だが、そんな気持ちは報われることはなかった。
あの人はもういない。
病に倒れ、1人で逝ってしまった。
残された自分はまた孤独。
たった1人で生きていく。
耐えられない。
涙を流しても、拭ってくれる人もいない。
そうして、世界が真っ暗になった。

「…ちょっと失敗したかな」
再生していた動画が終わる。
自室で見ていたブルーは少し後悔していた。
話題になっていた映画が配信されたので見ていたので、見てみたのだが。
主人公は別にいるのだが、サブキャラが色々と自分に重なってしまった。
人を裏切ってきた女が、心から愛する人を失った末路。
一応最後までは見たのだが、あまり他のことが頭に入らなかった。

もしかして自分も。
そう思うと頭が重くなる。
頭を振る。
それでも嫌な思いは、振り払えない。
「アタシ、弱くなったかな」
ブルーはため息混じりに、そんなことを呟く。
自宅の私室で、机に肘を立てて悩む。
あの人のことを思うと、胸が痛い。
あったかい気持ちにもなるが、苦しさもある。

家族を取り戻せた。
仲間も増えた。
苦しみを乗り越えて今は幸せだ。
だが、それは永遠ではない。
幸せは簡単に崩れる。
それはブルー自身がよくわかっていた。
悪意はどこにでもある。
ある日突然、平和な日常が奪われることだってあり得る。
そしてそれを取り戻すまでがどれほど困難か。
痛いほどに理解している。

だから、怖い。
この幸せが無くなった時。
どれほどの絶望が訪れるのか。
考えるだけで、身震いしてしまう。
身体が芯から凍える。
目に涙まで浮かんできた。
ふと、思い浮かぶ顔があった。
最初に、自分に手を差し伸べてくれた人。
「レッド…」
つい、名前を口にする。
彼に会いたい。
顔を見て、話しかけたい。
時計を見る。

表示される時刻は午後8時。
いくら近所に住んでいるとはいえ、今から彼のところに行くには遅いかもしれない。
迷惑をかけるわけにもいかない。
せめて通話をしよう。
そう思って彼にかけてみる。
が、かからない。
留守電になるが、言葉が出てこない。
これだと嫌だ。
一方通行ではなく、彼の声を聞きたい。

その衝動を抑える。
明日に会えばいい。
自分に言い聞かせて、ベッドに倒れ込む。
目を閉じて、心を落ち着かせる。
「…無理ね」
できない。
他の人にという気持ちにもなれない。
彼なら、ワガママも受け入れてくれる。
そんな確信がブルーにはあった。
なら、どうするか。

迷いはしたが、吹っ切れた。
今から行こう。
彼に会いに。
細かいことは、動いてから考える。
決心すると、身を起こす。
が、そこで着信音が鳴り響いた。
ポケギアを拾い上げ、画面を見る。
そこにある名前。
レッド。
会いたい人の名前。
それが間違いなく、表示されていた。

すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし、ブルー？」
「レッド、どうしたの？」
平静を装って、返事をする。
何気なく、いつものように。
彼に心配をかけないように。
先程の勢いは、どこかに行ってしまった。
あれほど聞きたかった声が、いざ耳にすると心が乱れる。

「どうしたって、ブルーからかけてきたんだろ？」
「そうだけど、さっきなんで出てくれなかったのかなって」
「ちょっと風呂に入っててさ。
出れなくてごめんな」
「ううん。アタシこそこんな時間にごめんね」
互いに謝罪しあう。
少しは気が紛れる。
彼に何もなくてよかったと、安堵できる。

「で、オレに何の用だったんだ？」
「あー、それはね」
しまった、とブルーは思う。
そういえば、考えていなかった。
彼と何を話すか。
話題を用意していなかった。
顔を合わせていたら、リアクションから何かを思いついていたかもしれない。
だけど、今は違う。
スピーカー越しの声でしか、彼のことがわかることがない。

「ちょっと、レッドの声が聞きたくて。
なんかそういう気分になっちゃってねー」
考えた結果、ある程度は真実を話すことにした。
いつもならば口八丁で切り抜けられたかもしれない。
でも、今の精神状況では無理だ。
頭が回らない。
情緒が安定しない。
昔の人を騙して、利用できた語彙力はどこに行ったのか。

「オレの？」
「ええ。たまにはそんな理由でお話ししてもいいでしょう？」
「まあ、そうかも…」
困惑しながらだが、レッドに肯定される。
ないとは思っていたが、断られなくてよかった。
「ありがと。レッドのそういうとこ、アタシ好きよ」
「え、ええ！？」
慌てる彼の声。

「す、好きって…」
「さぁ。どういう意味かしらねー」
オホホと笑うと、肩の力が抜ける。
少し、調子が戻ってきた。
慣れたやりとり。
長い付き合いだが、彼のこういうところが好ましい。
「レッドだってアタシのこと好きでしょ？
好きか嫌いで言うなら」
「…ま、まぁ。それはそうなんだけど…」

「よかった。嫌いって言われたらどうしようって思っちゃった」
「嫌いなら、ここまで付き合い長くならないよ…」
確かにそうだ。
彼には、いっぱい酷いことをした。
それでも、見捨てられなかった。
とても優しい、強い人。
その存在に何度も救われた。
今も、そう。

「ねぇ、レッド」
「どうした？」
「レッドは、どこにも行かない？」
置いていってほしくない。
いなくならないでほしい。
話せば話すほど、そう思う。
「いつでもここにいるってわけじゃないけど、出かけるなら連絡はするよ。
遠出するなら、ちゃんと言っておくから」
「うん。約束ね」

約束。
お互いに守るルール。
相手を縛るしがらみ。
それでも構わない。
他者との繋がり。
それがどんな形でも、ブルーには嬉しい。
自分にそれをしてくれる人がいる。
確認できるのなら、それでいい。
重い女になった、と自嘲する。

「なんか、直接会って話したくなってきちゃった」
「なら、来るか？オレは別に構わないけど」
「いいの？」
「あとは寝るだけだしな。
暇だったしそれくらいいいよ」
願ってもないことだ。
行きたいと思っていたが、向こうから許可が出るとは。
「こんな時間に女の子を家にあげるなんて、レッドったらやらしー」
「ブルーから言い出したんだろ！」
「そうね、ごめん」

素直に謝る。
からかいすぎるのは悪い。
彼を本気で嫌な気分にさせるのはこちらも不本意なことだ。
「じゃ、今から行くわ。
適当に飲み物とかおやつとか買っていくから」
「ああ、わかった」
通話を切ると、手早く支度をした。

彼の優しさ。
そういうところが好ましい。
だからつい甘えてしまう。
お礼に、何かしてあげよう。
レッドにはもらってばかりで、許されてばかり。
だから、こちらもしてあげよう。
彼の望むこと。
喜んでくれることを。
そうすれば、一緒にいれる。

陰鬱な気分はもうどこにもない。
失うことは怖い。
だけど、それは楽しいことでかき消せる。
未来に何があっても、この幸せな記憶は消せない。
大事に思えるから、今を頑張れる。
軽い足取りで、部屋を出る。
彼と会って、何をしようか。
それを考えることも、今のブルーには楽しいことだった。

以上です
閲覧ありがとうございました

今回も良かった

今までと違うことをしようと考えて、まだ交際まで行かないし直接会いもしない範囲でやってみました
たまにはこういうのもいいかと

>自室で見ていたブルーは少し後悔していた。
>話題になっていた映画が配信されたので見ていたので、見てみたのだが。
>主人公は別にいるのだが、サブキャラが色々と自分に重なってしまった。
義姉さんは地雷が多そうな人生だものね…