安酒を煽ったところで彼の悲しみは癒えない。
悪党を排除しても彼の怒りは薄まらない。
何度潰しても悪人は消えない。
どれだけ続けても彼女は戻ってこない。

沈み続ける思考が彼の目に炎を焼き付ける頃には、まばらだった客は一人も居なくなっていた。

遠慮がちにドアが開く音がした。
目を向けると、そこにはここで逢うわけがないと思っていた顔があった。

「木野さん……と、ジャスティモンじゃないか。久しぶりだね」
「メグル。お前がこっちに来ているとはな」

温和な笑みを浮かべる痩身の男、岸橋メグルはかつて共に戦った仲間だった。

「お前の所の技術で来たのか？　確か政府筋の……デジタル文化研究開発室とか言ったか」
「うちのはまだ理論の実証段階ですよ。というか、私に関しては事故ですね。向こうと連絡も取れません」

落ち着いた口調で話しながら岸橋は隣に腰掛けると、当時から見慣れたオリーブドラブのワークキャップを外す。

「お前なんだその頭は」
「もう数年前からですね。薄くなってきていたのでひと思いに」

確かに最後に会ったときにも兆候はあったが、まさか自分より3つ下の彼が完全に頭を丸めているとは。
心なしかジャスティモンもショックを受けているようだ。

「……無理を、しているようですね」

ジンのような酒をロックで少しずつ飲みながら、木野の目を見て岸橋が話しかける。
昔からこの男は他人の痛みにひどく敏感だ。
そのことが今は木野の心を苛立たせる。

「お前に何の関係がある」

突き放すように答えるが、岸橋は真っ直ぐに木野の目を見ている。

「私はこの二つの世界が、家族のようになることを望んで研究を続けていました」

「そのためなら、自分がどう思われようと、どう扱われようと平気だと、そう思っていました」

酒に酔った勢いの言葉でなく、ただ木野に向けて岸橋は言葉を続ける。

「結果としてほとんど身一つでこちらに来ることにはなってしまいましたが、却って気がつきました」

「デジヴァイスもない、パートナーもいない無力な人間として、それでも思ったんです」

「私のことを助けてくれる、新しい相棒にも出会いました。だから思ったんです」

「私は、私の目の前で苦しんでいる人を放っては置けない」

「俺がそんなに可愛そうか」
「木野さんだけじゃありません。誰だってです」

「俺がそんなに惨めか」
「木野さん……」

言葉の深い怒りとは裏腹に、木野は冷静に考えていた。
こいつは優しすぎる。
メグルの分析力があれば、俺たちの正義に新たな力が加わることは事実だ。
出来れば協力してほしいと思っていた。

だが、こいつの優しさは、俺たちが護らなければならないものだ。
こいつのような優しさを悪意に晒してはいけない。
そうでなければ、また、失ってしまう。
力と、怒りで、護らなければならない。
そうでなければ……

「話はもう、いいか」

これ以上は平行線だと示され、岸橋は悲しそうな笑みを浮かべた。

「分かりました……　でも、ちょっといいですか？」

バーの隅でほこりを被ったアップライトピアノを見つけ、岸橋はマスターのトゲモンに1曲の許可を貰った。

「外、雨でしたからね」

静かに独り言つと、穏やかな音が空間に満ちる。
ショパンの前奏曲第15番『雨だれ』
包み込むように、彼らの魂を癒やすように。

ゆっくりと、時間だけが流れていた。

岸橋メグルは悲しむ。
彼の心に安らぎを与えられない自分の無力さを。

岸橋メグルは願う。
どうか彼が、いつか平穏な時を過ごせますようにと。

岸橋メグルは祈る。
どうか彼らに、これ以上の悲しみが訪れないようにと。

木野正義は考える。
失ってしまった時間の中にあった旋律を。

木野正義は思い出す。
失った彼女の微笑みを。

木野正義は考えない。
無力な善意を護るために自分たちが失うものを。

大人組いいよね…
ということで書きました
正義さんとメグルさんは自分を顧みないところが通じ合うところありそうだなと

すごいしっとりしてる…

雰囲気渋くていいな…

読んだ
よかった…

大人組の怪文書ありがたい…

正義&メグルのハードボイルドな関係良い…
トリケラモンvsパロットモン怪文書といい今宵は力作が多いな…

黒渦×山ｄ…アイツの怪文書と見せかけてケツ丸出しのコスプレ女が空飛んでるってパワーワードぶつけられたり怪文書がどんどんでてくる

デジモンと今回のブーム全然わからないんだけど何となく開いて最後まで読んじゃったよ
いい文章だね！

>デジモンと今回のブーム全然わからないんだけど何となく開いて最後まで読んじゃったよ
>いい文章だね！
ありがたいことです
怪文書ここに投げるの初めてだから緊張したよ