻を地面に投げ捨てた。
　正義は目を伏せ、相棒の名前を呼んだ。

「ジャスティモン、頼む」

　正義の声に答えるように、人型のデジモンが闇の中から姿を表した。
　首元に巻いた赤いマフラーが夜風に流れて揺れている。

『正義、いいのか？』

　ジャスティモンがテイマーである正義に尋ねる。その声色には不安が滲んでいた。
　視線を相対するギャングスターに向け直した正義は、そんな相棒の不安を払うように確固たる意志の籠められた声を返した。

「ああ、やってくれ。俺の覚悟も変わらない。誰であろうとデジモンやその世界を悪用する奴らは潰す。それが俺の『正義』だ」

『……わかった。私も君の為に戦おう』

　ジャスティモンが拳を構える。
　機械仕掛けの武装、右腕のブリッツアームがぎしりと軋んだ。

「準備は済んだみてぇだな。んじゃやるか、リボルモン。遠慮はいらねぇ。アイツのシワの寄った眉間をブチ抜いちまえ」

　スターは笑いながら肩の愛銃に声をかけた。
　リボルモンはハットの下の目を光らせ、胴体から生えた銃口を敵に向ける。

「名残惜しいがお別れだ、アミーゴ」

「ああ。先に地獄で待っていろ。俺もすぐに堕ちていくさ」

元選ばれし子供達のギャングスターと木野正義の怪文書です
長い割にデジモンが全然出てこなくてごめんなさぁぁぁい！！
解釈違いとかミスとかあったらごめんね「」ミ〜！

力作きたな…

いいの！いいのよ「」ルモン！
こういうの読みたかったの！

解釈一致です

絶対どっちか死ぬやつ！引き分けなんてどっちも認めないやつ！

かっこいいけどバッドエンドの匂いがするルートだ…

>絶対どっちか死ぬやつ！引き分けなんてどっちも認めないやつ！
そしてどっちが勝っても幸せになりそうもないやつだこれ

デジモン達も辛いだろうなこれ…

>リボルモンはハットの下の目を光らせ、
あのこれ涙…

ギャングスターはスレで出てた恵まれた生まれの子供達の中で一人だけ貧しい出自だった…ってのが割と刺さってな…
すみれさんや京一郎と絡ませてもいいとは思ったんだけど法の穴をついたやり方してるみたいだし悪党ぶっ殺すマンの木野さんのが書きやすいかなって思って書いた

選ばれし子供ってつまり先進国の子供じゃんって思わされたのは悲しき過去だからな

>選ばれし子供ってつまり先進国の子供じゃんって思わされたのは悲しき過去だからな
アニメ作品では複雑な家庭環境の子はいても貧困で悩んでるような子は確かいなかったしな…

これとケンゾーのなつやすみ同時放映は無茶だよ…

貧困はどんな敵より強い…

>貧困はどんな敵より強い…
悪のデジモンや人間は張り倒せばいいけど貧困はそれじゃ無理だからな…

町山も言ってた(言ってない)けど
「世界を救う」=「自分たちの現実を救う」ではないんだよな…
無限大な夢の後の何もない世の中を選ばれし子供達は生きなければならない
世界を救っても各々が抱える問題は何も解決していない

02で海外にも選ばれし子供たちいるよって話してたからこそパソコンが生活の中に介在してない層がちょっと頭から抜けてた

スターが死んだ場合
「恨んでくれていい……。俺は……間違ったことをした」
「ヘッ……誰が……アミーゴを恨むかよ……。昔っから…………今まで……一度もな……」
正義が死んだ場合
「だから、もうちっと賢く生きろっつったんだ。まるで、ガキの頃の俺みてえになっちまったじゃねえか」
「俺は……まだ……！」
「……あばよ、アミーゴ」

>スターが死んだ場合
>「恨んでくれていい……。俺は……間違ったことをした」
>「ヘッ……誰が……アミーゴを恨むかよ……。昔っから…………今まで……一度もな……」
>正義が死んだ場合
>「だから、もうちっと賢く生きろっつったんだ。まるで、ガキの頃の俺みてえになっちまったじゃねえか」
>「俺は……まだ……！」
>「……あばよ、アミーゴ」
おつらい…

>これとケンゾーのなつやすみ同時放映は無茶だよ…
温度差で風邪ひきそう

大人になるって悲しいな

今更だけどセイギ？マサヨシ？

>大人になるって悲しいな
ただスターの場合はそもそも子供の頃から悲しみを背負った人生だったのがな…

無関係の横から口出し「」だけど
唯一救済ルートが見えたので１レスだけ書いてみて良い？

>無関係の横から口出し「」だけど
>唯一救済ルートが見えたので１レスだけ書いてみて良い？
自分で立てなさいよ

>自分で立てなさいよ
だよねごめん
すっこんでる

>無関係の横から口出し「」だけど
>唯一救済ルートが見えたので１レスだけ書いてみて良い？
「」イマーたちは君のスレ立てを待ってるぞ！

ここで書き込んでもいいけど自分でスレたてた方が遠慮なくやれていいと思う

>ここで書き込んでもいいけど自分でスレたてた方が遠慮なくやれていいと思う
だよね
流石に世迷い言だった悪い