今日は3月14日…世間ではホワイトデーと呼ばれる日である。 元は1978年にどこかの組合がバレンタインデーのちょうど1ヶ月後にキャンディをお返しする日を作ったのが始まりらしいが…今は随分お返しの幅も増えた。 お返しごとに意味もある。奥ゆかしいんだか面倒くさいんだかわからんが、女性というのはこういうのが総じて好きな生き物だ。 クッキーなら「友達でいましょう」、チョコレートなら「あなたと同じ気持ちです」、キャラメルなら「あなたといると安心する」 バームクーヘンなら「この幸せが長く続きますように」、キャンディなら「あなたが好きです」、マシュマロなら「あなたがキライ」など、そんな感じだ。 キャンディに至っては味ごとに意味が違うらしい。何とも複雑になったものだ。 去年までは単にバレンタインに散々貰うチョコの返礼として、貰った全員にクッキーを配って回る日だったが…今年からはそれだけで済む日ではなくなった。 この1年で戦友と呼んでいいほど親しい異性の仲間が増えたことも大きいが、驚くべきは婚約者ができたことだ。 …その婚約者は、去年まで妹として接していた娘である。世の中というのはおかしなものだ。 それはそれとしてこの範囲には気合を入れた返礼をせねばなるまい。そうでなければ礼儀も何もあったものではないだろう。 …しかし、長い1年だった。この体になって6年以上戦い続けていたような感覚さえ覚えるほどの密度…そう表現するしかない。 あのバカどもが雪の中に溶けて消えたクリスマスで一区切りにはなったようだが、この先も何か起こるのだろうか? 私の直感は「備えろ」としか伝えてこないが、きっとまだまだ手放しで平和にとは行かぬだろう。まぁ、退屈しなくていいと考えればそれもまた良しか。 「…ねぇ、兄さん」 隣で横になっているあきらが手を握りながら尋ねてくる。 恋人になったばかりの頃はお互いの両親の目を盗んで、声を押し殺しながら交わることも多かった。多かったが。 婚約者と言えど節度というものは大事だ。今は義両親も家にいるし、何より平日である。今日のような日は一緒に寝るだけに留めている。 …前に、寝過ごしかけてお互いのヘアピンをあべこべに付けて学校へ行ってしまったことがあった。 静海先輩や夏希には気づかれなかったが、葉月と常盤さんにはすぐ気づかれた。何とも言えない生暖かい目で見られて死ぬほど恥ずかしかったものだ。 以後、そういう事は休み前か休みの日だけだ。お互い火が点くと10回も15回もしないと収まらないような性質なので、そうでもしないと困るのもあるが… 観念して杏子さんと恋人になった鹿目の奴も似たようなものらしい。あちらはあちらで杏子さんが腰を抜かしてしまうからなどと言っていた。…お互い何とも大変なようだ。 「どうした?ホワイトデーの話なら心配しなくていい、夕方になったら渡してやる」 「流石に何をくれるのかは教えてくれない?」 「お前でもそれはダメだ。その時のお楽しみという奴だと思ってくれ…期待して待っていればいい」 「なら、そうする。兄さんが貰って嬉しくないものをくれた時なんかないもん」 「だが恋人に渡すのは人生初だからな?ちょっとズレててもそこは勘弁しろ」 「んー…なら、その時は兄さんが体で払ってくれたら許してあげる 先払いでもいいよ?」 「……………………変なこと言ってないで寝ろ おやすみ」 「おやすみ、兄さん」 ======================================================================== 「…はい、ホワイトデーのお返し そっちにもどうぞ! 美味かったよ、あれ」 「クッキーだ!志伸君ありがとぉ~!あきらちゃんがいるのに私達にまでお返しくれるなんて、やっぱりモテるオトコは違うなぁ」 昼休み。 同級生の女の子にお返しを渡す。この娘たちはよく化粧品や服の話をする相手だ。 独り身だった頃は山ができるほどチョコを貰ったものだが、今年は半分から3分の1程度になった。あきらと婚約していることが広まっているおかげだろう。 それでもこの子達はチョコを寄越してくれたわけなので、それこそ世に言うミーハーではなく本当のファンなり友人と呼んでいいのだろう。 …それに、山のように貰ったチョコを全部食べるのはいくら中高生の胃袋でも堪える。堪えた。今くらいがちょうどいい。 誰かに食べてもらうのは気が引けるし、捨てるなど以ての外。であれば自分で食べるしかなかったのだが…流石に暇さえあればチョコをかじる生活が続くのは大変だった。 「ところで志伸君!」 「何だい?」 嫌な予感がする。女の子がこういう声色で何かを尋ねるときなどは大抵 「あきらちゃんとはどうなの!?やっぱり婚約者だし一緒の家に住んでるし…その…やっぱりそういうことまでしちゃってるの!?」 ほら来た!葉月達には根掘り葉掘り聞かれた(教えた)から知られているが、大多数の学友は深いところまでは全く知らないのだ! 『居候先の一人娘と婚約者になった』程度に思われていると書いておけば間違いはないだろうが、従兄妹同士と言うのが興味を引くのだろうか? 「えーっと…答えないとダメかい?流石に私生活の事まで話すのは恥ずかしいんだが」 「いいじゃんいいじゃん!せっかくだし私も聞きたい!答えられるところまででいいからさ!お願い!」 ダメだ断れる雰囲気ではない!周りのクラスメイトも興味津々の目で見てきている!逃げ場がない! 誰か助けに… 「失礼します、志伸あおいさんはいらっしゃいますか?先生が探しているようでしたが」 「あぁ、ありがとう常盤さん…残念だが私は呼ばれてしまったから…それじゃあ!」 常盤さんのインターセプトに助けられて逃げるように教室から飛び出していく。少なくとも昼休みのうちは戻らないほうが良さそうだ… 人気の少ない階段裏まで逃げてきた。これなら少しは安心して話せるか。 「いや…助かったよ常盤さん しかし先生の呼び出しってのは出任せだろ?」 「はい、出任せです 皆さんに囲まれて困っておられるようでしたので」 相変わらず怖いほど察しの良い娘だ。彼女が味方で良かったと常々思わされる。彼女に助けてもらわなければ今頃… 「ところで」 「はい…」 「今日が何の日かご存知ですね?」 満面の笑みで常盤さんが問いかけてきた。一難去ってまた一難とはまさしくコレだろうが、クラスメイトに夫婦生活を根掘り葉掘り聞かれるより何百倍もマシだ。 「はい…ホワイトデーです…」 「では渡すべきものがありますね?」 「はい…あります…」 「ではこちらを…椿の花の飴細工とキャラメルです…」 「ふふ、ありがとうございます。礼儀正しい殿方は好きですよ」 「…しかしこの飴細工…随分凝っていますね、どちらで買われたのです?」 「自作です と言っても知り合いの飴細工職人の方に教わりながら作ったので…私が作ったと言い切るのは少々苦しいですが」 「まぁ!それは…わざわざ私のために?」 「元々はあきらに作ってやる気だったのですが、いざ作ってみると案外楽しいものでして…美雨とかこちゃんと常盤さんの分も作ろうと思ったのです」 「そうでしたか…あきらさんは幸せ者ですね、これだけ想ってくれる相手と結ばれるのですから。ちょっと嫉妬してしまうかもしれません」 「あら、もうこんな時間 そろそろ戻らないと食事の時間がなくなってしまいますね。では失礼します、あおいさん」 言われてみれば、昼休みは残り15分ほどになっていた。 「では私も失礼します、また後で」 これで常盤さんには渡し終えた。後は美雨とかこちゃんと…本命のあきらの分だ。 ======================================================================== その日の放課後は大変忙しかった。 昼休みの続きを聞こうとしてくるクラスメイトを振り切って逃げ出し、帰り道のかこちゃんを捕まえてホワイトデーのお返しを渡した。 ここでフェリシアとあやめが一緒だったので面倒だった。自分たちにも何か寄越せとうるさかったのでたい焼きを食わせてやった。 …あいつら2人で10個も食いやがったが、この際必要経費だと割り切ることにしよう。かこちゃんにも2つ買ってあげた。 次は美雨だがこいつも別の意味で面倒だった。…よりによってあの薬局の地下でまた店番をしていた。 なんでお前はこういう時ばかりこんな場所にいるんだ!避妊具を買い足しに来る時も毎回いるわけで…先回りでもされているのではないだろうか? せっかくだからなにか買って帰れと言われたのでガラナチョコなるものを買って帰ることにした。 どうも強壮効果のある素材を練り込んだチョコだと言うが、まぁそこまで変な代物ではないだろう。調べる限りではエナジードリンク程度の代物らしい。 最後は大本命のあきらだ。 この日のために用意した服に着替え、あきらを部屋に呼んだ。恋人相手に渡すのは生まれて初めてなので何とも緊張する。 「わ!どうしたの兄さんその服?」 「驚いたか?八雲先輩に調整してもらってな…似合うか?」 今着ているのは緑のラインが入ったタキシードだ。最初は自分でそれらしい服を買おうかと思っていたのだが、八雲先輩に話したところ随分興味を持たれ… 太客だからということで気合を入れた調整をかけてもらったところ、変身した後の衣装がいつものメイド服ではなくこのタキシードになったわけだ。 志伸あおいホワイトデーVerとでも言っておこうか?この姿で戦ったことはないが、使える技もいつもとは随分違うそうだ。 「うん!凄く素敵!兄さん男の子っぽい服でもやっぱり似合うね」 「気に入ってもらえて何よりだが…今日の本命はコレだ」 「飴細工だ…常盤さんから聞いたかもしれんが、お前のために用意した特別品だぞ?そいつはオレンジ味に作ってある」 「これかぁ!ななかが言ってたのって!兄さんが作ったんでしょ?形は…クマと星?」 「星はお前がいつも付けてるヘアピンそっくりに作ってあるんだ、クマは…」 「わかった!クマは兄さんのでしょ?」 「正解!お互いヘアピンがパーソナルマークみたいになっているからな、2人の象徴だとでも思ってくれればいい」 「食べるのもったいないなぁ…」 「それともう1つある、今度は飴じゃなくて別のやつだが」 「ま…マロン…グラッセ?なにこれ?」 「要は栗のシロップ煮だ。所長に前食わせてもらったんだが随分美味くてな、気に入ったんでお前にも食わせてやろうと思って買ってきたんだ」 「うわ…高そうな包み紙…ちょっと食べるの気が引けちゃうかも」 「気にするな、このくらいお前のためならなんでもないよ」 「フフ、フフフ…はは! …ボクね、やっぱり兄さんのこと大好きだよ」 「来年も、再来年もさ…ずっと先まで、毎年こうやってお互いに贈り物しようよ」 「もちろん、来年のバレンタインはもっと期待するからな?」 「任せといて!兄さんがきっと驚くようなチョコ作ってあげる!」 「…あ、晩ごはんだ じゃあ続きは食べてからにしよ!」 「そうだな、マロングラッセも夕飯の後に食べるとしよう」 ホワイトデーのお返しは菓子ごとに意味を持つ。 マロングラッセの持つ意味は「永遠の愛」だ。アレキサンダー大王が妻に渡したことから来ているらしい。 今年のホワイトデーはこれでおしまい。だが、きっと来年も再来年もホワイトデーは続く。きっとだ。