「さて、今度はホワイトデー。前回のチョコレートは遺伝学的コーディネートで各原材料を再現する試験も兼ねていたわけだけど……」 眼前に立ち並ぶ植物性食糧生産用個体は、しかしヒトの形をしていないのは当然として動物であるようにも見えない 実際遺伝学的にもその通りで、ヒトゲノムは脳髄とその周りの生命維持系を除けば残っていない 「そう言えば収穫体験ってレジャーもあるんだし、色々終わったらそういう娯楽として開放するのもいいかも?」 完全に木にしか見えない個体の幹から伸びる枝、そこから生えた小麦の穂を収穫し、籠に入れていく 次の、その次も、そのまた次の個体までも木同然の見た目で、今度はサトウキビ、鶏卵、乳生乳相当品などがそのまま実っている。最後のはカプセル状の果実に詰まっているしカカオ系原料だけは横着して前回同様カカオバターやカカオリカーなどある程度加工された材料の状態で同じく果実状組織に入っているけれど、これは流石に許してほしい。液体をそのまま結実させる方法は流石に思いつかなかったし、カカオの加工は非常に面倒なのだ 砂糖、卵、薄力粉、バター、そしてチョコチップを作り、それらを使ってチョコチップクッキーを作る 前回より手間は増えるけれど、その過程にも意味があるはず 「自分で収穫してその場で料理をして食べるって体験が出来るのは、きっとみんな喜んでくれるよね?」 っと、思考が脇にそれてしまった 「『ハイヌウェレ計画』第二段、材料を直接実らせた前回とは違って今回はその加工前、原材料の状態で作ってみたけれど……うん、見た感じ問題はなさそうだね」 あとは肉類がまともになればなぁ……などという問題は膨大な思考領域の別の個所へ移し、この身体に割り当てられた思考領域をお菓子作りに専念させる 「さぁ、まずはチョコチップクッキーを作るためのクッキー生地を作るための薄力粉を作るところから、いってみよう!」 //////// 「いやまぁ、そりゃそうだよねぇ……冷静に考えればその通り……」 原材料から自作したホワイトデーのお菓子を配り、みんなに喜んでもらうついでにそれが違和感なく受け入れられる代物かどうかを確かめるという計画は、ちょっと奇妙で居心地の悪い結果に終わった 「ハッピーホワイトデー!」 そう言いながら小分けにしたクッキーの包みをみんなに配……ろうとして、「」ちゃんとマミさんに怪訝な顔をされる 「「ほわいとでー……?」」 「えっと……あれ?今日って3月14日だよね……?」 「うん、そうだけど……そのほわいとでーってのが今日なの?」 そんな記念日あったっけ?と首を傾げる二人 一方で円環の使者なあんこちゃんとさやかちゃんはしばし考え込んで、ようやく思い出したらしい 「えーっと、観測者?ホワイトデー……ないぞ?」 「えっ?」 「あたしとしてはむしろなんであんたが当然のようにホワイトデーをやろうとしたのかの方がよっぽど気になるんですけど」 「うん?」 そこまで言われて、ようやく思い至る 「この世界ホワイトデーないじゃん!」 言われてみればその通り、男女という概念自体が過去のものとなったこの世界、バレンタインデーで女性から貰ったものに対する男性からのお返しという行事自体がだいぶ衰退してしまっているわけだ 経緯は省くけど、要するにバレンタインデー近辺、或いは当日でお互いに贈り合うんだし返礼とかなくていいよね?というわけで……となるとわたしたちがなんでホワイトデーをやろうとしたのかという謎が残るわけですが 「よく分からないけど……このチョコチップクッキー美味しいね!」 「これなら紅茶よりコーヒーの方が合いそうね?たまにはコーヒーも試してみようかしら」 まぁ、「」ちゃんとマミさんが喜んでくれているならそれでいいかも?なんて思ってみたりもするわけです ////// 「……と、こんなところまで自律して判断できるのは管理許容量的に有難いけれども」 ハイヌウェレ計画と同時進行で試験している多数の計画の一つである『スプリット・スピリット』、つまりわたしたちの『意識』を半独立的な集合意識クラスターに分割して個々のタスクを自動的に処理させるというプラン 今回の試験では ・ホワイトデー用の原材料生産からプレゼント配布に至るまでを自律して行えるか →つまりある程度複雑な複数の業務を自律的に平行して行えるか ・ホワイトデーというこの世界に存在しない行事を押し付けられて違和感を感じないか →つまり個体群の常識よりも中央意識からのタスクを優先し、そこに違和感を覚えずに遂行できるか ・そんな『存在しない行事』を唐突に行っても過度に怪しまれずに切り抜けられるか →つまりみんなが思い描く『観測者ちゃん』を演じ切ることができるか といった項目を試験し、実際『概ね実用に足る』という結果に至った……わけなのですが 「これってあんまり乱用すると不誠実な気もするし……絶対に必要な時以外は自粛した方が良いかも?」 それに、誠意の問題のみならずなんとなく嫌な予感というか不安や不信、そういった懸念が拭いきれないのも確かですし