神浜にあるとあるラーメン屋『羂ちゃんラーメン』。 どこか胡散臭さがあるイケメンの男性が店主をしているラーメン屋で、そこのメニューは醤油以外の麺は何とも言えない味と言うもっぱらのウワサの店。 そんな店で、自分──「」は悩んでいた。 ──様々な壁を乗り越え、晴れて交際して約半年。 そうして迎えたバレンタインデー。 生まれて20数年、人生で初めて貰った彼女からの本命手作りチョコ。 あまりの嬉しさに、部屋の中でこれ以上ないほど泣き叫んだ。 ……その叫びを聞いた両親からはゴミを見るような目を向けられたが、大層な問題ではない。 今問題なのは── (かこさんへのホワイトデーのお返し、なんっっっにも決まってねぇ……!) そう、愛しの歳上の彼女である夏目かこ。そんな彼女へとホワイトデーに贈呈するものが何も浮かんでいないのだ。 市販の物を贈る?NO。とても彼女のチョコには釣り合わない。 手作り?NO。自分にそんな技術はない。 刻一刻とその時間は近付いてきている。 どうすればいいか頭を抱えていると、突然声を掛けられる。 「貴様、何を憂いている」  視線を向けると、そこには── 筋骨隆々な体格をしていて、二重の目の様な模様?のお面を顔の右側に付けさらには刺青まで入れている強面の男性がそこにはいた。 彼はこの『羂ちゃんラーメン』によく訪れている常連客の方である。 店長の顔馴染みらしいが……詳しい関係はわからない。 (……この人達に相談したら何か変わるかな) 彼らは話好きの一面があり、よく人の話を聞いてくれる。 以前もこの店に訪れた際に、孤独とは何か?愛とは何か?と聞く若い男性の悩みを解決していたのを別の席で眺めていた。 今は猫の手も借りたい状況だ。早速打ち明ける。 「あの、実はホワイトデーの事で悩んでいて……」 「ホワイトデー?あぁ、もしかして彼女へのお返しかい?懐かしいね、ホワイトデーと言えば私にも甘酸っぱい思い出があるんだ。あれは私がバレンタインチョコを『じん』さんに贈って───」 「はー……ウザい、黙れ。そして去ね」 強面の人の一喝により話を遮られ、店長はちぇっ、とぼやきつつもしぶしぶと仕事に戻っていった。 と言うか店長は自分と同じ男ではないか? いや、今のご時世男の方から女性側にチョコを贈るという行為がそこまで珍しいものではないのか? 店長がじんさん?と言う女性にチョコレートを贈った話は気になるが、今はそれが本題ではない。 改めて話を続けていくと─── 「つまらん」 一蹴される。 いや、まあ……確かに惚気としか捉えかねられない話ではあるかもしれないが、でももう少し思いやりがあってもいいのでは── 「つまらんのは話ではない。今の貴様の状態がつまらんと言っているのだ」 「えっ……?」 その発言に面喰らう自分を気にも止めず、強面の男性は畳み掛ける様に言葉を続ける。 「そもそも貴様は何を悩んでいる。貴様に出来る事などたかが知れてるではないか。その女を振り向かせたいと言うだけの百折不撓の理想を持ち、無様に足掻く───それが貴様ではないのか」 ……そうだ。 自分は泥臭く無我夢中で挑んでいったではないか。 ──彼女の友人にも。 ──彼女の義父や義母にも。 ──彼女自身にも。 どこまでも平凡な自分にあるものは、この諦めの悪さだけ。 この人の言う通りだ。 ウジウジ悩んでいる暇があるなら、戦え「」。 それがお前だろ? そうと決めたらこうしてはいられない。急いで麺とスープを掻き込む。 (……うん、普通!) 相変わらず何とも言えない塩ラーメンの味。 だが、多少でも気分を変えたかった今の自分にはピッタリの味だった。 「ラーメンご馳走様でした!後、相談に乗ってくれてありがとうございました!」 代金を払い、店長や強面の人に礼を伝え、店の外へと駆け出す。 「おやおや、慌ただしいね……ねぇ」 「何だ」 「君、めっちゃ楽しそうじゃん」 「死ぬまでの暇潰しとして啜る分には丁度いい……奴も、この麺も、な」 ケヒッ、と嗤いながら、その強面の男は何かを期待するように一言呟く。 「──魅せてみろ。貴様」 電話を掛けてワンコール……ツーコール……スリーコール目。   そのスリーコール目で、待ち人は姿を表す。 『はい、もしもし……「」さんじゃないですか!どうしたんですか?この時間に電話なんて珍しいですね』 ──愛らしさを含んだ元気な声。 どんな楽器や音楽よりも自分の耳に残る、この世で一番美しい声。 出来ることならずっと聴いていたいが、自分にはやりとげなければならない使命がある。 「いきなりすみません、かこさん。3月14日って空いてますか?」 「はい。特に予定はないですけど……その日に何か?」 「あなたに、決闘を挑みます」 ──戦うしかない。 この想いをぶつけるために。