「はぐむんが無事でよかった…本当によかった…」 時雨ちゃんが目の前でポロポロと涙を流している、既に壇上の2人は私達の思慮の外だ こんなに痛々しい傷をつけたのが私という事実に心が軋む、そして護れた事で心が弾む…なんてマッチポンプなんだろうと目眩のするような気分だ 「時雨ちゃん…ごめんね…ごめんね…!私が弱かったから…!」 「違うよはぐむん…強いとか、弱いとか…そんな事はどうでもいいよ…何処か遠くで勝手に誰かが登っていけばいいんだ…ぼくらには関係ないよ」 ふるふると、痛覚を遮断したのだろう片腕をそれでも抑えながら時雨ちゃんは私に脂汗を垂らしながらも笑いかけてくれる 本当に私でいいのか、隣にいるべきは別の人じゃないのか、そんな思いさえ込み上げる姿に私は目線を下げてしまう 直後地面に落ちる水滴こそ私の悔恨、浅ましさの証だ、いっちょ前に悲しんで…ああ全く嫌になってしまう 私は時雨ちゃんを護りたかっただけなのに、こんな騒ぎに巻き込まれず救済に辿り着けたらよかったのに、何処から狂ってしまったんだろう… 「はぐむん……お願いだから泣かないで、はぐむんが泣いてるとぼくも悲しいよ…」 「時雨、ちゃん…私、私は…!」 「ぼくら2人は弱かったから、おかしなものが溢れているから、きっとそういう時は頭を下げるのが一番いい…でもね」 時雨ちゃんが片手で私の手を掴む、汗が滲んで滑るけど、弱い私には払い除けられない、強い時雨ちゃんの手 「ああいう違う人達は前へ前へと2つの足で進んでいける、それが出来ないぼく達はきっと二人だけで頭を下げてても駄目なんだ…いっぱいいるんだ、そういうのは」 「時雨ちゃん…」 悲しいけれど、わかってしまう…ウワサを着ていたからなおさらだ 人はああはなれない、今となってはなりたくもない、勝手にしてほしい、もうたくさんだと目の前の痛々しい時雨ちゃんと私の打ち身に痛む身体が訴えている でもならば二人だけなら大丈夫かといえば否だろう、結局時流に流されて、頭を下げることすら叶わない しかも今だって新しく湧いてきた、只の魔法少女に戻った身では仮に何かされればおしまいだろう ならどうしたらいい?どうすればいい?強くなれない私達が、強い流れでも押し留まる為にはどうしたら? 「……ぼくもはぐむんがいなくなってからわかったんだ はぐむんがいる時間は幸せで、でもその時間を保ち続ける力はぼく達だけだと無い、ならどうしたらはぐむんとの、はぐむんだけといる時間が取り戻せるんだろうって……先に言っておくね、ごめん、はぐむん……もうそんな時間は無理だよ」 時雨ちゃんはそう言い切ると頭を下げ、それでも再びあげてくる ……少し見ない間に時雨ちゃんの目は強い光でキラキラしていて、それがとっても私には眩く見えた 月光よりも日光よりも、そんな大きな輝きよりも時雨ちゃんの星屑が瞬く瞳に私は引き込まれてしまう 「けどね、はぐむんを助ける時に手を差し伸べてくれた人がいたんだ ぼくが元羽根だからっていきなり問い詰められたり、そもそもぼくなんて眼中になかったり、一人でだってやっていけるような強さで佇んだり…そんなどうしようもなくひとりぼっちの中で差し出された手があったんだ ……正確にはみふゆさんもいたんだけど、その、あんまりお話出来なくて……」 「みふゆさん、無事でよかった…!」 私から見ればみふゆさんという玉を抑えられていないのは僥倖だ 衰えたりとはいえ神浜の古参魔法少女であり、羽根からの声望厚く、なにより巧い人だ 私はその事実に安堵し…しかし 「…みふゆさんとお話できてないの…?」 「うん、本当に少しだけしか…みふゆさんは真っ当な戦力だから…羽根の皆に声をかけるにも、現状を伝えるにも必要な人だから皆で打ち合わせてた…」 その説明を聞いて納得せざるを得ない 中核として動かさなければならないのはみふゆさんだと私も、恐らく時雨ちゃんも考えているのだろう マギウスとの仲違いにその内容、羽根への在り方…ぞんざいには扱えないのは間違いないのだ 行動不能になってしまえばむしろマギウス攻略は遠のく事になるだろう、何も思わぬ斬撃で退けるだけであるならばたくさん人材はいるが、それは出来れば避けてほしいというのが元羽根としての実情であり心情だった ……まさか急に軋み出したウワサによる唐突な叛逆劇に巻き込まれるとは思いもよらぬ二人である 「じゃあ、誰が……? ハッキリ言って他は誰がいるかわからないよ…?」 「……環、いろはだよ」 「!?時雨ちゃん!そ、それはマギウスの翼としては敵だよ!」 「そう、敵だったんだ…でもぼくを、黒羽根のぼくを迎え入れて、お話をして、周りから守ってくれんだ…」 信じられない、その一言に尽きた マギウスの翼のウワサを幾つも崩して、解放を遠ざけて…ウワサの複数稼働も言ってしまえば反抗勢力を抑えるためのもので、つまりはその勢力の中核のみかづき荘の中心人物の環いろはがそんなにいい人だなんて… 時雨ちゃんを気にかけてくれるいい人を手間取らせているという事実に凹んでしまう、私は何処までも邪魔しか出来ていないんだ… 「だからね、はぐむん…はぐむんも一緒に環さんを頼ろう」 そんな自責に沈む私を見たんだろう、より時雨ちゃんが手を握る 何処にそんな力があるんだろうという力に再び顔を上げると、脂汗にまみれながらも口元に笑みをたたえて必死で訴える時雨ちゃんがいて 「格好悪いかもしれないし、ぼくにも発言力なんかない… でも、今頼れる人に頼らないと…きっと手遅れになっちゃうんだ…ぼく達も、環さんも」 「……?どういう事…?」 「環さんはね───」 その口から語られる荒唐無稽な話、特に灯花様とねむ様の友達で、妹さんがいないなんて話を聞いて……納得は出来ないけど理解は出来た 「つまり、時雨ちゃんは何とか環さん主導で灯花様達には当たりたいんだね?」 「そういうこと、何とか叶えてあげたい……それに、それなら痛ましい事にはなってほしくないから…」 マギウスのアリナ・グレイの敗走 骨を骨折しそれを即座に治し普段通りに振る舞うアリナ様に羽根達はより信仰を集めていたが、逆に言えばアリナ様ですらそうなるし、それを灯花様やねむ様に向けないとは限らないのだ それに灯花様達は強い、手加減なんて出来るわけもなく何かしらあれば… なるほど私が嫌だった事が起きてしまうと時雨ちゃんの片腕を見て納得も追いついていた これは私がやった事だけど強い者同士がぶつかりあえば起こりかねない事態だ それは…何となく嫌だった、たとえ自分が一切知らない相手に起因するものであったとしてもだ 「それに環さんは今のぼく達の味方の中でも特に優しいから…はぐむんもきっと気にいるよ 環さんは優しいんだ…あったかくて、人の話を聞いてくれて…」 「…それは、ありがたいね?」 「……んんっ、ぼくを信じて…はぐむん」 「時雨、ちゃん……うん、わかった 時雨ちゃんを信じて、この後会ってみるね」 それはそれとして柔らかく笑う時雨ちゃんからは嬉しさが伝わるし、きっといい人なんだろうなと思うけれど その時雨ちゃんの弾む声で機嫌のいい表情が、知らない環いろはに向くのが少しだけ羨ましくて だからこそ自分で会って、絶対環いろはを見極めてやるんだ…と私は内心覚悟を決めるのでした