『──おにいさん。やくそくです』  夢を見ていた。幼い頃に交わした、大事な大事な約束の夢。 『わたしが、トレセンがくえんにはいったら。おにいさんがそこではたらいてたら』  今は離れ離れになった、されど片時も忘れなかった、ちいさな彼女の夢。 『そのときは、きっと。わたしを──』  ああ、君は──。  季節は春。ここトレセン学園には、毎年多くの新入生がやってくる。  皆ウマソウルと闘志を宿し、夢を叶えるべく邁進する若きアスリートたち。出自も容姿もさまざまながら、胸に秘めた想いだけは皆一緒。  そして、そんな彼女たちを支えるトレーナーもまた、熱い想いを胸に日々邁進している。  新人でもベテランでも、誰もが専属トレーナーとなりウマ娘と二人三脚で夢に向かって走る。苦楽を共にし、強い絆を結び、ついには一心同体となって喜びを分かち合う。  僕もまた、当然その一人であった。  この春から先輩のサブトレーナーを辞し、ウマ娘との専属契約を結べるようになったはいいが。肝心のウマ娘になかなか巡り会えず、気付けば1ヶ月が経とうとしていた。  早いもの勝ち、なんてわけではないけれど。デビューが遅れれば遅れるほど、「最初の3年間」というリミットが設定されたウマ娘にとって不利なのは事実。  僕は焦っていた。今担当を見つけられないと、もし今後見つかったとしても出だしが遅れたことで彼女たちの将来に差し障りが出るかもしれない。  自分にもリミットを定めて、最悪の場合サブトレーナーに逆戻り…なんて、悲観していると。つい先日までお世話になっていた先輩に、食堂で声をかけられた。 「お前、転入生の話知ってるか?」 「転入生? いえ…聞いたことないです」 「おいおい、アンテナ高くすんのもトレーナーの仕事だぞ?私らの稼業は情報が命…って、ンなこたどうでもいい。その転入生が2人、今日さっそく模擬レースすんだってよ」 「へぇ…それは楽しみです。僕も行ってみます」  よろしい、と頷いて、先輩はカレーうどんを思い切りすすった。世話焼きで頼りがいのある先輩なのはいいんだけど、汁飛ばすのだけは本当にやめてほしい。  それにしても、こんな微妙にずれた時期に転校生とは。入学手続きが間に合わなかったのだろうか。  その時、ふと今朝の夢を思い出した。 『──おにいさん。やくそくです』  幼い頃に交わした、子供っぽい約束。ともすれば取るに足らないと一笑に付されそうなそれを、しかして僕は未だに引きずっていた。  自分でも分かっている。年齢も本名も知らない彼女が、ここに来るという保証なんかない。レース以外の道を見出したかもしれないし、もしかしたら日本にすらいないかもしれない。  そんなものを引きずって、せっかく頂いたトレーナー資格を腐らせるなんて本末顛倒だ。今僕が成すべきことは、過去は過去と割り切って、その転入生とやらに声をかけていくことだ。  だけど。  幾度となく夢で見たはずのその光景が、今日はいやに僕の胸を騒がせていた。 「今日の出走予定…ジャラジャラ、フローズンスカイ、オイシイパルフェ…そして、転入生のキタサンブラックと…サトノ、ダイヤモンド」  出走表に書かれた名前は5人。コースを見ると彼女たちは既にゲートのそばまで来て、最後のウォームアップ中だった。  1枠から順に眺めていく。前3人は既に、何度か模擬レースで見たことがある。そして、 「よーし、トレセン学園初のレースだぁ!サトちゃん、負けないよっ!」 「うふふ…それは私もですよ?いい勝負をしましょうね、キタちゃん」  噂の転入生の姿を認めた僕は、息が止まるほどに驚いた。  もう10年以上も会っていないけれど。あだ名しか知らなくて、出走表で見た段階では気付けなかったけど。  すっかり大人びて淑女然としてはいるものの、黒髪のウマ娘と檄を飛ばしあうその姿は。 「………サト、ちゃん」  かつて僕が出会い、そして別れた、ちいさな幼馴染その人だった。 『本日の模擬レースは終了しました。トレーナーの皆様は、どうぞ混乱のないように──』  アナウンスのかかる中、僕はレースを終え、汗をぬぐう彼女たちの方に向かう。  見事な逃げで最初から最後まで先頭に立ち続けたキタサンブラックに、やはり人は集中する。しかし彼女の方にも数人のトレーナーが押しかけ、契約の勧誘に躍起になっているのが見えた。  一瞬、怖気付く。僕なんかが今更出ていって、彼女が忘れていたらどうする?とんだピエロじゃないか。  けれど。 『──おにいさん。やくそくです』  あの時の思い出が、輪郭をもって蘇る。小さな彼女の姿が、今の彼女に重なる。  滑稽でもいい。独り相撲でもいい。忘れられていたら、もう一度そこから始めよう。 「──サトちゃんっ!!!」 「え……」  自分でもびっくりするような大声に、彼女がゆっくりと振り向く。  まずは驚いたように口に手を当て、次第にじわり、と涙を浮かべて。  彼女が走ってくる。走ってくる! 「お兄さん…お兄さんなんですか!?会いたかった…お兄さん!!」  レース後なのに全力で、こちらに駆けてくる。あぁ、僕なんかのことを覚えていてくれたのか。久しぶりに会った僕を、お兄さんって呼んでくれるのか。それだけで視界が滲む。  思わず涙を拭う。ウマ娘の脚力とは恐ろしいもので、そんな数瞬の間に彼女は僕の目の前までやってきていた。 「僕もだ。ずっと君に会いたかった…サト…ちゃ…ん」 「…お兄、さん?」   だけど、感動の再会はそこまでだった。  今にも抱きつかんとするような格好で固まった彼女を「見上げ」ると、僕を「見下ろす」彼女と目が合った。  遠くで、カラスの鳴く間抜けな声が聞こえる。  ああ、神様。  僕は今日ほど、この身体を呪ったことはない──。  幼い頃、僕と一緒に遊んだ女の子がいた。転勤が多くてあまり友達を作れなかった僕は、たまたま出会った引っ込み思案な幼い少女と仲良くなった。  子供心にも、この子あんまり遊んだことがないんだな、というのは分かった。何をするにも不慣れでおっかなびっくり。そんな反応は面白かったけど、不思議と泣かない子だったから、僕も安心して付き合っていたと思う。  そんな日々も、長くは続かなかった。再び転勤が決まって、大して仲良くもないクラスメイトからドライに送り出された後。僕は初めて、その女の子の…「サトちゃん」の泣き顔を見た。  いやだ、離れたくない、私も一緒に行く…なんて、普段からは考えられないほどわがままを吐き散らして。僕がほとほと困り果てた頃にやっと泣き止んだ彼女は、ある約束を持ちかけてきた。  トレーナーになりたいと日頃語っていた僕に、ウマ娘である自分を担当してほしい。そんな、実現可能性を全く考えない、幼気な約束。  僕もまだまだ小さかったから、うんいいよ、なんて安易に返して。ゆびきりをして別れた。  そして僕はその後、長いこと体調を崩した。海外に移り住んだ僕は、水が合わなかったのか食べ物が悪かったのか、慢性的な発熱と喘息、食欲不振と下痢に悩まされた。  心配性な両親は日本に返すことも考えてくれたけど、僕はつまらない気を回して、このくらいなんてことないよ、と意地を張ったから。  なんとか勉強だけはできたけど、とにかく量を食べられない。運動もできない。家に引きこもりがちになって、クラスになんて馴染めるわけもなかった。  日本に帰ってきてからは体調も落ち着いたものの、すっかり体質が変わってしまったのか、食べる量が増えることはなくて。  そんなバイオリズムで暮らしていれば、必然的に身体が育つわけもなく。  かくして、成長期を見事に棒に振った僕は。  幼い頃慕ってくれた女の子に背を追い抜かれるという、あまりにあんまりな末路を迎えることとなったのでしたとさ。  サトトレ:お兄さん。超のつく小柄で身体もあまり丈夫ではないが細かいことを気にしないおおらかさと優しさが取り柄。最近サトちゃんどころか先輩の担当であるトウカイテイオーに身長負けていることに気付いてちょっと泣いた。  サトノダイヤモンド:天然ボケだけど要所要所で強かなお嬢様。憧れの「お兄さん」が可愛くなって再登場したことにショックを隠せないものの折り合いをつけようと頑張っている。最近スマホの検索ワードが「彼氏 小柄 デート」「彼氏 背が低い キス」「彼氏 可愛い」などで埋め尽くされこっそり覗き見たキタサンブラックが怯えた。  キタサンブラック:サトちゃんの親友。サトトレのことは昔から耳にタコができるほど聞かされていたため勝手に白バの将軍様みたいなのを想像していたが実際にお出しされたのはハムスターだった。好みのタイプは脛に傷のある男。  先輩:サトトレの先輩。チームトレーナーとして何人ものウマ娘をドリームトロフィーに送り出した実績の持ち主。鍛えるのも鍛えさせるのも大好きなメスゴリラもとい豪快女子。彼氏はいるわけがない。 「あけましておめでとうございます、お兄さん」 「うん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」 1月、トレセン学園の程近くにある神社にて。 僕とダイヤ──サトノダイヤモンドは、クラシック戦線に向けての願掛けに初詣に訪れていた。 スタイルが良い彼女に豪奢な振袖はよく似合っていて、むしろちんちくりんの僕が隣を歩くのがちょっと恥ずかしい。服装もラフなジャケットとジーンズだし。 彼女と連れ立ち、参道を歩く。両脇には出店が立ち並んでいて、食べ物を出す屋台も多い。少し風が吹くと、ソースの焦げた良い香りが漂ってくる。 ぐぅ~。 僕の真横から、ちょっと誤魔化すには無理がある大きな音が響く。幸いにして喧騒のおかげで周囲にまでは気付かれなかったようだけど、至近距離にいた僕にはばっちり聞こえてしまった。 顔を上げると、りんごみたいに真っ赤になったダイヤの顔。 「あの…その、これは…えと」 「………ちょっと、小腹空いてきたね。いくつか買って離れで休もうか」 女の子に恥をかかせないようにするためには、どうしたらいいのかさっぱり分からない。こういう時、自分の対人経験の少なさを恨む。 振袖なのに食べ物はこぼしたらまずくないかな、とか。そもそもこれフォローになってるのかな、とか。 色々考えながらもとりあえず僕らは人波を抜け、屋台の方へと歩き出した。 「はむ…もぐ、うん、美味しいです。あまり家では食べたことのない味付けで…」 「そうだね」 僕は生返事をしながら、ジャンクフードを頬張るダイヤを横目に見る。 焼きそば。唐揚げ。フランクフルト。イカ焼き。トルネードポテトにクレープにベビーカステラ。 山のように買われた食糧が、(比較的)上品な食べ方を崩さないダイヤの胃に吸い込まれていく。 …最近、ダイヤはたくさん食べるようになった。トレセン学園に入学し本格的なトレーニングをするようになったためにエネルギーの消費量が増えたからだと思っていたが、この食べっぷりを見るに明らかに他のウマ娘たちよりよく食べている。 大食いで有名なオグリキャップさんやスペシャルウィークちゃんにも、食事量なら引けを取らないと感じるほどだ。 それでいて、太ってきたような感じはしない。ハードなトレーニングに果敢に挑戦し、大量に摂取したカロリーを大量に消費しているからだろうか。 ただ、体型面で、強いて変わったところがあるとするなら、それは。 (…なんか最近、ダイヤを見上げる角度がきつくなった気がする) 成長期の少女が、十二分に栄養を摂取し十二分に身体を鍛えれば、自明ともいえるかもしれないが。 ダイヤはメイクデビューを果たしたあの日から、一回りも二回りも大きく成長したように感じる。 (アスリートとして見れば、身体が大きく頑丈に育つのはいいことだけどね) 自分に言い聞かせるように、内心で独りごちる。 幼馴染の少女の成長を素直に喜べない自分が、身体だけでなく心まで矮小になっている気がして、情けなくて小さくため息をついた。 …だから、俯いた僕は気付かない。 僕を「見下ろす」サトノダイヤモンドの瞳が、いつもと違う光をたたえていたことに。 ■ アスリート養成校でもあり世間一般の学校とは趣を異にするトレセン学園においても、殊更に他の学園と異なるシステムがある。 それが身体測定。ウマ娘たちは主にクラシック以降の大一番で勝負服を着る都合上、常に身体データを最新のものに更新していなければならない。レース前に勝負服のサイズが合わなくなっていたら悲惨なことになるためだ。 よって、通常は半年に一度程度である身体測定を、トレセン学園ではクラシック級以降、二ヶ月に一度行う。頻度が高いことにより意識が高まり体型維持にも寄与するという副次効果もあり、ウマ娘からもトレーナーからも概ね好意的に受け止められているものだ。 そしてその制度が適用されるのがクラシック級以降ということは、私たちデビュー直後のウマ娘にとっては、入学以来久しぶりの身体測定。その会場にて。 「──キタサンブラック、身長168cm」 成長著しい黒髪の少女に、どよめきが上がる。デビューから一年足らずで身長6cm増。長い手足も相俟ってすっかり大人びた彼女は、溌剌として元気いっぱいな言動とのギャップで観客のみならず学園内でもファンを増やしていた。 「だいぶ伸びたね、キタちゃん」 「へっへー!いっぱい食べてよく寝てるからね!」 諸々の測定を終えて帰ってきた彼女に、声をかける。肉体の成長に比例するようにめきめきと頭角を現した彼女は、私の大親友にしてライバル。 身長はともかく成績では負けてない自負はあるけれど、油断はしていられない。見習うべきところは見習って、せめてレースだけでもいつか勝ち越せるように頑張らなきゃ。 …と、思っていたのだけど。 「サトノダイヤモンド、身長168cm」 どよめきが一段大きくなる。私自身、え、と小さく声を漏らした。 確かに最近、服を買い換えるペースが上がった気はしていた。お兄さん──トレーナーさんと並んだ時、以前より少し低い位置に頭が来るなとは思っていた(お兄さんが気にしてるようだったのでこっそりヒールのない靴に換えたりもした)。 けれど、まさか10cmも伸びてたとは。 「ダイヤちゃんもすっごい伸びてる!私びっくりしたよ~!」 「う…うん、私もびっくり…。こんなに伸びてるなんて…」 「えへへ、並ばれちゃったね!次の測定には追い越されてるかも?」 「や、それはないと思う…たまたまだよ、たまたま。たぶん」 なぜか嬉しそうなキタちゃんをよそに、私はそっとため息をついた。 お兄さんとの身長差は開く一方。そんなことを気にするような人ではないと思ってるけど、このまま伸びていったら。 お兄さんに嫌われちゃったら、どうしよう。 (…お願いです。もう身長いらないので、どうかここで私の成長を止めてください) 今回の測定結果が「たまたま」であることを願い、私は三女神様に祈るのだった。 なお、私たちの学年で一番身長が高かったのは168cm。 つまり、私とキタちゃんの同率トップということになった。……はぁ。 ■ 「そ、っか。身長伸びてたか」 「はい…」 担当トレーナーがいるウマ娘は、測定結果を申告することになっている。 後日学園側からトレーナーに通知は行くのだけど、体格の変化はトレーニングにも影響を与えるので、基本的にはそれに先んじてウマ娘の口から伝える慣習なのだそうだ。 「ひゃくろくじゅうはち…」 「あの…トレーナーさん」 「あ、あぁ!身体が出来上がるのはいいことだ!今までに比してハードなトレーニングにも耐えられるということだからね」 私の身長を聞いたトレーナーさんは、目に見えて動揺していた。言葉だけでも平静を装おうとしているのがありありと見て取れて、かえっていたたまれない。 それはそうだろう。男の人が年下の女の子に身長で負けるだけでも屈辱的だろうに、さらに差が開いてしまったというのだから。 私のせいで優しいトレーナーさんを傷つけてしまったかもしれないという事実に、胸が張り裂けそうだった、けれど。 (…けれど?) ぼう、と。胸に灯った感情を自覚し、困惑する。 これは何だろう? 「…お兄さん。聞きたいことがあるんです」 お兄さんを「見下ろして」、私は問いかけていた。 惑う私の心をすり抜けるように、思考を経ない言葉が口をつく。 「お兄さんは、私の身長が伸びたって聞いて、どう思いましたか」 「え…どうって、それはさっき言った通り、」 「違います。サトノダイヤモンドのトレーナーとしてではなく、『お兄さんは』どう思ったか。それが知りたいんです」 「ダイヤ…?」 灯った感情が揺らぎ、胸の内側をちりちりと焦がしていく。 違う。こんなことが聞きたかったんじゃない。お兄さんを傷つけたくないのに、傷つけるようなことを言ってしまうなんて。 でも、問うた私の心はいやに晴れていて。その感情にあてられたように、お兄さんは口を開いた。 「………正直言えば、悔しかったよ」 「…お兄さん」 「あんなに小さかったダイヤが、再会した時にはすっかり背が伸びてて。それだけでもショックだったのに、そこからさらに10cmも伸びて。これから先、僕との差は開くばっかりなんだろうな、って。僕なんて置いていかれちゃうんだろうなって」 「………」 「ダイヤを見上げるたび思うんだ。僕はなんて不釣り合いなんだろうって。綺麗で美人のダイヤと、僕なんかじゃ比べ物にならないよ。…そんなことを考えてた。あはは、そんなどうでもいいことでいちいち落ち込んでるようじゃ、僕はトレーナー失格だね」 普段の優しく落ち着いた物言いからはかけ離れた、拗ねた子供みたいな不機嫌な声色。 虚勢と怯えがないまぜになった、「そんなことないよ」と優しく否定してくれるのを待つような言葉選び。 到底、頼りになるトレーナーさんの台詞じゃない。はっきり言って、大の大人がみっともない。 そんな誰でも幻滅しそうなショッキングな言葉を聞いて、私は、 (──かわいい♥) 私の胸に焦げついた感情に、歪んだ輪郭を与えてしまった。 ■ 僕の抱えるコンプレックスは、僕自身意識していないものだった。 ダイヤの感情の読み取れない瞳に射竦められ、止めどなく言葉が溢れ出す。 さも「身長なんて気にしてませんよ」と嘯いておきながら、ちょっと揺らいだだけでこれだ。ましてそれを自分の担当ウマ娘に叩きつけるなど、言語道断。 本当にこんなの、トレーナー失格だ。 言った言葉を戻すこともできず、どうしようもなくて叱られた子供のように俯いた僕はしかし、ダイヤが一言も発していないことに気付いておそるおそる顔を上げた。 幻滅されただろうか。失望されただろうか。口ではああ言ったけれど、ダイヤに見捨てられたら立ち直れそうにない。そんな保身ばかりの自分がまたみっともなくて、泣きそうになりながら見上げた彼女の目は、 ──はっきりと見て取れる情欲に、燃え盛っていた。 「え」 「お兄さん。お兄さん…ありがとうございます、私に教えてくれて」 譫言のように呟いて、彼女はそのまま一歩、こちらに踏み出した。 「今…はっきり分かりました。最近、お兄さんを見ていると感じる想いが何だったのか。私の身長を聞いて動揺したお兄さんを見て感じた想いが何だったのか」 また、一歩。 「みっともない言葉で、本心で日頃思っているみっともない考えを伝えてくれたお兄さんを見て、私が感じた想いは何だったのか」 一歩。 僕はそこでようやく、身体を動かすことを思い出したように、ほんの少し後ずさりした。 ダイヤはもう、目の前に来ていた。 「ねぇ、お兄さん。──好きです」 愛の告白めいた言葉は、けれど明確にそれとは文脈を異にしていた。 「好きなんです。みっともないお兄さんが。身長にかかずらって私を見て思い悩むお兄さんが。身長差がさらに開いたことで分かりやすく動揺するお兄さんが、好きです」 ダイヤの顔はよく見えない。至近距離に立つと大きな胸で遮られて、顔の下半分が隠れちゃうんだなぁ、なんて、場違いな思考が脳裏をよぎる。 「私に詰められて本音をこぼしちゃうお兄さんが好きです。恥ずかしさで耳まで真っ赤なお兄さんが好きです。感情がぐちゃぐちゃになって、泣きそうになってるお兄さんが好きです」 腕が伸びてくる。何が起きていてどうすればいいのか僕には分からなくて、ぁ、ゃ、と、声にならない声が漏れる。 「お兄さん。──かわいい」 「ぁ──」 全身を、浮遊感とダイヤの体温に包まれた。 抱き上げられた、と感じたと同時。いつもよりずっと近くで、見上げることなくダイヤと目が合った。 「……だい、ぁ」 「ふふ…お兄さん、軽いです。ちゃんとご飯食べてますか?」 目線を逸らせないまま、顔が近付く。 目を閉じられないまま、彼女との距離がゼロに近付く。 「お兄さん。お兄さん。お兄さん。私の──かわいいお兄さん」 「──!」 「ん…」 夕暮れのトレーナー室。トレーナーと担当ウマ娘。幼い頃から親交があり、深い絆で結ばれた二人が、好きだ好きだと言い合いながら、ついに口付けを交わす。 ──そんな陳腐なほど使い回された恋愛劇的シチュエーションで、僕らはしかし、くらくらするような退廃に身を投じてしまったのだった。 その日から、僕とダイヤの関係は少しずつ変わっていった。 「うふふ…トレーナーさん♥」 「だ…ダイヤ…」 たとえば、彼女からスキンシップを求めてくる回数が、やたらに増えた。 手を握ったり、肌を寄せ合ったり。そんな他愛もない触れ合い。 けれど、彼女の魅力を知ってしまった僕には、そんな触れ合いでさえ、パーソナルスペースを削り取る恐るべき攻撃に他ならなかった。 「トレーナーさん♥ダイヤは少し汗をかいてしまいました♥」 「そ…そっか。体を冷やさないようにね。すぐ着替えてシャワー浴びてくるといいよ」 「………♥」 自分の体の状態を、逐次報告してくるようになった。 体調管理の面では、とてもありがたいことだけど。たとえば今みたいに、汗で蒸れた彼女の体臭を直で嗅がされたりしたら、とてもじゃないが平静を保てやしない。 そして、休日には。 「お兄さん♥おまたせしました♥」 「おはよう、ダイ…ヤ?」 「ふふ…今日はちょっとだけ背伸びをしてみちゃいました♥どうでしょうか♥」 一緒に出かけるとき、彼女は必ず、ヒールのある靴を履いてくるようになった。 この間まで一度も履いてきたことがなかった、二桁センチのかなり高いヒールを。 靴だけじゃない。僕と歩く時は多少背を屈めて、隣ではなく少し後ろを歩いて…なるべく身長差を目立たせまいとしていた、あのダイヤが。 今日は、堂々と僕の隣を、胸を張って歩いている。 ただでさえ身長差があるのに、ヒールと姿勢の良さが加わるものだから。僕とダイヤの体格は、姉と弟…いや、母と息子ほどにも違ってしまっていた。 「………♥」 どういう心境の変化があったのか、僕に推察することはできないけれど。 彼女が僕との体格差を恥じることなく、「愉しむ」方向に進んだのだということだけは、なんとなく感じ取れた。 その日、僕とダイヤは郊外のショッピングモールで、一日買い物を楽しんだ。 映画を見たり、ショッピングをしたり、フードコートでジャンクフードを食べたり。 とても楽しく過ごせたと思うけど、ただ一つ。 僕の短い足に歩幅を合わせてくれたダイヤが、とっても窮屈そうに歩いてて。 ふとそれに気付いた僕は情けないやら恥ずかしいやらで、顔から火が出るくらいに恥ずかしかったことを、自戒も込めて記しておく。 ダイヤは終始にこにこと嬉しそうに笑ってくれていたけど、僕は本当に、彼女に見合うような人間なのだろうか。 「………♥」 そして、買い物の帰り。 ただ出かけて遊んで帰るのでは味気ないということで、走りの研究も兼ねてレース場に出向くことにした。 のだが。 「…すごい人、ですね」 「G1レースだからね…さすがにクラシック三冠ほどではないけど、全国からウマ娘の走りを生で見たいファンが集まってるんだね」 レース場は人、人、人。なんとか観客席まで滑り込めたはいいものの、とてもじゃないがレースを見られるような状況ではなかった。 「…あの、大丈夫ですか?お兄さん、そこからだと見えないんじゃ」 「うーん…まぁ僕は後ほどビデオで見るからいいや。ダイヤの身長なら見えるでしょ?せめてダイヤだけでもレースを目に焼き付けて、それで後日印象を擦り合わせることにしよう」 「……」 こういう時、僕の低身長は極端に不利になる。他の人の肩にさえ届かないので、レースはおろか掲示板に表示される映像を見ることすら困難なのだ。 とはいえ、今日はダイヤと二人連れ。ダイヤの刺激になれば僕の方はどうだっていいので、多少格好つけてトレーナーらしいことを言ってみたのだけど。 「…よしっ」 「…? ダイヤ、聞こえた? 僕はいいからダイヤだけでも」 「お兄さん、…失礼しますっ!」 「え──わぁ!?」 股ぐらに暖かいものが滑り込んできたかと思うと、視界が上空に飛ばされる。 人混みを抜け、一気に周囲を見下ろすことができるようになる。 急な変化でパニックを起こしかけて、そこでようやく、ダイヤが僕を持ち上げたことに気付いた。 いや、これは持ち上げたというより──。 「どうですか?お兄さん。見えてますか?」 「う…うん。でもダイヤ、これ…」 「よかったぁ…私、誰かを『肩車』したことなんてなかったので、これで合ってるか不安だったんですけど。これならお兄さんも一緒にレースを見られますよね?」 「そ…そうだね…」 やっぱり、気のせいではなかった。 ダイヤに肩車されている。元々170センチ近い長身に加えて今日はヒールも履いているので、肩車された僕の視界は2メートルをゆうに超えているはずで。 しっかりした体幹は、小柄な僕なんかを肩に載せてもびくともしない。目の前にあるダイヤの後頭部からは、甘く優しい匂いがする。 奇妙なほど安心感のあるシチュエーションの下、日頃見ることのない景色に高揚する自分がいる反面、「年下の女の子に肩車されてしまった」という事実が、僕の羞恥心を煽りたてていた。 さりとて、ダイヤは善意でやってくれたことだし、実際同じようにレースが見られるのはありがたいから、降ろせと文句をつけるわけにもいかず。 結局その後、僕はメインレースを終え、その日のプログラムを終え、ウイニングライブが終わるまで、ずっとダイヤに肩車されたまま過ごすことになるのだった。 …周囲の観客の微笑ましい目線が、とっても恥ずかしかった。 「………♥」 前回の身体測定から、さほど間を空けることなく行われる、新年度2回目の測定会。 あたしは最近気になっていたことを、思い切って隣の親友に尋ねてみることにした。 「サトちゃんさ」 「…? なぁに? キタちゃん」 「最近その…なんかちょっと、変わったよね」 「──、そうかな」 一瞬、面食らったような表情をして、すぐに元通りの微笑みに戻る。 付き合いの長いあたしだから気付くような、些細な変化だけど。 「うん、ぜったい変わった。あたしが言うんだから間違いないよ」 「もう、何それ? アテにならないよキタちゃん。…でも、そうだね」 と、そこで一度、言葉を切る。待ち時間の雑談と思い、中身はさして重要でもないと思っていたのだけど。 「私が変わったっていうならそれは…トレーナーさんの、おかげだよ」 「──」 殊勝な言葉からは及びもつかない、妖艶な表情。 この話題に、この場でこれ以上踏み込んじゃいけない。あたしの本能がそう告げていた。 『──よし次。キタサンブラック、およびサトノダイヤモンド。身長計の前へ』 都合よく、測定係から声がかかる。これ幸いと会話を打ち切って、二人揃って身長計に背中をつける。 「伸びてるかな?」 「どうだろ…前回から2ヶ月だしそんなには変わらないと思うけど、でも」 「…でも?」 「………伸びてたら、嬉しいよね」 「ダイヤちゃん…?」 前回、あまり嬉しそうじゃなかったのに、この反応は何だろう。 疑問を掘り下げる間もなく、測定係から数字を読み上げられる。 『キタサンブラック、身長169センチ』 「お、1センチ伸び──」 『サトノダイヤモンド、身長170センチ』 「──え」 順番待ちのウマ娘たちがどよめく。 あたしは転入以来、1年生にしては身長が高いことで有名だった。規格外のヒシアケボノ先輩もいるけど、それを除けばかなり上位の長身。そんなあたしが、ダイヤちゃんに抜かれた…? ショックではないものの、すこしだけ呆然としながら。ふと横を見て、ダイヤちゃんの表情を見て、絶句した。 「────♥♥♥」 ダイヤちゃんは、身長計の目盛りの、自分よりずっと下…ちょうど胸の前、150センチより少し下のあたりを凝視して、微笑んでいた。 一点を見つめたまま、何かを思い出して反芻するような、蕩けた視線。 怖い、と思った。この場を離れたい、とも思った。 彼女に何があったのだろう。何を思ったのだろう。 (ダイヤちゃん…いったい、どうしちゃったの?) どよめきの去らぬ測定会場で、あたしはそこはかとない不安に駆られていた。 「ん…♥ちゅっ♥ぢゅぅっ♥んーっ♥んちゅ♥」 「は…む、んぢゅっ、だ、だいやっ、んむぅっ」 放課後のトレーナー室で、ダイヤと二人。 抱き合いながら、口づけを交わす。 否、こんな一方的なものは口づけとは呼べないだろう。ダイヤは部屋に入るなり、後ろ手に戸鍵を締めて、そのまま僕に覆い被さるように唇を吸ってきた。 これはもはや、捕食。食物連鎖の上から下に行われる、摂食行為。 今この場において──もしかしたら常日頃から──僕はダイヤよりも、絶対的に序列が下だった。 「…ぷはっ♥お兄さん、聞いてください♥」 「はっ、はっ…え、何を」 「今日の身体測定、ダイヤはこの2ヶ月で2センチ身長が伸びて──170センチに、なってしまいました♥」 「──」 「ふふ…♥その表情♥驚きと絶望感が入り交じった、切なげな表情♥やっぱりとっても可愛いですよ、お兄さん♥」 「ゎぷ」 感極まった様子のダイヤに、抱き寄せられる。彼女の大きな、大きな胸は、今や僕の顔の真正面にあって、抱き寄せられたらそのまま頭が埋もれてしまう。 身長の伸びは、前回と比べたら微々たるものだけど。今回は前の測定から、2ヶ月も経っていないのに。 2ヶ月で2センチも伸びたら、1年で伸びる身長は12センチ。 170センチになってしまった彼女が、12センチも伸びたら、それは──。 「……♥♥お兄さん、今…今よりもっと背が伸びたダイヤのこと、想像しましたね♥」 「な…え、いやっ、その」 「うふふ♥ばればれですよお兄さん♥お兄さんの目線が、私の顔を見て、私の頭上を見て、それで…おまたのところがぴくんっ♥て動きましたから♥♥」 「…!!」 反応したのが、バレた。 恥ずかしい。情けない。このまま消えてしまいたいほどにいたたまれなくて。 幼子のように縮こまる僕に、ダイヤは優しく、優しく、慈母のような声音で囁いた。 「大丈夫♥恥ずかしがらなくてもいいんですっ♥お兄さんはかっこいいですよ♥向上心があって、自分の弱いところをちゃんと認められて、」 「ダイヤ…」 「──そんな劣等感なんかできもちよくなっちゃう、みっともなくて情けない負け癖マゾですっ♥♥♥」 「──…!!」 「あはっ♥また反応しましたね♥正直でかわいいですっ♥」 恥ずかしい。気持ちいい。情けない。気持ちいい。 頭上から降り注ぐ、優しい声の罵倒によって、脳の回路がバグを起こしていく。 恥ずかしいのは気持ちいい。情けないのは気持ちいい。 つながってはいけない2つの項が、ダイヤの囁きによって強制的に接合されていく。 「よしよし♥いいこいいこ♥可愛くて、情けなくて、オス失格のお兄さん♥ダイヤはお兄さんのことが、だいだい大好きですよっ♥」 「ぁ…あ…」 頭を撫でられて、罵倒されて、抱きしめられて、認められて。 背反する愛情を同時にぶつけられて、僕の心が綻びていく。 「でも、ダイヤに負けて当然♥みたいに思っちゃだめですよっ♥お兄さんはダイヤの憧れのひとなんですからっ♥いつまでもかっこいいお兄さんでいてくださいっ♥」 「そ、んな」 無理言わないでよ、と言いかけて。飲み込んだのか言葉にならなかったのか、それすら自分では判断がつかなかった。 心の均衡を守るための防衛機制として。彼女に負けるのは、ダイヤという上位存在に負けるのは、仕方ないことだと諦めようとして。当のダイヤにそれを否定されてしまえば、僕は逃げ場を失ってしまう。 「~~~っ♥♥お兄さん、お兄さんっ♥すきっ、すき♥だいすきっ♥だいすきですっ♥」 「ぁう、だいや、ダイヤぁ…っ」 「ちっちゃなお兄さん♥情けないお兄さん♥かっこわるい、お兄さん失格のお兄さんっ♥♥」 「や、ぁ…やめて、言わないで、やだっ」 「そんなかっこわるいお兄さんが、大好きですっ♥お兄さん、お兄さん、お兄さんっ♥♥♥」 視界の端が白く染まっていく。ダイヤの愛情に溺れ、僕を僕たらしむ意識が遠ざかっていく。 感じるのは、ダイヤの体温。ダイヤの体臭。ダイヤの肉感。そして、ダイヤから与えられる、無限の愛情と無限の劣等感。 僕の価値観のすべてが、ダイヤで塗り替えられていくのを感じる。僕にとってのダイヤが、僕自身より上に位置づけられたのを感じる。 溺愛と隷属の中で、下半身に甘い痺れを感じながら。 僕は呆気なく、ダイヤの胸の中で意識を手放した。 「その…ごめんなさい、お兄さん。やりすぎました」 「…………」 半刻後。ソファーでダイヤに膝枕された状態で目を覚ました僕は、ぐちょぐちょになったパンツに不快感を覚えながら、ダイヤを半目で睨むことになるのだった。 …この表現も正確ではないけど。なにせダイヤは胸が大きいので、膝枕された視点だと顔が全く見えない。おっぱいの下側で視界が占領されている状態なので、なんとなく顔があるであろう方向に向けてやぶ睨みするといういまいち締まらない真似をすることになったのだが。 「あの…怒ってます、よね」 「…今後は、トレーナー室でやるのはやめよう。せめて人目のつかないところで。ここ学内だからね」 我ながら甘い裁定だとは思うのだけど。さっきの例でいくと、確かに発情したのはダイヤだろうが、それに流され一切の抵抗を諦めたのは僕である。自分の自制心の無さを棚上げして、ダイヤだけ責めるような真似は、どうしてもできなかった。 「じゃ、じゃあ!今度はトレーナーさんのおうちで」 「はいミーティングするよ。今日はダイヤの末脚をよりキレよくするためにはどうしたらいいかの検討」 無理があるのは百も承知で、強引に話題を逸らす。 そうでもしないと、今すぐにでも欲に溺れてしまいそうだったから。 膝枕の姿勢のまま、ダイヤと密着し、体臭に包まれながら、未だ高鳴る胸を抑える。 僕はこのまま、あと1年以上もの間。ダイヤのトレーナーとして、頼れる大人として、やっていけるのだろうか。 「………♥」 夢を見ていた。 ダイヤと別れた時の、胸が張り裂けそうなくらいに悲しい夢。 『本当に、行っちゃうんですか?』 『うん…』 夢の中の僕は、幼い姿のままで。 せつなそうに眉根を寄せる「ダイヤお姉ちゃん」を、懸命に見上げていた。 『お姉ちゃんは心配です。こんなに小さいのに、お友達と離れて転校だなんて…』 『大丈夫だよお姉ちゃん。僕だって、引っ越した先で友達くらい作れるもん』 小生意気な、甘えたような声で語る僕。 夢が夢であることは理解できても、状況の違和感には気付けない。 夢の中の僕を俯瞰的に見る僕は、今この瞬間、ダイヤのことを本気で、「お姉ちゃん」だと思っていた。 『それなら、せめて。約束です』 お姉ちゃんがそっと手を伸ばし、僕を抱き上げる。 背の高いお姉ちゃんの体に包まれた僕は、至上の安らぎを覚えて。 さっきまでの強がりなど都合よく忘れ、暖かい胸の中でされるがままになっていた。 『私が、トレセン学園に入ったら。君が、そこで働いてたら』 『…お姉ちゃん?』 お姉ちゃんは年上なのに、僕より早く学校を卒業するのに、何でそんなことを言うんだろう。 でも、その言葉は不思議と、僕の心の奥底に響いてきて。 忘れた何かを思い出させるように。あるいは、大事な何かを気付かぬままにすり替えるように。 『その時は、きっと、私を──』 「…朝か」 トレーナー寮に差し込む朝日が、網膜を通して脳内をリセットしていく。 さっきまで見た夢の内容は、綺麗さっぱり忘れてしまっていて。 でも、 「なんだか…とっても、安心する夢だった気がする」 心地よいその感覚だけは、いつまでも胸に残っていたのだった。 …なんて、美しい夢日記だけで追われたなら、よかったのだけど。 「──だから、こういう局面で一瞬の隙を突くために…」 「なるほどです、つまり──」 ダイヤとミーティングを行っていた時、事件は起きた。 「──という作戦のために、そのトレーニングをやる必要があるということなんですね」 「その通り。やっぱり賢いから、理解力が高いね『お姉ちゃん』は」 「…え?」 「あっ…」 面食らったような顔のダイヤを見て、自然に口をついて出た言葉を思い返して、やらかしたことに気付く。 同時に、フラッシュバックする今朝の夢。 『大丈夫だよお姉ちゃん。僕だって、引っ越した先で友達くらい作れるもん』 ああ、せめて起きた時に覚えていられたら。あるいは今日一日、口を滑らせないよう気をつけることだってできたのに。 顔から火が出るように熱い。僕のことを「お兄さん」と慕って──いや最近はだいぶ当初と態度が変わってきた感もあるけれど──くるいたいけな少女に向けて、言うに事欠いて「お姉ちゃん」などと。 事情を知らないダイヤからしたら、これじゃあまるで僕がダイヤに無意識に被庇護欲を覚えているみたいじゃないか、と。 運命の三女神の意地悪を呪いつつ、恐る恐るダイヤを見ると。 「───♥♥♥♥♥」 「あ…」 ダイヤの目に、ハートが浮かんでいる。 そう形容できるほど、状況を理解した彼女の目は法悦に蕩けていた。 「その、違うんだダイヤ。聞いて」 「はい♥『お姉ちゃん』は何でも言うこと聞いてあげちゃいますよっ♥うふふふふ♥」 「おぉ…」 ダメだ。聞こえてるけど聞いてない。完全に暴走してる。 何とか逃げ…いやダメだ、ドアに近いのはダイヤだしウマ娘の脚力に勝てるわけがない。 悩んでいる間に、ダイヤは僕のすぐそばに歩み寄って、こちらを見下ろしてきていた。 「うふふ…♥♥」 「──ぅ」 どくん。 逆光に翳った彼女の姿に、胸が高鳴る。 かつて小さかった年下の少女を僕が思い切り見上げているという状況に、否応なしに興奮している。 不可思議なこの気持ちに名前をつける間もなく、彼女は僕を蹂躙しようと、まさにその身を屈めていた。 「じゅるるっ♥んふっ♥むぢゅっ♥んーぢゅっ♥」 「んむぐっ…ちゅ…! んーっ、むーっ!」 上から覆い被さるように、僕の口内を貪るダイヤ。 「前戯」などまだるっこしいとばかりに、口吸いもそこそこに頬を手で掴み、舌を挿入してくる。 体格の違いは舌の分厚さにも現れていて、僕の小さな口内はダイヤの舌でいっぱいになってしまっていた。 「んぶぢゅっ♥んふーっ♥じゅずっ♥んぶぢゅっ♥」 「んっ…むぐーっ!んー、んっ」 僕にできる抵抗といえば、頬を固定するダイヤの手に僕の手を重ねることと、口内で暴れ回る舌に舌を這わせ、絡ませる真似事をすることだけ。 そんな情けない、弱々しい抵抗すら、彼女の情欲を煽る結果にしかならなくて。 と、その時。 獲物を逃すまいと頭を抑えつけていた彼女の手が、すすっと下に移動した。 急な変化に戸惑ったのも、一瞬。 「───っ!?!!?」 「じゅるずっ…♥ぷはっ♥…うふふ♥思ったとおりですっ♥お兄さんのちくび♥可愛いちくび♥もうかちかちに勃起しちゃってますねっ♥」 ダイヤの大きな手が、僕の胸をいやらしく撫でていた。 キスの興奮で固くなった乳首を、揉み潰すように。僕の貧相な体格を嘲笑うように、片手で両の乳首を同時に責めていた。 快楽に砕けた僕の腰を、もう片方の手が優しく支える。お尻に添えられたそれは、僕一人の体重なんて全く意に介さないような、優しくて力強い手だった。 ぞわりぞわりと、背筋が粟立つ。服の中に突っ込まれた手でまさぐられるたび、固くなった乳首を揉み潰されるたび、決して男性的でない快楽が脳を灼いていく。 「だい…やぁっ…」 「お兄さん♥かわいい♥あんなにかっこよかったお兄さん♥今ダイヤにちくびこりこりされて♥片手で感じさせられちゃってますよね♥とっても情けなくて…かわいいですっ♥♥」 屈んだことで近くなった距離。ダイヤは僕の乳首を責めながら、耳元に唇を寄せてきていた。 口から紡がれるのは、淫らで耐え難く甘い罵り。 耳朶を犯すダイヤの囁きが、僕の脳を終わらせていく。 そして、 「ねぇ♥お兄さん♥お願いがあります♥」 「ふぇ…な…ぁに…」 「ダイヤのこと♥『お姉ちゃん』って呼んで♥甘えてみてくださいっ♥」 「ぅぁ…」 終わってしまった僕の脳に、正常な判断力など残されていなかった。 ダイヤの言うことを聞きたい。ダイヤの言うことは全て正しい。ダイヤの言うことにはすべて従わなければならない。 みっともない本能と崩れた理性が協力して、自我を失った僕の体を操っていく。 「──おねえちゃ、もっと、して…?」 「~~~っっ♥♥♥」 ダイヤが、噴火した。 「そのお顔っ♥とろとろになっちゃった顔っ♥かわいいっ♥かわいいですっ♥あぁダイヤは♥今ほど自分の語彙力の欠落を恨んだことはありませんっ♥お兄さんお兄さんお兄さんっ♥ほら♥お姉ちゃんですよっ♥」 朦朧とした僕の体を、ダイヤが強く、強く抱いている。 ウマ娘としての力を制御できていないのか、骨が軋む感覚がする。 それすらも、ダイヤから与えられているものだと思えば、心地良い。 「ねぇお兄さん♥またお願いがありますっ♥」 「──」 口は開くけれど、言葉が出ない。それでもダイヤの言うことに従いたくて、全身全霊を賭してほんのわずかに、首を縦に振ってみせた。 「お姉ちゃんに…『全部』、見せてください♥♥」 「…?うん…」 ダイヤのお願いは抽象的で、僕には理解できなくて。 それでもきっと、ダイヤの言うことなら間違いはないから。分からない僕は分からないなりに、深く考えずに承諾してみせた。 「ふふ♥ありがとうございますっ♥それじゃあ…えいっ♥♥」 「あっ…!?」 腰に添えられていたダイヤの手が、そのままズボンを引きずり下ろした。 パンツごとずり下ろされて、下半身を冷気が包む。 僕は今、担当ウマ娘に陰部を見られている。そのことが多少なりとも、僕を現実に引き戻した。 「だ…ダイヤ!?」 「もうっ♥私は『お姉ちゃん』でしょう?♥それに…ふふっ♥」 慌てる僕に構わず、ダイヤは僕の股間をしげしげと観察する。 「お兄さんのここ…♥お兄さんと一緒で、とっても『かわいい』おちんちんですね♥♥」 「~~っ!?」 羞恥、ふたたび。 ダイヤに見られて、笑われて、消えてしまいたいくらい恥ずかしくて。 そう。僕のチン…その、陰茎、は、婉曲的な表現をするなら、体格に見合った程度のサイズで。 トレーナー研修で大浴場に入る時も、僕は人の少ない時間を狙って、必死に股間を隠してこそこそと入浴していたくらいで。 体格ともどもコンプレックスになっていたそれを、ダイヤに見られてしまった。 恥ずかしさもさることながら、「幻滅されたらどうしよう」「ダイヤに捨てられたらどうしよう」なんて、被害妄想ばかりが膨らんでいく。 「ふふ♥つんつん♥お兄さん、本当に子どもみたい…♥ぷにぷにして、なんだかマスコットみたいに可愛くて…あら?」 「ぅ…ぐす、ひっぐ…」 羞恥と被害妄想に耐えられず、鼻腔の奥がつんと熱くなる。 こんなことで泣いちゃうなんて、みっともない、情けないと思うけど。思えば思うほど、怖さと悲しさは止められなくて。 「………もう。ふふっ…大丈夫ですよ、お兄さん」 「ぐす…だぃ、ゃ…」 それこそ子どもみたいにべそをかく僕を、ダイヤは困惑したように見やって…ふ、と笑みをこぼして、優しく抱いてくれた。 「おちんちんが小さ…その、可愛かったくらいで、嫌ったりしません。むしろお兄さんにぴったりで、ダイヤは嬉しいです」 「あう…」 優しく、母が子に言い含めるような声音で、僕を抱いたままダイヤが囁く。 あったかくて、おっきくて、やわらかくて、無限の安心感をもたらすその抱擁で、僕のささくれ立った心がゆっくりと凪いでいく。 「だから、ダイヤにもう一度、チャンスをください。お兄さんのおちんちんを、愛させてください。…ね♥」 「う…うん」 「ふふ…♥いいこいいこ、です♥」 ダイヤがしゃがみ込んで、僕の股間に顔を近付ける。 いつもダイヤを見上げてばかりだから、見下ろすようなこの構図は新鮮だなぁ、なんて。 場違いなことを考えた僕の思考回路は、次の瞬間、唐突にぶつんと切り捨てられた。 「じゅるる…♥もぐっ♥んじゅっ♥」 「──!!?」 フェラチオ、という行為。僕も男だ、経験はないにせよ、その名の意味するところは知っていた。 男性の陰茎を、パートナーが口でしゃぶる行為。 ただ、ダイヤが今行っているこれが、おそらくは一般的なものとかけ離れているのは。 僕の小さなおちんちんを、「玉ごと」しゃぶり回していること。 「だ…ダイヤ!そんっ…な、あっ…!」 「ん~~?ふぁっふぇふぉふぃいふぁんふぉ、ふぃっふぁふふぇふぉうふぉふぉふぉふふぇ…」 「あっ、んぁ、うひっ、ぉあ、ぁうっ」 咥えこんだまま──おそらくはわざと──喋ろうとするダイヤのせいで、陰茎と陰嚢に同時に刺激が伝わってくる。 何と言っているのかも分からないけど、ダイヤの目から伝わってくる感情が『愛玩』である以上…少なくとも、この場における上位者は彼女で。 僕はもはや言葉を発することもできず、こそばゆいやら気持ち良いやら、快楽の波に翻弄されるしかなかった。 「んひっ、だ、ぁいやぁっ…ぼく、もう、もう…!」 「んーっ…ぷはっ♥」 「もう………え?」 いよいよ、という時になって、おもむろに彼女が口を離した。 急速に失われた快楽に、脳が混乱している。 なんで。どうして。もうちょっとでイけそうだったのに。 身勝手な不平不満を渦巻かせていると、ダイヤは悪戯っぽく、僕に微笑んだ。 「続きは…ねぇお兄さん、どうしたらいいと思いますか♥」 「ぇ…」 「お兄さんのことをバカにして、好き勝手に貪る、わるーいダイヤを…そろそろ懲らしめたいと、思ったりしませんか♥」 「そ、れは」 しゅる、と衣擦れの音がする。 夕日はすっかり沈み、薄闇が覆いつつあるトレーナー室で。 サトノダイヤモンドが、僕の担当ウマ娘が、1枚、また1枚、身を隠す衣服を脱いでいく。 そして。 「ねぇ、お兄さん♥…どうでしょうか♥」 「……っ」 一糸まとわぬ姿のダイヤが、僕の前に立っていた。 先ほどまで僕のものをしゃぶっていた口は、唾液でてらてらと光っている。 服の上からでも分かる、大きな、大きな胸が、肌のハリを保ちながら、重力に負けてだらんと垂れている。 そして。彼女の興奮を示すかのように、この暗がりでも分かるくらい、内腿がぐっしょりと濡れそぼっている。 僕のことを愛し、僕のことを絡め取ろうとする、大きな女体に、僕はふらふらと吸い寄せられ、そして。 「──!!」 「きゃっ♥……え?お兄さん…?」 ぎゅぅ、と抱き着いていた。 押し倒そうと、思わなかったわけではない。ダイヤの言う通り、懲らしめてやろうと思わなかったわけではない。 僕だって大人の男だ。ダイヤはまだ学生だ。ここらで一つ、大人の男の怖さというものを教え込んで、上下関係をフラットに戻してやった方が、きっとよかったんだろう。 けれど。 いざ、ダイヤの圧倒的な肢体を前にして。 僕が採った選択は、「服従」だった。 「ダイヤぁ…」 自分でも、甘えた声を出しているのが分かる。 こうしてお互い立ったまま抱き着いてみると、僕の顔はちょうど、ダイヤの胸にすっぽり収まってしまう。頭頂部が肩どころか、腋くらいまでしか届いていない。それくらい、圧倒的な体格差。 肉付きのいいダイヤの身体に、思わず頬をこすりつける。まるで子が母に、愛してくれと媚びるように。 寸止めを食らったおちんちんが、ぴくん、ぴくんと震えている。跳ねたおちんちんが硬いものに当たって、それがダイヤの膝だと理解して、僕の股下はダイヤの膝くらいしかないと知って、余計に興奮が高まった。 「……………そう、ですか♥そうですか♥♥♥♥」 胸に顔をうずめているせいで、ダイヤの表情は分からない。声だって、大きな胸に耳を塞がれてきちんと聞こえてこない。 けれど、不思議と。僕のこの一連の行動が、どうしようもなくみっともない姿が。ダイヤの劣情をさらに、さらに煽ったというのだけは伝わってきた。 「そんな可愛いお兄さんは~……こうですっ♥」 「ぅわっ!?」 急にダイヤの手が僕の背後に伸びてきたかと思うと、身体が宙に浮いた。 両の手でお尻を支えられ、僕の両手はダイヤの首に回され。ダイヤに抱き上げられ…いや、「抱っこ」されたのだと理解するまで、そう時間はかからなかった。 面食らう僕には構わず、その体勢のまま、ダイヤは甘やかに言葉を紡ぐ。 「ねぇお兄さん♥さっきお兄さんにあげたのは♥『最後のチャンス』、だったんです♥」 「…うん」 「さっき、お兄さんが押し倒そうとしてきたら♥ダイヤは一切抵抗しないで、そのままやられちゃうつもりでした♥」 「…うん」 「お兄さんが男らしいところを見せてくれたら♥ダイヤは一生、お兄さんに服従して♥お兄さんに都合のいい、ペットになってしまうつもりでした♥」 「…うん」 「…でも、お兄さんは何もしなかった♥それどころか、もっといじめて~♥甘やかして~♥って、媚び媚びに甘えてきちゃいました♥」 「………うん」 ただ相槌を打つ。だって、全部事実だから。 ダイヤの意図は分かっていて、その上で僕はあれを選んだのだから。 「…ですから、これからは♥ダイヤがいっぱい、いっぱい、い~~~っぱい♥♥お兄さんを甘やかしてあげますねっ♥♥♥」 つぷん。 瞬間。聞こえもしない音が聞こえて、頭が、真っ白になった。 「~~~っ」 「あは♥射精てる♥さすがお兄さん♥入口まで挿入れられただけで射精しちゃう、見た目通りのよわよわおちんちんですっ♥」 くすくすと、ダイヤの嘲笑だけが耳に届く。 正面から抱っこされた姿勢のまま、おちんちんだけが、ダイヤのおまんこに飲み込まれていた。 「ゃぁっ、ゃらぁっ…こんな、はずかし…ぃっ」 「そうです♥恥ずかしいんですっ♥お兄さんは今、間違いなく、世界で一番恥ずかしい甘えん坊マゾですよっ♥」 「うぅ…っ」 「あぁ…いいです♥いいですよ、お兄さん♥その恥ずかしそうな、情けなくて弱っちい表情♥本当に…大好きな、お兄さんの表情ですっ♥」 嘲笑われながら、ゆさゆさと身体を揺すられる。 イッたばかりで敏感になっているおちんちんを、優しく包み込まれて、ずっと気持ちいいままで。 お母さんに抱かれているような無限の安堵感の中、おちんちんだけが切り離されたように、ダイヤから無限の快楽を与えられている。 「ふふっ♥お兄さん、前も思いましたけど本当に軽いですっ♥まるで…そう、まるで♥赤ちゃんを抱っこしてるみたい♥」 「そんなぁ…っ」 「ほら…大事な、大事な、はじめてのえっちが♥こんなへんたい行為になっちゃって♥ねぇお兄さん♥『気持ちいいでちゅか』♥」 「………っ!!」 「あは♥ぴくっとしまちたね♥そうですか…こういうのが、好きなんでちゅね♥」 ダイヤの言う通り、幼い頃に出会ってまた再会した、何より大切な担当ウマ娘との。はじめてのセックスが、こんなド変態プレイの極致になってしまって。 もっと言うなら、僕は童貞だから。生まれてはじめて経験するセックスが、こんなことになって。 そう思うと、何だか取り返しのつかない過ちを犯したような気分になって、それがどうしようもなく、興奮した。 「ダイヤ、また…またっ!」 「またイッちゃうんでちゅか?♥もう…本当に、赤ちゃんみたいな敏感♥よわよわ♥おちんちん♥なんでちゅね…♥」 ふ、と鼻で笑って、ダイヤが僕を揺するペースを少しだけ上げた。 僕のおちんちんは小さすぎて、実のところ膣壁から受ける快楽はごくわずかだったのだけれど。 「ダイヤに赤ちゃんみたいにあやされている」という事実が、事実だけで、僕を絶頂へと導こうとしていた。 「お兄さん♥ほら♥イッてください♥可愛く♥情けなく♥だらしないイキ顔♥ダイヤに、お姉ちゃんに見せてください♥」 「ぁ、あっ…ダイヤっ…ダイヤ、お姉ちゃん…お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんっ…!」 瞼の裏で火花が散る。 未だお姉ちゃんに呑まれたままのおちんちんから、甘い痺れが腰全体に広がっていく。 「あ…また射精ましたね♥ぴくぴくふるえて、可愛…お兄さん?」 「ぅ…」 と同時に、視界の端が白くなっていく。 立て続けに射精したせいで、体力を使い果たしたのか。僕の意識はゆっくりと遠のいて。 お姉ちゃんに…ダイヤに抱っこされたまま、おちんちんはおまんこに抱っこされたまま、気を失うのだった。 ──目が覚めた時、僕は自室のベッドに寝かされていた。 「…えっ?」 思わず上体を起こし、周囲を見渡す。ダイヤの姿はどこにもない。 机の上にはフルーツゼリーと栄養ドリンク、そして1枚のメモ用紙。 『お兄さんへ。 今日はやりすぎました。ごめんなさい。 どうか、ダイヤに幻滅しないでください。悪い子だって、思わないでください。 ダイヤは、お兄さんのことが大好きです。              サトノダイヤモンド』 「…ダイヤ」 読み終えて、またベッドに倒れ込む。 今日はひどかった。これ以上ないくらい醜態を晒したし、むしろ僕こそダイヤに幻滅されるんじゃないかと気が気じゃなかった。 でも。 「………また、今日みたいに」 ダイヤに包まれて、愛されたら。 断ることなんて、できそうになかった。 「ウマネスト、ですか?」 「左様ッ!」 ドヤ顔で扇子を振るちびっこ理事長──さすがに僕の方がちょっとだけ背が高い──に、ダイヤと顔を見合わせる。彼女の隣には、呆れ顔のたづなさんの姿。 「すみません、理事長はいつも説明不足で…ウマネストというのはFDVRMMO、いわゆる『完全没入型体感アドベンチャー』というものです。プレイヤーは脳波を解析、信号をリアルタイムで同期することで、操縦席にいながらあたかも別の世界に入り込んだかのような体験を味わえます」 「へぇー…そうなんだ」 「へぇー…そうなんですか」 二人揃って、分かったような分かってないような。ダイヤは言わずもがなの世間知らずだし、僕だってこういう…ゲーム?ハイテク?の分野には詳しくない。そういえばテイオーちゃんのトレーナー、結構ゲームするとか言ってたけど、あいつなら理解できるんだろうか。 ぽかんとする僕らをよそに、理事長が説明を引き継いだ。 「依頼ッ!君たち2人には、動作テストの一環として『体感時間設定の変更機能』を体験してもらうッ!」 「要するに、実際のプレイ時間とゲーム内の体感時間のズレを意図的に発生させた場合、それがヒトとウマ娘それぞれの身体に与える影響を調査するというものです。実現すれば、喩えば1時間だけ息抜きをしたのに、ゲーム内の体感では3時間たっぷり遊んで満足…といったことが実現できます」 「万全ッ!もちろんこの1時間、体調の変化はモニタリングしバイタルに変化があった場合はすぐに実験を中止するし周囲には保険医等医療スタッフも配備するッ!君たちは安心してテストプレイに励みたまえッ!」 「無論、時差ボケ等諸々の問題が発生することは想定しています。ですので、今回は極力ズレを小さくし、60分の利用で体感90分…1.5倍に引き伸ばすのみとします。安心してテストプレイに臨んでください」 「おー…」 言ってることがほとんど分からないけど、要するに余暇を効率的に使えるということだろうか。良い技術だと思うけど、何がなんだか分からないのでなんとなくのニュアンスでしか話が理解できない。 あとそんなに「安心」を強調されるとちょっと怖い。 ともあれ、日頃理事長にもたづなさんにもよくお世話になっているため、こうして依頼をされたのならできるだけ協力してあげたいと思うのが人情。僕とダイヤはゴーグルその他の機材をつけ、コクピット…なのかな?カプセルのようになった座席に搭乗する。 「んしょ…ダイヤさん、もしかして『また』サイズ変わりましたか?」 「ふふ…そうなんです♥実は先日、バストがついに100cm超えてしまいまして…あら、座席もちょっと狭いですね…♥」 「はぁ…勝負服など採寸し直しますから、後で事務室にいらしてくださいね」 隣のブースから漏れ聞こえてくる会話は、努めて聞こえないフリをした。 「完了ッ!では2人とも、テストプレイの準備はいいかッ!?」 「我々がモニタリングするのはバイタルサインのみです。いつも頑張っているお2人へのプレゼントも兼ねていますので、どうか息抜き程度に考えて楽しんできてくださいね」 機械越しに聞こえる理事長とたづなさんの言葉に、わずかに頷く。 ダイヤの様子は見えないけれど、話によればダイブ?を行った先で、生身に近いほど忠実に再現されたダイヤがいるらしい。僕もまた然り。 最近の技術の進歩はすごいんだなぁ、なんて。 この時点ではまだ、ひたすらに楽観をしていたのだった。 「…おや?」 「む? どうしたたづな。何か気になることでも?」 「いえ…お2人がダイブした瞬間、バイタルサインにわずかな揺らぎが発生したのですが…気のせいですね。現在のバイタルサイン、どちらも正常です」 「そうか! では引き続き、常時モニタリングするように! 健康第一ッ!」 白い、白い世界。周囲の何もない『白』が、急速に後方へと流れていく。 僕の身体はそこで、ぷかぷかと浮いていた。 僕の前にも、ウマ娘のようなものが、ぷかぷかと浮いていた。 『──トレーナーさん』 わずかにハウリングした、穏やかな囁き声。 自然と、耳を傾ける。 『あの子がご迷惑をおかけして、すみません。ダイヤはあなたのことが、好きで好きでたまらないだけなのです』 頭を下げるような素振りを見せる。どこのどなたか存じないので、いえいえそんな、と押し止めようとして、気付く。 声が出ないし、身体も動かない。 『どうか、ダイヤのことをよろしくお願いします』 待ってくれ。あなたは誰なんだ。せめて名前だけでも聞かせてくれ。 もはや心のなかで念じるほかない僕を憐れんだか、そのウマ娘はすこし躊躇いがちに、 『問われたならば、お答えしましょう。私の名は、███プイ████──』 上手く聞き取れないまま、ウマ娘の姿が薄れていく。 もう一度言ってくれ、あなたの名前は──。 「………プイ?」 自分の間抜けな呟きで、意識が覚醒した。 周囲を見渡すと、一面に広がる丘。草原。遠くには森と山。 どこか牧歌的で、しかし孤独を感じさせるそれ。 少しずつ、思い出していく。僕は理事長とたづなさんに頼まれ、ウマネストとやらの体験をしている最中。なれば、状況はさっき、たづなさんに説明された通りのはず。 『あなた方はウマネスト世界にダイブし、これまたいわゆる「剣と魔法のファンタジー」を体験していただきます。といっても今回は時間が時間ですから、町近辺での探索、および余力があれば周辺の洞窟に挑むのもよいでしょう。詳細に関しては、ゲーム内アイテムにヘルプブックを用意しましたのでそちらをご覧ください。開き方はインベントリから──』 言われた内容のほとんどが理解できてないままだけれど、とりあえず言われた通りにまずヘルプブックを開こうとして、 「………あれ? ダイヤ?」 「はい、ダイヤはここですよ、お兄さん♪」 「うわ!?」 後ろを振り向くと、ダイヤがにこにこ笑顔で手を振っていた。ぜんぜん気付かなかった。 ダイヤはいつもの制服でも、勝負服でもない…いかにも「ファンタジー」風の衣装に身を包んでいた。 やや質素めのエプロンに、大きな肩掛けのバッグが2つ。ウエストに巻かれたベルトには、短剣と杖が挿し込まれている。 「ダイヤ、その格好…」 「うふふ…似合っていますか? …それに、お兄さんもよく似合ってますよ?」 「へ?…わっ」 言われて、自分の格好を見る。 簡単な作りの木製の盾、同じく簡単な剣。身体にも木の板を組み合わせたような…これは、鎧?が、申し訳程度に上半身を覆っていた。 そして、なぜか。なぜか、鎧の下は半袖シャツと半ズボン。 まるで小学生が夏休みにごっこ遊びをしているような格好で、僕はファンタジー世界に佇んでいた。 「えぇ…何でこんな格好…」 「いいじゃないですか。お兄さん、職業ご覧になりましたか?お兄さんの職業、"Brave"…勇者ですって」 「え…勇者?」 「はい♪ ちなみに私は"Merchant"…商人という職業のようです」 ばばば、とダイヤの指が動いて、僕たちの眼前に情報表示板…コンソールを出現させる。 トレーナー ゆうしゃ HP 12/MP 5/ちから 2/ぼうぎょ 2/すばやさ 3/かしこさ 2 サトノダイヤモンド しょうにん HP 6/MP 7/ちから 1/ぼうぎょ 1/すばやさ 1/かしこさ 1 なんか手慣れてない?と聞いてみたものの、「実家の方でちょっと」とだけ返され、それ以上は教えてくれなかった。 ファンタシーがどうとかメセタがこうとか言っていたけど、よく分からない。 「とにかく、お兄さんは前衛である勇者。先頭に立って魔物と戦います。私は商人ですから、直接戦闘能力はありません。お兄さんががんばるのを応援したり、回復したりする役割です…つまり、お兄さんは私を守りながら戦うことになります」 「…僕が、ダイヤを?」 普段、体格差もあっていいようにされっぱなしで、自然と守ってくれる存在のようになっていたダイヤを。 今度は、僕が、守る番…! 「はい♥ウマ娘といえど、ファンタジー世界ではそちらのルールに従い、ダイヤはか弱い女の子になってしまうでしょう…お兄さん♥ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします♥」 「う…うん!頑張るぞ…!ダイヤ!僕から離れないでね!僕がダイヤを守るから!」 「……♥」 喜び勇んで、僕は歩きだす。ダイヤはそんな僕を、優しく見守ってくれていた。 スライムはトレーナーに攻撃! トレーナーに2のダメージ! トレーナーはスライムに攻撃! スライムに1のダメージ! サトノダイヤモンドはトレーナーを応援している! スライムはサトノダイヤモンドに攻撃! トレーナーはサトノダイヤモンドを庇った! トレーナーに2のダメージ! トレーナーはスライムに攻撃! スライムに1のダメージ! スライムを倒した! 「はぁ…はぁ…やったぞ…!」 「うふ、初勝利おめでとうございますお兄さん♥あぁ、ダイヤを庇ってこんなに傷が…今、治してさしあげます」 草むらから飛び出してきた粘性の魔物に襲われ、辛くも勝利を収めた僕を、ダイヤが薬草で回復してくれる。 本気で驚いたけど、さっきダイヤが見せてくれたヘルプブックに書いてあった通りだった。町の外を歩いていると、魔物に出くわすこともある。倒すことによって戦闘経験を得られるが、時には逃げることも大事である…と。 さっきの場面も、本来なら逃げるべきだったのかもしれない。あんなに強い魔物、僕の手に負えるかどうか怪しかったからだ。 けれど、ダイヤに教わった僕の職業──勇者。その肩書きが、僕を奮い立たせてくれた。 僕は勇ましき者。今は弱くても、積極的に強い敵と戦い、戦闘経験を積んで、ダイヤが安心して冒険できるような頼れる男になるんだ──! 「あ、今の戦闘でレベルアップできるみたいです。よかったですね、お兄さん♥」 「レベルアップ…さっき言ってたやつ、だね。経験を積むと強くなるっていう」 トレーナーは レベルが上がった! HP +2/MP +1/ちから +0/ぼうぎょ +1/すばやさ +1/かしこさ +0 HP 14/MP 6/ちから 2/ぼうぎょ 3/すばやさ 4/かしこさ 2 よし、やっぱり僕も強くなってるんだ。この調子で少しずつ頑張っていこう。 僕、こういうゲームやるの初めてだけど…結構、楽しいかもしれない。現実世界で弱っちい僕でも、ゲームなら着実に強くなれるわけで…! 「…ん? あ、ほらダイヤもレベル上がったみたい。確認してみようよ」 「え!? あーその、ダイヤはですね、えーと…あ! ダメです、見ないでください…!」 ダイヤは レベルが上がった! HP +645/MP +474/ちから +169/ぼうぎょ +201/すばやさ +121/かしこさ +312 HP 652/MP 481/ちから 170/ぼうぎょ 202/すばやさ 122/かしこさ 313 「………え」 「あぁぁぁ…だから隠そうと思ったのに…」 頭を抱えるダイヤと、絶句する僕。こういうゲームは詳しくないけど、さすがにこの差がおかしいというのは分かる。 「あの…ダイヤ?さっき、ウマ娘でもゲームルールに従うって」 「はい…そのはず、なんです。確認しましたが、このゲーム種族でステータスに格差を生じさせることはないようで、その」 「その…?」 「つまり…純粋に、私とお兄さんの…おそらくは種族を差し引いた元々のスペック差が、この差分なんだと…」 「…………」 「ごめんなさい、お兄さん…今回はわざとじゃないんです…」 場違いに爽やかな薫風が、僕とダイヤの間を抜けていった。 エルダースライムはサトノダイヤモンドに攻撃! サトノダイヤモンドに1のダメージ! トレーナーはエルダースライムに攻撃! エルダースライムに0のダメージ! サトノダイヤモンドはエルダースライムに攻撃! エルダースライムに1421のダメージ! エルダースライムを倒した! 「おぉ…」 圧倒的だった。僕が全力で斬りかかっても、さっきの粘性の魔物の色違いは剣を弾き返してしまったけど。ダイヤが杖で叩いた瞬間、魔物は爆発したように周囲に飛び散ってしまった。 「うぅ…違うんです、私は…ゴリラでは…」 「そんなこと思ってないよ!?」 珍しく本気でしょげているダイヤを励ます。最近はいつもいいようにされていたので、実はちょっとだけ楽しかったりして。 …とはいっても、まぁ。僕が調子に乗る期間なんて、そう長く続くわけもなくて。 「こうなれば、もう開き直ります。…お兄さん」 「はい」 「お兄さんは…私が、守ります」 「はい」 「何十、何百とレベルを上げても、私の1レベル分にも満たないか弱いお兄さんを。私が、守ります」 「はい…」 レース前もかくやという気迫を帯びたダイヤに、おそらくは無意識で煽られて、僕はしゅんと俯く。 おそらく今のダイヤに、僕を貶そうなんて意図はなくて。ただ自然なこととして、僕の弱さを摘示しただけなんだと思う。 それが余計に惨めで、…ちょっと興奮した。 トレーナーはサトノダイヤモンドの後ろに隠れている! ドラゴンAは炎を吐いた! サトノダイヤモンドに110のダメージ! サトノダイヤモンドはトレーナーを庇った! サトノダイヤモンドに121のダメージ! ドラゴンBは炎を吐いた! サトノダイヤモンドに101のダメージ! サトノダイヤモンドはトレーナーを庇った! サトノダイヤモンドに129のダメージ! ドラゴンCは炎を吐いた! サトノダイヤモンドに98のダメージ! サトノダイヤモンドはトレーナーを庇った! サトノダイヤモンドに114のダメージ! サトノダイヤモンドはドラゴンAに攻撃! ドラゴンAに1871746のダメージ! ドラゴンAを倒した! : : ドラゴンの群れを倒した! 「…ふぅ」 「…お、終わっ、た?」 「はい♥終わりましたよ♥」 「………怖かったぁ~~~」 「ふふっ♥大丈夫です♥お兄さんのことはダイヤが♥身を挺して守りましたから♥」 「うん…ごめんねダイヤ…本当にごめん…『ヒール』!」 「…♥」 ダイヤのHPの0.002%しか回復できない回復魔法で、せめてもの謝意を示す。 僕の最大HPを大幅に上回るような竜の炎を、僕の分まで防御もなしで受け続け、1頭ずつ確実に殴り倒していく…ダイヤはまさしく、鬼子母神のような強さを発揮していた。 今僕らがいるのは、町周辺にあった洞窟の地下。もうとっくに、僕の能力値では話にならないほど敵が強くなっていた。それでも、ダイヤなら歯牙にもかけない程度でしかない。改めて、ダイヤの強さを思い知る。 僕にできることといえば、ダイヤの影に隠れ、抱きつき、時には抱え上げられて、ただひたすらに敵の攻撃から身を守る…否、「守ってもらう」だけ。 それほどまでに、僕とダイヤの能力差は開いていた。 「あ…またレベルアップ」 「今回はドラゴンだったので結構上がると思いますが…どうでしょう?」 トレーナーは レベルが4上がった! HP +3/MP +1/ちから +0/ぼうぎょ +0/すばやさ +1/かしこさ +0 HP 31/MP 13/ちから 6/ぼうぎょ 4/すばやさ 9/かしこさ 5 ダイヤは レベルが4上がった! HP +7468/MP +4843/ちから +876/ぼうぎょ +835/すばやさ +613/かしこさ +974 HP 343583/MP 93549/ちから 9731/ぼうぎょ 8966/すばやさ 6465/かしこさ 7513 「そろそろちからが1万超えそう」 「うぅ…まだちょっと恥ずかしいです…」 そう言って、大きな身体を縮こまらせる。 僕はといえば、ダイヤの成長に負けるのにもすっかり慣れっこになってしまって、今はダイヤに抱っこされながら一緒にコンソールを覗き込んでいる有様だった。 「ところで…最初の説明の時、体感時間1.5倍くらいって言ってなかったっけ。もう90分経つよね」 「そういえば…はい、体感的にはもう一昼夜…洞窟の外はとっぷり暗くなっている頃だと思います」 「…どうしたんだろう?機材トラブルとか…」 「強制ログアウト機能もあるそうなので、大丈夫だとは思いますが…まぁ、気にしても仕方ありません。さっきのドラゴンがボスだったようですから、彼らが何を守っていたのか確かめるために洞窟の奥に行きましょう」 「うん…」 そう言って、ダイヤは僕を抱いたまま歩きだす。盾の内側になるようにしてくれているので、敵からの不意討ちに晒されることはない。 それにしても、何だか甘い匂いがする。砂糖菓子やはちみーではない、もっとこう…嗅いでいると気だるくなるような、悪い甘さ。 「う…」 「ダイヤ?」 不意に、ダイヤがよろめく。バランスを崩したダイヤの腕の中から、反射的に僕は飛び降りて、 かちり。 ふらついたダイヤのついた足が、床のおかしな紋様を踏み抜いた。 「これは──」 あたりに桃色の煙が充満する。甘い。目に染みそうなほど甘い。これが、さっきから漂っていた匂いの正体──! 「ダイヤ!ダイヤ、大丈夫」 『ふふ…やっと見つけたわ…』 「──!」 洞窟に響く、妖艶な声。 反射的に僕は、ダイヤの身を案じ…よろめいたダイヤの背に隠れた。 「…あれ?」 『あぁ…愛しい我が子…この母が、あなたを救けてあげましょう──』 自らの奇怪な行動に、目を白黒させるのも束の間。僕は抱きついているダイヤの身体が、少しずつ少しずつ、膨らんでいることに気付いた。 いや、膨らんでいるのではない、これは…。 「ダイヤが、大きく…!?」 『母は子を愛するもの。愛しい我が子…あなたが子となりうる伴侶を見つけたのなら、その大きな、大きな愛で以て、その子を溺愛しなさい…』 「お兄、さん…♥」 「そんな、正気に戻っ…むぐ!?」 先程の甘ったるい煙をもろに吸い込んだダイヤは、ひと目見て分かるくらい、情欲に蕩けた顔をしていた。 少し吸っただけの僕も頭が痺れるような感覚があるあたり、あの煙には催淫作用のようなものがあったのかもしれない。 大きくなったダイヤは片手だけで、いつにもまして軽々と僕を抱き上げ、もう片方の手で器用に胸をはだけさせた。 目測で、身長は3メートル超。胸の大きさは…比較になるものが思い浮かばないほど、大きい。おそらくは、片方だけで、僕の身体よりも。 まさしく、赤子と母親のような体格差になってしまった僕は…ダイヤの巨大な乳首に、しゃぶりつくことを強制されてしまった。 「大丈夫…大丈夫でちゅよ~…♥お兄さんのことは、ダイヤが、ダイヤママが、ずっと、ず~~っと…♥守ってあげまちゅからね…♥♥」 「もご、んぅ~…」 発情して勃起した乳首も、相応のサイズに巨大化していた。顎が外れるかと思うほどに、僕の口内がダイヤの大きな大きな乳首だけで埋め尽くされる。 圧倒的な体格差を感じつつ、僕はダイヤの肉の暖かさに溺れかけていた。 背中からつま先まで、ダイヤのむっちむちのふとももの上に寝かされている。頭は乳房にしゃぶりつきながら、「もしこれが急に身体の上に落とされたらどうしよう」と、ありもしない想像に震えて、必死に乳首を吸っていた。なにせ、大きいのだ。乳房が何キロあるのか、とても想像がつかないけれど。おそらく片方だけで僕の体重の2倍…いや、3倍近くあるかもしれない。そんなものが降ってきたら、間違いなく全身の骨が折れる。おっぱいに潰されて圧死するかもしれない。そんなことを思うと怖くて、怖くて、ダイヤに甘えたくて仕方なかった。 だって、ダイヤは守ってくれるから。ダイヤに守られていれば、いつだって安心だから。ダイヤに守られないと、僕なんて、とてもじゃないけど生きていけないから──。 「ダイヤママのお肉に包まれて♥いっぱい気持ちよくなって♥気の済むまでおもらしして♥疲れちゃったら、ママのお肉布団で♥ゆ~~っくり、おやすみなさい♥」 「んぅ、まぁ…」 「…ふふふ♥そう♥そうよ♥ダイヤは…お兄さんの、担当ウマ娘で♥年下の妹分で♥お姉ちゃんで♥ママで♥──お兄さんの、すべてです♥」 「──」 法悦の声すら、出なかった。 生殖行動である射精という感覚すらない、漏れ出すような「吐精」。頭の甘い痺れがそのまま下半身にまで広がったかのように、感覚が失われていく。 「ふふっ…♥出せまちたか? 残念ながら、お兄さんの可愛いおちんちんから♥ぴゅる♥ぴゅるっ♥と精液を出しても♥ダイヤには分からないくらい♥ちっぽけ♥ですけど…♥」 「ぁ~…」 しょろ…しょろろ…。 「あら…ふふ♥えっちなおもらししたと思ったら、本当のおもらしまで…♥本当に、赤ちゃんみたい…♥もう、お兄さん…可愛い…♥本当に可愛い…♥♥」 意識が遠のく。生暖かさが僅かに残った下半身の感覚に広がるけれど、それが何なのかを思考することもできないくらい、僕は蕩けていた。 いつかの時と同じように、視界が端から白く染まって、そして──。 「…はっ」 「気がついたかッ!!」 「うわっ!?」 至近距離でいきなり怒鳴られて、意識が一気に戻ってきた。なんだか頭がじんじんして、ぼーっとする。 「あぁよかった…この度は誠に、誠に申し訳ありませんでした…! どこか異常はありませんか…!?」 慌てたたづなさんの様子を見て、ゆっくりと状況を理解する。 確か僕は、ダイヤと一緒にゲームに入り込んで、そして、洞窟で──。 「…っ、そうだ! ダイヤは!? ダイヤは無事──」 「はい♥私は無事ですよ♥」 「うわっ!?」 「もう…愛バに向かって『うわっ』は無いんじゃないですか?トレーナーさん♥」 反対側にいたダイヤにぜんぜん気付かなかった。さっきもこんなことあったな。 意識が戻った僕は、簡易ベッドに横たわったまま、ダイヤともども事情を聞かされる。 どうやら僕らがダイブした後、確かに90分に設定されていたプレイ時間がなぜか900分に延長され、強制ログアウト処置を受け付けなくなってしまったらしい。 すわ大事故かと思いつつ、無理に引き剥がすのも精神に悪影響が出かねないという判断で意識が戻るのを待ち…結局、僕がゲーム内で気絶すると同時にシステムが回復、弾き出すように2人揃ってログアウトされた、という経緯で。 よく分からないけど、ゲームって意外と危ないんだなぁ、なんて見当違いなことを思いながら立ち上がろうとして、 「…あれ?」 「きゃっ…トレーナーさん?」 ふらついて、寄り添うように見守ってくれていたダイヤに抱きついてしまう。 ダイヤは僕なんかが抱きついてもビクともしないくらい大きくて、こうして抱きついていると、なんだか無性に…安心する。 「もう…まだ時差ボケみたいな症状が残っているんです。無理しちゃ、めっ、ですよ?」 「うん…ごめん、ママ…」 ざわっ。 蕩けた頭で放った一言に、周囲がざわつく。一拍遅れて理解が追いついて、血の気が引くように、今更になって頭が冴えてきた。 「……ふふ♥はい♥ママでちゅよ~?♥なんて♥」 「うわ…ごめん、ごめんなさい!今のは違うんです!」 「う…うむ!仲睦まじいようで何よりッ!」 「違うんですってばー!」 勘違いされた。絶対勘違いされた。 いや、確かにゲームの中ではそんな感じだったけど。よりによって皆の前で、そんな。 ──無意識で口をついて出るくらい、どんどんダイヤに甘えたくて仕方なくなっていることから、無駄な抵抗と知りつつも目を逸らしつつ。 せめてどうしようもなくなるまでは、衆人環視の中でバレるような真似だけは避けよう…と、心に決めるのだった。 さて。僕たちがテストプレイを行った、VRについて。 結局、体感時間設定機能は今回の事故を踏まえ、実装を見送ったらしい。 便利は便利だけれど、僕らは助かったからいいようなものの下手をすればゲーム内に数十年にわたって囚われ、解放された段階で精神と肉体がバラバラになってしまうおそれもある…とかなんとか。 実体験した僕は正直、あまり実感が湧いていないのだけど。とにかく、何か恐ろしい事故に発展する危険があったらしい。 とはいえ、僕がこれ使う機会はもう来ないだろうし関係ないな…と、僕は気持ちよくしてもらった思い出だけ残して、綺麗さっぱり忘れることにしたのだった。 「…あの、たづなさん? ウマネストのアバター設定についてのお話なんですが…」 「えぇ…はい? アバターのサイズを自由に変更するパッチ…? もちろん可能ですけど…どうして…?」 「………♥」 つづく。 サトノダイヤモンドを担当し始めて、早いものでもう2年弱。 2回目の正月を迎えることとなった僕は、去年と同じ神社の境内で、去年と同じ服装で彼女を待っていた。 悲しいかな、僕の方はさっぱり変わりがない。背が伸びないので服はいつまでも同じものを着ていられるし、こういう場で袴なんかを借りてびしっと決められるような風体ではない。 変わったことがあるとするなら、それは。 「…あ、いたいた。ダイヤー! こっちこっちー!」 「…? あっ、お兄さん! 見つけました!」 人混みの中からぴょこんと飛び出した鹿毛の頭に、思いっきり手を振る。 向こうも僕を探し出せたのか、ずんずんと僕の方に近付いてきた。 「あけましておめでとう、ダイヤ」 「はい、おめでとうございます。お兄さん」 互いに会釈。そのままダイヤは顔を上げ、僕も顔を上げ──そのまま、思いきり視線を上にスライドさせる。 にっこりと笑みながら僕を見下ろすダイヤと、目が合った。 「…っ」 「ふふ…♥」 去年と変わったこと、その一。僕がダイヤを見上げる角度が、去年の正月よりずっとずっときつくなった。 先日、ウマネストの操作コンソールに入った際に自己申告していた通り。ダイヤは成長著しく、「日々」と表現していいほどの速度で大きくなっていた。 そんな彼女は今ではもう、学園の大半の生徒より大きい。僕以外の男性トレーナーでも、ちらほら身長で負ける人が出てきているくらい。 今日みたいな人混みの中でも、ダイヤは頭一つ抜けていて。小さな僕からでも、ダイヤの居場所がすぐに分かるくらい。 そんなダイヤに思いきり見下ろされて、慈愛の笑みで微笑まれてしまうと。 どうしようもなく、胸が高鳴って──。 「お兄さん、今日は三が日です。人出がとっても多くて、ダイヤは心配です」 「そ…そうだね。皆僕たちと同じで、初詣に来てるわけで…心配?」 「はい。こんな人混みでは、『ちっちゃな』お兄さんがはぐれてしまわないか心配です。なので」 「え…うわっ!?」 ダイヤはからかうように悪戯っぽく微笑むと、僕の身体を勢いよく抱き上げた! 「だ…ダイヤ! ちょっと、恥ずかしいって! みんな見てるから!」 「ふふっ…大丈夫です♥周りの人からは、『お姉ちゃんが小さな弟を抱っこして一緒に歩いてる』ようにしか見えませんから♥」 去年と変わったこと、その二。僕に対するダイヤの態度が、以前よりずっとずっと積極的で、あけすけになった。 具体的には、僕のことをまるで小さな子供のように、こうして抱き上げたりおんぶしたりするようになった。 軽んじられている、という気はしないのだけど。彼女の優しさが、慈しみが、僕という「弱い存在」を守るために向けられているかのようだった。 そんなこそばゆさと、その奥にある安心感に気付いて、僕の頬は赤みを増していく。 まるで、ダイヤがこうして守ってくれることが自然であるかのような。 僕がダイヤに甘えることが自然であるかのような──。 「──さん、お兄さん」 「…はっ。な、何? ダイヤ」 「その…初詣が終わったら、なんですけど」 「終わったら…?」 ぐぅぅぅぉぉ。 「…屋台巡り、しませんか? その…お腹が」 「………いいよ」 抱っこされている分ダイレクトに響いたのもあるけれど。ダイヤのお腹の音、去年聞いたのより随分パワーアップしてたなぁ。地鳴りみたい。 さっきまでの陶酔はどこへやら、すっかり落ち着いた頭で、そんなことを考えるのだった。 ちなみに、ダイヤのお腹は初詣を終えるまでの間、もう2回咆哮した。 恥ずかしさを払うかのように、あるいは開き直ったかのように、ダイヤは屋台の食べ物を枯渇させる勢いで食べて、食べて、食べまくったのだった。 かといって、毎度毎度そんな風に、水が差されるとは限らないわけで。 ここ一番の大舞台、迎えたレース直前。 僕とダイヤは個別控え室で、最後のミーティングをしていた。 していた、はずだった。 「じゅるるるっ♥じゅぼっ♥ぐじゅずっ♥んぶじゅっ♥じゅぽっ♥じゅるじゅぼぼっ♥」 「あひ…ぃ…!」 せめて大きな声は出すまいと必死に耐える僕を嘲笑うかのように、濁った水音が控え室に響く。 ダイヤは膝立ちの体勢で、テーブルに腰掛けた僕のおちんちん──ダイヤにこう自称するように強制されている──を、これ以上ないほど下品にしゃぶり立てていた。 何しろ身長差がありすぎて、僕が立っている状態ではダイヤがしゃがんだとしてもうまくフェラチオができないのだ。 僕としてはミーティングを早々に切り上げて、後はダイヤの集中時間に充てたかったのだけど。あれよあれよという間にズボンを脱がされて、急に抱っこされたと思ったらテーブルの上に座らされて、今に至る。 幾度となく僕のものをしゃぶってきたダイヤは回を重ねるごとに技術を向上させて、今や苛烈な舌技で僕を責めるようになっていた。 舌のみならず頬、喉、時には歯すらも使って、縦横無尽に口腔をうねらせる。僕の小さなおちんちんは、嵐の荒波に飲まれた小舟のように翻弄される。 「あ…ぃっ、あへ…んぅぅ…! ひぎっ…いぃ~っ…!」 「…♥ んーぢゅ、むちゅっ♥じゅるっ♥じゅるるる~…♥ ………ぷはっ♥」 「いぎっ……あぇ?」 急に責め苦から解放されて、我ながら間抜けな声が漏れた。 常に射精寸前の、あるいは射精のさなかのような快楽に揉まれていたというのに、急に何もない寒夜に放り出されたように、下半身が冷やされていく。 「な…なん、で」 「……ねぇお兄さん、覚えてますか?」 ダイヤは僕の疑問には答えない。聞こえもしなかったかのように、逆にこちらに問うてくる。 「お兄さんが、私をレース場に連れて行ってくれた日のこと。私が、お兄さんを肩車してあげた時のこと」 「おぼ…覚えてる、けど」 ああ、呂律が戻ってきてしまった。頭が冴えてきてしまった。せっかくダイヤに気持ちよくしてもらえてたのに、気持ちよくするの邪魔するなんてひどい。 未だ性感に支配された身勝手な思考のまま、どうにか生返事を返す。 「あの日、私の中で何かが変わったんです。お兄さんの体重を感じて…いいえ、『感じられなくて』。本当に、羽を持ち上げてるかと思うくらい、見た目通り華奢で、軽すぎるお兄さんを抱き上げて。私は思ったんです」 「…」 「あぁ、この人は、私の憧れだったお兄さんはなんて…『情けなくなっちゃったんだろう』、って」 「──!」 「…あは。おちんちん、ぴくっとしましたね? 私に『がっかりされて』、マゾ心をつつかれて、反応しちゃったんですね」 「うぅ…」 「いいんですよ、お兄さん。私はお兄さんが、たとえどんなに情けない、チビガリの、負け犬根性が染み付いた、よわよわマゾでも…一生涯かけて、愛してあげられますから♥」 ダイヤは諳んじながら、僕の目を見て、腕を伸ばす。 そのまま、僕の身体をひょいと持ち上げて──そのまま、地面に直立させた。 まるでぬいぐるみか何かを扱うような挙動に、何事かとダイヤを見上げる。 どくん。 逆光の中からこちらを見下ろすダイヤに、胸が高鳴る。 「ふふ…お兄さん♥真っ赤になっちゃって…かわいい♥」 まただ。以前から、ダイヤに見下されると感じるドキドキ。 「お兄さんのその顔…ダイヤがこうやって見下ろすと、お顔が真っ赤になってもじもじしちゃう、その感情」 「あぅ…っ」 ダイヤに指摘されて、ますます顔が熱くなる。 自分でも知らないこの感情は、何となく、とっても恥ずかしくて、隠しておきたいものだと。 だからこそ。ダイヤに暴かれてしまうことに、殊更に期待感を募らせているのだと──。 「身長差偏愛(アナスティーマフィリア)。そう呼ぶのだそうです」 「あな…?」 急に出てきた耳慣れない言葉に、目を白黒させる。 「極端に身長差がある相手に、『身長差を感じさせられることで』性的興奮を覚える…そういう性癖だそうですよ」 「性へ…っ」 言われてみればその通りなのだけど。ダイヤに、それを感じさせられている本人に、あっけらかんと指摘されてしまうと。 股間などよりよほど恥ずかしい、心の恥部を開陳させられているようで、落ち着かない…! 「ですから…ほらっ♥」 「わ…えっ!? ダイヤ!?」 急に与えられた情報に混乱した心の隙を突いて、ダイヤが再び僕を抱き上げ、そして。 「こんな風に♥体格の違いを実感させられると…♥かわいいおちんちん、反応しちゃいますよね♥」 僕の股間に顔を埋めるように、対面した状態で僕を肩に座らせた。 これは、まるで…。 「ふふ…♥以前してあげた肩車の逆バージョン、です♥それにしても…相変わらずとっても軽い…♥」 そう、肩車のちょうど逆。僕とダイヤが極端に体格差がついているからこそ可能な、今まで見たことがないような、常軌を逸した体位だった。 「ひっ…お、落ち…!」 なにせ、高い。とにかく高い。ダイヤの正確な身長は知らないけれど、肩車をされている僕の視点は今、2メートルをゆうに超えているだろう。 普段より遥か高い位置に心の準備もなく押し上げられた僕は、まるで命綱もないまま、脚立の上に座らされたかのような感覚をおぼえていた。 「大丈夫です、落としたりしませんよ♥…ただ、このままの状態で気持ちよくなってもらうだけ♥です♥」 「んひぃ!?」 あろうことかダイヤは、こんなアクロバティックな体勢のままで、フェラチオを再開してしまった。 常識では絶対に有り得ない体位での口淫。お尻の浮遊感とおちんちんから伝わる快感で、僕の脳は揺さぶられていた。 僕にできることはダイヤの頭に抱きついて、振り落とされないようにすることだけ。そうすると腰がダイヤの口に密着して、ますます責めのバリエーションが増える。 脳が危険信号を出して、視界を明滅させていく。その感覚が浮遊感と接続され、生命の危機を以て急速に射精へと導いていく。 「んっ…うぅ~!」 「あっ♥射精ました…♥ふふ、相変わらず早ぁい…♥」 息も絶え絶えになりながら、がんばって射精する。僕は体力がないから、ダイヤが「早い」と嘲るような短時間の性感でもほとんど限界だった。 それでもダイヤとエッチするようになった直後みたいに、射精のたびに気絶するようなことにはならなくなっただけ成長していると思うけど。 「んー…んくっ♥ふふ…ごちそうさまでした♥では…サトノダイヤモンド、出走いたします♥」 「うぅ…ぁいや…ぁんばってぇ~」 「…♥」 返事の代わりにひらりと袖をはためかせて、ダイヤは控え室を出ていった。 下ろされたソファーに寝転がったまま、控え室のモニターを見上げる。 パドックで愛嬌を振りまくダイヤが他のウマ娘からぎょっとしたような顔で見られていたのが、なぜか印象的だった。 『これは…速い速い! サトノダイヤモンド、サトノダイヤモンドだ! 最終コーナーで既に、既に差し切っている!? 驚異的、もはや異常ですッ! 最終コーナーですべてのウマ娘を置き去りに、長く鋭く凄まじい末脚、サトノダイヤモンドが今! 圧倒的な実力でゴール板を駆け抜けた!! 他のウマ娘は未だ直線で競り合っておりますが、サトノダイヤモンド! 一足先にウイニングラン~~ッ!!』 信じがたいものを見たような実況。場内に響くどよめき混じりの歓声。 僕も同じ気持ちだった。確かにダイヤの武器は膨大なスタミナと鋭い差し脚の両立ではあるけれど、それでも以前のレースで…それどころか練習でさえ、ここまでのパフォーマンスは発揮できていなかったのに。 「ダイヤ…」 「呼びましたか? お兄さん♥」 忘我の境地にあった僕は、思わず漏れ出た呼び声に返答があったことで意識を取り戻す。 控え室に、ダイヤが戻ってきていた。 レース直後の紅潮した顔で、僕をじっと見つめている。息は荒く、全身から湯気を立ちのぼらせながら。 「お兄さん…。ダイヤは頑張りました。一生懸命走りました。圧勝しました。ですから…ダイヤにご褒美、くれませんか?」 しおらしい言葉とは裏腹に、ダイヤの醸す雰囲気は肉食獣のそれで。 その恐るべき眼光に。獣じみた息遣いに。辺りに立ち込めるダイヤの匂いに。 僕はふらふらと、光に吸い寄せられる蛾のように、近付いていって──抱きついた。 一般的に、レース直後のウマ娘には近寄るべきではないと、トレーナーは指導される。 戦場の高揚をそのまま持ち帰ったウマ娘は、極度の興奮状態のままにトレーナーを傷つけてしまうおそれがあるためだ。 たとえウマ娘の側が意図しなくとも、ヒトとウマ娘の膂力差は文字通りに致命的となりうるためだ。 …けれど、この時僕は。 サトノダイヤモンドというウマ娘に、殺されるつもりで、抱きついた。 本気で、ダイヤになら殺されてもいいと、食われてもいいと、そう思って抱きついた。 それほどまでに、戦場を駆け抜けたダイヤは──綺麗だった。 「お兄さん…っ♥」 「ダイヤ…ダイヤはすごいよ。強くて、速くて、優しくて、あったかくて、本当に、本当にすごい。僕…僕は…ぐすっ」 「もう…何でお兄さんが泣くんですか…♥」 「うぅ…ぐすっ、ごめんね…ごめんダイヤ、泣き虫の僕で、情けない、『お兄さん』失格の僕で、ごめん…ひぐっ」 涙が止まらなかった。ダイヤが勝ったのが嬉しくて、どう考えてもダイヤに見合う自分じゃないのが悲しくて。 殺されてもいいと決意したダイヤの美しさが、今更になって恐ろしくなって。 そんな僕を、ダイヤは優しく抱いて、背中をさすってくれる。 まるで、僕を傷つけるすべてのものから、僕自身の自責からすらも、僕を守ろうとしてくれるかのように。 僕が泣き止むまで、ダイヤはずっと、そうしてくれていた。 「…落ち着きましたか?」 「う…うん。ごめんねダイヤ、みっともなくて…」 「いえいえ、ダイヤはみっともないお兄さんも好きですから♥」 「うぐ…」 お互いうまくクールダウンできたのか、僕もダイヤもまともに会話ができるようになっていた。 僕の身体だけは、ダイヤの胸の中に預けたまま。暖かさとダイヤの匂いが、とっても安心するから。 「…匂いませんか? お兄さん」 「うぅん…ダイヤの匂い、僕は好きだから」 「もう…♥それじゃヘンタイさんですよ♥元々ですけど♥ …でも、よかったです」 「…?」 ふと、表情を翳らせたのが気になって。視線だけで、何が?と問うてみる。 果たして、返ってきたのは絶対に聞きたくなかった事実だった。 「いえ、先ほどのレース…たぶん周りの子たちに、お兄さんのおちんちんさんをしゃぶったの、バレちゃってましたので」 「………え」 「ウマ娘は嗅覚が鋭敏ですから…でもお兄さんが臭いと思わないなら、私はそれでいいです」 「僕がよくないよ!?」 大変だ。さっき他の子がびっくりしてたの、そういう理由だったのか。 え、じゃあ僕、大事なレース本番直前に担当ウマ娘にフェラさせるような鬼畜野郎だと思われたの? 社会的に死ぬのでは? 「大丈夫ですよ…♥ お兄さんが社会から爪弾きにされても♥ 私が責任を持ってお兄さんを養いますから…♥」 「ぜんぜん大丈夫じゃなーい!」 ダイヤの胸の中でじたばた暴れながら、僕はこの後に待ち受けるであろう世間からの制裁を思い、ひたすらに憂うのだった。 なお。 僕とダイヤの行為は案の定周囲にもバレていたのだけど、「あのちんまいトレーナーがドデカいサトノダイヤモンドを力ずくでどうこうできるわけがないのでサトノダイヤモンドが手を出したんだろう」という理由で口頭注意のみと相成った。 寛大なご処置には感謝するけれど、それはそれとして納得しがたいものであったことを、ここに記しておく。 「…はい、マッサージ終了。今日のトレーニングメニューはここまでだから、指示通りにアイシングして、それ以外のセルフケアは慎んでね」 「はいっ! お疲れ様でしたっ!」 僕がトレーナーになって、早いもので10年の月日が流れた。 サブトレーナーを辞し、初めて個人で担当したウマ娘が幼馴染で。 その幼馴染と色々──本当に色々──あった3年間を駆け抜けて、現在。 僕は相変わらず、トレセン学園でウマ娘たちの指導にあたっていた。 ダイヤの時の実績を買われ、チームを指導してみないかとの打診もあったのだけど…謹んでお断りさせていただいた。 僕の体力じゃ、きっと複数のウマ娘を監督するほど保たないと自己判断したのが一つ。 そして、もう一つは──。 「ふぅん…では、今日はウォーミングアップと練習後のマッサージだけ、と」 「うん…っ、ふんっ、そうだよ…! それ以外は何もっ…!」 寝室に備え付けのキングサイズベッドに、長身の美女が寝転んでいた。 肉付きの良い肢体の上で、矮躯の少年が一生懸命、身体全体を使って奉仕している。 「…そのわりには全く力が入っていませんよ? 効果のあるマッサージなんですか? これ」 「それはダイヤがでっかいから…」 「あら…大きな私に不満が? 今更すぎませんか?」 「ち、違うよ! その…ぜんぜん手応えがないから、自分よりずっとおっきくて強いんだって思うと興奮する…」 「ふふ…正直でよろしい、ドヘンタイさん♥」 ダイヤは楽しげに笑って、脚先でマッサージの再開を促す。 僕が今何をさせられているかというと、他のウマ娘に対して行ったスキンシップの類を逐一報告して同じことをダイヤに行う、というものだった。 妻であるダイヤを大切にするために、他のウマ娘に(いかに担当といえど)入れ込みすぎないよう釘を刺す目的があるらしいのだけど。 なにせ、ダイヤはとても大きいので。担当ウマ娘に行う施術とはわけが違って、非常に体力を消耗するのである。 1人分で限界なのだから、チームなんて担当できるわけもない。 …それにしても、ダイヤは本当に大きくなった。 さすがに身長の伸びは落ち着いたものの、引退時点ではついにトレセン学園最長身ウマ娘の座を勝ち取り、親友のキタサンブラックよりも頭一つ大きいほどにまで育った。 かてて加えて引退後には全体的に肉付きもよくなり、現役の頃より僕との体格差が大きくなってしまっている。 こうして寝そべるダイヤの背中の上で飛び跳ねてみても、びくともしない。牛とか象とか、巨大な動物の上に乗ってるような錯覚すら覚える。 「……今何か、失礼なこと考えませんでしたか?」 「考えてないよ!?」 「そうですか…うん、もういいですよ。今日もあなたの非力さで担当ウマ娘に手を出すなんてことは絶対無理だということが証明されました」 「うぅ…」 毎日の『報告』を受けている時のダイヤは、口調が冷たくてちょっと怖い。結婚してから僕のことを「あなた」と呼ぶようになったのはいいけれど、この呼び名、以前より距離ができてしまったような感じがして時折ちょっと寂しくなる。 「…もう♥そんなにいじけないでください♥」 「わぷ」 器用に寝返りを打ったダイヤが、仰向けの姿勢で僕を抱き寄せる。 語尾がちょっと跳ねて、僕への接し方を切り替えたことを明示してくれる。 「ごめんなさい、『お兄さん』♥お兄さんがダイヤ一筋なのは分かっているんですが、どうしても他の女の子の話を聞いていると妬けてしまうんです…♥」 「むぐ…大丈夫、分かってるよダイヤ…むしろ僕こそ、ダイヤを不安にさせてごめんね」 謝りつつも、僕はこの時点で既に興奮を抑えきれずにいた。 『報告』の後にはいつも、『ご褒美』がもらえる。ほとんどの場合ダイヤがえっちなことをしてくれる権利で、毎回とろとろになるまで搾られてしまうのだけど。 今日のダイヤは、いつもとほんの少し、様子が違っていた。 「…ねぇお兄さん? いつもお兄さんのこと、ダイヤが一方的に気持ちよくしちゃいますから…たまにはお兄さんの方が、ダイヤを『使って』気持ちよくなりたいな~って、思いませんか♥」 「えっ…」 悪戯っぽく微笑むダイヤ。僕はいきなりの展開についていけず、二の句を継げないまま。 「いつもお兄さんを性的に蹂躙するわるーいダイヤを、お兄さんが正義のおちんちんで懲らしめる…そんなえっちを、してみたくないですか♥」 「そ…そんなの…」 してみたくないわけではない。僕は自分でも認める甘えたがりのマゾだけど、それでも男だから。男らしくダイヤをよがらせる日を、夢想したことがないといえば嘘になる。 だから、 「や…やってみたい! 僕だってダイヤを気持ちよくしてあげたい…!」 「…♥」 二つ返事でOKした、のはいいのだけど。僕はこの時点で、ある重大な見落としをしていた。 すなわち、以前似たような文句で誘われた時、僕が何をして、どういう展開になったのか、ということを。 「えぇ、それでは…始めましょう♥ …はい、どうぞ♥」 「よし、やってやる…ぞ…?」 目の前には、悠大に寝そべるダイヤの裸体。腕も脚も自然に投げ出され、無抵抗で僕の前に横たわっている。 けれど、それだけ、だった。 「お兄さんには今から、私の身体で好き放題してもらいます♥…ただし」 「ただし…?」 「条件が2つあります♥1つ目は『おまんこ禁止』♥おまんこに反撃されておちんちんがびっくりしちゃったら可哀想ですから、またの機会にとっておきましょうね♥」 「う…うん」 羞恥を感じながら頷く。確かに僕のおちんちんでは、ダイヤのつよつよおまんこには勝てそうにない。 「そして2つ目は『私は一切手伝わない』♥お兄さんがどんなにおねだりしても、私は何もしてあげません♥お兄さんの力だけで、私を懲らしめてください♥」 「そんなぁ…」 思わず、不平の声が漏れる。強くて頼りになるダイヤに手伝ってもらえないのに、ダイヤをわからせられるわけが──。 「お兄さんなら大丈夫♥きっとわるーいダイヤの弱点を見つけて、わからせえっちができちゃうはずです♥お兄さんのこと、ダイヤは信じてますよ♥」 「…!」 そうだ。ダイヤを懲らしめるのに、ダイヤの力を借りてどうする。僕一人の力で、ダイヤに感じてもらうんだ──! 俄然やる気を出す僕を、微笑ましげな表情で見守るダイヤ。ダイヤに見守られているだけで、心の奥底から力が湧いてくるような気さえした。 かくして、僕の人生最大の戦いが、ここに幕を開けるのだった。 「まずは、おっぱいから…って、重っ…!」 「ふふ…重たいでしょう? 片方で4.5キロ…両方合わせて10キロ近くありますから♥」 「じゅっ…!?」 「身体も胸も大きいと、このくらいの斤量になっちゃうんです♥ …さて、お兄さん♥こんな重たーいおっぱい、お兄さんは勝てますか?」 挑発的に、手を使わずに身じろぎする。大きすぎて横に流れたおっぱいが、量感たっぷりにどゆんっ、と揺れた。 その動きだけで、必死におっぱいを持ち上げる僕の手が跳ね飛ばされそうになって、改めて体格差を実感する。 そもそも、片方だけで両手でも余るような大きさの肉風船を、非力な僕の手で持ち上げ続けるということ自体、相当無理がある。 僕の手は既に痺れて、感覚がなくなりつつあった。 「うぅ…重いよ~…ダイヤ、支えるの手伝ってぇ…」 「く…ふふっ…♥もう…ダメですよお兄さん♥約束しましたよね♥お兄さんは私に頼ったりせず、一人で私をわからせるって♥」 「う…ぐすっ…」 呆れたように嘲笑われて、思わず視界に涙がにじむ。 その笑いに、いつもの優しいからかいではなく、本気の失望のエッセンスを感じ取ってしまって。 ダイヤに失望されたかもしれないという絶望感が、ただでさえ脆い僕の涙腺をさらに緩めていた。 「ぐす…じゃ…じゃあ、胸がダメなら…お口で…!」 「おっと♥それはだーめ、ですよ♥お兄さん♥」 「…え? な、何で」 「それはですねぇ…お口は、お兄さんのおちんちんにとって♥おまんこと同じくらい、苛烈でこわーいものだからです♥」 「えっ…」 「ねぇお兄さん? 『お口まんこ』って、よく言いますよね? つまりは、そういうことです♥ダイヤのお口は、お兄さんには劇毒…おまんこと同じ、こわーいものなんですよ♥…お兄さんは、そんな恐ろしいものに、大事な大事なおちんちんを突っ込んで…無事でいられると思っていますか?」 「ひぃっ…!?」 ダイヤの語りに、思わず気圧されて後ずさる。 冷静に考えれば、フェラなんて毎日のようにされているし、そこまで恐ろしいものではないはずなのだけど。 今の僕は、おっぱいを相手に情けなく敗走したことと、ダイヤの大きな女体に対する畏怖によって…すっかり萎縮してしまっていた。 「ふふ…♥大丈夫です♥お兄さんのよわっちい攻めでも♥きっと気持ちよくなれるところが♥ダイヤの身体にもあるはずですよ♥たとえば~…そこ♥とか♥」 「え…そこ、って…?」 ダイヤの視線の先。日頃おっぱいに遮られている視界は、仰向けに寝ることで視線の到達点を明示して。 そこは、ダイヤの、 「………おへそ?」 「はい♥ お兄さんの可愛いおちんちんであれば…『そこ』も、穴になりますよね♥」 「………」 絶句する。 確かに僕は華奢だけれど、ダイヤのおっぱいを持ち上げられないほどに力がないけれど。 それでも、ダイヤを責められる箇所が、こんな性器でもなんでもない場所しか、ない、なんて──。 「……ねぇ、お兄さん♥」 「…」 逡巡する僕の耳に、染み込んでくる最愛の人の囁き。 「……ダイヤの身体を『使って』、身勝手に気持ちよくなる約束…守ってくれます、よね?♥」 そんなことを言われてしまったら、僕に選択肢など、最早残されてはいなかった。 「んくっ…あひ…っ、うんぅ…っ、んあっ…」 「~~~ッ♥ そう、そうですよお兄さん♥男らしくへこっ♥へこっ♥と犯して、ダイヤをわからせちゃってください♥がんばれ♥がんばれ♥」 仰向けに寝転んだダイヤの女体に、上から覆い被さって。 明らかに小馬鹿にしたようなダイヤの囁きをBGMに、懸命に腰を振る。 まるで巨大な生命に寄生する、惨めな虫のよう。 「あぅぅ~…んぅ、あひんっ…」 「…ねぇお兄さん、気付いてますか♥今の、この状況♥」 ダイヤに身体を擦り付けるようにして、ただ必死に絶頂を求める僕に、ダイヤが問いかける。 これ以上なく、嘲るように。またはこれ以上なく、憐れむように。 「お兄さんは、ダイヤを使って…『床オナ』、してるんですよ♥♥」 「えぁ…床、オナ? そんな…」 「ふふ…だってそうでしょう♥ ダイヤのこの、お兄さん好みのおっきな身体を前にして♥今まで搾られるばかりで、どうやったら女体を堪能できるか知らなかったお兄さんは♥こうやって♥ダイヤの身体を『使わせてもらって』、なっさけな~いオナニーに耽るしか、方法がないんですもの♥」 「そ、そん…な」 反論しようにも、言葉が出てこない。 実際、その通りなのだ。ダイヤと出会ってこの方、ずっとダイヤに搾られて、ただひたすらに受け身で愛されてばかりだった僕は。 どうやったら女の子を気持ちよくしてあげられるか、どうやったら女の子で気持ちよくなれるか、そういった知識を習得できないまま、彼女と結婚して今に至るのだ。 「んうっ、あくっ、ひどいっ、あっ、ひどいよぉっ…」 精一杯抗議しながら、僕の腰は止まらない。 ダイヤのおっきな身体に全身を委ねて、彼女の身体に甘えながら、快楽だけを享受する…そんな虫ケラが、今の僕で。 自分の惨めさを痛感して、それでも、その惨めさこそが、快楽に変換されていく。 「お兄さん♥イきそうなんですかっ♥私の身体を使って♥みっともないオナニーに耽りながら♥」 「あっ、イくっ、イっちゃう、あう、ダイヤっ、ダイヤぁっ」 「いいですよっ♥どんなお兄さんでも♥恥ずかしいドマゾのお兄さんでも♥ダイヤは赦します♥ですから♥ほら♥イく時はダイヤに♥ちゃんと報告して♥」 「イっ、イきますっ、イかせてくださいっ、射精っ、射精させてくださいっ!」 「~~~っ♥♥はいっ♥お兄さんっ♥かわいいお兄さんっ♥いいですよっ♥許可しますっ♥イってもいいです♥…」 「…イきなさいっ♥♥♥」 ぴゅくっ、ぴゅぷ…とぷ…ぴゅ…。 ダイヤに赦しを得た瞬間、下半身の感覚が喪われる。 甘い痺れに支配され、自分の意志とは関係なく、精液が漏れ出していく。 男らしさとは無縁の、促されるままの吐精。 最高に気持ちいいマゾアクメをキメさせてもらいながら、僕は達成感に酔いしれていく。 ダイヤに促されるまま、ダイヤの身体を使わせてもらって、ダイヤに赦されて射精するなんて。 あぁ、僕はなんて、 なんて幸せなのだろう──。