【トコロザワ・ピラー、カラテルーム:ナイトキャップ】新たなヴィジョン ……「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」 草木も眠るウシミツ・アワー。本来なら利用者も訪れぬ時間、実際貸切状態のトコロザワ・ピラーのカラテルームに、二人のニンジャのカラテシャウトが響き渡る。 一人は “ソード・オブ・ソウカイヤ“ダークニンジャ、そしてもう一人はザイバツ・シャドーギルドをヌケニンした新参者、ナイトキャップ。 ダークニンジャとのイクサに屈し、ソウカイヤに恭順したナイトキャップ。ザイバツニンジャの、何よりラオモト・カンの懐刀手ずからによるスカウト という異例のケースに、一時ソウカイニンジャ達は色めき立った。だが、日がな夢うつつな足取りに曖昧なアトモスフィアを纏わせた怠惰なハッカーニンジャの 姿を目にすると、所詮己の組織を裏切ったオナーなきブザマなサンシタヌケニンと、侮蔑と嘲笑の眼差しを向けるに至った。 ダークニンジャがなぜこのような胡乱なニンジャをソウカイヤに引き入れたか。様々な憶測も飛び交ったが、やがて関心も消え失せ、もはやザイバツの間者と 疑う者さえ居なくなっていた。答えは一つ。カラテである。 ナイトキャップは、しばしばこうしてダークニンジャに呼び出されては直々のカラテトレーニングを施された。正しくは付き合わされたと言うべきか。 怜悧なるカタナを磨き、研ぎ澄ませ、常に冷たい輝きと切れ味を宿す。そのための砥石の手入れめいて。 セイケン・ヅキ、断頭チョップ、ヤリめいたキック…訓練の域を超えた無慈悲な速度で次々繰り出されるダークニンジャのカラテ。それらを逸らし、受け流し、 威力を殺し受け止め、押し返す。アイキドーめいて捌き続けるナイトキャップの瞳は平時のそれとはかけ離れ、見開かれている。 ミニマルな嵐めいたその速度は更に加速していき、やがて、拮抗が崩れる。 「…イヤーッ!」「グワーッ!」ドゥ!と空気が爆ぜて鳩尾に受けた掌底に、タタミ1枚分の距離を滑り下がり、ナイトキャップは膝をついた。 「立て。続けるぞ、ナイトキャップ=サン」ザンシンめいた一呼吸のうち、ダークニンジャのかけた声に息を吐き、ゆるりと立ち上がるナイトキャップ。 「いいのかな?わざわざ貴重な時間をオレのようなろくでなし相手に割いて。誉れ高いその名に傷が付くのでは?“マスター”ダークニンジャ=サン」 芝居がかって肩をすくめながら笑うナイトキャップ。その笑顔は虚無的だ。 「マスター?ザイバツの位階制度か。古巣へのセンチメントでも湧いたか」表情を読めぬフルフェイスメンポ。それ以上に無感情な声でダークニンジャは返し、続ける。 「我がデス・キリを受けてなお立っていた者は居なかった、お前以外には。それも2度だ。そのカラテは必ずや我らソウカイヤ、ラオモト=サンの役に立つ。 故にこうして鍛えている。時間を割いてだ」 誇りある武人、或いは忠節の騎士めいた、しかし何一つ思いの籠らぬ淡々とした言葉に、ナイトキャップの背筋はぞくりと冷えた。 「お褒め頂き恐縮だ。実際身も引き締まるね」「そうでもない。お前の価値はひとえにそのカラテ。故にひとたび曇りが生じるなら」 ダークニンジャは無造作に腰のカタナに手をかけ、抜く。妖刀ベッピン。「な…」 「イヤーッ!」「イヤーッ!」ガキィン!瞬きする間もなく繰り出された、胴を分断せしめる横薙ぎのイアイを、咄嗟に肘と膝で挟み込んだナイトキャップ。 その威力を殺さず振りぬかれながら、すれ違いざまにダークニンジャの側頭部に左回し蹴り!頭一つ身を低くし、躱される。そのまま離脱し連続側転! タタミ5枚分の距離に着地しカラテを構えたナイトキャップは目を剥く。水平にカタナを構えたダークニンジャと小刻みに振動する視点の定まらぬ刀身。 奥義デス・キリ。あの夜に死に物狂いで耐え抜いた死の斬撃。 なぜ突然?理不尽の度を越えたヌキウチ試験か。それとも気まぐれな心変わりの処刑か。ニンジャアドレナリンの過剰分泌により、鈍化した時間の中で 高速思考するナイトキャップに湧き上がり混線する恐怖、困惑、絶望。 キィィイイイイ……炸裂寸前の導火線の音めいて高まる耳障りな高音に、やがて息を吐いたナイトキャップの身はゆるり脱力し、弛緩する。 (どのみち最初から死んだ身だ)諦観ではない、ヤバレカバレな、むしろ高揚だった。 ここで死ぬならそこまで。ロスタイムの終わりだ。曖昧なまどろみの中、数え切れぬイマジナリーカラテを繰り返した、あの夜にケリをつける。 待ち望んでいた瞬間。(今度こそ、止める)全身に滾らせたカラテに目を見開き、構える。 「キリステ!」「イ…」「アバーーッ!」背後から、女の声。「え?」ナイトキャップは振り返った。妖刀に胸を貫かれた、涙を流し己に手を伸ばそうとする女の顔。 「ナイトキャップ=サン……たすけ」 「……!!」ナイトキャップはベッドから跳ね起きた。時刻はウシミツアワー、自室だ。悪夢と地続きに痛む体の各部には傷と包帯、ダークニンジャとの組手。 どこからどこまでが夢か。それとも今が夢か。 じっとりとかいた汗が冷たい。荒れた呼吸と心音を努めて落ち着けようと深く息を吸い、吐く。「…また寝不足だな」身をもたげたベッド横のチェストにはアンコ・ラム。 ザイバツグランドマスター……電算室室長ヴィジランスが好んでいたそれよりは実際安い。そして成分凝縮ザゼンエキスとショットグラスを取り出す。 濃褐色と蛍光色が半量ずつ並々と注がれた、グロテスクな二層となったそれを一気に流し込み、口中で転がし、飲み込む。舌と食道、胃からニューロンに急速に回る酩酊と沈静。 「……アマイ」ナイトキャップの意識は夢より深い眠りに落ちていった。