思わぬ一言が、その場のアトモスフィアを変えてしまう事がある。 稽古を終えてお互いのカラテについて熱心に意見を交換していたハシとスミワノを見ていたマニカは思わず、 「スミワノ=サンってハシ=サンのお兄さんみたいだよねー!」 そう言ってしまった。 勿論、そこになんの悪意も皮肉も比喩も無い。 ただ目に見えた和気藹々とした二人を評しただけである。 なのだが、 「………あ…?」 スミワノのアトモスフィアが変わった。 それまでの熱いながらもどこか穏やかな陽の光めいたものが、重金属酸性雨を含んだ灰色の重い雲に隠されたかのように熱が引いていく。 「ちょっとアンタ、」 いち早くそれに気付いたスヤが声をかけようとするが、 「…俺は…兄貴ぶってたか…?」 普段ならば、恐らくこう言った言葉をスミワノが口にする際は何かしら(照れ隠しを含んだ)怒りに満ちた物だった筈だ。 だが、今紡がれたその言葉は、微かにだが震えていた。 流石にその場にいたマニカ、ジュリエット、ハシ、ユカノ達もスヤに遅れてスミワノの豹変に気付く。 「スミワノ=サン…?」 心配するハシを無視し、スミワノはマイカに歩み寄る。 余計なことを言ってしまってスミワノに怒鳴られるという事には慣れてきたマニカだが(それでも泣くのだが)、今回はそれまでに無い反応で「エッ?エッ?」と戸惑っている。 「ちょっとってば!」 見かねたスヤが二人の間に割って入ろうとするも、 「怒鳴らねぇよ」 「そうじゃなくて!」 「聞きてェだけだ」 トン、と肩を押されて払い除けられた。 「…アンタ…!」 スヤはそれでも何か反論しようと口を開いたが、「スヤ=サン」とその身をジュリエットが制する。視界の端ではユカノが無言で首を横に降っている様子も見えた為にグッとそれを堪えることにした。 マニカの目の前まで来たスミワノはスッと腰を落とし、マニカと視線の高さを合わせた。 「キャンドル=サンよ」 「アッ…ハイ…」 「俺は兄貴ぶって兄弟子=サンにあたってるように見えたか?」 スミワノの目は、いつになく真っ直ぐだった。 常にスミワノは正面を見据えている。いかなる時もだ。 だが、今のスミワノはあまりにも真っ直ぐを見つめ過ぎではないかとマニカには思えた。  目の前のマニカを見ているのではない。 スミワノが見ているのは、マニカの目に映るスミワノ自身なのではないかと。 「あの…その…」 常ならば怒られるのがコワイと頭が真っ白になる所なのだが、今この瞬間、言葉が出てこないのはそういう事では無い。 何かしらスミワノの心に踏み込んでしまった。それは分かる。分かるのだが、何をどうしてしまったのかが分からない。 傷つけてしまったのなら謝るべきか?だが理由もわからずこの場合謝るのはシツレイの前に更にスミワノの心を踏み荒らす事にならないか? そんな事を考えていると自然と涙が溜まってきた。 「え…えっとその…その…」 「…悪い」 涙目になったマニカを見たスミワノは頭を振って腰を上げた。 「あの、スミワノ=サン…」 恐る恐るとハシが背中越しに呼びかけるとスミワノは微かに振り向き、 「悪かった」 「…え?」 思いもよらぬ言葉にハシは固まった。 何をこの人は謝っている?マニカ=サンを泣かせた事か?それとも今のドージョーを覆うこの曇天のようなアトモスフィアを作り出してしまったことか? それとも、何か他にあるのか。スミワノという男にしか分からない謝るべき何かが。 そうしているうちに今度はスミワノはユカノの前へ。 ユカノは落ち着き払った様子でそれを真正面から迎える。 「…ユカノ=センセイ」 「はい」 スミワノは苦笑いを口元に浮かべた。 「ちょっと外出てくるわ」 ユカノは静かに頷いた。 「遅くならないよう」 「オウ」 そのままスミワノはドージョー着のまま外に出ていった。 ◆◆◆ スミワノは出ていったがドージョーに重く圧しかかるアトモスフィアが晴れることはない。 「ウチ…何か言っちゃったかな…」 涙を堪えるマニカにジュリエットがハンケチを持ってきた。 「大丈夫ですよ。何か、スミワノ=サンの方であったんですよ」 マニカの涙を拭うジュリエットの傍らでスヤが言う。 「そう、気にしなくていいのよ、あんなバカ」 その言葉には確かな怒りが籠もっていた。 スヤはよくスミワノとケンカにはなるが怒りを表に出す事は実際珍しい。 「あんなにバカだったなんてね。スゴイバカ」 「スヤ=サン」 ハンケチをマニカに手渡したジュリエットがスヤに向き直った。 「すぐ帰ってきますよ」 「そうね、お腹空いたら帰ってくるでしょ。あのバカ」 (…困りましたねー…) ジュリエットはかつてオムラ・インダストリに勤めておりその中で当然ながら社内トラブルや人間関係の対立なども見てきてはいたが、概ねそういったものは社内の権力で無理矢理物理的に解决したという事にした物が殆どだ。 ましてやスミワノのあの行動はスミワノ自身のセイシンテキ、ヘイキンテキの問題なのだろう。 (よくワカラナイんですよねー…) かつては航空力学を中心にあらゆる学問を修めていたジュリエットであったが人の内面、セイシンテキともなるとそうもいかない。何せ己のセイシンテキが如何なる物かも理解できないのだから。 (解剖するわけにも行きませんからねー…) ただ、一つだけ今理解できた事もある。 スミワノがヘイキンテキを崩すと、スヤにも影響がでるようだ。 つまりスヤの怒りを収めるにはスミワノがヘイキンテキを取り戻す必要があるわけだが… (そもそも何でこんなに怒ってるんでしょうか…) ◆◆◆ ハシは迷っていた。 今のスミワノは明らかに異常だ。何かあったに違いない。 本来なら四の五の言わず追いかけて行きたい所なのだが… (追いかけていって、何が出来る?) スミワノ自身の問題だということはハシもまた理解している。何よりスミワノ自身がそれを深く理解し、己のヘイキンテキを取り戻す為に外出したのだということもまた感じ取っていた。 センセイであるユカノが止めもせず送り出したのもその為であろう。 ならば、自分がスミワノを追いかける意味とは果たして何か。 (………) 一瞬、ハシは考えた。 「………」 そして、答えを出した。 一人その答えを確かめるように頷くとユカノの前へと歩み出る。 「スミワノ=サンの所へ行ってきます」 ユカノに止められるとは最初から思わなかった。 「遅くならないよう」 スミワノを送り出した時と同じくユカノは静かに頷いた。 「ハイッ」 ハシは90度オジギをするとドージョー着のまま外へ出た。 ◆◆◆ 「…ダッセェ事しちまったぜ」 思わず口から出た言葉に、スミワノは舌打ちをして自嘲的な笑みを浮かべた。 理由もなくニチョームの通りをぶらついているが、気持ちが晴れる事はない。 わかっている。これは己が悪い。 マニカには一切悪気などない。完全に自分の受け止め方が間違っていた。それだけだ。 ドージョーの人間に己の過去を深く語ったことはない。そうでなくても誰かに過去を語り聞かせるようなことはした事がない。する必要がないし、何よりしたいとも思わない。 誰にも話していないのだから、誰も知らないのだから、そういう事も言われるだろう。 (((お兄さんみたいだよね))) 世間一般で言えばそれは紛れもなく褒め言葉だ。 そうなのだが、 (…イヤなもん思い出させやがるぜ…クソ兄貴がよ…) 考え過ぎであり、深く受け止めすぎだとは思う。 理性ではわかっている。 わかっているのだが、 (…兄貴ぶってたか…) 「スミワノ=サン!」 思わぬ声に振り返る。 見れば軽く肩で息をしているハシがそこにいた。 本来であればハシの気配などすぐにわかる(ハシが完全に気配を消していたら話は別だ)。だが、それに気付けない程ドツボに嵌っていたということだ。 「…本当にダセェな…」 「スミワノ=サン?」 「あぁ、兄弟子=サンの話じゃねェから安心しろ」 だが、さて困った。 未だ己の心は定まらぬ。こんな有り様で何をどうすべきか。 「…安心しろ、腹減ったら帰るからよ」 取り敢えずスミワノはハシを帰そうとした。これは己の問題なのだからハシにどうこうできる物ではない。 己の問題は、 (((己の事は己で成し遂げよ!))) (…出てくんじゃねぇクソ兄貴が) 「あの!」 スミワノの思考を遮るようにハシが声を上げる。 「ちょっと、話をしませんか?」 ◆◆◆ 今日のドージョーの料理当番はマニカとスヤである。 小柄なマニカは踏み台を使って背丈を稼いで、コンロの上の鍋の中へ味噌汁の具を入れていく。入れ終わったら踏み台を持って今度はチャワンの用意をするため食器棚へ向かう。 こういった事にもすっかり慣れてきたのだが、今日という日が他と違うとすれば、 (…アイエエエエ…) スヤから昇り立つ怒りに満ちたアトモスフィアだろう。 今日はワザ・スシから貰った冷凍バイオマグロをサシミにする予定であり、スヤがそれを包丁でもって捌いているのだが、 ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ コワイ。 明らかに不機嫌だ。 何が一番コワイかと言えば、その表情。 普段と全く変わらない。 変わらないのに、スヤから放たれるアトモスフィアはともすれば殺気めいている。 コワイ。 ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ ダン!ダン!ダン!ダン!ズッズッズッズッ トテモ・コワイ。 せめてもう少し離れて、 「マニカ=サン?」 「アイエッ!?」 ビクッと跳ね上がるマニカ。 恐る恐るスヤを振り向くと、そこにはバイオマグロの残骸( そうとしか表現できない)がへばりついた包丁を手にしたスヤの姿。 「アイエエエエエエ!?ゴメンナサイ!!!」 「えっ!?ナンデ!?」 急に泣き出したマニカにスヤは慌てて、それからその原因が自分の持っている包丁だということを理解し(厳密には包丁を持ったスヤを見て泣き出したのだが)、包丁をマナ・イタの上に置き直した。 「ゴメン、ゴメン。サシミできたからお皿くれる?」 「アッハイ…」 涙目になりながらもマニカは言われたとおりに皿をスヤへ手渡す。 「アリガト」 受け取ったスヤはサイバシを使ってサシミを盛り付けていく。 サシミそのものは綺麗に切り分けられていた、のだがマナ・イタの上に残った残骸(繰り返すがそうとしか表現できない)を見たマニカはそっと目をそらしてまた泣いた。 (マトリョーシカみたいになってる…ナンデ…?) 「マニカ=サン」 「アイエッ!?」 思考が読まれたのかとまたもやマニカは跳ね上がった。 「気にしなくていいから」 「…?」  何の話なのかマニカは考えようとして、 「あのバカ」 スヤの怒気が高まった。 「アッ…アッ…アッハイ…」 「あんなにバカだったなんてネー」 スヤは決して声を荒げていない。 眉間にシワ一つ無い。 目付きも変わってなどいない。 盛り付ける手も止めてはいないし乱れてもいない。 しかし、明らかに怒り狂っているのは確かだ。 マニカは居た堪れなくなり、 「あっ…で…でも…その…ウチもなんか…悪かったんじゃないかなって…」 「それは無い」 きっぱりとスヤは言い切った。 それからこう続けた。 「あのバカ、ハシ=サンに酷いことしたと思いこんじゃったのよ」 「………アイエ?」 思わぬ言葉にマニカの目が丸くなった。 「酷いことした…?ナンデ?」 スヤは盛り付ける手を止める事なく答える。 「多分だけど、お兄さんにいい印象がないんでしょ、あのバカ。バカだから怒られまくったとかで。だからお兄さんみたいって言われて思わず自分もハシ=サンに同じことしたんじゃないかって考えちゃったのよ、あのバカは」 「…ハァー…」 「実際、あのバカもハシ=サンのこと最近は弟みたいにも思ってたんじゃないの?それで憎からず思ってるハシ=サンと昔の自分を勝手に重ねて勝手に反省して勝手に自己嫌悪して勝手に出ていった…っと。はい、できた」 話している間に盛り付けが終わる。 皿の上のサシミは綺麗に盛り付けられていた。料亭級、とまではいかないが充分美しい。 のだが、 「…ん?」 ふとマニカは気付いた。 サシミの上に赤黒い点が一つ二つ…何処から垂れてきたのかと視線を添わせるとそれはサイバシを通してスヤの指から… 「スヤ=サン!指!!!」 「えっ?指?」 そう言われてスヤが自分の人差し指を見ると、指先がぱっくりと切れてそこから血が滴っていた。 「あれ、切れてる?」 「きゅ、救急箱持ってくるから!」 「大丈夫よ。ツバつけとけばこれぐらい」 「雑菌入ったらどうすんだッコラー!!!ケガナメンナッコラー!!!」 「アッハイ」 マニカは小さな嵐と化して台所から飛び出す。 と、その前に、くるっとスヤを振り返った。 「それにしてもスミワノ=サンにお兄さんいたなんてウチ初めて聞いたよ」 「私も知らないけどね」 「………えっ?」 「そんな話聞いたこと無いし、そもそもあのバカの昔話に興味なんてないし」 「………じゃあ、今の話は…」 「予想よ。多分って言ったでしょ」 ◆◆◆ ハシとスミワノは廃ビルの屋上に来ていた。 空を見ればそろそろ日が暮れようとしている。 「飯時だな…」 「ですね」 「…腹減ったから帰るか」 それは本音半分言い訳半分の言葉だった。 元より飯時までには帰るつもりだった。 しかし、心は未だ定まらない。 そんな状態でハシと…歳下の兄弟子と会話などしたくなかった。 しかしハシはそれを許さないかのように口を開く。 「その前に、」 ハシはスミワノを真っ直ぐに見据えていた。 「お話したい事があるんです」 真っ直ぐな視線に、スミワノは困ったように肩を竦める。 「あぁ…俺が悪かったよ、兄弟子=サン」 それから軽く頭を下げた。  「俺のせいでドージョーの雰囲気悪くしちまったな」 実際、それは心からの謝罪でもあった。 事実であり気に病んでる事の一つでもあった。 だが、ハシの瞳は揺るがない。 「そうではありません」 「…ア?」 思わぬ返答だった。 ハシは、言う。 「僕は、ずっとスミワノ=サンのこと、嫌いでした」 「………ア?」 キョトンとするスミワノ。 ハシは言葉を続ける。 「岡山のドージョーに来た時、本当に迷惑だと思ってたんです」 「…そりゃそうだ」 「スミワノ=サンには殺されかけましたし」 「…ンなこともしたっけな」 「何かと口が悪いですし」 「……まぁ…な…」 「センセイとの事からかってきますし」 「……おう…」 「血の気が多いですし」 「………オイ…」 「スヤ=サンとずっとケンカしててウルサイですし」 「オイッ」 「ワナビですし」 「オイッ!テメェマジでケンカ売ってんのか!?エエッ!!?」 「そうです」 ハシはサラリと、さも当然のように答えた。 「 …アアッ!?」 「面と向かって言う機会これまで無かったような気がしたんで丁度いいかなと」 「ハァ!!?テメェ文句言う為にここまで来たってかコラ!!?」 「そうです」 マジで一発ぶん殴ってやろうかとスミワノが拳を握る。 「こういう事が、したかったんです」 ハシの言葉に、拳が緩む。 「僕にとって、家族はドージョーでした」  「………」 「ソウカイヤに奪われて…それでもなんとかユカノ=サンとはまた会うことができて…岡山県でドージョー建て直そうとして…二人きりでも頑張ろうと思ってたらスミワノ=サンがスヤ=サンと来て…」 「………」 「ジュリエット=サンも来て…ネオサイタマに来たらマニカ=サンもドージョーに来て貰える事になって…」 「………」 「僕にとって、家族はドージョーでした。そしてそれは今も、いや、昔よりも、もっと大事なものになってるんです」 「………」 「スミワノ=サン」 「……やめろ」 「スミワノ=サン!」 「やめろ」 「僕にとってスミワノ=サンは本当に」 「やめろ!」 「やめません!!!」  「 やめ」 「 スミワノ=サンも僕の家族なんです!!!」 「兄弟子=サン!!!!!!」 そこで、ハシはスミワノの表情に気付いた。 真っ赤だった。 「…頼むからやめろ……」 「………」 「…ンなことを大声で言うな……」 「…プッ」 「………何笑ってんだコラ!!!」 ◆◆◆ ドージョーに帰ってきたスミワノはまずユカノに頭を下げた。 「だいぶ、ハシに酷い目にあわされたみたいですね」 「…アッハイ…」 可笑しげに微笑むユカノにそう返すのが精一杯だった。ユカノもまたそれ以上は何も言わなかった。 続いてマニカの所へ行くとちょうどジュリエットも一緒にいた。 「悪かったなマニカ=サン。ジュリエット=サンも」 「いやその…ウチはいいんだけど…」 「…私達はいいんですけどね…」 二人は困ったように見つめ合った。 それだけで、スミワノは察した。 「…アイツは?」 「自分のお部屋だと思いますよ」 「わかった…」 スヤの部屋へと向かうスミワノの後ろ姿を見送りながら二人が言う。 「…スヤ=サン機嫌直るかな…」 「んー…スミワノ=サンがセイシンテキ・ヘイキンテキを取り戻しているのなら大丈夫じゃないですかねー」 「マグロのマトリョーシカはもうイヤだよ…」 「…マグロの…マトリョーシカ…?」 「うん…あのね……ジュリエット=サン?ジュリエット=サン!!?」 ◆◆◆ スヤの部屋の前。 フスマが重く閉じられている。 まるでそれは、フスマではなく高く聳える断崖絶壁のようにも感じられる。 巨大で強大な拒絶の意。 「…オイ…いるのか」 部屋の中からは返事も何も帰ってこない。 スミワノは溜め息を一つ吐き、 「…悪かった…」 と口にするが、部屋の中から返事はない。 「…マニカ=サン泣かせて悪かった…」 返事はない。 「…兄弟子=サン振り回して悪かった…」 返事はない。 「…ドージョーの雰囲気悪くして悪かった…」 返事はない。 「……テメェを突き飛ばして…悪かったな…」 返事は、ない。 スミワノは大きく溜め息を吐いた。 最早思いつく謝罪の言葉は… 「……ア……」 一つだけ。 「…ダセェ真似して悪かった」 「何してんの」 背後からのスヤの声に慌てて振り返る。 「テメッ!?部屋にいたんじゃねぇのか!?」 「いや、今から入る所だから」 スミワノの肩をトン、と手で払い除けてスヤは自室のフスマを開ける。 その時、スミワノは自身を払い除けた手の指に貼られた絆創膏に気付いた。 「…オイ…」 「 ン?これ?」  「…ケジメでもしたのか?」  瞬間、スミワノの顔面へストレートパンチが叩き込まれる。速度の乗った拳は人中にクリーンヒット。あわや鼻の骨が折れる所だった。 「 ッダァ!!?」 「本当にアンタってバカよね、スゴイバカ」 「このっ、テメェ!!!」 「あんまふざけた事してると私が殺すから」 それだけを言い残してスヤはフスマをピシャリと閉じた。 「テメッこの…」 「あっそうだ」 ガラッとフスマが開いてスヤが顔を出す。 「アンタ、やっぱお兄さんって言うより弟よ」 「アアッ!!!!?」 「これからはハシ=サンをお兄さんって呼んだら?」 「マジで殺す!!!!!」 ピシャッ 吼えるスミワノの前で無常にもフスマは閉じられた。 「このっ…!クソが!!!!!…イッテェ…」 強引にでも開けやろうかと一瞬考えたが結局スミワノは救急箱を取りに廊下を戻っていった。 閉じたフスマに背を預けていたスヤ。 その口元には笑みを浮かんでいた。