上手い言葉が浮かばないまま、タイシンが見上げると、あ、と口が開いた。そこにいたのが、生徒会副会長のエアグルーヴだったからである。他人にも自分にも厳しいと評判だったが、今は柔らかい微笑みを浮かべている。
「……どぞ」
自分でも分からないままにタイシンが答えると。エアグルーヴはありがとうと言いながらトレイを置いた、そこに乗っているのはサイズこそ違うもののタイシンと同じカボスが入った蕎麦である。
「いつもは生徒会室で食べるのだが、なんだか無性にそばが朝から食べたくなってな。麺が伸びる前に席が見つかって良かった」
と女帝と名高いウマ娘は言った。鉄とようだとも評されるこの娘には意外に柔らかい所がある。
それから二人は無言でそばをすすった。がやがやとした中の静寂はなんだか音一つもしない空間よりも静かさが際立つようで、タイシンは少しばかり気が楽になった。が、同時になんだかエアグルーヴに気を遣わせているような気がして少しの申し訳なさも浮かんできた。
「なんか、すいません」
そばももう半分となったころに、そんな言葉をタイシンから口にした。
「なにがだ？」

「いや、その、なんか、無言で食べちゃって。ワイワイ食べるのとかあんま苦手で……」
「気にすることはない。後輩との賑やかな昼食も好ましいが、時にはこうやって静かにただ食事に集中したいときもある。だから逆に私が感謝したいぐらいだ」
そう微笑むエアグルーヴは、正しく先輩だった。こういうのが人の上に立つ素質っていうんだろうな、と後輩のタイシンは思いながらそばをまた口に運ぶ。
言葉なき穏やかさがそこにはあった。こういうのもたまにはいいかもしれない、と友人二人を思い出しながらタイシンは微笑んだ。
「納得がいきません！」
そしてにわかにそれが破られた。タイシンの耳に、忘れようとも忘れられない声が近くで聞こえてきたからである。
思わず小さな背を伸ばして耳をピンと張ると、少し遠くにそれはいた。自身のトレーナーである。同僚と一緒にテーブルに座って、なんだか不満げな顔をしている。
「声うっさ、てか珍しい顔をしてる……」
「どうした、そんなに急に立ち上がって……」

そんなタイシンに目を丸くしたエアグルーヴが視線の先を追うと、あっ、と先ほどのタイシンのような声を上げた。タイシンのトレーナーと共に座っていたのが自身のトレーナーだったからだ。
「この結果は、俺としては納得できません！ タイシンがこんな……！」
「しかしだね。これは全生徒が選んだ結果であって……」
どうやらこの二人、何やら揉めているらしい。エアグルーヴは自分が出るべきだろうかと思案したが、とどまった。自分達とは違う、大人の事情が込み入るトレーナー同士の争いである、果たして自分が出てもそれは余計な口出しだけではなく邪魔になってしまうだろうと考えたのである。
タイシンも自身が口論の渦にあるらしいのが分かりながらも、黙っているのも同じ理由だった。しかしながら、話しだけでも両者とも耳を器用に動かした。
ウマ娘の耳は大きく自由が利く、アンテナのように動かせば遠くの音でも聞き分けることができた。今のタイシンのトレーナーのように大声ならばなおさらである。
「俺はこんな……こんな結果……！」
と言ったのはタイシンのトレーナーである。普段は快活として、響くような声を持つ男が今日に限っては理不尽に震えている

「しかし、受け入れる他ないだろう」
返したのはエアグルーヴのトレーナーだった。人を包み込むような、優しい声色をしていた。それで何とか相手を宥めているようだ。
しかし突如として、タイシンのトレーナーが何かをテーブルに叩きつける音が聞こえたので二人に緊張が走った。まさかとは思うが殴り合いに反転するのではないかと身構える。
「俺は認めたくない！『トレセン学園ランキング可愛い部門トップ5☆』にタイシンが乗っているなんて！！」
ウマ娘の二人は危うく蕎麦の器に顔を突っ込む所だった。
「しかし、受け入れるしかないんだよ。ナリタタイシンは可愛い！ と、誰もが認めていると、可愛いじゃないか彼女は。君、トレーナーだろう、担当の可愛さを否定するのか」
「いいえ、タイシンは可愛いです！ しかしですね、それは性格であってこのランキング誌に書かれているような、ちっこいからとか、女児服が似合いそうとか言うふざけた理由ではありません！ というか、彼女の顔を見てください、どちらかというと綺麗系に属する容姿でしょう！」
「ちょっと、離して……トレーナーを殺してアタシも死ぬから」
「待て、早まるな……！ 落ち着け……！」

恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして飛び出そうとするタイシンを、何とかエアグルーヴが抑える。このまま行かせれば本当に血を見る沙汰になりそうだった。
「しかしだ、ナリタタイシンは背が小さい。他の女性や男性が見るとそれだけで可愛いポイントが入ってしまうんだ。小さきものは、みなうつくしというだろう」
「清少納言などクソくらえです！ ダイヤはいかに小さくとも皆が美しいと言葉にするでしょう、タイシンはダイヤです！ ただまだ、成長期でカット前というだけで、20歳にもなればとなりを歩く男を皆が羨ましがる、そんな綺麗な子になる！ 今でも時折想像上の男に勝手に嫉妬してしまう！」
「へっ」
ぽんっと、タイシンの顔がさらに赤くなってふにゃりと力が抜けた。トレーナーの声は真剣だった。
「君の情熱は分かった。分かったから落ち着いてくれ、なぁかぼすをこっちによこすのはやめないか、そばが酸っぱくなる」
「話を聞いてくれる礼です！」
「気持ちだけで十分だ。しかし、学園誌の件は、次からは各分野ごとにウマ娘を投票できるように掛け合ってみよう。これでいいか」

「ありがとうございます！ そう言えば、エアグルーヴさんのランキング美バ部門一位おめでとうございます！ これはお祝いです！」
「カボスを入れるな。君もしかしてカボスが嫌いか。それに、手放しでは喜べない、彼女を慕う後輩の組織票もあっただろうしな。公平とは呼べない、それでもゴールドシチーとはギリギリだったのだから」
「相変わらず、自分のウマ娘にも厳しい公正さを持っていますね」
カボスを入れながらタイシンのトレーナーは感心したように言った。
「それが彼女の隣に立つ義務だと思っている。彼女が誇り高いならば自分もまた誇りを持たなければ」
当たり前だ、たわけと少し嬉しそうなエアグルーヴの声がタイシンの耳に入ってきた。
「では、一位は嬉しくありませんか」
「嬉しいに決まっているだろう！」
即答だった、頬が弛んで目じりさえ下を向いている。
「彼女は美しい。俺にとっては学園一、日本、いや世界だ！ 意志を感じる瞳、キレのある切れ長の目とアイシャドウ、神が彫像せしめたような外見だけじゃない心も美しい、何より彼女が認められるのが嬉しい！ グッズも揃えている、布教用ももちろんある、いるか！」
「頂戴します！」

「離せ……トレーナーを殺して、トレーナーも死ぬ……！」
「ちょっ、待って、それじゃオーバーキルだって……！」
顔を真っ赤にしながら、トレーナーの方へと向かおうとするエアグルーヴを今度はタイシンが止めた。
「それに、彼女の花嫁姿はとても、とても美しかった。本番で横を歩く男は幸せだろう」
ため息交じりにそんな言葉を吐くトレーナーに、ぴたりと血気盛んな担当バが動きを止めた。
「羨ましい……俺は器じゃないといつも思ってしまう。いつまでも見つめていたいが、そうはいかないだろう。別れは来る、俺はその時が恐い、ランキングなどを見て喜ぶのも、ただそれを誤魔化しているだけなのかもしれない」
「それはみな同じ気持ちですよ。俺もタイシンとの別れが恐い、笑顔で送り出すことができるかが分からない。トレーナーとは何とも辛い職業です」
先ほどまで騒がしかった男達が嘘のようにしんとしてそばを食べ始める姿にはなんだか肩を落としたようで、
「……行くか」
「……うん」
その担当バは顔を合わせると、二人一緒につかつかとその背中まで歩いて行った。

トレーナー達は勘違いしていた。ナリタタイシンとエアグルーヴは二人から貰った言葉の責任を取らせるつもりでいた。
いや、その前まではそんなつもりはなかった、だが今はそうなった。つまるところ、彼らは確かに別れることになるが、それは遠い遠い未来の事であって、どちらかが先に行き、すぐ後にもう片方も続くような別れだった。
そうなることを知らないトレーナー達は、たわけとバカの言葉を背中から受けることになった。それは道のりが遠い別れの始まりともいえた。

自分のいない所で自分の事を話すトレーナーを見たウマ娘学会の者でしたが長すぎてちょっと怖くなっています

これは婚姻ですわ

死が2人を別つまで責任を取らせろ

番じゃな？

これはたわけとバカですわ

キザったらしいこと言ってるエアグルーヴのトレーナーだけどこいつ育成序盤では（話しかけるタイミングが見つからない……）ってエアグルーヴの周りウロウロしてたりしたんだよな……

最近は食堂で惚気始めるトレーナー多いな…

惚気話のぶつけあいだこれ

バカの解像度がやたら高くてダメだった
そうだよなこのバカバカなんだけどやたら教養あるし変なとこ冷静なんだよな…

外見から見る印象は変わるけど学年的にはタイシンの方が上の可能性高いんだよな…

まあそこは臨機応変にしていいんじゃないかな…

トレーナー同士の交流好き

今まであんまり見なかった組み合わせだけどエアグルーヴとタイシンは相性結構良さそうだね
すごく良かったです

たわけの方はシナリオみたいに最初オロオロしつつ成長してんだろうな…だから奥底ではエアグルーヴの別れに怖がっているというか恋愛面になると自信が無い

女帝は理想のパートナーって言ったのが後に引いてそう

惚気話が始まったと思ったら今度はイチャイチャが始まるんだ…

多分次からは食堂でエアグルーヴ見つけたら近くに座るぐらいの仲にはなれそう

一生って言ったが決め手になるんだよね…

即座に清少納言とわかるの教養あるなと思ったけど元々中央のトレーナーはエリートの集まりだったな…

>美バ部門
こう…賞賛してる感がある部門ですね

恋愛には程遠そうな奴らが実はけっこう意識してたって気づいたらもうね…

>こう…賞賛してる感がある部門ですね
素直になれよ…ビバ！！！ってな…

わりとウマ娘側もトレーナーと別れる日には恐怖している子とか多そう

女帝大丈夫？この後部屋の掃除に行ける？鋼の意志(0.01�o)持ってく？

>わりとウマ娘側もトレーナーと別れる日には恐怖している子とか多そう
ハウディー！！

>>わりとウマ娘側もトレーナーと別れる日には恐怖している子とか多そう
>ハウディー！！
卒業式にハグしたまま離れなさそうな子だ…

>卒業式にハグしたまま離れなさそうな子だ…
なのでこのまま空港に行きマース！

この事件のあともたまーに2人でそばを食べる仲になって、ハヤヒデブライアンあたりに「珍しいな」って目撃されたり
将来的には卒業後にママ会と称して定期的に2人で会っててほしい

この学園のトレーナーは公衆の面前で盛大に惚気るかクソボケなきゃ気が済まんのか

それはそう

今んとこうちの担当かわいい…！！でまあ済ませなくもないけどやっぱ前例のあいつだけおかしいよ！！

間違いなく結婚は早いであろう二人

このシリーズって
フラッシュファル子
ネイチャゴルシ
今回
で三回目？

タイシンがイチャイチャイチャしてるよぉぉぉぉぉぉ！！！！！

スペグラとかテイマヤのトレーナーもこんな事やってそう

念入りなかぼす投入でダメだった

もっと各トレーナーは食堂で惚気話をしろ

>ネイチャゴルシ
俺の読んでないシップの方があるのかと思って探しちゃったじゃないか！！！

詩人と恋する人と気違いは同一人物らしいけどこの色ボケ達はまさにその言葉に一致してるな…

食堂聞き耳シリーズほんと好き

ゴルシって書くときは金髪の方と芦毛の方って書けよな！！

これ学食に居るウマ娘は全員興味津々で耳を向けてるよな…

>これ学食に居るウマ娘は全員興味津々で耳を向けてるよな…
年頃の女の子だからキャーキャー言いながら耳がみんなそっち向いてるよ
女帝とタイシンが合流したの見てさらに盛り上がるよ

タイシンとエアグルーヴの組み合わせは意外に合うな
もっと他の組み合わせも見たいわ！見せてちょうだい！